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いにしえのことのは ー空に近い町のひみつー  作者: くいたん


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第92話 次の調査


 翌朝。


 青い空には、夏らしい白い雲がゆっくりと浮かんでいた。


 朝の風はまだ涼しい。


 春人は水筒を自転車のかごへ入れると、陸の家へ向かってペダルをこぎ始めた。


 昨日、納屋で話し合ったことが頭に残っている。


 観察。


 考察。


 そして、仮説。


 ――歌は、石に届くのかもしれない。


 でも。


 それはまだ、仮説だ。


 確かめなければ、本当のことにはならない。


     ◇


 陸の家の納屋には、もう何台もの自転車が並んでいた。


 戸を開ける。


「お、春人」


 陸が手を上げる。


 蒼太はいつものように机へノートを広げていた。


「遅い」


「まだ八時前だよ」


「十分遅い」


 蒼太は真顔で言う。


 あかりが吹き出した。


「朝から元気じゃなあ」


 その横では、みゆが昨日まとめたノートを静かに開いていた。


 陸は地図を机へ広げる。


「ほんなら」


「昨日決めたこと、始めるか」


 五人は自然と机を囲んだ。


 春人は紙を取り出す。


 昨日書いた二枚。


『観察』


『考察』


 その隣へ、新しい紙を置いた。


 大きく書く。


『実験』


 蒼太がにやりと笑う。


「とうとう実験じゃ」


 春人も笑う。


「黒崎さんが聞いたら、『調査』って言いそうだけどね」


「確かに」


 陸が苦笑する。


 みゆが小さく手を挙げた。


「……何を比べる?」


 その一言で、みんなの表情が引き締まった。


 春人は地図を見ながら言う。


「円形列石では歌った」


「だから」


「今日は普通の石」


 蒼太がすぐに続ける。


「同じ歌を歌う」


 あかり。


「同じ五人」


 みゆ。


「同じ時間」


 陸。


「同じ順番」


 春人は紙へ書いていく。


『条件』


・歌は同じ


・歌う人は五人


・場所だけ変える


 蒼太が満足そうにうなずいた。


「これなら比べられる」


 陸は地図の一点を指差した。


「ここ」


「昨日の山へ行く途中じゃ」


「道ばたに大きな石が何個かある」


 あかりがのぞき込む。


「円形列石より手前じゃな」


「うん」


 春人もうなずく。


「もし何も起きなかったら」


「円形列石が特別って考えられる」


 蒼太がすぐに口を開きかける。


「逆に――」


 そこで止まった。


 そして笑う。


「……いや」


「まだ考察じゃ」


 納屋に笑い声が広がる。


 陸が親指を立てた。


「覚えとる覚えとる」


 みゆはノートへ静かに書き込んだ。


『今日は普通の石で調べる』


 その文字を見て、春人はうなずく。


「よし」


「行こう」


 五人は立ち上がった。


 リュックを背負い、水筒を持つ。


 納屋を出ると、朝の日差しが少しだけ強くなっていた。


 まだ何も分からない。


 だからこそ。


 自分たちの足で確かめる。


 五人は自転車へまたがり、山へ向かって走り出した。


 山道をしばらく登ると、陸が自転車を止めた。


「ここじゃ」


 道の脇には、大人の腰ほどもある大きな石が横たわっていた。


 苔は生えている。


 けれど、刻みらしいものは見当たらない。


 春人は石の前へしゃがみ込んだ。


「普通の石……だね」


 蒼太は石の周りを一周する。


「線もない」


「割れ目ぐらいじゃ」


 みゆはノートを開いた。


「場所」


「山道」


「円形列石から……百メートルくらい」


 あかりが石へそっと触れる。


「冷たい」


 陸もうなずく。


「ほんなら」


「昨日と同じじゃ」


 五人は石の前へ並んだ。


 春人が小さく息を吸う。


「いくよ」


 みんながうなずく。


 静かな山の中へ、五人の声が重なった。


 一行目。


 二行目。


 三行目。


 四行目。


 歌が終わる。


 全員が黙った。


 風が吹く。


 木の葉が揺れる。


 クマゼミが鳴き続ける。


「……」


 何も起こらない。


 蒼太が辺りを見回した。


「風」


「止まらんな」


 あかりも空を見上げる。


「セミもそのまま」


 春人は石を見つめる。


 昨日のような青白い光もない。


 みゆはそっと石へ手を当てた。


「……返ってこない」


 静かな声だった。


 陸が腕を組む。


「失敗か?」


 春人は首を横へ振った。


「違う」


「これも結果だよ」


 蒼太が顔を上げる。


「あ」


 春人は昨日の紙を思い出しながら続けた。


「反応がなかった」


「それが分かった」


 みゆはノートへ静かに書く。


『普通の石では変化なし』


『風 変化なし』


『セミ 変化なし』


『光 見えない』


 蒼太はその文字をのぞき込み、ゆっくり笑った。


「……なるほど」


「失敗じゃねぇ」


「比較できた」


 その時だった。


 後ろから、聞き覚えのあるエンジン音が近づいてきた。


 ブロロロロ……


 五人が振り向く。


「お」


 バイクを止めながら、黒崎がヘルメットを外した。


「朝から熱心じゃな」


 五人は顔を見合わせる。


 まるで見つかった子どもみたいに、少しだけ照れくさく笑った。


 黒崎はバイクから降りると、五人の顔を順番に見回した。


「何しとる」


「実験」


 黒崎は少し笑った。


「……調査じゃろ」


 蒼太が肩をすくめる。


「やっぱり言うた」


 納屋でのやり取りを思い出して、五人が笑った。


 春人が一歩前へ出る。


「昨日、立てた仮説を確かめに来ました」


 黒崎は何も言わない。


 続きを促すように春人を見る。


「円形列石では歌を歌ったら風が止まって、セミも静かになりました」


「でも」


「普通の石でも同じことが起きるか分からなかったので」


 みゆがノートを開く。


「場所を変えて」


「同じ歌を歌いました」


 陸が続ける。


「結果は」


「何も起きんかった」


 黒崎は腕を組んだ。


「で」


「それで終わりか?」


 五人は顔を見合わせる。


 蒼太が首を振った。


「終わらん」


「何も起きんかった」


「それも結果じゃ」


 黒崎の口元が少しだけ緩んだ。


「ほう」


 あかりが続ける。


「だから」


「円形列石だけが特別なんかもしれん」


 春人がすぐに付け加える。


「……まだ仮説です」


 黒崎は小さく笑った。


「ちゃんと覚えとるな」


 その一言だけだった。


 五人の表情がぱっと明るくなる。


 黒崎は石へ近づいた。


 しゃがみ込み、表面を軽く見回す。


「刻みはない」


「形も違う」


「場所も違う」


 立ち上がって五人を見る。


「今日は一つ分かったな」


「何ですか」


 春人が尋ねる。


 少し間を置いてから黒崎は言った。


「反応せん石もある」


「それが分かった」


 蒼太は思わず笑った。


「それだけ?」


「それだけじゃ」


 黒崎は真顔で言う。


「調査いうんはな」


「分からんことを一つずつ減らしていく仕事じゃ」


 五人は黙って聞いていた。


「今日は」


「『全部の石が同じじゃないかもしれん』」


「そこまで分かった」


「十分じゃ」


 春人はその言葉を胸の中で繰り返した。


 分からないことを、一つずつ減らしていく。


 それが調査。


 今まで「答えを見つけること」だと思っていた。


 でも違う。


 一歩ずつ確かめながら進むこと。


 それが、本当の調査なんだ。


 黒崎はヘルメットを持ち上げると、にやりと笑った。


「ほんなら」


「次は、どの石を調べる?」


 その問いに、五人は同時に地図へ目を向けた。


 五人は顔を見合わせた。


 蒼太が真っ先に地図へ身を乗り出す。


「円形列石以外で……」


「刻みがある石」


 黒崎は何も言わない。


 腕を組んだまま見ている。


 陸が地図の上を指でなぞった。


「でも、刻みがある石なんか、そうそう見つからんぞ」


「うん」


 春人もうなずく。


「昨日見つけたのは、本当にたまたまだった」


 しばらく考えていたみゆが、小さく口を開く。


「……探す」


 四人が振り向く。


「まだ」


「全部見てない」


 蒼太の目が輝いた。


「そうか!」


「円形列石には、まだ全部の石を調べたわけじゃねぇ」


 あかりも笑う。


「刻みが二つだけって決まったわけじゃないもんね」


 黒崎が初めて口を開いた。


「ええ視点じゃ」


 それだけ言って、また黙る。


 春人は地図を見つめた。


「まず」


「円形列石を全部調べる」


「そのあと」


「周りの石も調べる」


 陸が大きくうなずく。


「順番があるってことじゃな」


「うん」


 春人も笑う。


「いきなり山全部は調べられないし」


 蒼太はノートを開いた。


「次の調査」


 鉛筆を走らせる。


『円形列石 全ての石を調べる』


『刻みがないか確認』


『位置も記録』


 みゆも、自分のノートへ丁寧に写していく。


 黒崎はその様子を見て、満足そうにうなずいた。


「調査いうんはな」


「思いついた順にやるもんじゃねぇ」


「順番に、漏れなくやる」


「そうしたら」


「後で誰が見ても、同じ結果になる」


 春人はその言葉を聞いて、はっとした。


「だから昨日、石の高さも方角も測ったんだ」


「そうじゃ」


 黒崎は笑う。


「記録は、未来の自分への手紙じゃけぇな」


 蒼太が思わず感心する。


「未来の自分……」


「忘れるからじゃ」


 黒崎は笑った。


「人間は、思った以上に忘れる」


 五人もつられて笑う。


 夏の風が山を吹き抜ける。


 木々の葉がさわさわと揺れた。


 春人は円形列石のある方角を見つめる。


 昨日は、歌を歌った。


 今日は、普通の石を比べた。


 そして次は――。


「全部の石を調べよう」


 その一言に、四人は力強くうなずいた。


 調査は終わらない。


 一つ分かれば、また次の疑問が生まれる。


 その疑問を一つずつ確かめていく。


 気づけば五人は、答えを急ぐことよりも、一つずつ確かめていく時間そのものを楽しみ始めていた。

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