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第29話 陰陽石


 木々の間を抜ける風が、ざわりと葉を揺らした。


 春人たちは立ち止まったまま目の前を見上げていた。


 磐山の陰陽石。


 図書館で写真は見た。


 けれど実際に見ると全然違う。


 大きな岩が二つ。


 寄り添うように並んでいる。


 白っぽい岩肌には苔が張りつき、何百年も何千年もそこに立ち続けてきたような風格があった。


「……」


 春人は思わず息を飲んだ。


 あかりも黙っている。


 陸も腕を組んだまま見上げていた。


 みゆは少し離れた場所からじっと眺めている。


 そして。


 一人だけ様子がおかしかった。


「待って」


 蒼太だった。


「待って待って待って待って」


「何」


 あかりが言う。


「いや」


 蒼太は陰陽石を指差した。


「これ普通にやばい」


「さっきからそれしか言っとらん」


 陸が呆れる。


 けれど蒼太は本気だった。


「だって夏至の日に太陽があそこ通るんじゃろ!?」


「そうらしいな」


 おっちゃんが答える。


「いややばいって!」


「だから何が」


「全部じゃ!」


 蒼太が叫んだ。


 近くにいた参加者たちが思わず笑う。


「元気じゃなあ」


 年配の男性が言った。


「好きなんです!」


 蒼太が即答する。


 誰も聞いていなかった。


 けれど答えた。


「こんなん世界中にあるやつじゃぞ!?」


「世界中?」


 みゆが首を傾げる。


 待ってましたと言わんばかりだった。


「ある!」


 蒼太は即答した。


「ストーンヘンジ!」


「聞いたことある」


 春人が言う。


「世界遺産じゃぞ!?」


「うん」


「ニューグレンジ!」


「知らん」


「冬至の日だけ光が奥まで入る遺跡じゃ!」


「へぇ」


「へぇじゃねえ!」


 蒼太が振り向いた。


「めちゃくちゃすごいんじゃぞ!?」


 周囲からまた笑い声が起きる。


 おっちゃんまで肩を揺らしていた。


「続けろ続けろ」


「いいんですか!?」


「止めても無駄じゃろ」


 おっちゃんが言った。


 参加者たちも頷く。


 蒼太はさらに勢いを増した。


「昔の人は空見て生きとったんじゃ!」


 空を指差す。


「太陽!」


 全員がつられて見上げる。


 青空だった。


 白い雲がゆっくり流れている。


「時計もない!」


「カレンダーもない!」


「だから太陽見る!」


「季節知る!」


「祭りの日決める!」


「種まく!」


「収穫する!」


「全部じゃ!」


「落ち着け」


 陸が言った。


「無理!」


 即答だった。


 あかりが吹き出す。


 みゆまで笑っている。


「だってさ!」


 蒼太は陰陽石を見る。


「こんな近くにあるんじゃぞ!?」


「岡山にじゃぞ!?」


「甘岩にじゃぞ!?」


「普通こんなん外国の話じゃろ!?」


「それは確かに」


 おっちゃんが頷いた。


「わしも最初見た時は同じこと思うたわ」


 蒼太の目がさらに輝いた。


「じゃろ!?」


「じゃろうな」


「じゃろ!?」


 なぜか確認する。


 おっちゃんは笑っていた。


「わしな」


 蒼太が言う。


「最初写真見た時は半信半疑じゃったんよ」


「うん」


「でも実物見たら分かった」


「何が?」


「本物じゃ」


「当たり前じゃろ」


 あかりが言った。


 参加者たちから笑いが漏れる。


「そういう意味じゃねえ!」


 蒼太が叫んだ。


 完全に見学会の中心になっていた。


 けれど不思議と嫌な感じはしなかった。


 それからしばらく。


 陰陽石の前では自然と話の輪ができていた。


「昔は祭りもしとったんですかね」


 参加者の一人が聞く。


「どうじゃろうな」


 おっちゃんは笑った。


「記録は残っとらんけど、何かしら集まっとったとは思う」


「太陽を見るために?」


「それもあるじゃろうし」


「祈りもあったかもしれん」


 別の参加者も口を開く。


「この辺は巨石信仰の話が結構残っとりますよ」


「そうそう」


 年配の女性が頷いた。


「うちの祖母も岩には神様がおる言うとった」


「へえ」


 春人は思わず聞き入った。


 蒼太だけじゃない。


 参加者たちもみんな、それぞれの知っている話を持っているらしい。


 気がつけば。


 陰陽石の周りには小さな輪がいくつもできていた。


 歴史の話。


 神社の話。


 昔話。


 空の話。


 おっちゃんはあちこちで質問に答えていた。


 みんな楽しそうだった。


 おっちゃんも。


 参加者たちも。


 まるで昔話を囲むように、陰陽石の周りで話を続けていた。


 昔の人たちも。


 こうやって空を見ていたのだろうか。


 太陽を見て。


 季節を数えて。


 歌を歌ったのだろうか。


 その時だった。


 ふと。


 氷色の歌が頭をよぎる。


 意味の分からない言葉。


 けれどどこか懐かしい旋律。


「なあ」


 春人が小さく言った。


 蒼太が振り向く。


「氷色の歌もさ」


「こういうのと関係あるんかな」

 

 蒼太はすぐには答えなかった。


 さっきまで喋り続けていたのに。  


 陰陽石を見上げたまま小さく呟く。


「……ある」


「え?」


「むしろ逆かもしれん」


「逆?」


「こういう場所があるから歌があるんじゃなくて」


「歌が先じゃったんかもしれん」


 風が吹く。


 木々がざわりと揺れる。


「昔の人は歌って」


「祈って」


「集まって」


「それで場所が特別になったんかもしれん」


 風が吹いた。


 木々がざわりと揺れる。


 誰も喋らなかった。


 その時だった。


 ぴっ。


 小さな音が聞こえた。


 春人は顔を上げる。


 聞き間違いかと思った。


 周囲を見る。


 誰も反応していない。


 ぴっ。


 もう一度。


 今度ははっきり聞こえた。


 春人の心臓がどくりと鳴る。


 音は。


 肩にかけていたリュックの中から聞こえていた。

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