第52話 地図の先
翌朝。
夏の空は朝から青かった。
春人が陸の家へ着いた時には、もう蒼太がいた。
案の定だった。
「早いな」
「遅い」
「昨日も聞いた」
「今日もじゃ」
蒼太は真顔だった。
その横で、みゆがノートを開いている。
昨日書き込んだ文字。
歌。
地図。
全部が広げられていた。
少しして、あかりもやって来る。
陸は水筒を抱えて出てきた。
「ほら」
「持っとけ」
「何?」
「水」
「山じゃぞ」
蒼太は受け取りながらも、視線は地図から離れない。
「なあ」
みゆが言った。
「本当に陰陽石なんかな」
蒼太が顔を上げる。
「じゃろ」
「何で」
「石じゃし」
「理由が雑」
あかりが即座に突っ込んだ。
陸が笑う。
「でも実際、陰陽石の周りはまだ全部見とらん」
春人が顔を上げた。
「全部?」
「裏山あるじゃろ」
陸は地図を指差す。
「こっち側」
細い尾根が描かれている。
その先。
ちょうど線が集まる場所だった。
蒼太の目が光った。
「行こう」
「だから早い」
あかりが言う。
「まだ確定しとらん」
「じゃあ確かめる」
蒼太は立ち上がった。
「行けば分かる」
それは確かにそうだった。
◇◇◇
陰陽石へ着いたのは、一時間ほど後だった。
木陰の中は少し涼しい。
大きな石は変わらずそこにある。
けれど今日は誰も石を見ていなかった。
みんな地図を見ていた。
「この線」
みゆが指差す。
「こっち向いとるよな」
「たぶん」
春人が答える。
「じゃあ尾根じゃ」
陸が言う。
地元の山だった。
陸だけは地形が少し分かる。
「こっちから回れる」
「行こう」
蒼太が歩き出した。
「待てって!」
まただった。
◇◇◇
山道は思ったより急だった。
セミの声が近い。
足元には落ち葉が積もっている。
汗が額を流れた。
「遠い」
あかりが言う。
「だから言った」
陸が言う。
「まだか」
「まだじゃ」
蒼太は止まらない。
春人は苦笑した。
でも。
みんな同じだった。
本当は早く見つけたい。
歌。
石。
地図。
全部が繋がる場所を。
その時だった。
「待って」
みゆが立ち止まった。
全員が振り返る。
みゆは前を見ていた。
木々の向こう。
少し開けた場所。
「なんかある」
小さな声だった。
けれど。
五人は同時に走り出した。
木を抜ける。
草をかき分ける。
そして。
目の前が開けた。
誰も声を出さなかった。
そこには石があった。
大きな石だった。
陰陽石ほどではない。
けれど。
表面に。
見覚えのある線が刻まれていた。
丸。
線。
曲線。
ノートに写した刻印と同じだった。
「……あった」
蒼太が呟く。
誰も続けなかった。
目の前の石から目を離せなかった。
みゆがゆっくりノートを開く。
歌のページだった。
「歌う?」
あかりが言った。
蒼太が頷く。
いつもなら真っ先に喋るのに、今日は何も言わない。
陸も黙ったまま石を見ていた。
春人は乾いた唇を舐める。
暑さのせいだけではない気がした。
五人は石の前へ並ぶ。
みゆがノートを持ち、誰かが合図をしたわけでもないのに自然と息が合った。
「アー」
声が重なる。
春人は歌いながら石を見つめた。
「イーラ」
刻印は変わらない。
「ムー」
誰も目を逸らさない。
「ナー」
石は黙ったままだった。
二行目を歌う。
「アー」
「ヨーラ」
「モー」
「ウー」
歌が終わる。
誰も動かなかった。
蒼太は石を見つめたまま、
みゆはノートへ目を落とし、
陸は辺りを見回している。
「……終わり?」
あかりの小さな声にも、誰も返事をしなかった。
春人も石を見る。
けれど刻印は変わらず、
石はただ静かにそこにあった。
違ったのだろうか。
そう思いかけた時だった。
ピコン。
小さな音が鳴った。
「え?」
あかりが顔を上げる。
全員が固まった。
聞き間違いではなかった。
続けてもう一度。
ピコン。
「鳴った!」
みゆが叫ぶ。
「来た!!」
蒼太が飛び上がる。
「待て待て待て!」
陸まで声を上げた。
「春人!」
「早う見ろ!」
春人は弾かれたようにリュックへ手を伸ばした。
慌ててファスナーを開く。
青白い光が漏れた。
タブレットだった。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
画面いっぱいに文字が並んでいた。
今まで見たことがないほど。
「何て書いとるん!?」
「見せて!」
「待て押すな!」
「見えん!」
五人の声が一気に重なる。
夏の山の中に、
子どもたちの叫び声だけが響いていた。




