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いにしえのことのは ー空に近い町のひみつー  作者: くいたん


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番外編 祝福


 春の日差しが、岡山駅のホームをやさしく照らしていた。


 新幹線がゆっくりとホームへ滑り込む。


 扉が開く。


 一人の青年が降り立った。


 少し伸びた黒髪。


 肩へ掛けたバッグ。


 落ち着いた紺色のスーツ。


 蒼太だった。


 ホームには、海外からの観光客や仕事で訪れた人たちの姿が行き交っている。


 耳に入ってくる言葉も、日本語だけではなかった。


 スマートグラスへ、今日の予定が静かに映し出される。


 結城春人・結婚式 午前十一時。


 蒼太は小さく笑う。


「……ようやくじゃ」


 十八年前。


 小学六年生だった。


 あの夏。


 甘岩と伊勢を走り回り。


 氷色と出会い。


 言葉を探し。


 世界のつながりを知った。


 あの頃は。


 こんな未来になるなんて思ってもみなかった。


 世界は変わった。


 人口は減り。


 AIは暮らしを支え。


 さまざまな国から来た人たちが、この町で当たり前のように暮らしている。


 便利になった。


 けれど。


 人を思う心だけは、何も変わらなかった。


 蒼太は改札を抜ける。


 岡山の春風が頬をなでた。


     ◇


 式場へ着くと、入口で見覚えのある後ろ姿が見えた。


「蒼太!」


 陸だった。


 スーツ姿でも日に焼けた顔は昔のまま。


 肩幅はさらに広くなっている。


「久しぶり」


「一年ぶりじゃな」


「今年のぶどう、うまかった」


「じゃろ」


 二人が笑う。


 そこへ。


「二人とも早い!」


 あかりが手を振りながら駆け寄ってきた。


 昔と変わらない明るい笑顔だった。


「先生も忙しいんじゃないん?」


 陸が笑う。


「今日は有給!」


 あかりが胸を張る。


 三人が笑っていると、


「待った?」


 静かな声が聞こえた。


 振り向く。


 みゆだった。


 今日はまだドレスではない。


 新婦控室へ入る前の、落ち着いたワンピース姿だった。


「みゆ」


 蒼太が小さく笑う。


「久しぶり」


「うん」


 みゆも微笑む。


「みんな元気そう」


 そこへ。


「全員そろった?」


 振り向くと、黒いスーツ姿の春人が立っていた。


「来てくれてありがとう」


「当たり前じゃ」


 陸が笑う。


「ほら、新郎は控室行け」


「あっち行け」


 あかりが手を振る。


 春人は照れくさそうに笑って歩いていく。


 四人はその背中を見送った。


     ◇


 チャペルの扉が、ゆっくりと開いた。


 柔らかな光が差し込む。


 純白のウェディングドレスをまとったみゆが、おじいちゃんと腕を組み、一歩ずつ歩いてくる。


 その姿を見た瞬間。


 春人は息をのんだ。


 目を離せなかった。


 陸が小さく肘で蒼太をつつく。


「みとる」


「見とるな」


 蒼太が即答する。


 あかりは肩を震わせながら笑いをこらえた。


「昔からじゃん」


「転校初日から」


「分かっとった」


 蒼太がぼそりと言う。


「その頃から」


「やっぱりね」


 あかりが小声で突っ込む。


 みゆは祭壇の前まで歩いてくる。


 春人と目が合った。


 二人とも少し照れくさそうに笑う。


 その笑顔は。


 小学六年生の夏と、何も変わっていなかった。


     ◇


 式は静かに進んでいった。


 祝福の拍手。


 指輪の交換。


 誓いの言葉。


 窓の外では、春の風が木々を揺らしていた。


 その風がチャペルへ入り込み、祭壇の花を小さく揺らす。


 陸は思わず窓の外を見る。


「……」


 何もない。


 風だけだった。


 それなのに。


 どこか懐かしい気持ちになる。


 蒼太も同じように外を見ていた。


 二人は何も言わない。


 言葉はいらなかった。


     ◇


 披露宴が始まる。


 料理が運ばれ。


 笑い声が広がる。


 久しぶりに集まった友人たちも、それぞれ近況を話していた。


 陸はスマートフォンではなく、小さなホログラム端末を机に置いた。


 畑の様子が立体映像で映し出される。


「今年のぶどう」


「AIが糖度予測までしてくれるんじゃ」


「便利だね」


 春人が笑う。


「便利すぎる」


 陸は苦笑した。


「でも最後は自分で食べて決める」


「数字だけじゃ分からん」


「土の匂いも」


「風も」


「ぶどうの機嫌もあるけぇ」


「機嫌?」


 あかりが笑う。


「あるんじゃ」


「なあ?」


 陸は本気だった。


 みんなが笑う。


 その横で蒼太がうなずく。


「ある」


「石にもある」


「お前は石じゃろ」


「違う」


「歴史じゃ」


 昔と変わらないやり取りに、会場の笑いが広がる。


     ◇


「次は友人代表のごあいさつです」


 司会の声が響く。


 陸が固まった。


「……え」


 春人がにやりと笑う。


「頼んだ」


「聞いとらん!」


「言ってないから」


「ひどい!」


 会場が笑いに包まれる。


 陸は頭をかきながら前へ出た。


 マイクを握る。


「えー……」


「何も考えとらん」


 また笑いが起こる。


 陸は照れくさそうに笑ってから、春人とみゆを見た。


「春人」


「みゆ」


「おめでとう」


「わしらは、小学六年生の夏」


「一緒に、不思議な冒険をした」


 春人が少し驚いた顔をする。


 みゆも笑う。


「その時思ったんじゃ」


「人は一人じゃ何もできん」


「でも」


「仲間がおったら、できることが増える」


 陸は少し間を置く。


「二人なら」


「一人より、もっとええ人生になる」


「幸せになれよ」


 短い言葉だった。


 けれど。


 春人も。


 みゆも。


 静かにうなずいた。


 会場は、大きな拍手に包まれた。


 春人は少し照れくさそうに頭を下げる。


 みゆも、小さく笑った。


 その笑顔を見て、おじいちゃんが目元をそっとぬぐう。


 隣のおばあちゃんが小さく肩をたたいた。


「よかったなぁ」


「……うん」


 それだけしか言えなかった。


 小学六年生の頃。


 静かで、人前へ出ることが苦手だった孫娘。


 その子が今、こんなにも幸せそうに笑っている。


 それだけで十分だった。


     ◇


 披露宴も終わりに近づく。


 春人とみゆは、一卓一卓まわりながら来てくれた人たちへ挨拶をしていた。


 やがて五人の席へやって来る。


「今日はありがとう」


 春人が笑う。


 陸は腕を組んだ。


「春人」


「なんじゃ」


「幸せになれよ」


「なる」


 即答だった。


 あかりが吹き出す。


「早っ」


「迷いなしじゃん」


 春人は笑う。


「だって」


「ずっと思ってたから」


 一瞬。


 四人が固まる。


 蒼太が静かに口を開く。


「自白した」


「したな」


 陸もうなずく。


 あかりは笑いをこらえきれない。


「え?」


 みゆだけが首をかしげる。


「何?」


 三人は顔を見合わせる。


 そして。


「春人」


 陸が笑う。


「六年生の時から、お前みゆのこと好きじゃったろ」


「……」


 春人が固まる。


「やっぱり」


 あかりが大笑いする。


「図星!」


「違っ……」


「違わん」


 蒼太が即答した。


「観察結果、一致」


「研究するな!」


 蒼太は少し肩をすくめた。


「記録しとらん」


「見とっただけじゃ」


「それも十分怖い!」


 会場のあちこちから笑いが起きる。


 みゆは春人を見た。


「……ほんと?」


 春人は観念したように笑う。


「うん」


「最初に話しかけてくれた時から」


 みゆは目を丸くした。


「知らなかった」


「言ってないから」


「十八年も?」


「うん」


 少しだけ沈黙が流れる。


 そして。


 みゆが笑った。


「じゃあ」


「待たせちゃったね」


 春人も笑う。


「待ったよ」


「でも」


「待ってよかった」


 その一言に。


 陸が鼻をすすった。


「あーもう」


「あかん」


 あかりが笑う。


「泣いてる」


「泣いとらん!」


「泣いとる」


 蒼太まで笑った。


「だから言うたじゃろ」


「お前は黙れ!」


 五人の笑い声が、披露宴会場いっぱいに広がる。


     ◇


 披露宴が終わり、外へ出る。


 春の夕暮れだった。


 柔らかな風が吹く。


 花びらが、一枚。


 ふわりと舞い上がる。


 誰も何も言わない。


 ただ。


 五人は同じように空を見上げた。


 春人は小さく笑う。


「……ありがとう」


 その言葉が誰へ向けられたものなのか。


 誰も聞かなかった。


 聞かなくても分かっていたから。


 どこからともなく吹いた風が、五人の間を静かに通り抜けていった。




いにしえのことのは


― 完 ―

ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

ジュブナイルということで、夏休み前の完結を目指しました。

最後はシンギュラリティを超えた社会をちょっとだけ混ぜました。

私の願望でも有ります。でもどんなに文明が進もうが最後に大事なものは変わらない。

それを思い出して欲しいなって思いながら話を作りました。

それではまた。次回作でお会いしましょう。

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