第42話 かたち
誰もすぐには喋らなかった。
春人の言葉だけが氷室の中へ残っていた。
――山の形に似とらん?
蒼太がタブレットを見る。
もう一度見る。
さらに顔を近付ける。
「いや」
難しい顔になる。
「そんなわけ」
言いかけて止まった。
画面を見る。
また見る。
「……あるかもしれん」
「どっちなん」
あかりが即座に突っ込んだ。
「いやだって」
蒼太は線を指差す。
「ここ」
「どこ」
「ここじゃ」
「分からん」
「だからここ」
陸が横から覗き込む。
「尾根みたいじゃな」
「じゃろ!」
蒼太が勢いよく振り返った。
その勢いでタブレットがぐらっと傾く。
「落とすな!」
春人が慌てて支える。
みゆは何も言わなかった。
もうノートを開いている。
鉛筆を走らせる。
タブレットの線。
増えた点。
増えた印。
一つずつ写していく。
途中で前のページをめくる。
陰陽石。
刻印。
氷室。
今までの記録。
全部並べる。
そして。
手が止まった。
「待って」
小さな声だった。
全員が振り返る。
みゆはノートへ何かを書き足している。
消す。
書く。
また消す。
そして。
「これ」
ノートを開いた。
春人は息を呑む。
タブレットの線を写した図。
その横に描かれた磐山。
完璧じゃない。
けれど。
似ていた。
思った以上に。
「おい」
蒼太の声が震える。
「似とるじゃん」
誰も笑わなかった。
ピッ。
その瞬間だった。
静かな氷室へ電子音が響く。
「うおっ!」
蒼太が飛び上がる。
春人は慌てて画面を見た。
線。
点。
そして。
点の横に。
小さな印が一つ増えていた。
「また増えた」
みゆがすぐノートへ写し始める。
鉛筆の音だけが響く。
「春人」
黒崎だった。
「ん?」
「ちょっと貸してみ」
タブレットを受け取る。
黒崎はスマホを取り出した。
画面を開く。
「何しよるん」
蒼太が覗き込む。
「比べる」
短い返事だった。
スマホには磐山の写真が映っていた。
昨日撮ったものだった。
「撮っとったん?」
陸が驚く。
「そりゃ撮る」
黒崎は笑った。
「仕事病じゃ」
スマホとタブレットが並ぶ。
全員が覗き込む。
山の写真。
タブレットの線。
見比べる。
もう一度見比べる。
「……あれ」
あかりが声を漏らした。
思ったより似ていた。
線の曲がり方。
なだらかな膨らみ。
尾根みたいな部分。
偶然にしては出来すぎていた。
黒崎は黙ったまま画面を見ていた。
そして。
「これ」
ぽつりと言う。
「山そのものじゃないかもしれん」
「え?」
春人が聞き返す。
「似とるんは似とる」
指が写真をなぞる。
「けど少し違う」
今度はタブレットの線をなぞる。
「向きも違う」
「じゃあ違うの?」
「いや」
黒崎は首を振った。
「似すぎとる」
少し考える。
それから。
「地図かもしれんな」
そう言った。
地図。
その言葉だけで。
今まで別々だったものが少し形を持った。
「地図って」
春人は画面を見る。
「どこの?」
「知らん」
黒崎は即答した。
「分からんから推理しとる」
「適当じゃな」
あかりが呆れる。
「推理なんか大体そんなもんじゃ」
「なあ」
陸が点を指差した。
「この点は何なんじゃろ」
全員が黙る。
小さな点だった。
線の途中にぽつりとある。
「陰陽石?」
「あそこじゃない気がする」
春人は首を振った。
「氷室?」
「それも違う」
みゆが答える。
「たぶん」
「たぶんか」
蒼太が突っ込んだ。
「待て」
黒崎が言った。
写真を拡大する。
「ここじゃないか?」
指が示したのは山の中腹だった。
木々の隙間。
岩肌のようなものが見える。
「岩?」
陸が呟く。
「ただの岩かもしれん」
黒崎は頷いた。
「けど」
画面を見つめる。
「気になる」
「行くじゃろ?」
蒼太がぽつりと言った。
目が輝いている。
黒崎が吹き出した。
「今からか?」
蒼太が黙る。
言われてみればそうだった。
外はもう夕方だった。
「無理じゃろ」
陸が言う。
「山入る時間じゃない」
「じゃな」
黒崎も頷いた。
「行くなら明日じゃ」
誰も反対しなかった。
蒼太だけが嬉しそうな顔をしている。
みゆはもうノートへ何かを書き込んでいた。
春人はタブレットを見る。
線。
点。
増えた印。
本当に地図なのだろうか。
その時だった。
ピッ。
タブレットが鳴った。
全員が振り返る。
「また!?」
春人は画面を見る。
そして。
「……増えてる」
今度は誰も笑わなかった。




