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第53話 届いた声


春人はタブレットを抱えたまま画面を見た。


 文字。


 文字。


 文字。


 見たこともない記号が画面いっぱいに並んでいる。


「何て書いてあるん!?」


 あかりが身を乗り出した。


「分からん!」


 春人も叫ぶ。


「押すな!」


「見えん!」


「蒼太近い!」


 五人の頭がぶつかりそうになる。


 その時だった。


「あ」


 みゆが声を上げた。


 画面の一角で、記号がゆっくり形を変えていく。


 誰も喋らなくなる。


 全員が見つめた。


【こ】


「変わった!」


 陸が叫ぶ。


【この】


「日本語じゃ!」


 蒼太が飛び上がる。


「春人!」


「何!?」


「スマホ!」


「何で!?」


「撮るんじゃ!」


「今!?」


「今しかないじゃろ!!」


 春人は慌ててスマホを渡した。


 蒼太は受け取るなり構える。


 カシャ。


 カシャ。


 カシャ。


「連写すな!」


 あかりが言う。


「記録じゃ!」


 蒼太は真顔だった。


 その間にも文字は変わっていく。


【この□が】


「声じゃね?」


 陸が言う。


【この声が】


「うわ」


 春人は思わず呟いた。


【この声が聞】


【この声が聞こ】


【この声が聞こえ】


「来た来た来た!」


 蒼太が騒ぐ。


【この声が聞こえていますか】


 全員が止まった。


 知っていた。


 忘れるはずがなかった。


 最初の日。


 全部の始まり。


 春人のタブレットへ現れた言葉だった。


「最初のやつじゃ」


 陸が言う。


 春人も頷いた。


 胸がどくりと鳴った。


 その下の文字がまた揺れる。


【私たちは】


「私たち?」


 あかりが首を傾げる。


「誰?」


 みゆも画面を見る。


「氷色じゃない」


 ぽつりと言った。


「何で?」


「氷色はずっと『わたし』じゃった」


 確かにそうだった。


 わたし。


 わからない。


 わたしは知らない。


 氷色はいつも一人だった。


「じゃあ別なん?」


 春人が聞く。


 みゆが小さく頷く。


「いっぱいおるんじゃ」


 蒼太が言った。


「誰が」


「昔の人」


「雑」


 あかりが即座に言う。


「でも氷色、言うとったじゃろ」


 蒼太は画面を指差した。


「たくさん」


「みんなで歌った」


「ひとりじゃない」


 昨日聞いた言葉だった。


 春人は少しだけ息を呑む。


 その時。


 また文字が増えた。


【私たちは長い間】


「長い間ってどれくらい?」


 あかりが言う。


「百年とか?」


 陸が言う。


「もっとじゃろ」


 蒼太が即答した。


「何で分かるん」


「分からん」


「分からんのかい!」


 今度は少しだけ笑い声が漏れた。


 けれど視線は誰も画面から外さない。


【私たちは長い間、】


【この時を待っていました】


 静かになった。


 春人は画面を見つめる。


 知らない誰かの言葉だった。


 なのに。


 なぜだか遠く感じなかった。


 さらに文字が増える。


【私たちは歌を残しました】


「歌じゃ」


 蒼太が言う。


 今度は誰も否定しなかった。


【石に印を残しました】


 全員の視線が石へ向く。


 そしてまた画面へ戻る。


「本当にここじゃったんじゃ」


 陸が呟いた。


 画面の下で、まだ読めなかった文字が揺れる。


【けれど】


【私たちの声は】


 そこで一度止まった。


「声?」


 あかりが首を傾げる。


「誰の声じゃろ」


 陸が言う。


「昔の人らじゃろ」


 蒼太が答える。


「それはもう分かった」


 即座に返された。


 けれど誰も笑わなかった。


 画面が気になって仕方なかった。


 再び文字が変わる。


【けれど】


【私たちの声は】


【消えようとしています】


 誰もすぐには喋らなかった。


「消える?」


 みゆが呟く。


「何が?」


 あかりが聞く。


 誰も答えられない。


 春人は画面を見る。


 氷色の顔が浮かんだ。


 思い出そうとしていた顔。


 届きそうで届かなかった言葉。


 胸の奥が少しだけ苦しくなった。


【石は残りました】


【歌も残りました】


 文字が増える。


【けれど】


【私たちの声は】


【消えようとしています】


「だから急いどったんか」


 陸がぽつりと言った。


 春人もそう思った。


 最初のメッセージ。


 何度も届いた文字。


 あの日からずっと。


 誰かは急いでいたのかもしれない。


 また文字が揺れる。


【だから】


【どうか】


【聞いてください】


 蒼太がごくりと喉を鳴らした。


 みゆもノートを握りしめる。


 誰も喋らない。


 次の一文を待っていた。


 そして。


 ゆっくり。


 本当にゆっくり。


 文字が形を変えていく。


【私たちは】


【あなたたちに】


 そこで止まった。


「え?」


 あかりが声を上げる。


「そこで止まるん!?」


 蒼太まで叫んだ。


「続き!」


「続き出ろ!」


「頑張れ!」


「何を応援しとるん!」


 陸が突っ込む。


 その瞬間。


 最後の一行が変わった。


【お願いがあります】


 全員が固まった。


 さっきまで騒いでいたのが嘘みたいだった。


 春人は画面を見つめる。


 その下にもまだ文字は続いている。


 けれど。


 そこだけはまだ記号のままだった。


 読めない。


 まだ。


 けれど確かに分かった。


 これはただのメッセージじゃない。


 遠い昔から届いた。


 誰かの願いだった。


 そして。


 その願いは今、自分たちへ向けられていた。

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