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いにしえのことのは ー空に近い町のひみつー  作者: くいたん


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第87話 最初の調査


 翌朝。


 朝から青空が広がっていた。


 夏の日差しはもう強く、クマゼミの声が山のあちこちから響いてくる。


 春人が陸の家へ着くと、納屋の前にはもう四台の自転車が並んでいた。


「おはよう」


 戸を開ける。


「おっ、来た来た」


 陸が笑顔で手を振る。


 あかりも振り返った。


「春人、おはよう」


 みゆはノートを開いたまま、小さく会釈する。


 蒼太は昨日と同じように地図を広げていた。


「みんな早いね」


 春人が笑う。


「そりゃ今日は初日じゃけぇ」


 陸が胸を張る。


「寝坊なんかできるか」


 その言葉に、みんなが笑った。


「どうじゃった」


 陸が真っ先に聞く。


「家」


「大丈夫だった?」


「うん」


 春人はうなずいた。


「行っていいって」


「よっしゃ!」


 陸が拳を握る。


「わしもじゃ」


「わたしも」


 みゆが小さく言う。


「うちも大丈夫」


 あかりも笑顔になる。


 みんなの視線が蒼太へ向いた。


「……行ける」


 短い一言。


 それだけで十分だった。


「全員じゃ!」


 陸が思わず声を上げる。


 納屋いっぱいに笑い声が広がる。


 その時だった。


 ブロロロロ……


 バイクの音が近づいてきた。


「来た」


 春人が外を見る。


 黒崎がバイクを止める。


 少し遅れて、軽トラックがゆっくり坂を上ってきた。


「おーい」


 窓から手を振っている。


 杉谷だった。


「おはよう!」


 五人も一斉に手を振る。


 杉谷は軽トラックを止めると、帽子を取りながら笑った。


「みんな揃っとるな」


「おはようございます!」


 元気な声が重なる。


 黒崎は納屋へ入り、五人をぐるりと見回した。


「その顔を見る限り」


「全員、許可もろうたみたいじゃな」


「はい!」


 今度は五人そろって返事をした。


 黒崎は満足そうにうなずく。


「よし」


「ほんなら今日から、お前らは正式な調査隊じゃ」


 納屋の空気が、少しだけ引き締まる。


 昨日までとは違う。


 今日からは、本当に調べる。


 そんな実感が少しずつ湧いてきた。


「じゃが」


 杉谷が笑いながら続けた。


「調査隊になったけぇ言うて、急に偉うなったわけじゃねぇぞ」


「はい」


 陸が素直に返事をする。


「山は借りとる場所じゃ」


「石も、お前らのもんじゃねぇ」


 杉谷は穏やかな声で言った。


「忘れたらおえん」


 五人は自然とうなずく。


「来た時より汚したらおえん」


「勝手に持って帰ったらおえん」


「木を折ってもおえん」


「山には山の約束がある」


 少しだけ間を置いて、にっこり笑う。


「それだけ覚えときゃ、まず大丈夫じゃ」


「はい!」


 今度はさっきよりも大きな返事だった。


 黒崎が机の地図を広げる。


「今日は新しい場所へは行かん」


 蒼太が少し首をかしげた。


「行かんの?」


「まずは調査のやり方を覚える」


「調べ方を知らんまま山へ入っても、見えるもんも見えん」


 杉谷もうなずいた。


「最初は練習じゃ」


 黒崎が地図を指差す。


「場所は円形列石」


「あそこか」


 あかりが言う。


「もう行ったことある」


「じゃけぇええんじゃ」


 黒崎が笑った。


「場所を知っとるけぇ、調査だけに集中できる」


「なるほど」


 蒼太が納得したようにうなずく。


「それから」


 黒崎は五人を見る。


「役割を決める」


「調査は一人じゃできん」


「誰が何をするか」


「自分らで決めてみ」


 少し考えてから、陸が手を挙げた。


「道なら任せろ」


「ええな」


「記録は」


 蒼太が言う。


「わし」


「観察して書く」


 みゆも小さく手を挙げる。


「わたしも」


「絵も描ける」


「あ、じゃあ」


 あかりが元気よく言う。


「わたし写真!」


「いっぱい撮る!」


 最後に春人が笑った。


「じゃあ僕は、みんなの記録をまとめる」


 黒崎は満足そうにうなずいた。


「ええ調査隊になりそうじゃ」


 杉谷も笑う。


「みんな、自分で決めたんがええな」


「誰かにやらされるんとは違う」


 そう言うと、黒崎はリュックを背負い直した。


「ほんなら行くか」


 そして七人は納屋を出た。


 夏の日差しの中を、自転車を押して歩く。


 途中から山道へ入り、木陰を抜けていく。


 何度も歩いた道。


 それでも今日は少しだけ違って見えた。


 やがて木々の向こうに、大きな石が見えてきた。


 見慣れた円形列石だった。


 黒崎は静かにリュックを下ろす。


 杉谷は周りをぐるりと見回し、小さくうなずいた。


 黒崎はリュックのファスナーを開ける。


 そして、ゆっくり笑う。


 中から出てきたのは、見慣れない道具ばかりだった。


 細長いメジャー。


 方位磁針。


 クリップボード。


 鉛筆。


 軍手。


 小さなデジタルカメラ。


「おお……」


 陸が思わず声を漏らす。


「本物じゃ」


 蒼太の目も輝いた。


 黒崎は並べ終えると、子どもたちを見回した。


「よし」


「ここからが、本当の調査じゃ」


 そう言って、一歩だけ円形列石へ近づく。


 けれど。


 それ以上は進まなかった。


「……え?」


 あかりが首をかしげる。


「行かんの?」


「行かん」


 黒崎は笑う。


「お前ら」


「まず一つだけ覚えとけ」


 五人は自然と背筋を伸ばした。


「調査は急いだら負けじゃ」


 黒崎は円形列石を見つめたまま続ける。


「石は、逃げん」


「じゃけぇ」


「見る順番がある」


 蒼太が小さくつぶやく。


「順番……」


 杉谷がにっこり笑う。


「そういうことじゃ」


「昔の人が残したもんはな」


「百年も千年も待っとる」


「あと十分待たせても怒りゃあせん」


 子どもたちが笑う。


 黒崎も少しだけ笑った。


「逆に」


「急いで見逃したら」


「もう二度と、その時の景色は戻ってこん」


 風が吹いた。


 木の葉が揺れる。


 セミの声だけが山へ響いていた。


 子どもたちは真剣な顔でうなずいた。


 春人は円形列石を見つめる。


 昨日まで何度も見てきた景色だった。


 なのに。


 今日はもう、ただの石には見えなかった。


 これから何が分かるんだろう。


 胸の奥で、小さな期待が膨らんでいく。


 黒崎は方位磁針を手に取った。


 五人を見回す。


 少し笑う。


「今日覚えることは、一つだけじゃ」


「石を見る前に」


「見るべきもんがある」


 杉谷が笑う。


「忘れたらおえん」


「石だけ見よったら、何も分からんけぇな」


 春人は思わず円形列石から目を離した。


 石より先に見るもの。


 そんなものがあるなんて、思ってもいなかった。


 黒崎は方位磁針を軽く持ち上げる。


「さて」


「最初の授業を始めるか」


 五人はそろって息をのんだ。

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