第55話 今だけ
出そろった文字は、こうだった。
【わたしたちの声を】
【もう一度】
【つないでください】
【つづけてください】
【ことばをのこして】
【うたをうたって】
【わすれないで】
そして、その少し上には。
【私たちの声は】
【もう遠く】
【なっています】
【道が開いているのは】
【今だけです】
五人は並んだ文字を見つめていた。
さっきまでの騒ぎが嘘みたいだった。
「忘れないでって」
あかりが言う。
「何を?」
「知らん」
蒼太が答えた。
「じゃろうな」
陸が言う。
けれど誰も笑わなかった。
分からないのは本当だった。
歌をうたって。
言葉を残して。
忘れないで。
何となく意味は分かる。
けれど。
何を忘れないのかは書いていない。
「わたし」
みゆが言った。
「こっちの方が気になる」
指差したのは別の文章だった。
【道が開いているのは】
【今だけです】
全員がそちらを見る。
「道」
春人も呟いた。
「何の道じゃろ」
「知らん」
蒼太が言う。
「またそれ」
あかりが返した。
「だって知らんもん」
「胸張って言うことじゃない」
「じゃああかりは知っとるんか」
「知らん」
「お前もかい」
陸が吹き出した。
みゆまで笑う。
結局誰も知らなかった。
少しだけ空気が軽くなる。
けれど春人だけは、もう一度文字を見た。
【私たちの声は】
【もう遠く】
【なっています】
遠く。
その言葉が胸に引っかかる。
氷色の顔が浮かんだ。
歌っていた時の顔。
名前をもらった時の顔。
みんなで笑っていた時の顔。
もし。
本当に声が遠くなっているのなら。
氷色も――。
そこまで考えて、春人は首を振った。
まだ分からない。
勝手に決めつけるな。
そう思う。
けれど胸の奥のざわつきだけは消えなかった。
「閉じるんかな」
みゆが小さく言った。
全員がそちらを見る。
「何が?」
あかりが聞く。
「道」
みゆは画面から目を離さなかった。
「今だけって書いてある」
誰も返事をしなかった。
閉じる。
その言葉だけが妙に重かった。
「じゃあ」
陸が言う。
「今しか聞けんのん?」
「たぶん」
蒼太が答えた。
珍しく静かな声だった。
「だから急いどったんじゃろ」
「誰が」
あかりが聞く。
蒼太は少しだけ考えた。
それから。
「向こう」
と言った。
「向こうって便利な言葉じゃな」
陸が言う。
「大体それで済ませとる」
「便利じゃからな」
「認めるんかい」
また少し笑い声が上がった。
けれど春人は笑えなかった。
向こう。
歌を残した人たち。
石に印を残した人たち。
メッセージを送ってきた誰か。
そして。
氷色。
全部が繋がっている気がした。
「なあ」
陸が言った。
「これ、氷色は知っとるんかな」
その名前が出た瞬間。
全員が顔を上げた。
同じことを考えていたのが分かった。
氷色。
歌を知っている。
言葉を知っている。
思い出せないだけで。
たぶん。
一番答えに近い。
「行こう」
蒼太が立ち上がった。
「今から?」
あかりが言う。
「今だけなんじゃろ」
蒼太は画面を指差した。
【道が開いているのは】
【今だけです】
誰も反対しなかった。
春人もタブレットを抱える。
分からないことばかりだった。
けれど。
答えに近づく方法だけは分かる。
氷室へ行けばいい。
五人は顔を見合わせる。
蒼太が真っ先に駆け出す。
「待て!」
陸が追う。
「あんたら速い!」
あかりが叫ぶ。
みゆも走り出した。
春人はタブレットを抱え直す。
今だけ。
その言葉が頭から離れなかった。
五人は氷室へ向かって走った。




