第25話 申し込み
翌日の朝だった。
陸は自転車を全力で漕いでいた。
前かごには例のチラシが入っている。
夏の日差しが容赦なく照りつけていた。
けれどそんなことは気にならない。
むしろ急いでいた。
「絶対食いつく」
呟く。
まず最初に向かう先は決まっていた。
蒼太の家だった。
◇◇◇
数分後。
「なにぃ!?」
家の中から声が響いた。
陸は思わず笑う。
予想通りだった。
蒼太はチラシを両手で掴んだまま固まっている。
「磐座!?」
「うん」
「古墳!?」
「うん」
「貸切バス!?」
「そこなん?」
陸が突っ込む。
蒼太は聞いていない。
目が完全にチラシへ吸い付いていた。
「行く」
「即答じゃな」
「行く」
「まだ母ちゃんにも言っとらんじゃろ」
「行く」
陸は吹き出した。
話にならない。
完全に決まっていた。
◇◇◇
その後。
二人はあかりの家へ向かった。
「面白そう!」
あかりも即答だった。
「じゃろ?」
「バス乗れるんじゃろ?」
「そこなん?」
蒼太が言う。
「蒼太にだけは言われたくない」
あかりが真顔で返した。
◇◇◇
明かりの家を出たあとだった。
「で、みゆん家どうする?」
陸が聞く。
みゆの家は少し離れている。
学校へもスクールバスで通っているぐらいだ。
「行くじゃろ」
蒼太は即答した。
「暑いぞ」
「磐座じゃぞ?」
「意味わからん」
結局。
二人は汗だくになりながら自転車を漕ぐことになった。
みゆの家では少し様子が違った。
「おじいちゃん」
みゆがチラシを見せる。
祖父は老眼鏡をかけながら眺めた。
「ほう」
小さく頷く。
「この辺か」
「知っとるん?」
みゆが聞く。
「昔から色んな話がある場所じゃな」
「どんな?」
「さあな」
祖父は笑った。
「わしも全部知っとるわけじゃない」
そう言いながらチラシを返す。
「行ってみりゃええ」
みゆは少し嬉しそうに頷いた。
◇◇◇
最後は春人だった。
事情を聞いた春人は首を傾げる。
「そんなにすごいの?」
その一言だった。
蒼太が振り返る。
目が光っていた。
陸が思わず後ろへ下がる。
「あ」
あかりも察した。
「始まった」
「始まったな」
みゆまで言う。
「磐座というのはな!」
蒼太の説明が始まった。
十分後。
蒼太の説明はまだ続いていた。
磐座とは何か。
古代の祭祀とは何か。
世界中の巨石文明とは何か。
二十分後。
まだ続いていた。
三十分後。
陸が空を見上げる。
「長い」
「長いな」
あかりも頷く。
蒼太だけが元気だった。
◇◇◇
その日の夕方。
五人はそれぞれ家へ帰っていった。
結局。
五人とも参加することになった。
申し込みの締切は数日後。
見学会は来週の土曜日。
まだ少し先だった。
問題は参加費だった。
「二千円かあ」
あかりが言う。
小学生にとっては決して安くない。
「貯金ある」
みゆが言う。
「俺も」
陸が頷く。
春人も何とかなると思った。
蒼太だけが難しい顔をしていた。
「どうしたん?」
陸が聞く。
「五百円足りん」
全員が笑った。
「頑張れ」
「頑張る」
蒼太は真顔だった。
◇◇◇
翌日。
蒼太はなぜか胸を張っていた。
「行ける」
「おお」
陸が言う。
「金どうしたん?」
「借りた」
「借りたんかい」
蒼太は頷く。
「母ちゃんに」
「返すん?」
「返す」
力強かった。
「夏休みの手伝いで」
「何するん?」
「知らん」
「知らんのかい!」
また全員が突っ込んだ。
蒼太は腕を組む。
「たぶん草抜き」
「たぶんて」
「まあ頑張れ」
陸が肩を叩く。
蒼太は大きく頷いた。
「磐座のためじゃ」
「そこまで言うか」
あかりが呆れる。
みゆが笑う。
春人もつられて笑った。
見学会までは、あと一週間だった。
申し込みの締め切りは数日後。
けれど五人の気持ちはもう当日へ向かっていた。
春人は空を見上げる。
夏の空には入道雲が高く積み上がっていた。
磐座。
古墳。
巨石。
そして氷色の歌。
まだ何もわからない。
けれど、それらはどこかで繋がっている気がした。
そんな予感だけが胸の中に残っていた。
そして誰も知らなかった。
その磐座めぐりが、氷色の記憶へ繋がる最初の扉になることを。




