第39話 見えないもの
ピッ。
小さな電子音が鳴った瞬間だった。
「鳴った!」
蒼太が真っ先に飛び付く。
春人の肩越しにタブレットを覗き込み、あと少しで鼻が当たりそうな距離まで近付いた。
「近い近い」
あかりが後ろから首根っこを引っ張る。
「邪魔すんな!」
「お前が邪魔なんじゃ」
陸が吹き出した。
みゆはもうノートを開いている。
春人はタブレットを見た。
画面は光っていた。
四つの文字。
その下の線。
そこまでは同じだった。
けれど。
「伸びとる」
みゆの鉛筆が止まる。
全員が画面を見た。
確かに伸びていた。
昨日より。
今朝より。
ほんの少し。
けれど間違いなく。
そして。
その先には小さな点が浮かんでいる。
今までなかった印だった。
「ほら!」
蒼太が振り返る。
「やっぱりじゃ!」
「何が」
「あれじゃ!」
「どれじゃ」
「全部じゃ!」
陸が腹を抱えて笑った。
春人も少し笑う。
けれど。
頭の中には別のことが引っかかっていた。
さっき。
自分は何を考えていた?
――山についている。
そう思った。
そう口にした。
その直後だった。
「なあ」
気付けば口にしていた。
「俺が山のこと考えたから反応したんかな」
蒼太がすぐ頷く。
「ありえる」
「早いな」
「今までもそうじゃ」
指を折り始める。
「最初のメッセージも春人じゃった」
一つ。
「氷室もそうじゃ」
二つ。
「氷色もそうじゃ」
三つ。
「今もそうじゃ」
言われてみればそうだった。
全部。
春人から始まっている。
「面白いな」
黒崎が腕を組んだ。
全員がそちらを見る。
「何が?」
蒼太がすぐ食いつく。
「お前らじゃ」
黒崎は少し笑った。
「ずっと山の話しとる」
「山じゃし」
陸が答える。
「そうじゃな」
黒崎は頷いた。
それから春人を見る。
「でも今反応したんは山なんか?」
春人は瞬きをした。
「知らんけどな」
意味が分からなかった。
けれど。
その言葉だけは妙に胸に残った。
ぐうううううう。
盛大な音が山の中に響いた。
全員の視線が一斉に蒼太へ向く。
蒼太がゆっくり目を逸らした。
「蒼太じゃな」
「違う」
ぐううううう。
「蒼太じゃ」
「蒼太じゃろ」
「蒼太じゃな」
「なんで全員一致なん!」
あかりが吹き出した。
陸も笑う。
黒崎まで肩を震わせている。
さっきまでの空気が一気にほどけた。
「飯にするか」
その一言で全員賛成だった。
◇◇◇
陸の家へ着いた瞬間だった。
わんっ!
「うおっ!」
春人は思わず飛び退く。
大型犬が一直線に突っ込んできた。
ポチだった。
尻尾が見えないくらい振れている。
「ポチ!」
陸が頭を撫でる。
次の瞬間には蒼太へ向かった。
「来るな来るな来るな!」
来た。
胸へ前足を掛けられた蒼太がよろける。
「重っ!」
「好かれとるんじゃろ」
あかりが笑った。
玄関から顔を出した陸の祖母も笑っている。
「にぎやかじゃなあ」
「ばあちゃん飯ある?」
「あるで」
即答だった。
「五人おるで?」
「七人でもある」
陸が苦笑する。
「じゃろうな」
春人もなんとなく納得した。
十五分後。
全員そうめんをすすっていた。
冷たい。
うまい。
山を歩いた後の体に染みる。
気付けば天ぷらまで並んでいた。
ナス。
かぼちゃ。
ピーマン。
ちくわ。
さらにスイカまである。
「増えとる」
春人が呟く。
「増えとるな」
陸も頷いた。
「最初そうめんだけじゃなかった?」
「ばあちゃんじゃから」
その一言で説明が終わった。
誰も反論しなかった。
◇◇◇
午後。
再び氷室へ向かう。
石段を下りながら、春人は何度も黒崎の横顔を見た。
本当に連れて行くのだ。
氷色のところへ。
見えるのか。
見えないのか。
自分でも少し緊張していた。
氷室へ着く。
中へ入る。
ひんやりした空気が頬を撫でた。
「来た」
聞き慣れた声だった。
氷色が手を振っている。
春人たちは反射的にそちらを見る。
けれど。
「誰に手振っとるん?」
後ろから黒崎の声がした。
春人は振り返る。
黒崎は首を傾げていた。
氷色のいる場所ではない。
少し横。
何もない空間を見ている。
蒼太と目が合った。
みゆも黙っている。
やっぱり。
見えていない。
その時だった。
「ん?」
黒崎が氷色とは反対側へ歩き出した。
氷室の奥。
石壁の前で立ち止まる。
指先で苔を払う。
春人は氷色を見た。
氷色も壁を見ていた。
そして。
初めてだった。
氷色の顔から笑顔が消えた。
「それ……」
一歩前へ出る。
透き通った瞳が壁を見つめている。
「まだあったんだ」




