第33話 宿題と作戦会議
楠本家は今日も賑やかだった。
「ただいまー!」
陸が玄関を開けた瞬間だった。
ワンッ!
「うおっ!」
蒼太が飛び退く。
茶色い影が勢いよく飛び出してきた。
「ポチ!」
陸が笑う。
柴犬のポチはしっぽをぶんぶん振りながら五人の周りを走り回っていた。
「やめろや!」
「歓迎しとるんじゃ」
「歓迎が重い!」
蒼太は必死に避ける。
あかりが大笑いした。
「蒼太、負けとる」
「負けてない!」
その時だった。
「おかえりー」
家の奥から声がした。
陸の母だった。
エプロン姿のまま顔を出す。
「あら、みんな来たんじゃな」
「こんにちはー」
春人たちが挨拶する。
「暑かったろ。麦茶飲み」
「やったー!」
あかりが即答した。
「二階使うんじゃろ?」
「うん」
「宿題もしなさいよ」
その瞬間だった。
蒼太の動きが止まる。
みゆが無言で蒼太を見る。
「ほら」
「まだ何も言ってないじゃろ」
「顔に書いてある」
「書いてない」
完全に書いてあった。
◇◇◇
二階の部屋は風通しが良かった。
窓の外には桃畑が見える。
扇風機がぶうんと回っていた。
机の上に麦茶が並ぶ。
その横には冷やした桃が皿に盛られていた。
「うまっ」
あかりが言う。
「まだ会議始まっとらん」
みゆが言う。
「頭使う前に糖分補給じゃ」
陸が言った。
「それっぽいこと言うな」
蒼太が突っ込む。
けれど自分も桃を食べていた。
◇◇◇
やがて。
みゆがノートを開く。
春人はタブレットを机へ置いた。
蒼太もノートを広げる。
そこまでは良かった。
「はい」
みゆが言う。
「宿題」
「は?」
蒼太が固まる。
「先に少しやる」
「なんで」
「どうせ後でやらん」
「そんなことない」
「ある」
即答だった。
陸が吹き出す。
あかりも笑う。
「蒼太、信用ないな」
「お前ら味方じゃなかったんか」
「宿題は敵じゃろ」
陸が言った。
「名言みたいに言うな」
◇◇◇
結局。
全員がランドセルやバッグから宿題を取り出した。
算数ドリル。
漢字練習。
読書感想文の紙。
机の上が一気に夏休みになる。
「……」
蒼太だけ手が止まっていた。
「やらんの?」
春人が聞く。
「今それどころじゃない」
「ある」
みゆが言った。
「今は宿題」
「古代文字の方が大事じゃろ!」
「先生に言ってみ」
あかりが言う。
「絶対怒られる」
陸も頷く。
蒼太は不満そうだった。
けれど観念したようにドリルを開く。
◇◇◇
十分後。
「終わった!」
あかりが言った。
「早っ」
春人が驚く。
「簡単じゃったし」
陸も一ページ終わっている。
みゆは黙々と進めていた。
春人も半分ほど終わる。
蒼太は。
「……」
一問目で止まっていた。
「何しとるん」
陸が覗き込む。
「考えとる」
「算数を?」
「違う」
「知っとる」
全員が笑った。
◇◇◇
その時だった。
どすっ。
何かが机の上へ飛び乗った。
「うわ」
春人が声を上げる。
灰色の猫だった。
ミケである。
ミケは当然のようにみゆのノートの上へ座った。
「……」
みゆが見る。
ミケも見る。
「どいて」
動かない。
「どいて」
動かない。
しばらく見つめ合ったあと。
みゆは小さくため息をついた。
「無理か」
「負けた」
あかりが笑う。
ミケは満足そうに丸くなった。
◇◇◇
ようやく宿題が一区切りついた頃だった。
みゆがノートを引き寄せる。
ミケはそのまま横へずれただけだった。
「じゃあ」
みゆが言った。
ちゃぶ台の上ではミケがしっぽを揺らしている。
「陰陽石で何をするか決めよう」
全員が頷いた。
蒼太だけは待ってましたと言わんばかりの顔だった。
「まず歌じゃろ」
「歌じゃな」
陸も頷く。
春人も反対はなかった。
実際、歌ったことでタブレットは反応した。
なら試さない理由はない。
みゆはノートへ書く。
① 歌を歌う
「次」
「陰陽石の周りを調べる」
言ったのは陸だった。
「周り?」
春人が聞き返す。
「今まで石ばっか見とったじゃろ」
「あ」
確かにそうだった。
陰陽石を見て。
タブレットを見て。
その繰り返しだった。
周囲をちゃんと見たことはない。
「何かあるかもしれんしな」
陸が言う。
みゆは頷いた。
② 陰陽石の周りを調べる
と書き込む。
「タブレットも近づけてみたい」
春人が言った。
「ありじゃな」
蒼太が即答する。
「反応するかもしれん」
「せんかもしれん」
みゆが言う。
「だから試す」
③ タブレットを石に近づける
ノートに文字が増えた。
◇◇◇
「あと」
みゆが言った。
「ちゃんと記録する」
「記録?」
春人が聞く。
「何が起きたか」
「いつ起きたか」
「誰が見たか」
みゆはノートを軽く叩いた。
「前はちゃんと残してなかった」
確かにそうだった。
驚くばかりで精一杯だった。
「探検隊っぽいな」
あかりが笑う。
「探検隊じゃない」
みゆが言う。
「調査」
「同じようなもんじゃろ」
陸が言った。
④ 変化を記録する
最後の項目が加わった。
◇◇◇
みゆはノートをみんなの方へ向けた。
そこには四つの項目が並んでいる。
① 歌を歌う
② 陰陽石の周りを調べる
③ タブレットを近づける
④ 変化を記録する
「こんなもん?」
あかりが聞く。
「たぶん」
みゆが頷いた。
蒼太は腕を組む。
「歌が一番大事じゃな」
「まだ言う」
あかりが言った。
「だって反応したじゃろ」
「それはそう」
陸も否定しない。
春人は机の上のタブレットを見た。
四つの文字。
その下の細い線。
今も消えていない。
あの時。
六人で歌った瞬間に現れた線だった。
もし陰陽石で歌ったら。
何か変わるのだろうか。
◇◇◇
窓の外ではクマゼミが鳴いていた。
扇風機の風がゆっくりと部屋を回る。
ポチはいつの間にか床で寝ている。
ミケもノートの横で丸くなっていた。
夏休みの午後だった。
どこにでもあるような。
けれど少しだけ特別な午後。
「じゃあ」
陸が言った。
「明日じゃな」
全員が顔を上げる。
陰陽石。
最初に文字が現れた場所。
歌。
タブレット。
そして。
まだ思い出せない最後の一文字。
「うん」
春人は頷いた。
楽しみだった。
少しだけ不安もあった。
けれど。
確かめたい。
その気持ちの方が大きかった。
「明日」
蒼太が言う。
「全部分かるかもしれん」
「全部は無理」
みゆが即答した。
みんなが笑う。
蒼太だけが不満そうだった。
けれど、その顔もどこか楽しそうだった。
夏の陽射しが窓から差し込む。
机の上のノートを照らす。
そこには明日の作戦が並んでいた。
五人はまだ知らない。
陰陽石で待っているものを。
そして。
歌が思っていた以上に大きな意味を持っていることを。
まだ誰も知らなかった。




