表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
63/114

第62話 道しるべ


 一本線の先に。


 新しい文字がゆっくりと浮かび始めた。


「出た!」


 蒼太が叫ぶ。


「近い近い!」


 あかりが慌てて服を引っ張る。


「押すなって!」


「押しとらん!」


「押しとる!」


 春人は思わず笑いそうになった。


 けれど自分も似たようなものだった。


 胸がどくどく鳴っている。


 昨日の夜、自分の部屋で見た一本線。


 その続きを今、山の中で見ている。


 どう考えても普通じゃなかった。


 光はゆっくりと動く。


 まるで誰かが画面の上へ文字を書いているみたいに。


 曲線。


 短い線。


 また曲線。


 見たことのない形だった。


「読めるん?」


 あかりが聞く。


「無理じゃ」


 蒼太が即答した。


「じゃろうな」


 陸が頷く。


「でも新しい文字じゃ」


 蒼太の目は画面へ釘付けだった。


 誰も喋らなくなる。


 山の空気はひんやりしていた。


 頭上で葉が揺れる。


 遠くで鳥が鳴いた。


 やがて。


 最後の線が繋がる。


 ピッ。


 小さな電子音が鳴った。


 光が消える。


 画面には新しい文字だけが残っていた。


「……」


 五人は見つめる。


 当然だが読めない。


「分からん」


 あかりが言った。


「分からんな」


 陸も言った。


「分からん」


 蒼太も言った。


「全員、分からないじゃないか」


 春人が笑う。


 その時だった。


「あれ」


 小さな声だった。


 みゆだった。


 全員が振り向く。


 みゆは画面を見ている。


 けれど。


 どこか違うものを見る顔だった。


「どうした?」


 春人が聞く。


 みゆは少しだけ首を傾げる。


「これ」


 画面を指差す。


「見たことある気がするんじゃけど」


 一瞬。


 蒼太の動きが止まった。


「どこで」


 今度は静かな声だった。


 さっきまでの勢いが嘘みたいだった。


 みゆは考える。


 そして。


 ゆっくりと尾根の向こうを指差した。


「あっち」


 春人は目を瞬く。


 尾根の向こう。


 それは。


 みんなで歌を歌った場所だった。


「ほんまに?」


 陸が聞く。


「たぶん」


 みゆは頷く。


「似とる気がする」


 蒼太はもう待てなかった。


「行こう」


 いや。


 違う。


「行くぞ!」


 だった。


 言うが早いか歩き始める。


「待て!」


 陸が肩を掴む。


「転げるぞ!」


「転げん!」


「絶対転げる!」


 あかりが笑う。


 春人もつられて笑った。


 けれど胸の奥は落ち着かなかった。


 もし本当に同じなら。


 氷室で現れた文字が。


 山の石と繋がることになる。


 氷色の言葉を思い出す。


『つながる』


 あの時は意味が分からなかった。


 けれど。


 もしかしたら。


 今、自分たちはその続きを見ようとしているのかもしれない。


 五人は尾根の方へ向かって歩き始めた。


 木漏れ日の揺れる山道を。


 歌を歌った場所へ向かって。


 山の奥から流れてくる冷たい空気が頬を撫でる。


 その先に何があるのかは分からない。


 けれど。


 みんな同じことを考えている気がした。


 ――あの文字は、きっと何かを繋いでいる。


 歌を歌った場所は、前と何も変わっていないように見えた。


 大きな岩。


 その周りに点々と置かれた石。


 木々の隙間から差し込む朝の光。


 あの日と同じ景色だった。


 けれど。


 春人には少し違って見えた。


 前はただの石だった。


 変わった形をした岩だな、くらいにしか思わなかった。


 今は違う。


 氷室の文字を知っている。


 陰陽石の刻印を知っている。


 だから目に入る石全部が気になった。


「どれじゃ」


 蒼太が辺りを見回す。


 もう落ち着きは完全になくなっていた。


「どこなんじゃ」


「だから分からんて」


 あかりが笑う。


「みゆが『気がする』言うただけじゃろ」


「でも見た気がするんよ」


 みゆは少し困ったように言った。


 そして石の方へ歩いていく。


 春人たちも後に続いた。


 大きな石。


 小さな石。


 苔むした石。


 どれも山の中なら普通にありそうなものばかりだった。


 だから余計に分からない。


「これか?」


「違う気がする」


「じゃあこっちは?」


「それも違う」


「全然分からん!」


 あかりが両手を上げた。


 蒼太はもう石の周りをぐるぐる回っている。


 春人はしゃがみ込んだ。


 目の前にあった小さな石を見る。


 苔が付いている。


 少し湿っている。


 ただの石だった。


 そう思って顔を上げかけた時だった。


「あれ」


 思わず声が漏れる。


 朝日が角度を変えた瞬間だった。


 苔の隙間に細い影が見えた。


 春人はもう一度顔を近付ける。


 傷のようにも見える。


 けれど違う。


 その線は途中で消えない。


 緩やかに曲がりながら石の表面を走っていた。


「あった」


 小さく呟く。


 次の瞬間。


「どれ!」


 蒼太が飛んできた。


「近い!」


 春人が思わず笑う。


 みんなも集まってくる。


 石の側面。


 苔の切れ目。


 そこに刻まれた細い線。


 蒼太はすぐにタブレットを取り出した。


 画面に残る新しい文字と、石の刻印を何度も見比べる。


 顔を近付けては離し、角度を変えてまた見直す。


 誰も口を開かなかった。


 山の中は不思議なくらい静かだった。


 頭上で葉が揺れる音だけが聞こえる。


 蒼太はしばらく黙ったまま文字を追い続ける。


 そして。


「待て」


 ぽつりと言った。


 その声に全員が顔を上げる。


「何じゃ」


 陸が聞く。


 蒼太は答えない。


 もう一度タブレットを見る。


 石を見る。


 指先で刻印の線をなぞる。


 それからゆっくり息を吸った。


「……同じじゃ」


 今度は誰も笑わなかった。


 春人も石へ顔を近付ける。


 確かに全部が同じではない。


 けれど。


 線の流れが似ている。


 曲がる場所が似ている。


 偶然とは思えなかった。


 画面の文字と。


 石の刻印。


 別々のはずなのに。


 どこかで繋がっている気がした。


 春人は顔を上げた。


 広場にはまだ石がある。


 一つだけじゃない。


 二つでもない。


 大きな岩の周りに、いくつもの石が点々と置かれている。


 今までは景色の一部だった。


 ただそこにあるだけの石だった。


 けれど。


 もうそうは見えなかった。


 どの石も何かを隠しているように見える。


 蒼太も同じことを考えていたらしい。


 ゆっくりと周囲を見回しながら呟く。


「……これだけじゃない」


 その声に全員が黙った。


 山の奥から冷たい空気が流れてくる。


 木漏れ日が揺れる。


 そして春人は思った。


 氷色が言った『つながる』は。


 もしかしたら。


 文字だけの話じゃないのかもしれない。


 石と石。


 山と氷室。


 そして。


 まだ自分たちの知らないどこかへ。


 この場所は繋がっているのかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ