第93話 違う形
翌日。
朝の空は高く晴れ渡り、山の緑がいつもより鮮やかに見えた。
円形列石へ着くと、黒崎は昨日と同じようにリュックを地面へ下ろした。
「ほんなら」
「今日は歌は歌わん」
五人が顔を上げる。
「今日は調査だけじゃ」
「昨日決めた順番どおりにな」
「はい!」
あかりが元気よく返事をする。
みゆはノートを開き、新しいページへ日付を書いた。
春人は昨日決めた石の番号を書き写す。
①。
②。
③。
円形列石を時計回りに、一つずつ番号を振っていく。
「ほんなら始めるぞ」
◇
一番大きな石。
①番。
「高さ」
「七十八センチ」
陸が巻き尺を当てる。
「昨日と同じじゃな」
黒崎がうなずく。
あかりが写真を撮る。
カシャッ。
みゆが静かに書き込む。
『① 刻みあり』
そのまま二番、三番へ進む。
②。
刻みなし。
③。
刻みなし。
順調だった。
◇
四番目の石まで来た時だった。
「……待て」
蒼太が急にしゃがみ込んだ。
みんなが振り返る。
「どうした?」
春人が近づく。
蒼太は石をじっと見つめていた。
「これ」
「昨日見た線と違う」
黒崎もゆっくりしゃがみ込む。
「どれじゃ」
蒼太は指を近づける。
「ここ」
石の表面には、細い刻みが一本。
いや。
一本ではない。
途中で小さく枝分かれするように曲がっている。
黒崎はルーペを取り出した。
しばらく黙って見つめる。
「……」
誰も声を出さなかった。
やがて黒崎が顔を上げる。
「確かに」
「昨日のとは形が違うな」
みゆは急いでノートへ描き写した。
①番の刻み。
そして④番の刻み。
二つを並べる。
「……違う」
小さくつぶやく。
春人ものぞき込む。
本当に違った。
昨日は全部同じ「刻み」に見えていた。
でも今日は違う。
別々の形に見える。
「傷じゃないん?」
あかりが尋ねる。
黒崎は首を振らなかった。
うなずきもしなかった。
「まだ分からん」
「書くのは」
みゆのノートを指差す。
「『①番とは違う形の刻み』」
「そこまでじゃ」
蒼太が苦笑する。
「また答え禁止か」
「またじゃ」
黒崎も笑った。
◇
その後も調査は続いた。
⑤。
刻みなし。
⑥。
なし。
⑦。
なし。
そして。
「……あ」
今度は、あかりが声を上げた。
「ここにも!」
みんなが集まる。
今度は小さな丸のような跡から、短い線が一本だけ伸びていた。
「また違う」
蒼太の声が弾む。
みゆは静かに三つの形を並べて描く。
①。
④。
⑧。
三つとも、少しずつ違う。
春人はその絵を見つめた。
「……」
頭のどこかで、何かが引っかかる。
見たことがあるような。
でも思い出せない。
黒崎が立ち上がる。
「今日はええ発見があったな」
「形の違う刻みが三種類」
「それだけでも十分じゃ」
蒼太が待ちきれないように口を開いた。
「黒崎さん!」
「これ」
「文字なんじゃねぇ?」
山の中が静かになる。
黒崎は少しだけ笑った。
「そう思う理由は?」
蒼太は言葉に詰まる。
「……」
「形が違うから」
「それだけじゃ」
黒崎は静かにうなずいた。
「ええ」
「じゃけぇ今は」
「『形が違う刻みが三種類あった』」
「そこまでじゃ」
春人は、みゆのノートに並んだ三つの刻みを見つめた。
まだ誰も読めない「何か」が、静かに眠っている気がした。
みゆは最後の一行を書き足した。
『刻みは三種類あるように見える』
その文字を見つめながら、春人はじっと考えていた。
三種類。
違う形。
どこかで見たことがある。
「……」
胸の奥が、少しだけざわつく。
「春人?」
あかりがのぞき込む。
春人は顔を上げた。
「ごめん」
「何か思い出しそうなんだけど……」
蒼太が身を乗り出す。
「何じゃ」
「分からない」
春人は首を振る。
「でも」
「見たことがある気がする」
黒崎は何も言わず、五人のやり取りを見ていた。
春人はもう一度、みゆのノートを見る。
並んだ三つの刻み。
一本線。
枝分かれした線。
丸から伸びる短い線。
その瞬間だった。
「あ……」
春人の口から、小さな声が漏れた。
「タブレット」
蒼太が目を見開く。
「……何?」
「タブレットに出てきた文字」
「似てる……気がする」
一瞬、山の空気が止まったようだった。
蒼太は慌ててリュックを開ける。
「写真!」
「スクリーンショット、ある!」
春人もタブレットを取り出そうとする。
その時だった。
「待て」
黒崎の一言で、全員の動きが止まる。
「今」
「何を確かめようとした?」
春人は答える。
「刻みと、タブレットの文字が似てるかどうかです」
黒崎は満足そうにうなずいた。
「ええ」
「ほんなら」
「ここで見比べるより」
円形列石を振り返る。
「全部調べ終わってからの方がええ」
蒼太は少し悔しそうな顔をした。
「……確かに」
みゆもノートを閉じる。
「全部」
「そろえてから」
黒崎は笑った。
「慌てるな」
「調査は逃げん」
夏の風が、円形列石を静かに吹き抜けた。
春人はタブレットをしまう。
今すぐ答えを知りたい。
でも。
黒崎の言う通りだった。
全部を見てから比べても、遅くはない。
「よし」
春人は顔を上げる。
「残りの石も調べよう」
「おう!」
五人は再び円形列石へ向き直った。




