第73話 みんな
翌日の午後。
昼ご飯を食べ終えた春人は、自転車をこぎながら陸の家へ向かった。
昨日見つけた、山の中の石。
あの場所へもう一度行けば、何か分かるかもしれない。
そんなことばかり考えていた。
陸の家へ着くと、納屋の前にはもう何台もの自転車が並んでいた。
「もう来てるんだ」
春人は自分の自転車を並べて止める。
納屋から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
戸を開ける。
「春人、来た来た」
あかりが手を振る。
みゆも小さく笑って会釈した。
陸は机の上へ地図を広げながら言う。
「あと蒼太だけじゃ」
「珍しいね」
春人が言った、その時だった。
キィッ――。
外で自転車のブレーキが鳴る。
続いて、勢いよく戸が開いた。
「遅れた!」
蒼太が肩で息をしながら飛び込んでくる。
髪は少し乱れ、額には汗がにじんでいた。
「何しとったん」
あかりが笑う。
「いや、ちょっとな」
蒼太は曖昧に答えると、すぐに話を変えた。
「ほら、早よ行こうや」
すると陸が首をかしげる。
「宿題は」
蒼太の動きが止まる。
「……あ」
一瞬、納屋が静まり返った。
「あんた、まだなん?」
「……忘れとった」
蒼太が頭をかく。
あかりは呆れたように笑った。
「うちは朝やっとる」
「わたしも」
みゆも頷く。
「僕も昼ご飯の前に終わらせてきたよ」
春人も言う。
陸は少し笑いながら肩をすくめた。
「うちは午前中、桃の手伝いじゃけぇな。昨日の夜に終わらせといた」
蒼太は四人を見回した。
「……なんでみんな、そんな早う終わっとるん」
四人は顔を見合わせる。
そして、誰からともなく笑った。
「早く氷室へ行きたかったから」
その一言で十分だった。
蒼太は大きくため息をつく。
「しまった……」
「ほら」
あかりが机をぽんと叩く。
「国語出して」
「漢字はわたし見る」
みゆがノートを受け取る。
「計算は僕が見るよ」
春人も椅子を引いた。
「五人でやれば、すぐ終わるじゃろ」
陸が笑う。
蒼太は観念したように宿題を取り出した。
「……頼む」
◇◇◇
宿題を終えた五人は、リュックを背負って納屋を出た。
自転車を押しながら歩き始める。
田んぼの上を夏の風が吹き抜けていった。
「そういえばさ」
春人が何気なく口を開く。
「蒼太、午前中は何してたの?」
蒼太の足がぴたりと止まる。
「……」
「家におったん?」
あかりが首をかしげる。
蒼太は少しだけ言いにくそうな顔をした。
「……実はな」
四人が蒼太を見る。
「待ちきれんくて」
照れくさそうに頭をかく。
「午前中、一人で氷室行っとった」
「えぇ!?」
四人の声が重なった。
「一人で?」
陸が目を丸くする。
「そう」
蒼太は苦笑いを浮かべた。
「昨日みたいに呼んでみたんじゃ」
「氷色ーって」
「歌も歌った」
「でも」
少し間を置く。
「全然出てこんかった」
誰も口を開かなかった。
「結構待ったんじゃ」
「石も昨日のまま」
「何回呼んでも返事もなかったんじゃ」
蒼太は肩をすくめる。
「結局、一人で帰った」
「なんでじゃろ」
みゆが小さくつぶやく。
「昨日は普通だったのに」
「分からん」
「じゃけぇ、みんなで行って確かめようと思うて」
五人は顔を見合わせると、自転車へまたがった。
氷室へ向かって、一斉にペダルを踏み込む。
畑の間の道を抜ける。
夏の日差しを受けて、青い稲が風に揺れていた。
やがて人家が少なくなり、小さな林が見えてくる。
いつもの場所に自転車を止めると、五人は木漏れ日の中を歩き始める。
林を抜けると、ひんやりとした空気が流れてきた。
石段を下り中へ入ると、夏とは思えない冷たい空気が肌を包んだ。
春人は奥へ向かって声をかける。
「氷色」
少し間を置いて、青白い光がふわりと揺れた。
「……きた」
淡い光の中に、小さな姿が現れる。
氷色は五人を見回して、小さく笑った。
蒼太は待っていたように一歩前へ出た。
「朝は何回呼んでも出てこんかったんじゃ」
「なんで今は会えたん」
氷色は五人を順番に見つめる。
「ひとりでは、あえない」
少し間が開く。
「……みんな」
蒼太は大きく息を吐く。
「そういうことか……」
「じゃけぇ朝は駄目じゃったんじゃな」
頭をぽりぽりとかく。
「一時間近う、一人で『氷色ー!』って叫びよったんじゃぞ……」
あかりが吹き出した。
「なにそれ」
「めっちゃ恥ずかしいじゃん」
陸も笑いをこらえきれない。
「そりゃ会う人がおらんで良かったな」
みゆも口元へ手を当て、小さく笑う。
蒼太は肩を落とした。
「ほんまじゃ……」
「今思うたら、完全に一人芝居じゃ」
春人も少し笑ってから、氷色へ向き直る。
「氷色」
「なあに」
「昨日も、僕たちと一緒にいた?」
氷色は小さくうなずく。
「いた」
「石のところも?」
「うん」
「見てた?」
「みてた」
春人は小さくうなずいた。
「そっか」
「じゃあ、一つ教えて」
「昨日、あの石から空へ光が伸びていったよね」
「あれは何だったの?」
氷色は少しだけ空を見上げるように目を閉じた。
静かな氷室に、その答えだけがゆっくりと落ちていこうとしていた。




