表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
79/81

第78話 宿題


 夏休みも半分を過ぎた。


 朝からセミが元気よく鳴いている。


 陸の家の納屋には、今日も五人が集まっていた。


 ……ただし。


 机の上に広がっているのは地図でも古代文字のノートでもない。


 教科書。


 ノート。


 そして、それぞれのタブレットだった。


「今日は宿題じゃ。」


 陸が宣言する。


「宿題終わらさんと、おばあちゃんにも親にも言われるけぇな。」


「うちも。」


 あかりがうなずく。


「毎日遊びに行きょんじゃろって。」


 春人も苦笑した。


「うちも同じ。」


「ほんなら始めるか。」


 五人はそれぞれタブレットを開いた。


「うわ。」


 春人が思わず声を漏らす。


「読書感想文、自由研究、まだ終わってない……。」


「わしは自由研究だけ終わっとる。」


 蒼太が胸を張る。


「知っとる。」


 あかりが即答した。


「それ以外は?」


「……。」


「終わっとらんのじゃろ。」


「まだじゃ。」


「威張ることじゃないじゃろ。」


 みんなが笑う。



「まず算数する。」


 あかりはタブレットのドリルを開いた。


「これ終わらせたら気が楽じゃけぇ。」


「わしも算数。」


 陸も問題を開く。


「昼から畑じゃし。」


 二人は迷いなく問題を解き始める。



 一方。


「終わった。」


 蒼太が顔を上げた。


「は?」


 春人が時計を見る。


 まだ五分も経っていない。


「全部?」


「算数だけ。」


「早っ。」


「簡単じゃ。」


「なんで今までやらなかったの?」


「めんどかった。」


「それ絶対言うと思った。」


 あかりが呆れた。



 みゆは何も言わない。


 漢字ノートへ、一文字ずつ丁寧に書いている。


 止まらない。


 急がない。


 でも、確実に進んでいく。


「みゆ、もう終わりそうじゃな。」


 陸がのぞき込む。


「あと少し。」


 みゆは小さく笑った。



 春人はため息をつく。


「読書感想文か……。」


 一文字も書いていない。


 何を書けばいいのか分からない。


 その横で蒼太が本を閉じる。


「蒼太は読書感想文、何の本にしたの?」


「これ。」


 表紙には、


『日本の巨石と古代文明』


と書かれていた。


「……やっぱり。」


 四人の声がぴったり重なった。


「先生、困るんじゃね?」


 あかりが笑う。


「なんで。」


「また考察ばっかり書くんじゃろ。」


「感想も書く。」


「ほんま?」


「三行ぐらい。」


「少なっ!」


「春人。」


 蒼太が声をかける。


「何。」


「読書感想文、何読むん。」


「まだ決めてない。」


「決めてない?」


「うん。」


「もう夏休み半分じゃぞ。」


「分かってるよ。」


 春人は苦笑した。


「蒼太は?」


「終わっとる。」


「え?」


「読んだ。」


「書いたの?」


「まだ。」


「結局まだじゃん。」


 あかりが笑う。


「本読んだだけじゃろ。」


「感想は頭ん中にある。」


「紙に書かんと意味ないじゃろ。」


「……。」


「ほら。」


 蒼太は小さく咳払いをした。


「あとで書く。」


「その”あとで”が一番危ないんよ。」


 陸が笑う。


 みゆもくすっと笑った。


 その横で、タブレットから軽い電子音が鳴る。


「提出しました。」


 あかりだった。


「算数終わり。」


「早っ。」


「こういうのは先に終わらせるんよ。」


「さすが。」


 春人が感心する。


 陸も画面を閉じた。


「わしも終わり。」


「陸も早いな。」


「問題は簡単じゃけぇ。」


「なんで二人とももっと早うせんかったん。」


「遊びたかったけぇ。」


 二人が同時に答えた。


 思わずみんなが笑う。


 一方。


 みゆは相変わらず静かだった。


 漢字ノートへ丁寧に一文字ずつ書き続けている。


 止まることなく、ゆっくりと。


「みゆ。」


 春人が声をかける。


「もう終わりそう?」


「あと二ページ。」


「すごいな。」


「毎日ちょっとずつしょったから。」


「……えら。」


 春人は素直に感心した。


 みゆは少し照れくさそうに笑った。


 その時だった。


「なあ。」


 陸が蒼太を見る。


「自由研究、結局何にしたん。」


「見せちゃる。」


 蒼太はランドセルからクリアファイルを取り出した。


 表紙には大きく、


『甘岩市に残る巨石信仰について』


 と書かれていた。


 四人は顔を見合わせる。


「……やっぱり。」


 声がきれいにそろった。


蒼太はクリアファイルから数枚の紙を取り出した。


「ほら。」


 春人が受け取る。


 一枚目には、


『甘岩市に残る巨石信仰について』


 という題名。


 その下には、町の地図。


 神社や大きな石の場所が丁寧にまとめられていた。


「すご。」


 春人は思わず声を漏らす。


「ちゃんと調べたんだ。」


「図書館と郷土資料館。」


 蒼太が答える。


「あと、おじいさんらに聞いた。」


「聞き込みまでしたん?」


「ああ。」


 陸が横からのぞき込む。


「これ、陰陽石は?」


「書いとらん。」


「なんで。」


「説明できんじゃろ。」


 蒼太はあっさり言った。


「先生に『光りました』なんか書いたら終わりじゃ。」


 みんなが笑う。


「たしかに。」


 春人も苦笑した。


「氷室も?」


「場所だけ。」


「氷色は?」


「もちろん書いとらん。」


「じゃあ普通の自由研究なんだ。」


「そうじゃ。」


 蒼太はうなずいた。


「本当のこと全部書いたら、誰も信じん。」


 納屋が少し静かになる。


 それはみんな分かっていた。


 スクリーンショットは残っている。


 歌もある。


 石もある。


 でも。


 氷色のことだけは、自分たちしか知らない。


「……なんか変じゃな。」


 陸がぽつりと言う。


「ほんまのことなのに、書けんのじゃもんな。」


 春人は小さくうなずいた。


「でも、それでいいんだと思う。」


「なんで?」


「あれは、僕たちだけが知ってることだから。」


 しばらく誰も何も言わなかった。


 外ではミンミンゼミが鳴いている。


 夏の風が、納屋の中をゆっくり吹き抜けた。


 その空気を変えたのは、あかりだった。


「はい。」


 勢いよく立ち上がる。


「しんみりするん終わり!」


「宿題やる!」


「あー……。」


 春人が頭を抱える。


「現実に戻された。」


「当たり前じゃ。」


 あかりは笑う。


「感想文、一文字も書いとらんの誰じゃ。」


「……僕です。」


「ほら!」


 納屋に笑い声が響いた。


「図書館、閉まっとるしなあ。」


 あかりが腕を組んだ。


 春人はため息をつく。


「家の本はほとんど読んじゃったんだよ。」


「ほんなら。」


 陸が立ち上がる。


「納屋の奥、探してみる?」


「本あるの?」


「父さんらが子どもの頃のが残っとるかもしれん。」


 五人は机を離れ、納屋の奥へ向かった。


 普段はあまり入らない場所だった。


 壁際には古い棚が並び、その前には段ボール箱が積まれている。


「これ、重っ。」


 陸が一つ持ち上げる。


「雑誌ばっかりじゃ。」


「こっちは?」


 春人がふたを開ける。


 中には昔のおもちゃがぎっしり入っていた。


「ベーゴマじゃ。」


「懐かしい。」


「懐かしいん?」


 春人が笑う。


「いや、わしも遊んだことはない。」


「なんだ。」


 あかりが吹き出した。


 みゆは別の棚を見上げる。


「あ。」


「どうした?」


「本。」


 そこには少し色あせた児童書が何冊も並んでいた。


「こんな所にあったんじゃ。」


 陸がほこりを払う。


「じいちゃんが置いとったんかな。」


 春人は一冊手に取った。


 表紙には、山の中を歩く少年たちが描かれている。


 題名は――


『少年探検隊 山の秘密』


「面白そう。」


 ページを開く。


 一行目を読んだだけで、自然と続きを読みたくなった。


「もう一冊ある。」


 みゆが隣から差し出す。


『少女のぼうけん日記』


 花や森の絵が描かれた優しい表紙だった。


「あ、これ読みたい。」


 あかりが手を伸ばす。


「じゃあ、あとで貸して。」


 五人は床へ座り込み、それぞれ本を開いた。


 納屋の中は静かだった。


 聞こえるのは、ページをめくる音と、外で鳴くセミの声だけ。


 しばらくして。


「……なんかさ。」


 春人が顔を上げた。


「ん?」


「この主人公たち、五人組なんだ。」


 陸がのぞき込む。


「ほんまじゃ。」


「山を探検して、地図見ながら進むらしい。」


「わしらみたいじゃな。」


 陸が笑う。


「でも、こんなに迷わんじゃろ。」


 あかりが言う。


「蒼太がおるけぇ。」


「なんでわし。」


「絶対、『こっちじゃ』言うて違う道行く。」


「行かん。」


「行く。」


 四人が笑う。


 蒼太は少し口をとがらせた。


「……行くかもしれん。」


 納屋にまた笑い声が響いた。


 夏の風が吹き抜ける。


 春人は『少年探検隊 山の秘密』を大事そうに抱えた。


「これ、借りてもいい?」


「ええよ。」


 陸がうなずく。


「父さんらも、もう読まんじゃろうし。」


「ありがとう。」


 春人は笑った。


 本が決まっただけで、読書感想文が少し近くなった気がした。


 みんなは再び机へ戻る。


 タブレットを開き、ノートを広げる。


 さっきまで止まっていた宿題が、また少しずつ進み始めた。


 カリカリと鉛筆が走る音。


 タブレットをタップする音。


 ページをめくる音。


 そのどれもが、夏休みの午後らしい音だった。


 気がつけば、窓の外の日差しは少し傾き始めている。


「よし。」


 陸が大きく伸びをした。


「これで、あとちょっとじゃ。」


「僕も。」


 春人がうなずく。


「あとは自由研究と読書感想文。」


「でも、先は見えたじゃん。」


 あかりが笑った。


 春人は借りた本を見つめる。


「うん。あとはやるだけ。」


「わしは漢字だけ。」


 蒼太が言う。


「それ、結構あるじゃろ。」


 あかりが笑う。


「まあ、今日やる。」


「ほんまじゃろうな。」


「ほんまじゃ。」


 みゆは自分のノートを閉じた。


「わたしも、あと少し。」


 五人は顔を見合わせる。


 宿題も、もうすぐ終わる。


 そうしたら、またみんなで山へ行ける。


 五人の頭の中は、もう次の探検のことでいっぱいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ