第54話 お願い
誰も喋らなかった。
タブレットの光だけが、静かに五人の顔を照らしている。
【お願いがあります】
その文字の下では、まだ読めない記号が揺れていた。
「続きある」
みゆが言う。
「あるな」
蒼太も頷く。
スマホはまだ手に持ったままだった。
いつでも撮れるように。
本気だった。
その時。
ピコン。
「来た!」
蒼太が叫ぶ。
「近い!」
あかりが押し返す。
「押すな!」
「見えん!」
また五人の頭が集まる。
画面の一番下。
記号がゆっくりと形を変え始めた。
【わ□□□□□】
【わた□□□□】
【わたしたちの】
誰も喋らなくなる。
続く文字が変わる。
【わたしたちの□を】
「声じゃね?」
陸が言った。
【わたしたちの声を】
「来た」
蒼太が呟く。
今度は騒がなかった。
次が気になりすぎた。
文字は少しずつ増えていく。
【もう□□】
【もう一□】
【もう一度】
春人は画面を見つめた。
もう一度。
その言葉だけで胸が少しざわつく。
昔の誰かが。
今、自分たちに話しかけている。
そんな気がした。
さらに下の行が変わる。
【つ□□□□さい】
【つないでくだ□い】
【つないでください】
静かになった。
誰もすぐには喋らない。
画面には並んでいた。
【わたしたちの声を】
【もう一度】
【つないでください】
「声って何」
あかりが言った。
「歌じゃね?」
陸が言う。
「氷色かもしれん」
みゆが言った。
春人もそう思った。
氷色はずっと思い出そうとしていた。
歌を。
言葉を。
昔のことを。
「でも」
蒼太が言う。
「氷色だけじゃない」
全員が顔を上げた。
「だって『わたしたち』じゃろ」
その言葉に。
誰も反論できなかった。
氷色はずっと「わたし」だった。
わたしたちではない。
ピコン。
また音が鳴る。
「出た!」
今度はみゆが叫んだ。
画面の下で新しい文字が変わり始める。
【私たちの□は】
【私たちの声は】
【もう□□】
【もう遠□】
【もう遠く】
春人は息を呑んだ。
さらに文字が増える。
【私たちの声は】
【もう遠く】
【なっています】
誰も喋らない。
遠く。
その言葉だけが胸に残った。
氷色の顔が浮かぶ。
思い出せなかった顔。
届きそうで届かなかった言葉。
ずっと遠くから呼んでいたような声。
そして。
また一行。
文字が変わり始める。
【道が□□□□□】
「道?」
あかりが首を傾げた。
【道が開いて□るのは】
【道が開いているのは】
さらに続く。
【今□□】
【今だけ□】
【今だけです】
画面には並んでいた。
【私たちの声は】
【もう遠く】
【なっています】
【道が開いているのは】
【今だけです】
誰もすぐには喋らなかった。
「今だけ?」
あかりが言う。
「何が今だけなん」
「知らん」
蒼太が答える。
「またそれ」
陸が言った。
けれど誰も笑わなかった。
道。
遠く。
今だけ。
どれも気になる言葉だった。
「道って何じゃろ」
みゆが呟く。
「山道じゃろ」
陸が言う。
「違うじゃろ」
蒼太が即座に否定する。
「じゃあ何」
「知らん」
「結局知らんのんかい」
今度は少しだけ笑い声が漏れた。
けれどすぐに消えた。
春人は画面を見つめる。
今だけです。
その言葉が頭から離れなかった。
最初の日から届いていた文字。
氷色。
歌。
石。
ようやくここまで来たのに。
そんな気持ちだけが胸の中に残った。
「閉じるんかな」
みゆが小さく言った。
全員がそちらを見る。
「何が?」
あかりが聞く。
「道」
みゆは画面から目を離さなかった。
「今だけって書いてある」
誰も返事をしなかった。
閉じる。
その言葉だけが妙に重かった。
「じゃあ」
陸が言う。
「今しか聞けんのん?」
「かもしれん」
蒼太が答えた。
珍しく静かな声だった。
「だから急いどったんじゃろ」
「誰が」
あかりが聞く。
蒼太は少しだけ考えた。
それから。
「向こう」
と言った。
春人は何となく分かる気がした。
氷色。
歌を残した人たち。
メッセージを送ってきた誰か。
ずっと待っていた人たち。
その人たちが急いでいる。
そんな気がした。
その時だった。
ピコン。
全員が跳ねる。
「出た!」
みゆが叫ぶ。
画面の一番下。
読めなかった記号が揺れていた。
ゆっくり。
本当にゆっくり。
形を変えていく。
【□□□□□】
「何じゃ」
蒼太が顔を近付ける。
【□□け□□】
「読めん!」
あかりが叫ぶ。
「押すなって!」
春人も叫ぶ。
五人の肩がぶつかる。
誰も下がらない。
画面の文字はまだ変わり続けていた。
【□けて□】
静かになった。
誰も喋らない。
読めそうだった。
あと少しで。
何を伝えたいのか。
分かりそうだった。
春人は息を止める。
その瞬間。
画面の文字がもう一度揺れた。
そして――。




