第70話 作戦
氷室を出ると、夏の日差しが一気に降り注いだ。
「暑っ!」
あかりが思わず顔をしかめる。
「生き返ったと思ったら、また溶けるわ」
「どっちなん」
陸が笑った。
五人は神社の石段へ腰を下ろした。
さっきまで氷室で見ていた金色の光が、まだ頭の中から離れない。
春人はタブレットを開いた。
画面には、岡山県を横切る金色の線が静かに残っていた。
県境を越え、その先へ。
まだ続いている。
「……行ってみたいな」
春人がぽつりと言う。
誰も笑わなかった。
全員が、同じことを思っていた。
「行きたい」
みゆも小さく頷く。
あかりは勢いよく立ち上がる。
「じゃあ行こうや!」
「今から!」
「無理じゃ」
蒼太が即座に返した。
「なんでよ」
「県の外じゃぞ」
蒼太は画面を指さす。
「自転車で行ける距離じゃねぇ」
陸も苦笑した。
「それ以前に親が許さん」
「あ……」
あかりの勢いが止まる。
「絶対言われる」
「宿題終わっとるん?」
その一言で。
全員が一斉に目を逸らした。
「……」
「……」
「……」
答えなくても分かった。
春人は苦笑した。
「まだ半分くらい」
「わたしも」
みゆが小さく手を挙げる。
「自由研究まだ」
陸が頭をかく。
「漢字ドリル全然」
あかりが目を逸らした。
蒼太だけが黙っている。
「蒼太」
春人が見る。
「……お前は?」
少し間があった。
「自由研究だけ終わっとる」
「そこだけかい!」
あかりが思わず突っ込む。
笑いが弾けた。
氷室で張りつめていた空気が、一気にほどける。
ひとしきり笑ったあと。
蒼太が急に真面目な顔になった。
「でも」
全員が静かになる。
「行くんなら」
「終わらせるしかねぇ」
その声には迷いがなかった。
春人も頷く。
「うん」
「ちゃんと終わらせよう」
陸が腕を組む。
「午前中は手伝いがあるけぇ」
「午後なら納屋使えるぞ」
「あ!」
あかりが顔を上げる。
「じゃあ毎日集まろうや!」
「宿題終わらせて」
「終わったら探検!」
「それええ」
陸も笑う。
みゆも小さく頷いた。
「分からないところ」
「みんなで教え合える」
「決まりじゃな」
蒼太が立ち上がる。
「宿題終わらせる」
「その間に」
「もう一回、円の所も行く」
「左の道も調べる」
春人は思わず顔を上げた。
そうだ。
まだ終わっていない。
左へ伸びた金色の道。
あの先にも、何かある。
「全部終わったら」
春人が言う。
「黒崎さんに相談しよう」
その名前に、全員が頷いた。
黒崎なら。
きっと、この地図を見ても笑わない。
知らない場所へ行く方法も知っているかもしれない。
五人は顔を見合わせる。
やることが決まった。
宿題。
氷室。
円形列石。
左の道。
そして――黒崎。
五人は神社の石段を下りる。
昼を過ぎた夏の日差しが、石畳を白く照らしていた。
自転車のところまで戻ると、誰からともなく足が止まる。
「ほんまにやるんじゃな」
陸が言った。
蒼太は迷わず頷く。
「やる」
「宿題全部終わらせる」
「円も調べる」
「左も行く」
「それで」
一度言葉を切る。
「黒崎さんに会う」
あかりは笑った。
「なんか作戦みたいじゃな」
「作戦じゃ」
蒼太も少し笑う。
「夏休み作戦」
その名前が妙にしっくりきて、みんなも笑った。
春人は空を見上げる。
青い空。
入道雲。
遠くでセミが鳴いている。
この町へ来てから。
夏休みが、こんなに楽しみになるなんて思ってもみなかった。
「じゃあ」
春人が言う。
「明日の午後」
「陸の納屋集合」
「宿題持って」
「決まり!」
あかりが拳を突き上げる。
「負けんけぇ!」
「何に」
陸が笑う。
「宿題に!」
「勝ち負けあるんか」
また笑い声が広がる。
その笑いは、神社の森へ吸い込まれていった。
春人はタブレットをリュックへしまう。
画面はもう暗くなっていた。
けれど。
金色の線は、確かに見た。
あれは夢じゃない。
世界はつながっている。
その先へ行くために。
まずは目の前の宿題を終わらせる。
なんだか、それさえも冒険の一部みたいに思えた。
五人はそれぞれ自転車へまたがる。
「また明日!」
「またな!」
元気な声が重なる。
ペダルを踏む音が、夏の坂道へ散っていく。
春人は最後に一度だけ、神社を振り返った。
木々の向こうには、氷室がある。
そのさらに先には、円形列石。
そして。
まだ見ぬ、金色の道の続き。
春人は少しだけ笑った。
ペダルを踏み込む。
夏の風が、五人の背中を押していた。




