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いにしえのことのは ー空に近い町のひみつー  作者: くいたん


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第99話 誰がおる


 誰も、すぐには口を開けなかった。


 氷色の言った、


「……いる」


 その一言だけが、静かな氷室に残っている。


 ぽちゃん。


 水滴が落ちた。


 その音で、ようやく蒼太が息を吸った。


「……氷色」


 一歩前へ出る。


「さっき言うた」


「『いる』って」


「誰じゃ」


 氷色は暗闇を見つめたまま動かない。


「……」


「どこに、おる」


 少しだけ間があく。


 そして。


 氷色はゆっくり指を上げた。


 指差したのは。


 氷室の、一番奥だった。


 あの。


 金色の光が現れた場所。


 春人の胸がどくりと鳴る。


「奥……」


 陸も暗闇を見る。


「岩の向こうか?」


 氷色は首を横へ振った。


「……もっと」


「おく」


 蒼太が眉をひそめる。


「もっと奥?」


「この先、まだあるんか」


 氷色は小さく首をかしげる。


「……ある」


 春人たちは顔を見合わせた。


 この氷室には。


 まだ、自分たちの知らない場所がある。


「何人おる」


「返事したんは一人なんか」


 氷色は少し困ったような顔になる。

「……」


「いっぱい」


「ひとつ」


「おなじ」


「ちがう」


 みゆが小さくつぶやく。


「また……」


「一つじゃない」


 黒崎は五人の様子を見て首をかしげる。


「何を話しとる」


 春人は振り返る。


「黒崎さんには……」


「聞こえないんでしたね」


「いや」


 黒崎は苦笑した。


「お前らだけで話が進むけぇ、わしは置いてけぼりじゃ」


 その言葉に、あかりが少し申し訳なさそうに笑う。


「ごめん」


「でも、本当に聞こえたんよ」


「奥から」


 黒崎はうなずく。


「信じとる」


「じゃけぇ、お前らが聞いたことを一つずつ教えてくれ」


 春人は返歌のことを順番に話した。


 歌が返ってきたこと。


 氷色が「こたえ」と言ったこと。


 そして、「久しぶり」とつぶやいたこと。


 黒崎は途中で口を挟まず、最後まで静かに聞いていた。


「なるほどな」


 腕を組み、小さく息を吐く。


「わしには分からんことばかりじゃ」


「でも」


「お前ら五人には、ちゃんとつながっとる」


 蒼太は腕を組んだ。


「……まだ分からんな」


 黒崎が小さく笑う。


「また謎が増えたのう」


 春人は、その言葉を頭の中で並べ直した。


 一人。


 だけど、みんな。


 同じ。


 だけど、違う。


 意味は分からない。


 けれど、氷色は間違いなく、その誰かのことを知っている。


 分かったことは確かに増えた。


 けれど、その分だけ、新しい謎も増えていく。


 そんな調査だった。


     ◇


 しばらくして。


 春人はもう一度、氷色を見た。


「氷色」


「さっき言ってた」


「『まだ足りない』って」


「何が足りないの?」


 氷色は静かに春人を見つめる。


 答えようとしているようだった。


 でも。


 言葉が見つからない。


「……」


 胸へ手を当てる。


 目を閉じる。


 小さく首を振った。


「……わからない」


 その声は、少しだけ寂しそうだった。


 みゆは静かにノートへ書く。


『何が足りないのかは、氷色にも分からない』


 蒼太は、その文字をのぞき込んだ。


「氷色にも分からんことなんじゃな」


 氷色は小さくうなずく。


「……おぼえてない」


 その一言に、春人たちは黙った。


 そうだった。


 氷色は全部を知っているわけじゃない。


 思い出しながら、少しずつ話せるようになってきた。


 だから。


 氷色も一緒に探しているんだ。


     ◇


 黒崎が静かに立ち上がる。


「今日は、このくらいにしよう」


「焦っても答えは出ん」


「一つずつ確かめる」


「それがお前らの調査じゃ」


 五人は静かにうなずいた。


 春人は最後にもう一度だけ、氷色を見る。


「また来るね」


 氷色は、小さく笑った。


「……うん」


「まつ」


 その一言だけで十分だった。


     ◇


 春人たちは氷室をあとにした。


 振り返ると、入口の奥にはもう氷色の姿は見えない。


 ただ、ひんやりとした空気だけが静かに流れ出していた。


 返歌は返ってきた。


 氷色は「久しぶり」と言った。


 そして、「まだ足りない」とも言った。


 答えは少しだけ近づいた。


 けれど。


 その先へ進むために何が必要なのかは、まだ誰にも分からない。


 夏の風が木々を揺らす。


 春人は空を見上げ、小さく息を吸った。


 “まだ足りない。”


 氷色のその一言が、いつまでも胸の中に残っていた。

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