第63話 探す
「全部見るぞ」
蒼太が言った。
いや。
宣言だった。
広場の真ん中でぐるりと石を見回しながら、完全に目が据わっている。
「全部じゃ」
「全部?」
あかりが呆れた。
「何個あると思っとるん」
「知らん!」
「知らんのかい」
陸が突っ込む。
けれど誰も反対しなかった。
春人も同じことを考えていたからだ。
さっき見つけた刻印。
あれが一つだけとは思えない。
もし石と文字が繋がっているなら。
まだ何かある。
そんな気がしていた。
山の奥から冷たい空気が流れてくる。
木々の隙間から落ちる光が揺れていた。
その下に石が点々と並んでいる。
今までは景色だった。
けれど今は違う。
どの石も何かを隠しているように見えた。
「じゃあ分かれて探そうや」
陸が言う。
「でも道から外れるなよ」
「なんで」
蒼太が聞く。
「マダニおる」
一瞬だった。
蒼太が黙る。
「おるん?」
「おる」
「蛇もおる」
あかりが言った。
「やめろ」
蒼太が真顔になる。
「普通に怖い」
「じゃろ」
陸が笑った。
春人は思わず足元を見る。
山道の脇では草が膝の高さまで伸びている。
笹も混じっていた。
少し外れたら地面なんて見えない。
東京にいた頃は考えたこともなかった。
山には山のルールがある。
「長袖着といて良かったな」
あかりが袖を引っ張る。
「暑いけど」
「暑いけど」
陸も頷いた。
「半袖で入るもんじゃない」
汗はかく。
けれど木陰へ入ると空気は思ったより冷たい。
首筋を流れた汗を、山から降りてくる風がさらっていく。
春人は少しだけ腕をさすった。
「じゃあ探すぞ!」
結局。
一番先に動いたのは蒼太だった。
石へ走る。
しゃがむ。
覗く。
首を傾げる。
違う。
次へ行く。
「忙しいな」
陸が笑う。
「止まったら死ぬんじゃろ」
あかりが言う。
「マグロか」
春人も笑った。
蒼太は聞いていない。
本当に聞いていなかった。
「おった!」
突然声が響いた。
全員が振り向く。
蒼太が石を指差していた。
「今度こそ!」
駆け寄る。
そこにあったのは拳くらいの石だった。
表面は苔で覆われている。
けれど一部だけ。
苔が途切れた場所に細い線が見えた。
「これじゃ!」
春人も膝をつく。
確かに線だった。
自然に割れた跡ではない。
誰かが刻んだみたいに滑らかだった。
「写真」
みゆが言う。
「あ」
春人はタブレットを向けた。
カシャ。
そして。
ピッ。
電子音が鳴る。
全員が固まった。
「鳴った」
陸が言う。
「鳴った」
あかりも言う。
春人は画面を見る。
また線が増えていた。
文字の横に。
細い一本が。
まるで続きを書き足すみたいに。
「やっぱりじゃ」
蒼太の声が震える。
「やっぱり石じゃ」
そこからは早かった。
みゆが二つ目を見つける。
陸が三つ目を見つける。
あかりは自信満々で傷を見つける。
「これ!」
「違う」
「まだ言うてない!」
「顔で分かった」
「ひど!」
全員が笑う。
その隣の石に本物の刻印が見つかった。
「みゆすご」
「たまたま」
「絶対たまたまじゃない」
あかりが言う。
みゆは少し照れたように笑った。
写真を撮るたびに電子音が鳴る。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
そのたびに画面の線が増える。
春人は何度も画面を見た。
増えた線はばらばらではなかった。
少しずつ。
何かの形へ近付いている気がする。
「なあ」
陸が声を上げた。
「なんか偏っとらん?」
全員が顔を上げる。
陸は見つかった石を順番に指差した。
「こっち側ばっかりじゃろ」
言われてみればそうだった。
刻印が見つかった石は全部、大岩の同じ側に集まっている。
反対側の石には何もない。
「ほんまじゃ」
あかりが呟く。
蒼太は黙った。
石を見る。
大岩を見る。
また石を見る。
今度は一つ一つではなく、石と石の間を見ているようだった。
「……並び方か」
春人も同じことを思った。
石そのものじゃない。
置かれた場所にも意味があるのかもしれない。
山の奥から冷たい空気が流れてくる。
木漏れ日が揺れる。
その中で蒼太はゆっくり息を吸った。
「文字だけじゃなかったんじゃな」
蒼太は大岩と石を何度も見比べた。
目が完全に据わっている。
「最初は文字を探しとる思うとった」
「でも違う」
指先が周囲の石を示す。
「石そのものが」
一度言葉を切る。
まるで自分でも信じられないことを口にするみたいに。
「石そのものが、文章なんかもしれん」
風が吹いた。
木々が揺れる。
葉の擦れる音が頭上を流れていく。
春人は思わず周囲を見回した。
大岩。
点々と置かれた石。
刻まれた線。
タブレットの文字。
氷色の言葉。
ばらばらだったものが、少しだけ繋がった気がした。
――つながる。
その言葉が、もう一度胸の奥で響いた。




