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第6話 呼んでいる文字


「……呼んどるみたい」


 みゆの言葉に、みんなが黙った。


 昼休みの教室は、いつもと何も変わらない。


 誰かが笑っている。


 椅子を引く音がする。


 廊下では低学年の子が走って先生に怒られている。


 窓の外では、真夏の光を浴びた校庭が白く眩しく光り、その向こうから聞こえてくるセミの声が、夏の空気を震わせていた。


 昨日と同じ昼休みだ。


 たぶん明日も同じだろう。


 それなのに。


 春人たちの机の周りだけは、まるで別の場所みたいに静かだった。


 タブレットの画面には、まだあの文字が映っている。


 ――この声が聞こえていますか?


 そして、その下に並ぶ見たことのない文字。


 読めない。


 意味も分からない。


 それなのに、みゆは言った。


 呼んでいるみたいだ、と。


「誰が?」


 最初に口を開いたのは蒼太だった。


「誰が呼んどるん?」


 みゆは少しだけ困った顔をした。


 言葉を探しているようだった。


 答えを知っているわけではない。


 ただ感じたことを口にしただけなのだろう。


 しばらく画面を見つめたあと、小さく首を振った。


「分からん」


「分からんのかい」


「分からん」


「じゃあ何で呼んどるって思ったん」


 みゆは黙った。


 春人はその横顔を見た。


 みゆは普段からあまり喋らない。


 静かで。


 目立たなくて。


 教室の中にいても、どこか少し離れた場所にいるような子だ。


 けれど今は違った。


 蒼太も、陸も、あかりも、みんながみゆの言葉を待っている。


 そして春人自身も、その続きを聞きたいと思っていた。


 転校してきてまだ数日しか経っていない。


 なのに不思議だった。


 昨日まで知らなかった子たちと、同じことを気にしている。


 同じ文字を見ている。


 同じ答えを探そうとしている。


 そんなことが少しだけ嬉しかった。


「……分からんけど」


 みゆがようやく口を開く。


「見た時に、そう思った」


 それだけだった。


 説明になっているようで、なっていない。


 でも。


 春人には少しだけ分かる気がした。


 昨夜、自分も同じだったからだ。


 文字を見た瞬間、理由もなく気になった。


 意味も分からない。


 誰が送ったのかも分からない。


 それなのに、どうしても目を離せなかった。


 何かがおかしい。


 でも、その何かが分からない。


 みゆもきっと同じなのだろう。


 蒼太は頭を抱えた。


「何なんそれ」


「蒼太も分かっとらんじゃろ」


 あかりがすぐに突っ込む。


「それはそうじゃけど」


「じゃあ一緒じゃん」


「一緒ではない」


「一緒じゃろ」


 陸が苦笑した。


 そのやり取りに、少しだけ張りつめていた空気が緩む。


 春人も思わず笑った。


 こんな話をしたら笑われるかもしれない。


 昨日まではそう思っていた。


 タブレットに変な文字が出た。


 誰かに呼ばれている気がする。


 普通に考えたら、かなり変な話だ。


 でも誰も笑わない。


 蒼太は本気で考えている。


 陸もふざけていない。


 あかりも怖がりながら画面を覗いている。


 みゆも静かに文字を見つめている。


 昨日まで名前も知らなかった子たちなのに。


 今はみんなが同じ画面を囲んでいた。


 そのことが春人には少しだけ嬉しかった。


 転校してからずっと、自分はまだこの町の外側にいるような気がしていた。


 教室にはいる。


 話もする。


 でも、本当にその輪の中へ入れているのかと聞かれたら、自信はなかった。


 けれど今は違う。


 自分の見たものを、みんなが見ている。


 自分が気になっていたことを、みんなが気にしている。


 その感覚が、胸の奥をじんわり温かくしていた。


「結城」


 蒼太が顔を上げた。


「最初から全部話して」


「全部?」


「うん。いつ出たんか、どんな感じだったんか、消えたんか、残っとるんか。全部」


 春人は頷いた。


 そして昨日からの出来事を、できるだけ順番に話し始めた。


 休み時間。


 タブレットが鳴ったこと。


 画面に文字が現れたこと。


 氷室の文字を思い出したこと。


 そして気付いた時には消えてしまったこと。


 その夜。


 もう一度文字が現れたこと。


 蒼太に言われた通り、慌ててスクリーンショットを撮ったこと。


 話しながら春人は少し不思議な気分になった。


 昨夜までは自分だけの出来事だった。


 一人で考えて。


 一人で悩んで。


 一人で気にしていた。


 それを今はみんなに話している。


 そして、みんなが真剣に聞いている。


 それだけで、この出来事の見え方が少し変わる気がした。


 怖いだけじゃない。


 不安なだけでもない。


 どこかワクワクしている自分がいる。


 それに気付いて、春人は少し驚いた。


 「……故障?」


 陸が低い声で言った。


 教室の窓から吹き込んできた風が、机の上に置かれたプリントをふわりと揺らしていく。


 誰かが笑う声が遠くで聞こえた。


 廊下を走る足音もする。


 昼休みはまだ続いている。


 それなのに春人たちの周りだけは、まるで時間が少し遅く流れているみたいだった。


「故障で『この声が聞こえていますか?』は出んじゃろ」


 蒼太が即座に言う。


 その声には迷いがなかった。


 さっきまで騒いでいたのに、今はまるで別人みたいだった。


 目だけが真剣に画面を見ている。


「まあ、それはそうじゃな」


 陸も否定はしなかった。


 むしろ困っているようだった。


 現実的に考えれば故障が一番ありそうだ。


 でも。


 故障にしては妙だった。


 あまりにも意味がありそうだった。


 あまりにも誰かが話しかけているみたいだった。


「いたずらとか?」


 あかりが首を傾げる。


「学校のタブレットで?」


「できる人がおったらできるんかな」


「それこそ先生案件じゃな」


 陸が言った。


 その瞬間だった。


 春人の頭の中に職員室の風景が浮かんだ。


 タブレットを預ける。


 詳しい先生が来る。


 設定を調べる。


 再起動する。


 そして最後に。


『様子を見ましょう』


 そう言われる。


 そんな気がした。


 たぶん間違ってはいない。


 むしろ正しい。


 学校のタブレットに変な表示が出たなら、本当ならそうするべきなのだろう。


 でも。


 なぜだろう。


 春人は少しだけ嫌だった。


 怖いわけではない。


 怒られるわけでもない。


 それでも。


 この文字を今すぐ大人へ渡してしまうのは違う気がした。


 まだ何も分かっていないからだろうか。


 それとも。


 自分たちだけが知っている秘密が、消えてしまう気がしたからだろうか。


「待て」


 蒼太が手を上げた。


「今見せたら絶対故障扱いじゃ」


「あー」


 あかりが納得した顔になる。


「それはありそう」


「一回電源切ってくださいで終わる」


「ありそうじゃな」


 陸も頷いた。


 春人は少しだけ肩の力を抜いた。


 どうやら自分だけではなかったらしい。


 みんなも同じことを考えていた。


 理由は分からない。


 でも。


 まだ終わらせたくない。


 もう少しだけ追いかけてみたい。


 そんな気持ちだった。


 その時だった。


「あんたはどう思う?」


 あかりがみゆを見る。


 みゆは少しだけ目を伏せた。


 画面の文字を見る。


 胸の奥がまたざわついた。


 理由は分からない。


 でも。


 文字を見ていると、どこか遠くを見ているような気分になる。


 何かを思い出しそうなのに思い出せない。


 そんな感じだった。


「……まだ」


 小さな声だった。


「まだ見せん方がいい気がする」


 みんなが黙った。


 理由はない。


 説明もない。


 でも不思議だった。


 みゆがそう言うと、そうした方がいいような気がしてしまう。


 教室の外では誰かが大声で笑っている。


 夏の風が吹いている。


 白い雲がゆっくり流れている。


 その当たり前の昼休みの中で。


 五人だけが、少し違う場所へ足を踏み入れかけているような気がした。


「じゃあ」


 蒼太が言った。


「調べる」


「何を?」


 春人が聞く。


「文字じゃ」


 当然のような顔だった。


 そして蒼太はランドセルを開く。


 ごそごそと何かを探す。


 しばらくして取り出したのは、一冊のノートだった。


 かなり分厚い。


 端は少し折れている。


 何度も開いた跡があった。


 そして表紙には大きな字でこう書かれていた。


 ――古代文字調査ノート


「あるんかい!」


 あかりが叫んだ。


 周囲の何人かが振り向く。


「ある」


 蒼太は真顔だった。


「いつから?」


「去年から」


「去年から!?」


 春人は思わず吹き出した。


 陸も笑う。


 あかりも笑う。


 みゆまで少しだけ口元を緩めていた。


 教室の窓から差し込む光の中で。


 蒼太だけが少し照れくさそうに鼻を掻いていた。


 その顔を見た瞬間。


 春人は急に分かった気がした。


 たぶん蒼太は今まで何度も笑われてきたのだ。


 神代文字。


 石碑。


 古い伝承。


 そんな話ばかりしていたら、普通は変なやつだと思われる。


 でも。


 今は違う。


 今だけは違った。


 蒼太が集めてきたものが、もしかしたら役に立つかもしれない。


 そう思った。


「見せて」


 春人が言う。


 蒼太は少し驚いた顔をした。


 それから静かにノートを開いた。


 そこには鉛筆で写された文字がびっしり並んでいた。


 氷室。


 神社。


 石碑。


 古い道標。


 何なのか分からない記号まである。


 ページの端には小さなメモも書いてある。


 どこで見つけたのか。


 いつ見たのか。


 どんな形だったのか。


 全部書いてあった。


 春人は思わず息を呑んだ。


 すごかった。


 冗談じゃなく。


 本当にすごかった。


 蒼太は一年近く、この町の中に散らばっている何かを追いかけ続けていたのだ。


 誰に頼まれたわけでもないのに。


 誰に褒められるわけでもないのに。


「すご……」


 思わず漏れた。


 蒼太が少しだけ視線を逸らした。


 その横顔が、少しだけ嬉しそうに見えた。


「でも、役に立ってる」


 春人がそう言った瞬間だった。


 蒼太が少しだけ黙った。


 ほんの一瞬だったけれど、それまで当たり前みたいに喋っていた蒼太が言葉を失ったのを、春人は見逃さなかった。


 教室の窓から風が吹き込んでくる。


 カーテンがふわりと膨らんだ。


 遠くでは誰かが笑っている。


 給食当番らしい子たちが廊下を走っていく音も聞こえた。


 昼休みはまだ続いている。


 けれど、その一瞬だけ。


 春人には周囲の音が少し遠くなったように感じられた。


 蒼太は照れたように鼻をこする。


「じゃろ」


 そう言った声は、いつもより少しだけ小さかった。


 その顔を見て、春人はなんとなく分かった。


 たぶん蒼太は今まで、このノートを見せて褒められたことがあまりないのだ。


 変なことばかり調べている。


 また始まった。


 そんなふうに言われることの方が多かったのだろう。


 だからこそ。


 今は少し嬉しそうだった。


 その様子を見ていたあかりが笑う。


「なんか得意げじゃな」


「得意じゃし」


「認められた瞬間だけ調子乗るんじゃけぇ」


「調子乗っとらん」


「乗っとる」


「乗っとらん」


 すぐに言い合いが始まる。


 陸が呆れたように肩をすくめた。


「仲良しじゃな」


「仲良しではない」


 二人の声が揃う。


 それがまた面白くて、春人は思わず吹き出した。


 数日前まで知らなかった教室なのに。


 数日前まで知らなかった人たちなのに。


 気付けば笑っている。


 そのことが不思議だった。


 でも嫌ではなかった。


 むしろ心地よかった。


 そんな空気の中で、蒼太は再びノートへ目を落とした。


 今度は真剣な顔だった。


 タブレットを横へ置く。


 ノートを開く。


 そして何度も見比べ始めた。


 画面。


 ノート。


 画面。


 ノート。


 近付けたり。


 離したり。


 目を細めたり。


 角度を変えたり。


 その様子はまるで、どこかの研究者みたいだった。


「どう?」


 春人が聞く。


 蒼太はすぐには答えなかった。


 眉間に皺を寄せたまま考えている。


 窓の外では雲がゆっくり流れていた。


 白い光が机の上を少しずつ移動していく。


 教室の時計の秒針だけが静かに進んでいた。


 やがて。


「同じじゃない」


 蒼太が言った。


 春人は少しだけ息を止める。


「でも」


 蒼太が続ける。


「似とる」


 その言葉に、春人の胸が小さく高鳴った。


「どこが?」


 あかりが聞く。


 蒼太はノートを指差した。


「ここ」


 さらにタブレットを指差す。


「この丸」


「うん」


「あと、この線の曲がり方」


「うん」


「それから、この並び」


 春人も身を乗り出した。


 確かに同じではない。


 同じ文字だと言われたら違う気もする。


 でも。


 何となく似ていた。


 雰囲気が似ていた。


 同じ人が書いた字ではないけれど、同じ国の文字みたいな。


 そんな感じだった。


「仲間みたいな文字?」


 春人が言う。


 蒼太は少し考えたあと、頷いた。


「そんな感じ」


 仲間。


 その言葉が妙にしっくりきた。


 春人はもう一度タブレットを見る。


 氷室。


 文字。


 メッセージ。


 全部が少しずつ繋がり始めている気がした。


 もちろん証拠なんてない。


 ただの想像かもしれない。


 でも。


 もし本当に繋がっていたら。


 そう考えた瞬間、胸の奥がそわそわした。


 ワクワクする。


 そんな気持ちを認めるのは少し悔しかったけれど。


 春人は確かにワクワクしていた。


「もう一回行くしかないな」


 蒼太が言った。


 まるで最初から決まっていた答えみたいに。


「どこへ?」


「氷室じゃ」


 当然のような顔だった。


 あかりが吹き出す。


「やっぱりそうなるんじゃ」


「なるじゃろ」


「なるんか」


「なる」


 陸は腕を組んだ。


「放課後か」


「うん」


「あそこ暗いんじゃろ」


「暗い」


「滑る所ある?」


「ある」


「じゃあ気を付けんとな」


 その言葉を聞いて、春人は少し驚いた。


「陸も行くの?」


 陸は不思議そうな顔をした。


「行くじゃろ」


「なんで?」


「危なそうじゃし」


 それだけだった。


 でも。


 春人には分かる気がした。


 陸は文字が好きなわけじゃない。


 古代文明が好きなわけでもない。


 たぶん一番興味があるのは、人だ。


 友達が危なそうな場所へ行くなら一緒に行く。


 それだけなのだ。


 そういう人なのだと思った。


 そして。


 そういう人が一人いるだけで、なぜだか安心できる気がした。


「あたしも行く」


 あかりが手を挙げた。


 その声は思ったよりも軽かった。


 まるで明日の遊びの予定でも決めるみたいに。


「え?」


 春人は思わず聞き返した。


「あかりも?」


「だって気になるじゃろ」


 あかりは当たり前みたいに言う。


 窓から吹き込んできた風が前髪を揺らした。


 机の上のプリントがかさりと鳴る。


 昼休みの光は明るくて。


 教室の中には相変わらずたくさんの声が溢れていた。


 それなのに。


 春人には今、自分たちの話だけが妙にはっきり聞こえていた。


「それに」


 あかりは少し笑う。


「蒼太だけに任せたら絶対やりすぎるし」


「失礼じゃな」


「事実じゃろ」


「事実ではない」


「事実じゃ」


 即答だった。


 陸が吹き出す。


 春人も笑った。


 蒼太だけは納得していない顔をしていたけれど、その様子が余計におかしかった。


 笑いながら春人は思う。


 もし数日前の自分だったら。


 こんなふうに誰かと笑うことはなかったかもしれない。


 転校初日。


 教室のどこへ座ればいいのかも分からなかった。


 誰と話せばいいのかも分からなかった。


 昼休みの過ごし方すら分からなかった。


 そんな自分が今は。


 同じ机を囲んで笑っている。


 それが少し不思議だった。


「みゆは?」


 春人が聞いた。


 みんなの視線がみゆへ向く。


 みゆは少しだけ困った顔をした。


 その表情を見た瞬間。


 春人はなんとなく答えが分かった。


「……バス」


「あ」


 蒼太が固まった。


「スクールバスか」


 陸が言う。


 みゆは小さく頷く。


 窓の外では、白い雲がゆっくり流れていた。


 昼の光が校庭を照らしている。


 放課後になれば。


 みゆは決まった時間にスクールバスへ乗る。


 みんなみたいに寄り道はできない。


 氷室へ行くこともできない。


 ほんの少しだけ。


 空気が静かになった。


 春人はみゆを見る。


 みゆも画面を見ていた。


 あの文字を見ていた。


 その横顔は相変わらず静かだったけれど。


 どこか寂しそうにも見えた。


 行けない。


 でも気になる。


 その気持ちが春人にも伝わってくる気がした。


 みゆはしばらく黙っていた。


 それからぽつりと言う。


「おじいちゃんなら」


 みんなが顔を上げた。


「知っとるかもしれん」


「おじいちゃん?」


 春人が聞き返す。


「昔話とか」


 みゆは少し考える。


「こういう話、よう知っとる」


 その瞬間だった。


 蒼太の目が光った。


 本当に光ったように見えた。


「伝承じゃ!」


 教室に響く声。


「何が」


 あかりが呆れた顔になる。


「伝承担当じゃ!」


 蒼太はみゆを指差した。


「俺らは氷室担当」


「担当なん?」


 みゆが首を傾げる。


「担当じゃ」


「いつ決まったん」


「今」


 即答だった。


 あかりが笑う。


 陸も笑う。


 春人も笑った。


 みゆだけ少し困った顔をしていたけれど、嫌そうではなかった。


 むしろ。


 少しだけ嬉しそうに見えた。


 春人はふと思う。


 たぶん。


 みゆも気になっているのだ。


 文字のこと。


 氷室のこと。


 呼んでいるみたいだと言った、自分でも理由の分からない感覚のこと。


 だから。


 みんなと一緒には行けなくても。


 何かしたいと思っている。


 そんな気がした。


「聞いてみる」


 みゆが言う。


 小さな声だった。


 けれど今までで一番はっきりしていた。


「じゃあ決まりじゃ」


 蒼太が満足そうに頷く。


「放課後、氷室調査」


「あたしら現地組」


 あかりが言う。


「みゆは伝承組」


 陸が続ける。


 そして少し笑った。


「なんか探検隊みたいじゃな」


 探検隊。


 その言葉が空気の中へ広がった。


 春人の胸の奥で何かが小さく跳ねる。


 探検隊。


 確かにそうかもしれない。


 まだ何も分かっていない。


 文字の意味も分からない。


 誰が送ったのかも分からない。


 氷室と関係があるのかどうかも分からない。


 でも。


 分からないから面白い。


 分からないから行きたくなる。


 そんな気持ちが少しずつ大きくなっていた。


 転校してきて、まだ数日しか経っていない。


 昨日まで、この町には知っている人がほとんどいなかった。


 道も分からない。


 学校も分からない。


 誰と話せばいいのかも分からなかった。


 なのに今は違う。


 同じ机を囲んでいる。


 同じ画面を見ている。


 同じ謎を追いかけようとしている。


 窓の外では、夏の空に白い雲が浮かんでいた。


 ゆっくりと流れていく雲は、転校してきた日の空と同じはずなのに、今日は少し違って見えた。


 空が変わったわけじゃない。


 町が変わったわけでもない。


 たぶん変わったのは自分だった。


 春人はそっとタブレットを閉じる。


 怖くないわけではない。


 不安がなくなったわけでもない。


 でも。


 それ以上に胸の奥がそわそわしていた。


 放課後が待ち遠しい。


 この町へ来てから初めて。


 本当にそう思った。






挿絵(By みてみん)


 



お読みいただきありがとうございます。

予告編的な動画を作成してみました。よければ見てやってくださいませ(*´∀`)♪

https://www.instagram.com/reel/DZRg8g8JCcU/?igsh=cjRtZ3lud3V0dmdl

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