エピローグ 言の葉
夏の終わり。
甘岩の空には、高く白い雲が流れていた。
春人たちは、いつもの通学路を歩いている。
「宿題やった?」
あかりが笑う。
「まだ」
陸が即答する。
「終わっとるわけないじゃろ」
「威張るな」
蒼太があきれたように言う。
みゆが小さく笑う。
春人も笑った。
あの日から。
特別なことは何も起きていない。
タブレットへ文字が現れることも。
氷室で歌が聞こえることも。
氷色へ会えることも、もうなかった。
けれど。
五人は知っていた。
終わったのではない。
受け継がれたのだということを。
◇
同じ頃。
北海道では。
転んだ友達へ、小さな手が自然と差し伸べられる。
ブラジルでは。
サッカーで倒れた相手を、一人の少年が笑顔で起こしていた。
ケニアでは。
重そうな水桶を、隣の少年が何も言わず持ち上げる。
イタリアでは。
白髪の老人が、道ばたの花を一輪摘み、妻へそっと差し出した。
アルジェリアでは。
市場で落としたパンを、見知らぬ女性が拾って微笑みながら手渡す。
オーストラリアでは。
泣いていた幼い子どもの目線にしゃがみ、一人の青年が優しく笑いかけた。
どれも、小さな出来事だった。
誰もニュースにはしない。
世界は、昨日と何も変わっていないように見えた。
けれど。
ほんの少しだけ。
確かに、優しくなっていた。
一人を思う心は。
もう一人の心へ届き。
その思いは、また次の誰かへと受け継がれていく。
まるで風が森を渡るように。
静かに。
どこまでも。
◇
夕暮れ。
甘岩の山へ、やさしい風が吹く。
氷室は、今日も静かだった。
陰陽石も。
鏡石も。
何も語らない。
ただ、そこにある。
春人は自転車を止め、小さく頭を下げた。
「また来るね」
返事はない。
風が木々を揺らす。
葉が、さらさらと歌う。
その音は。
どこか懐かしかった。
春人は笑う。
そして、また前を向いて歩き出した。
四人が待つ方へ。
その背中を。
夏の終わりの風が、そっと押していた。
⸻
言の葉
人を思う心は、時を越え。
場所を越え。
言葉となり。
歌となり。
いにしえの言の葉は。
今日も、誰かの心で生き続けている。
⸻
おわり
★ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます★
この後、番外編が入って終わる予定ですが、あの歌はどんなフレーズなのか
気になっている方もいるかもしれませんので、作ってみました。
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