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第58話 手がかり


 氷室の中は静かだった。


 さっきまで響いていた歌の余韻だけが、まだどこかに残っている気がした。


 壁の刻印はもう光っていない。


 奥の石壁も、いつもと同じだった。


 けれど。


 春人たちは誰も動かなかった。


 今。


 確かに何かが起きた。


 そのことだけは分かっていた。


「なあ」


 最初に口を開いたのは陸だった。


「今の何じゃったん」


「知らん」


 蒼太が即答する。


「だと思った」


 あかりが言った。


 少しだけ笑い声が漏れる。


 けれどすぐに静かになった。


 誰も本当は気になっていた。


 みゆはノートを見ている。


 春人はタブレットを見ている。


 氷色は奥の壁を見ていた。


 それぞれ見ているものは違うのに。


 考えていることはたぶん同じだった。


「整理しよう」


 みゆが言った。


 珍しく先生みたいな口調だった。


 蒼太がすぐに反応する。


「はい」


「返事はいらん」


「はい」


「聞いとる?」


「はい」


「聞いてないな」


 陸が笑った。


 みゆは小さくため息をつく。


 そしてノートを開いた。


「まず」


 鉛筆の先が歌を指す。


「歌が増えた」


 全員が頷く。


「それから」


 今度はタブレットを見る。


「文字も増えた」


「増えたな」


 春人が言う。


「それで」


 みゆは少し迷った。


「山で見た文字と同じのがあった」


 静かになった。


 陰陽石のあった山。


 あの日見つけた刻印。


 苔の隙間に隠れていた古い文字。


 それが今。


 歌の続きの中に現れている。


「つまり」


 蒼太が言う。


 全員が見る。


「つまり?」


 あかりが聞く。


「分からん」


「お前もうええわ」


 即座に返された。


 今度はみんな笑った。


 春人も少しだけ肩の力が抜ける。


 けれど。


 やっぱり気になる。


「歌ったら光ったよな」


 陸が言った。


「うん」


 春人が答える。


「前も光った」


 みゆが言う。


 その言葉に全員が頷く。


 初めて山で歌った時も。


 氷室で氷色が歌った時も。


 何かが反応した。


「じゃあ歌が鍵なんじゃろ」


 あかりが言った。


「それは前からそうじゃ」


 蒼太が言う。


 珍しく真面目な声だった。


「じゃあ何で今回は違うん」


 誰もすぐには答えられなかった。


 静かな時間が流れる。


 やがて。


「続き」


 みゆが言った。


「え?」


 春人が顔を上げる。


「続きまで歌った」


 みゆはノートを見つめていた。


「今まではここまでじゃった」


 指先が最初の二行をなぞる。


「今日は続きがあった」


 春人は息を呑んだ。


 確かにそうだった。


 今までは知らなかった。


 今日初めて。


 歌の先が現れた。


「つづけてください」


 ぽつりと陸が言った。


 全員がそちらを見る。


「何?」


 あかりが聞く。


「ほら」


 陸は春人のタブレットを指差した。


「メッセージ」


 春人の頭に文字が浮かぶ。


【つづけてください】


 その言葉。


 確かにあった。


「歌も続いた」


 陸が言う。


「文字も続いた」


 蒼太が黙る。


 みゆも黙る。


 誰も何も言わなかった。


 けれど。


 何となく同じことを考えていた。


「何を続けるんじゃろ」


 あかりが呟いた。


 誰も答えられない。


 言葉。


 歌。


 声。


 石。


 全部繋がっている気がする。


 なのに。


 肝心なところだけがまだ見えなかった。


 その時だった。


「つながる」


 氷色がぽつりと言った。


 全員が振り向く。


 氷色は壁を見ていた。


「何が」


 蒼太が聞く。


 氷色は困ったような顔をする。


 それから。


 小さく首を振った。


「わからない」


 いつもの答えだった。


 けれど。


 今度は少し違った。


「でも」


 氷色は続ける。


「つながる」


 その言葉だけは確信しているみたいだった。


 春人は氷色を見る。


 氷色も自分を見る。


 透き通るような瞳だった。


 そして。


 どこか寂しそうだった。


「なあ」


 蒼太が言う。


 珍しく静かな声だった。


「山じゃない?」


 全員が顔を上げる。


「山?」


「だって」


 蒼太はノートを指差した。


「山の文字が出てきたんじゃろ」


「歌ったら光ったんじゃろ」


「氷色も何か見たんじゃろ」


 そこまで言って。


 蒼太は言った。


「次、山じゃろ」


 春人は返事をしなかった。


 けれど。


 たぶん全員同じことを思っていた。


 氷室で起きたこと。


 歌の続き。


 光った刻印。


 その答えは。


 あの山のどこかにある気がした。

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