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いにしえのことのは ー空に近い町のひみつー  作者: くいたん


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第82話 つながる石


 誰も、すぐには口を開けなかった。


 氷色の言葉が、まだ頭の中に残っている。


 ――うたは。


 ――いしを、つたう。


「……じゃあ」


 最初に口を開いたのは陸だった。


「ほんまに返ってきたんじゃな」


「ああ」


 蒼太が短くうなずく。


「聞き間違いじゃなかった」


 春人もゆっくりとうなずいた。


 あの声は、今でも耳に残っている。


 ほんの一音。


 それでも、確かに返ってきた。


「でも」


 あかりが首をかしげる。


「向こうって、どこなん?」


 その質問に、誰もすぐには答えられなかった。


 蒼太は腕を組み、考え込む。


「分からん」


「じゃけど」


 氷色を見る。


「石がつながっとるんなら」


「陰陽石だけじゃない」


「氷室も」


「山の石も」


「全部つながっとる」


「それって」


 春人が静かに言った。


「線路みたいなもの?」


 蒼太は少し考えてから首を振る。


「一本道じゃない」


「え?」


「もっと」


 床へしゃがみ込み、指で地面に丸を描く。


 一つ。


 また一つ。


 さらにもう一つ。


 丸と丸を線で結んでいく。


「こんな感じじゃ」


 春人は思わず身を乗り出した。


 丸がたくさんある。


 それぞれが線で結ばれていた。


「全部、つながっとる」


 蒼太はそう言って顔を上げた。


「陰陽石は一つ」


「氷室も一つ」


「でも」


「昔の人が石を大事にしとった場所は、日本中にある」


「じゃあ」


 あかりが目を丸くする。


「全部つながっとるってこと?」


「たぶん」


 蒼太はうなずいた。


「日本だけとも限らん」


 その一言で。


 氷室がしんと静まった。


「外国も?」


 春人が思わず聞く。


「ありえる」


 蒼太は真剣な顔だった。


「世界中に巨石あるじゃろ」


「ピラミッドも」


「ストーンサークルも」


「世界中に石はある」


 春人の胸がどくりと鳴る。


 もし、本当にそうなら。


 この歌は。


 この小さな町だけの歌ではない。


 世界中へ続いている歌なのかもしれない。


 その時だった。


「……うん」


 氷色が小さくうなずいた。


 五人が一斉に振り向く。


「つながってる」


 氷色は静かに胸へ手を当てる。


「でも」


「いまは」


「まだ、すこし」


 そう言って、両手を少しだけ広げる。


「とぎれてる」


 春人はその言葉を繰り返した。


「途切れてる……」


「だから」


 氷色は五人を見つめる。


「きこえたり」


「きこえなかったり」


「する」


 誰も何も言わなかった。


 返歌が一度しか聞こえなかった理由。


 それが少しだけ分かった気がした。


「途切れとる……」


 陸が小さくつぶやいた。


「じゃあ、昔は全部つながっとったん?」


 氷色は少しだけ考えるように目を閉じた。


「むかしは」


「もっと、きこえた」


「でも」


「いまは、すくない」


「なんで?」


 あかりが聞く。


 氷色は困ったように首を振る。


「わからない」


「きがついたら」


「こう、なってた」


 春人は氷色を見つめる。


 氷色も知らない。


 それだけ長い時間が流れているということなのかもしれない。


「石が壊れたとか?」


 陸が言う。


「歌う人がおらんようになったとか」


「両方かもしれん」


 蒼太が答えた。


「石だけあっても歌う人がおらんかったら届かん」


「歌う人がおっても、途中の石が途切れとったら届かん」


 春人は陰陽石で聞いた、たった一音を思い出した。


「だから一音だけ……」


「届いた」


 みゆが小さく続ける。


 蒼太はゆっくりとうなずいた。


「全部切れとるんなら返ってこん」


「一音だけでも返ってきた」


「つまり」


「どこかまでは、つながっとる」


 その言葉に、誰も反論できなかった。


 氷色も静かにうなずく。


「うん」


「まだ」


「つながってる」


 その一言だけで、春人の胸が少し熱くなった。


 全部失われたわけじゃない。


 どこかには、まだ歌が届く場所がある。


 どこかには、歌を知っている誰かがいる。


「ねえ」


 あかりが春人を見る。


「これってさ」


「すごいことなんじゃない?」


 春人は苦笑した。


「うん」


「でも」


「先生には絶対言えない」


 一瞬の静寂。


 そして。


「はははっ!」


 陸が吹き出した。


「自由研究どころじゃねえな」


「『歌ったら返事が返ってきました』なんて書いたら終わりじゃ」


 あかりも笑い出す。


「評価どころか、職員室呼び出しじゃわ」


 納屋でも山でもない、冷たい氷室の中に笑い声が響いた。


 張りつめていた空気が、少しだけやわらぐ。


 けれど。


 蒼太だけは笑っていなかった。


 地面に描いた丸と線を、じっと見つめている。


「……まだ」


 ぽつりとつぶやく。


「何か足りん」


 春人はその横顔を見た。


 蒼太の頭の中では、もう次の謎が動き始めている。


 そんな気がした。


「はいはい」


 あかりが両手をぱん、と叩く。


「考えるんはまた今度!」


「今日は帰ろう」


「えー」


 蒼太が不満そうな声を出す。


「えー、じゃない」


 あかりは笑う。


「春人の自由研究、終わっとらんじゃろ」


「あ」


 春人は思わず声を漏らした。


 すっかり忘れていた。


「ほんまじゃ」


 陸も苦笑する。


「今日来た目的、それじゃったな」


「歌で全部飛んだ」


 あかりが肩をすくめる。


 みゆも小さく笑った。


「わたしも忘れとった」


 春人は照れくさそうに頭をかいた。


「僕も」


「ほんなら」


 陸が入口の方を向く。


「納屋戻るか」


「うん」


 春人はうなずいた。


 自由研究も終わらせなければいけない。


 それに。


 今日撮った写真も整理しておきたかった。


 五人は氷色へ振り返る。


「また来る」


 春人が言う。


 氷色は静かに笑った。


「うん」


「まってる」


 小さく手を振る。


 青白い光が、ふわりと揺れた。


 五人は氷室をあとにする。


 一歩外へ出た瞬間、むっとする夏の空気が体を包んだ。


「暑っ!」


 あかりが顔をしかめる。


「氷室おったけぇ忘れとった」


「ほんまじゃな」


 陸が笑う。


 さっきまでの冷たい空気が嘘のようだった。


 木漏れ日の差す山道を、五人はゆっくり歩き始める。


 帰る場所は、いつもの納屋。


 まずは春人の自由研究を終わらせる。


 そして。


 今日分かったことは、自分たちだけの秘密として胸にしまっておく。


 まだ誰にも話せない。


 まだ誰にも証明できない。


 けれど。


 五人の胸の中には、同じ確信が生まれていた。


 歌は。


 どこかへ届いている。


◇◇◇


 納屋へ戻ると、夕方の風がゆっくり吹き抜けていた。


「ほら」


 あかりが笑う。


「本日の本来の目的」


「あ」


 春人は頭を抱えた。


「忘れてた」


「全員忘れとった」


 陸が笑う。


「返歌が強すぎたんじゃ」


 春人は苦笑しながらリュックを下ろす。


 クリアファイルを開く。


 今日撮った写真をタブレットへ並べた。


「この写真ええな」


 陸が画面をのぞき込む。


「岩の形がよう分かる」


「これ使おう」


 春人は写真を選び、資料と見比べながら文章を書き始める。


 みゆは横で静かに読んでいた。


「ここ」


 みゆが小さく指をさす。


「『二つの岩が並んでいます』だけじゃなくて」


「『高さは人の背丈より少し大きいです』って書いた方が分かりやすいと思う」


「あ」


 春人はうなずいた。


「ほんとだ」

 春人は書き直した。


「あと」


 蒼太が資料を見ながら言う。


「見学会で聞いた話も書いとけ」


「『昔の人は岩を大切にしていたと考えられています』って」


「うん」


 春人はうなずき、書き加える。


 もちろん。


 歌のことも。


 氷色のことも。


 返歌のことも書かない。


 そこだけは五人とも何も言わなかった。


 カリカリ、と鉛筆が走る。


 しばらくして。


「……できた」


 春人は最後の句点を書き終えた。


「終わった」


「やっと全部終わったな」


 陸が笑う。


「これで宿題、全部終わりじゃ」


 春人はできあがった自由研究を見つめた。


 書かれているのは、見学会で見た岩のこと。


 本当に大切なことは、一文字も書いていない。


 けれど、それでよかった。


 あれは、まだ誰にも話せない、五人だけの歌だった。

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