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第77話 相談


 戸がゆっくり開いた。


「おーい、陸。」


 聞き慣れた声と一緒に、夏の風が納屋へ吹き込む。


 陸が顔を上げる。


「あ。」


「杉谷さんじゃ。」


 杉谷は片手に回覧板を持ったまま、いつもの笑顔で中をのぞき込んだ。


「おったおった。」


「お父さん留守じゃろ。」


「回覧板置いとくぞ。」


 そこまで言って、机いっぱいに広げられた地図へ目を向ける。


「……お?」


 日本地図。


 タブレット。


 子どもたち五人。


 そして黒崎。


 杉谷は思わず笑った。


「今日はまた、えらい真面目な顔しとるのう。」


 黒崎が肩をすくめる。


「俺も今来たばっかりじゃ。」


「こいつらが、妙なもん見つけてな。」


「妙なもん?」


 杉谷は回覧板を机へ置くと、そのまま輪の中へ入ってきた。


「聞かせてみ。」


 春人は黒崎を見る。


 黒崎は軽くうなずいた。


「話してええ。」


 春人は昨日から今日までの出来事を、順番に話した。


 山で見つけた一本の石。


 歌。


 空へ伸びた金色の光。


 返ってきた返事。


 氷色が話してくれた「石から石へ」という言葉。


 そして、東へ伸びる一本の線。


 杉谷は最後まで何も言わず聞いていた。


 話が終わると、小さく息を吐く。


「……なるほどなあ。」


 地図へ目を落としたまま言う。


「で。」


「黒崎は伊勢じゃ思うとるんか。」


「可能性の話じゃ。」


 黒崎は静かに答える。


「俺なら、まず伊勢から調べる。」


 杉谷はゆっくりとうなずいた。


「遠い話になったのう。」


 その一言で、子どもたちは少しだけ肩を落とす。


 伊勢。


 そこまで行かなければ、本当のことは分からない。


 でも。


 そこへ行く方法がない。


 杉谷は五人の顔を見回す。


「ほれ。」


「まだ諦める顔するな。」


 あかりが顔を上げた。


「でも。」


「親が許してくれんもん。」


 陸もうなずく。


「歌うたったら光りました、返事が返ってきましたって言うても……。」


 杉谷は思わず吹き出した。


「それは、わしでも困るわ。」


 納屋に笑いが広がる。


 重たかった空気が少しだけほどけた。


 しばらく誰も話さなかった。


 その時だった。


「……自由研究。」


 蒼太がぽつりと言った。


 全員が振り向く。


「石を調べる。」


「歴史を調べる。」


「そういう目的なら。」


「伊勢へ行く理由になる。」


 春人は思わず顔を上げる。


 自由研究。


 その言葉は、冒険と現実をつなぐ橋のようだった。


 黒崎は口元をゆるめた。


「それじゃ。」


「親にも説明しやすい。」


 杉谷もうなずく。


「ちゃんと目的がある。」


「それなら、大人は話を聞いてくれる。」


 みゆが小さく笑う。


「それなら……。」


「お父さんも、お母さんも。」


「聞いてくれるかもしれない。」


 春人の胸が少しだけ軽くなった。


 昨日までは、東のどこか。


 それしか分からなかった。


 今は違う。


 伊勢という名前があり。


 そこへ向かう理由も、少しずつ形になり始めている。


 黒崎は地図の上を指でゆっくりとなぞった。


「俺のほうでも調べてみる。」


「昔世話になった人がおる。」


「伊勢や磐座に詳しい人じゃ。」


「まずは話を聞いてみる。」


 杉谷も笑う。


「その辺は、わしも一緒に考えちゃる。」


 子どもたちは顔を見合わせた。


 二人の大人が、一緒に考えてくれている。


 それだけで、不思議と「できるかもしれない」と思えた。


 納屋の外では、真夏の空がどこまでも青く広がっている。


 その東の空の向こうには。


 昨日、自分たちの歌へ返事をくれた誰かがいる。


 春人は、その空を静かに見上げた。


 東の向こうが、昨日より少しだけ近く感じられた。


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