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第69話 つながる


 氷室は静まり返っていた。


 水滴が落ちる。


 ぽちゃん。


 さっきまで壁いっぱいを走っていた金色の光は、もうどこにもない。


 残っているのは、冷たい石と、息をのむ五人だけだった。


 春人は、まだ胸の鼓動がおさまらない。


 氷色は岩壁を見つめたまま、小さく首を振る。


「……まだ、ひらかない」


 その声だけが、静かな氷室へ溶けていった。


 誰も返事ができない。


 歌は完成した。


 光も現れた。


 それでも開かなかった。


 何かが足りない。


 そのことだけは、全員が分かっていた。


 その時だった。


「待て」


 蒼太が声を上げた。


 全員が振り向く。


 蒼太は春人のタブレットだけを見つめている。


「まだ光っとる。」


 春人も画面を見る。


 確かに。


 さっきの振動は止まっていた。


 けれど画面には、まだ金色の線が残っていた。


 一本。


 また一本。


 網のようにつながっている。


「消えてない……」


 春人が呟く。


 蒼太は画面へ顔を近づけた。


「これ。」


「まだ拡大しとるだけじゃ。」


「……え?」


「縮めてみ。」


 春人は恐る恐る二本の指を画面へ置く。


 ゆっくり指を閉じる。


 画面が動いた。


「あっ」


 思わず声が漏れる。


 線だけだった画面へ、薄く地形が浮かび上がる。


 山。


 川。


 道。


 見覚えのある形。


「これ……」


 陸が目を見開いた。


「甘岩市じゃ。」


 全員が息をのむ。


 本当に。


 毎日見ている町だった。


 学校。


 神社。


 氷室。


 さっき行った山。


 全部そこにあった。


 そして。


 金色の線は、その山を中心に張り巡らされている。


「すげぇ……」


 あかりが思わず呟く。


 みゆは夢中でノートへ描き写していた。


 蒼太だけは動かない。


「まだじゃ。」


 その一言だった。


「もっと縮めろ。」


 春人はもう一度指を動かした。


 画面が、すっと引いていく。


 甘岩市が小さくなる。


 山並みが広がる。


 川が一本の青い線になり。


 道が細い糸になっていく。


「……岡山じゃ。」


 陸が思わず呟いた。


 見慣れた形だった。


 春人も、その形に見覚えがあった。


 その岡山県の中を、金色の線が一本、静かに横切っていた。


「えっ……」


 春人の手が止まる。


 その線は。


 甘岩市で終わっていなかった。


 一本。


 細い線が。


 町の外へ伸びている。


 山を越え。


 川を越え。


 画面の端へ。


「外……」


 陸が呟く。


「県の外じゃ。」


 誰も声を出せなかった。


 さらに縮める。


 すると。


 一本だと思っていた線は、途中でまた枝分かれしていた。


 別の方向へ。


 また別の方向へ。


「まだある……」


 あかりの声が震える。


 春人は画面から目を離せなかった。


 町だけじゃない。


 山だけでもない。


 もっと広い。


 もっと遠くまで。


 金色の線は続いている。


 蒼太が小さく笑った。


 その笑いは、今まで見たことがないくらい静かだった。


「やっぱりじゃ。」


「これ。」


「甘岩だけの話じゃねぇ。」


 氷室に沈黙が落ちる。


 その先へ。


 その先へ。


 細い線は、県境を越えていた。


 線はまだ続いている。


 どこへ向かうのか。


 誰も知らない。


 ただ一人。


 氷色だけが、その画面を見つめて、小さく微笑んだ。


「氷色。」


 春人が小さく呼ぶ。


「この先にも……いるの?」


 氷色は画面を見つめた。


 金色の線を、じっと見つめる。


 その顔は、どこか懐かしそうだった。


 そして。


 静かに微笑んだ。


「……つながる。」


 氷色の声は、まるで自分に言い聞かせているようだった。


 春人は画面を見つめた。


 指先一つで縮められる世界。


 けれど。


 その先に続く道は、自分たちの足で行かなければならない。


 甘岩市は、世界の終わりじゃなかった。


 ここは、始まりだった。

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