表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
58/87

第57話 続きの歌


 誰も動かなかった。


 氷室の中には、まだ歌の余韻が残っている気がした。


 春人は氷色を見る。


 氷色自身も戸惑った顔をしていた。


 本当に覚えていないらしい。


「みゆ」


 蒼太が言う。


「書けた?」


「ちょっと待って」


 みゆはノートを見つめたまま答える。


 鉛筆を握る手が止まらない。


 書き漏らしがないか確認しているらしい。


 蒼太が横から覗き込む。


「見せて」


「まだ」


「ちょっとだけ」


「まだ」


「けち」


「うるさい」


 即答だった。


 あかりが吹き出す。


 陸も笑った。


 けれど。


 みゆだけは真剣だった。


 やがて。


「できた」


 そう言ってノートを開く。


 全員が集まった。


 肩がぶつかる。


「近い」


 みゆが言う。


「ごめん」


 誰も離れなかった。


 結局そのままだった。


 ノートには歌が並んでいた。


 上の二行は知っている。


 何度も聞いた歌だ。


 けれど。


 その下に続きがあった。


 春人は息を呑む。


「増えとる」


 陸が呟く。


「本当に増えとる」


 蒼太の目が光った。


 みゆはページを押さえながら言う。


「たぶんここから」


 鉛筆の先が新しい部分を指した。


 聞いたことのない音だった。


 今までの歌と似ている。


 けれど違う。


「何て意味じゃろ」


 あかりが言う。


「分からん」


 蒼太が答える。


「またそれ」


「でも本当に分からん」


 今回は誰も否定しなかった。


 春人もノートを見る。


 歌。


 言葉。


 石。


 全部がどこかで繋がっている。


 そんな気がした。


「待って」


 みゆが言った。


 今度はタブレットを見ている。


 画面には新しい記号が並んでいた。


 金色の光は消えている。


 けれど文字は残っていた。


「これ」


 みゆが指差す。


「歌と同じ場所」


「は?」


 蒼太が顔を上げる。


「どういうこと」


 みゆはノートを開く。


 歌の続き。


 そしてタブレットの文字。


 交互に指差した。


「増えたところ」


 静かに言う。


「一緒」


 全員が黙った。


 春人も見比べる。


 確かにそうだった。


 歌が増えた。


 文字も増えた。


 同じタイミングで。


「じゃあ」


 陸が言う。


「歌が先なん?」


「かもしれん」


 みゆが答える。


 蒼太は腕を組んだ。


 目がぎらぎらしている。


 考えている時の顔だった。


「歌が鍵なんじゃ」


 ぽつりと言う。


「鍵?」


「文字を読むための」


 春人はタブレットを見る。


 今まで。


 歌はただの歌だった。


 手掛かりの一つ。


 そう思っていた。


 けれど違うのかもしれない。


「なあ」


 あかりが言う。


「じゃあさ」


 全員が振り向く。


「氷色がもう一回歌ったらどうなるん」


 静かになった。


 確かに。


 その可能性はあった。


 蒼太が勢いよく振り返る。


「ひいろ!」


 氷色はきょとんとしていた。


「もう一回」


「うたって」


 氷色は少し考える。


 そして。


 困ったように首を傾げた。


「わからない」


 いつもの答えだった。


「じゃろうな」


 陸が言う。


 全員が少しだけ笑う。


 その時だった。


「あ」


 みゆが小さく声を上げた。


 誰も気付かなかった。


 みゆだけが。


 ノートの一番下を見ていた。


「どうしたん」


 春人が聞く。


 みゆは返事をしない。


 ノートとタブレットを見比べている。


 そして。


 ゆっくり顔を上げた。


「これ」


 少し震えた声だった。


「前にも見た」


 全員が固まった。


「どこで?」


 蒼太が聞く。


 みゆはノートの新しい文字を指差した。


 そして。


 氷室の奥を見た。


「石」


 静かな声だった。


「この文字」


「石にもあった」


 全員が固まった。


「どの石」


 蒼太が聞く。


「陰陽石のあった山」


 みゆが答えた。


 一瞬。


 沈黙が落ちた。


 そして。


「やっぱりじゃ!!」


 蒼太が叫んだ。


「うるさい!」


 あかりが即座に言う。


「何がやっぱりなん!」


「知らん!」


「知らんのかい!」


 陸が吹き出した。


「でもやっぱりじゃ!」


 蒼太は真顔だった。


「絶対何かある!」


「根拠は」


「勘」


「終わっとる」


 あかりが呆れる。


 けれど。


 蒼太はもう止まらなかった。


「歌が増えた」


 指を一本立てる。


「文字も増えた」


 二本目。


「石にもあった」


 三本目。


「つまり」


 全員が待つ。


「つまり……」


 蒼太は止まった。


「つまり?」


 春人が聞く。


「分からん」


「お前なぁ!」


 今度は全員が笑った。


 みゆはノートを見る。


 新しく増えた歌。


 まだ意味は分からない。


 けれど。


 確かにそこに残っていた。


「なあ」


 陸が言った。


「歌ってみる?」


 全員が顔を上げる。


「は?」


 あかりが言う。


「何で」


「いや」


 陸は肩をすくめた。


「歌が鍵なんじゃろ?」


 蒼太が固まる。


 そして。


「天才か」


 真顔で言った。


「いや、普通じゃろ」


「いや天才じゃ」


「どっちなん」


 あかりが呆れた。


 けれど。


 春人も少しだけ同じことを考えていた。


 歌。


 文字。


 石。


 全部繋がっている。


 なら。


 歌ってみてもいいのかもしれない。


「やる?」


 みゆが聞く。


 春人は頷いた。


 あかりも。


 陸も。


 蒼太は最初からやる気だった。


 五人は輪になる。


 氷色が不思議そうに見ていた。


「分からんかったら途中で止めるで」


 あかりが言う。


「分かった」


 春人はノートを見る。


 みゆが持っている。


「せーの」


 陸が言った。


 そして。


 五人は初めて歌った。


「アー イーラ ムー ナー」


 声が氷室へ広がる。


 少し恥ずかしかった。


 けれど誰も止まらない。


「アー ヨーラ モー ウー」


 石壁に声が反響する。


 春人はふと氷色を見る。


 氷色は目を見開いていた。


 驚いているみたいだった。


 歌は続く。


 今度は新しい部分。


 みゆがノートを見ながら先導する。


 聞いたばかりの歌。


 まだ慣れない音。


 それでも。


 五人の声は途切れなかった。


 その時だった。


「あ」


 氷色が小さく声を上げた。


 全員の歌が止まる。


「何?」


 蒼太が聞く。


 氷色は答えない。


 ただ。


 氷室の奥を見ていた。


 誰も気付かなかった。


 けれど。


 氷室の奥の石壁。


 苔の下に隠れていた古い刻印が、


 ほんの一瞬だけ金色に光った。


 氷色が小さく息を呑む。


「ひいろ?」


 春人が振り向く。


 けれど。


 氷色は何も言わなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ