第96話 確かめる
誰も、すぐには動かなかった。
夏の風だけが、円形列石の上を静かに吹き抜けていく。
「……もう一回」
蒼太がぽつりと言った。
春人が顔を上げる。
「歌うん?」
「うん」
蒼太は石を見回した。
「一回だけじゃ、まだ分からん」
「偶然かもしれん」
黒崎は小さくうなずいた。
「ええ考えじゃ」
「調査は、一回で決めつけたらいけん」
「もう一回やってみ」
陸が笑う。
「よし」
「もう一回じゃ」
五人は、さっきと同じ場所へ立った。
春人は深呼吸する。
そして、静かに歌い始めた。
アー……
夏の空へ、歌が広がる。
一行目。
①番の石が、ふわりと淡く光る。
「……!」
誰も声を出さない。
二行目。
④番。
三行目。
⑥番。
四行目。
⑧番。
歌が終わると、最後の石の光はゆっくり消えていった。
しばらく誰も動かない。
やがて蒼太が息を吐く。
「同じじゃ」
「順番まで全部」
みゆはノートへ書き加える。
『再現した』
黒崎は五人を見回した。
「どうじゃ」
春人が静かに答える。
「もう偶然じゃない……と思います」
陸もうなずく。
「少なくとも、一回だけじゃなかった」
みゆはさらに一行書き足す。
『歌うと同じ順番で光る(二回確認)』
黒崎は静かに笑った。
「それでええ」
「一つ確かめた」
「また一つ進んだな」
春人は四つの石を見つめる。
やっぱり。
歌には意味がある。
石にも意味がある。
そして、その二つはつながっている。
◇
「写真も撮っとこう」
みゆが言った。
春人はタブレットに表示した刻みを、一文字ずつ開いていく。
「撮って」
四人は自分のタブレットで春人の画面を撮影した。
カシャ。
カシャ。
小さな電子音が続く。
「送らんでええ?」
陸が聞く。
春人は首を振った。
「チャットはやめとこう」
「先生、見られるけぇ」
「ああ」
蒼太が笑う。
「説明できんしな」
あかりも笑った。
「絶対、質問される」
みゆは保存した写真を確認して、小さくうなずく。
「これで家でも見られる」
蒼太もタブレットをしまった。
「よし」
「いつでも調べられる」
◇
荷物をまとめ始めた時だった。
蒼太が黒崎を見る。
「黒崎さん」
「このあと」
「氷室、行ってもええ?」
黒崎はすぐにうなずいた。
「もちろんじゃ」
「分からんことがあったら」
「聞いてみるんも調査じゃ」
春人はタブレットを持ち直す。
「じゃあ、行こう」
五人は円形列石をあとにした。
木々の間を歩くたび、夏の風が汗を冷ましていく。
遠くでヒグラシが鳴き始めていた。
やがて、氷室の入口が見えてくる。
石積みの間から、ひんやりとした空気が流れ出していた。
春人は⑥番の刻みを映した画面を開く。
一歩、中へ入る。
「氷色」
静かな氷室へ声をかける。
「いる?」
返事はすぐにはなかった。
しばらくして、奥の暗がりから小さな声が響く。
「……いる」
春人たちは顔を見合わせる。
そして、ゆっくりと氷色の待つ奥へ歩き出した。
氷室の奥は、外とは別の季節のように静かだった。
さっきまで聞こえていたヒグラシの声も、ここまでは届かない。
冷たい空気が肌をなでる。
春人たちは、いつもの石の前で足を止めた。
「氷色」
春人がもう一度呼ぶ。
淡い光が、石の向こうでゆっくり揺れた。
やがて、小さな姿が現れる。
「……きた」
氷色は五人を見ると、少しだけうれしそうに笑った。
「うん」
春人も笑い返す。
「今日、聞きたいことがあるんだ」
氷色は静かにうなずいた。
「きく」
春人はタブレットを開く。
⑥番の刻みを映した画面を、そっと氷色へ向けた。
「氷色」
「これ」
「『む』だよね」
氷色はすぐにうなずく。
「む」
蒼太が続ける。
「この前」
「『満ちる』って教えてくれた」
「今日も、それでええん?」
氷色は少し考える。
それから。
静かに首を横へ振る。
「……ちがう」
全員が固まる。
「え?」
氷色は石へ触れながら言う。
「む」
「おなじ、おと」
「でも」
「この」
「む」
「ちがう」
春人が首をかしげる。
「意味が違うの?」
氷色はうなずく。
「む」
「みちる」
「……」
「つながる」
「……」
「おなじ」
「ちがう」
春人たちは顔を見合わせた。
同じ音。
でも、意味は違う。
蒼太の目が、ゆっくりと見開かれる。
「一つの音に……」
「意味が一つじゃないんか」
氷色は静かにうなずいた。
「むかしの、ことば」
「いっぱい」
みゆは急いでノートへ書き込む。
『同じ音でも意味が複数ある』
黒崎は小さく息を吐いた。
「また一つ」
「分かったな」
春人は画面の⑥番の刻みを見つめる。
読めた。
でも。
読めることと、分かることは違う。
石の謎は。
一つ解けるたびに、新しい謎を見せてくる。
春人は画面の「む」を見つめた。
その一文字が、さっきまでよりずっと深く見えた。




