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第79話 あとひとつ


 翌朝。


 春人は机の上へノートを広げていた。


 隣には、昨日借りた『少年探検隊 山の秘密』。


 昨夜、少しだけ読むつもりだった。


 それなのに。


 気がつけば最後のページまで読み終えていた。


「面白かったな……」


 思わず小さく呟く。


 主人公たち五人は、地図を片手に山を歩き、何度も失敗しながら秘密を見つけていく。


 どこか、自分たちに似ている気がした。


 春人は原稿用紙へ鉛筆を走らせる。


 最初の一行を書くまで時間はかかった。


 けれど書き始めると、不思議なくらい手が止まらなかった。


 主人公が仲間を信じたこと。


 一人では見つけられなかったこと。


 最後まであきらめなかったこと。


 気づけば、何枚目かの原稿用紙を書いていた。


 最後の句点を書き終える。


「……できた」


 春人は大きく伸びをした。


 読書感想文、終了。


 机の横へ置いてあったタブレットを開く。


 宿題一覧を確認する。


 読書感想文。


 提出準備完了。


 春人は小さく笑った。


「あと一つ」


 残るのは自由研究だけだった。


 机の引き出しから、一冊のクリアファイルを取り出す。


 市の見学会でもらった資料。


 表紙には、


『甘岩の歴史を巡る 磐座・古墳見学会』


 と書かれている。


 中には地図や説明の紙。


 そしてタブレットには、あの日撮った写真が何枚も保存されていた。


 一枚目。


 最初の大きな磐座。


 二枚目。


 杉に囲まれた神社の岩。


 三枚目。


 陰陽石。


 春人の指が止まる。


「……」


 あの日は、ただ大きな岩だと思っていた。


 でも今は違う。


 氷色の歌。


 古代文字。


 そして、あの山で見つけたもう一つの石。


 全部が少しずつつながり始めている。


 黒崎の言葉も思い出した。


『最初は、なんかすげえな、だったんじゃろうな』


 春人は写真を見つめたまま、小さく笑う。


「黒崎さん、どこまで知ってるんだろう」


 その時だった。


 ピコン。


 タブレットが鳴った。


 陸からメッセージだった。


『昼から行くぞ。』


 続けてもう一通。


『宿題、終わらせとけよ。』


 春人は思わず笑う。


「分かってるよ」


 自由研究の資料をクリアファイルへ戻す。


 昼ご飯を食べ終えた春人は、リュックを背負って家を出た。


 中にはタブレットと、クリアファイル。


 そして、市の見学会でもらった資料が入っている。


 残る宿題は自由研究だけだった。


「行ってきます」


「気をつけてね」


 母さんの声を背に、自転車をこぎ出す。


 夏の空は高く、入道雲がゆっくり流れていた。


◇◇◇


 陸の家へ着くと、納屋の戸はもう開いていた。


「来た来た」


 あかりが手を振る。


 中へ入ると、みんなもう集まっている。


「終わった?」


 春人が聞く。


「漢字終わった」


 蒼太が答える。


「わたしも」


 みゆが小さくうなずく。


「うちは昨日で全部終わっとる」


 あかりが笑う。


「わしも」


 陸が胸を張った。


 四人の視線が春人へ集まる。


「僕は……」


 リュックを下ろしながら苦笑する。


「読書感想文は終わった」


「おお」


「自由研究だけ残ってる」


「あと一つじゃな」


 陸がうなずいた。


「自由研究、何にするん?」


「見学会のことにしようと思って」


 春人はクリアファイルを取り出した。


「これ」


 机へ広げる。


 見学会でもらった資料。


 磐座の地図。


 説明文。


 そして、タブレットに保存していた写真。


「あの日のじゃ」


 蒼太がすぐに気付いた。


「うん」


 春人は写真を順番に開いていく。


 最初の大きな磐座。


 神社の裏山。


 そして。


 陰陽石。


 五人の手が止まった。


「……」


 誰も何も言わない。


 画面の中の陰陽石は、あの日と何も変わっていなかった。


 けれど。


 自分たちは変わった。


 氷色に出会った。


 歌を知った。


 古代文字を読めるようになった。


 そして。


 山でもう一つの石を見つけた。


 春人は静かに言った。


「この時は、ただ見てただけだった」


 蒼太が写真を見つめたまま口を開く。


「今じゃったら、違うもんが見えるかもしれんな」


「うん」


 春人はうなずいた。


 あかりが立ち上がる。


「ほんなら」


 にっと笑う。


「行ってみる?」


 その一言で決まった。


 誰も反対しない。


 陸が地図をたたむ。


「よし」


 みゆも静かに立ち上がる。


 蒼太はもうリュックを背負っていた。


「早っ」


 春人が笑う。


「待てん」


 蒼太は真顔で答えた。


 納屋に笑い声が響く。


 五人は自転車を押して外へ出た。


 夏の日差しは相変わらず強い。


 けれど、風は少しだけ昨日より涼しく感じた。


 目指す先は、あの山だった。


 五人は自転車をこぎ始めた。


 家々を抜ける。


 田んぼの間の道を走る。


 夏の日差しがアスファルトを照らし、逃げ水が揺れていた。


「暑い……」


 あかりが額の汗をぬぐう。


「まだ坂あるぞ」


 陸が前を走りながら笑う。


「うそじゃろ」


「ほんま」


「最悪」


 そのやり取りに、春人も思わず笑った。


 やがて舗装された道を離れ、いつもの山道へ入る。


 木々が日差しを遮り、少しだけ空気が涼しくなった。


 鳥の鳴き声。


 風で揺れる葉の音。


 遠くではセミが鳴いている。


「やっぱり山は涼しいな」


 春人が言う。


「下とは全然違う」


 みゆもうなずいた。


 自転車を止める。


 ここから先は歩きだった。


 リュックを背負い直し、細い山道を進む。


 誰も急がない。


 けれど自然と足は速くなっていた。


 目指す場所はみんな同じだった。


 落ち葉を踏む音が静かな山へ響く。


 ざっ。


 ざっ。


 ざっ。


 しばらく歩くと、陸が前を指差した。


「あった」


 木々の間から、大きな岩が見えた。


 春人は足を止める。


 陰陽石だった。


 見学会で見た時と変わらない。


 けれど、今はあの時とは違って見えた。


 ただ大きいだけの岩ではない。


 氷色が話してくれたこと。


 あの歌。


 古代文字。


 全部が、この岩につながっている気がした。 


 五人はゆっくりと岩の前まで歩いていく。


 誰も口を開かなかった。


 風が吹く。


 木々がざわりと揺れた。


 夏とは思えないほど、ひんやりとした風だった。


 春人は岩を見上げる。


 胸の奥が、小さく高鳴っていた。


 ここで、本当に何かが分かるのだろうか。


 そんな期待と不安が入り混じる。


 その時だった。


 蒼太が一歩前へ出る。


 ゆっくりと陰陽石を見上げた。


 春人たちも自然とその横へ並ぶ。


 五人は顔を見合わせる。


 誰も言葉を口にしない。


 けれど。


 次に何をするのかは、みんな分かっていた。

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