第84話 相談
翌朝。
青い空には、白い入道雲がゆっくりと浮かんでいた。
朝から気温は高い。
それでも五人は約束どおり、陸の家の納屋へ集まっていた。
「みんな来たな」
陸が時計を見る。
「黒崎さん、何時ごろ来るんじゃろ」
「分からん」
春人が首を振る。
「でも昨日、『相談する』って決めたし」
「待っとったら来るじゃろ」
蒼太は地図を広げながら言った。
「来んかったら探しに行く」
「また調査じゃ」
あかりが笑う。
その時だった。
バイクのエンジン音が遠くから聞こえてきた。
五人が一斉に外を見る。
やがて見慣れた大型バイクが納屋の前で止まる。
「おはよう」
ヘルメットを外した黒崎が笑った。
「お」
陸が立ち上がる。
「ちょうど来た」
黒崎は子どもたちの顔を見回した。
「その顔は……」
少し笑う。
「自由研究、終わったか」
「「「「「終わった!」」」」」
五人の声がきれいに重なった。
「ははっ」
黒崎は思わず笑った。
「そんな報告をわざわざ聞かされる大人も珍しいな」
「約束じゃったけぇ」
陸が胸を張る。
「終わったら相談するって」
「そうだったな」
黒崎はうなずいた。
「で」
腕を組む。
「今日は何を相談したい」
五人は顔を見合わせる。
春人が一歩前へ出た。
「山の石を、もう少し調べたいんです」
黒崎は黙って続きを待つ。
「でも」
「親に言っても」
「山へ行くってだけじゃ、たぶん反対されます」
「だから」
春人は黒崎を見る。
「一緒に来てもらえませんか」
納屋の中が静かになった。
黒崎はすぐには答えなかった。
少し考えるように空を見上げる。
そして。
「……理由は分かった」
静かにうなずく。
「俺は構わん」
その一言に、五人の表情がぱっと明るくなる。
「ほんま!」
陸が身を乗り出した。
「ただし」
黒崎が続けた。
「一つ条件がある」
五人は思わず息をのんだ。
「条件?」
春人が聞き返す。
黒崎は一人ひとりの顔を見回した。
「危ないと思ったら、その日は中止」
静かな声だった。
「俺が『戻る』と言ったら戻る」
「勝手な行動はなし」
「それが守れるなら」
「一緒に行く」
五人は顔を見合わせた。
陸が真っ先にうなずく。
「守る」
「約束する」
春人も続く。
「僕も」
「わたしも」
みゆが小さく手を挙げる。
「あたしも」
あかりが笑う。
最後に蒼太が静かにうなずいた。
「分かった」
黒崎は少しだけ表情をゆるめた。
「よし」
「じゃあ次は親御さんだな」
「そこが一番難しい」
「う……」
五人から同時に声が漏れる。
その様子を見て黒崎は吹き出した。
「山より親の方が手強そうだな」
納屋に笑いが広がる。
ちょうどその時だった。
「おーい」
外から聞き慣れた声が聞こえた。
五人が振り向く。
開いた戸の向こうで、杉谷が大きく手を振っていた。
「おっ、みんなおるな」
杉谷は納屋へ入るなり、黒崎を見つけて笑う。
「なんじゃ、先越されたか」
「ちょうど今、相談が終わったところじゃ」
黒崎が肩をすくめる。
「ほう」
杉谷は五人を見回した。
「で、結果は?」
陸が胸を張る。
「黒崎さん、一緒に来てくれるって!」
「おお、それはええな」
杉谷は満足そうにうなずいた。
「じゃあ次は親御さんじゃな」
その一言に、さっきまで笑っていた五人の顔がそろって曇る。
「そこなんよ……」
あかりが頭をかいた。
「一番難しいんは」
杉谷は思わず笑った。
「安心せえ」
「そこは、大人の出番じゃ」
五人が一斉に顔を上げた。
「必要なら」
杉谷はにっこり笑う。
「わしも一緒に説明したる」
その言葉に、春人の胸が少し軽くなった。
黒崎だけじゃない。
杉谷もいてくれる。
二人の大人が味方になってくれるというだけで、不思議と「行けるかもしれない」という気持ちが強くなっていった。
黒崎は腕を組み直した。
「ただな」
五人が姿勢を正す。
「一つずつ順番にやるぞ」
「順番?」
春人が聞き返す。
「まず親御さんの許可」
黒崎は指を一本立てる。
「次に日程」
二本目の指を立てる。
「それから、どこまで行くか決める」
三本目の指が立った。
「山へ行くんと違う」
「人ん家から離れて出掛けるんじゃ」
その言葉に、五人は少し黙った。
そうだった。
山へ行くことばかり考えていた。
けれど。
もし調査が先へ進めば。
甘岩市の外へ出ることになる。
「日帰りじゃ無理なこともある」
黒崎は静かに続けた。
「そうなったら泊まりも考えんといけん」
「泊まり……」
あかりが思わずつぶやく。
「友達と、そんな遠くまで行ったことない」
あかりがぽつりと言う。
夏休みの友達同士の泊まりと違う。
「家族以外と泊まるんか……」
陸が思わずつぶやく。
そんなことは考えたこともなかった。
杉谷が笑って口を開く。
「じゃけぇ慌てることはない」
「一つずつじゃ」
「親御さんがええ言うたら、その先を考えりゃええ」
「うん」
みゆが小さくうなずく。
「それなら……」
「順番にできる」
「そういうことじゃ」
杉谷はにっこり笑った。
「大人でも、一遍に全部考えたら頭こんがらがる」
「一つ終わったら次」
「それで十分じゃ」
蒼太は地図へ目を落とした。
甘岩の山。
陰陽石。
氷室。
まだ地図の上には小さな丸が三つあるだけだった。
けれど。
その先には、まだ知らない場所が続いている。
「……分かった」
蒼太が静かに言う。
「まず親じゃ。それが終わってから次を考える」
黒崎は満足そうにうなずいた。
「その方がいい」
「焦る必要はない」
「石は逃げんからな」
その一言に、納屋の空気がふっと和らいだ。
誰も笑わなかった。
でも。
みんな同じことを思っていた。
急がなくていい。
一歩ずつ進めばいい。
そう思えたのは、二人の大人が一緒にいてくれたからだった。
次にやることは決まった。
あとは、一歩ずつ前へ進むだけだった。




