我に自由を! その13
ギシギシと軋むドアを押し開け、外を恐る恐る窺う藤原。
部屋の外は通路の様に見えるが誰かの姿は無い。
「……どうです? 大丈夫そうですか?」
そんな橋本の声に、藤原は背広の懐へと手を入れる。
直ぐに、鈍い輝きを放つ拳銃が現れた。
だが、藤原は自分の手の中にある小さい銃を見てため息を漏らす。
「持って来たは良いけどさぁ、こんなモン役に立つのか?」
藤原の質問だが、橋本は首を傾げながらも床に転がるドロイドを見る。
実際よく見れば実に良い出来であり、知らない者が見れば急いで通報しそうな光景と言えた。
「さぁ……どうですか? えーと……」
子犬に尋ねるのはどうかと悩む橋本だが、問われたティオは鼻をフフンと鳴らした。
身体が子犬である故に、ティオの表情は読み辛い。
それでも、頼られる事が嬉しいと言うのは橋本にも分かった。
『お答えしますが、現在警察で採用されている拳銃では意味が余りないでしょう。 橋本警視正が持っている電撃銃の方が効果的です!』
自信満々といった子犬の声。
ティオは誉めて貰えるのかと期待したが、刑事二人組の反応は鈍い。
藤原はため息を吐き、橋本は手元の武器を心許なさそうに見る。
『あの?』
「……いやぁ、持ってきたは良いけどよ、やっぱりなぁ。 よう橋本警視正、今度上にもっと良い装備掛け合ってくれよ」
「……ですね、こんな事なら、暴徒鎮圧用の散弾銃でも持ってくれば良かったかな」
残念そうな声に、子犬まだもシュンとしてしまう。
自分では力に成れないのかと悔しがるティオだが、そんな頭をゴツい手が撫でていた。
「おぅちび助、そんな顔すんな。 俺達はまだやるべき事が在るだろ?」
そう言うと、藤原は子犬をヒョイと持ち上げ自分の肩に乗せた。
『……あ、あの……』
「ところで、ちび助。 お前、暗視とか出来るのか?」
藤原の声に、子犬は頷く。
『あ、それなら出来ます。 一応……』
「そんなら良いや、お前、俺の目になれ」
頼られ必要とされる。 それは、ティオに変化をもたらしていた。
『はい!』
力強い子犬の返事に、藤原はニヤリと笑った。
「ははぁ、こりゃあいよいよ桃太郎だぜ」
「じゃあ僕はキジですかね?」
武器を構えてそう言う橋本に、藤原は笑った。
「おうよ、これから鬼の征伐にって奴さ」
そんな藤原の声を合図に、橋本も部屋を出て行った。
*
銃器密売のアジトである以上、厳重な警備を想像した藤原と橋本だが、殆どそういった陰も見えない。
わざわざ分散させられた割には、拍子抜けすら感じてしまう。
「なんかさ、派手な船の割には、中スッカスカなのかねぇ?」
子犬を肩に乗せ、前を行く藤原の声に、背後を護る橋本は唸った。
「どうですね、まだその辺の部屋とか覗いてませんから」
橋本の言うとおり、二人の刑事は進む事を優先していた。
本来なら、交渉に来たのだが、それを反故にされてしまった以上、何らかの証拠が欲しい。
もし、銃器密売の確たる証拠を掴めれば、本庁へ応援を要請しようと考えていた。
フゥムと唸る藤原。 とりあえず、モノは試しだと適当な部屋の取ってに手を掛ける。
しかし、やはり浸水時を考慮してなのか、全てのドアはバルブを回して開ける方式である。
ギリギリと軋む音を立てながらドアをゆったりと開ける藤原だが、その顔は苦い。
「なんだってこう全部手動なんだ? 向こうはジンコーチノーなんだろ?」
若干発音がおかしい藤原の声だが、肩の子犬はフゥと息を漏らす。
『コレは恐らくですが、たぶん、あの人は他の者を恐れているんだと思います』
「他の者とは?」
子犬の声に答えたのは橋本だった。
『僕達は……なんと言いますか身体が在りません』
そう言うと、ティオは前脚を片方上げてみる。
思い通り動きはするのだが、以前使っていた体とは違い不便さが在った。
『この犬の身体にしても、借り物ですから。 でも、その代わり僕達色々なモノに同じ事が出来ます』
そんなティオの声に、藤原が口笛を軽くヒュウと吹く。
「ソイツはスゲェや。 なる程、加藤の奴がそれで仕事してたって訳だ。 上手くやりやがるぜ」
『………あ、そ、それは』
匠の裏をアッサリばらしてしまったティオは焦った。
実際の所、トラブルバスターとしての仕事はエイトにおんぶに抱っこという方が近い。
ティオにしても、あくまでもエイトの代わりであり、その仕事をしていた。
耳を垂れ困るティオだが、藤原は笑う。
「安心しろ。 別に誰にも言いやしねーから」
『す、すみません』
藤原と子犬の会話に、橋本はわざとらしい咳払いを一つした。
「……ともかく、今は集中してくださいよ」
「わぁってるよ……って……」
橋本の声に答えながらも、藤原はドアを開いた。
適当な一室ではあるが、開き中を覗いた時点で、藤原はバッとドアから離れて身を隠す。
「ち、ちょっと? どうしたんです?」
何がなにやらと焦る橋本は、藤原が身を隠した理由が分からない。
其処で、藤原は片手を上げてチョイと指差す。
「橋本……中、覗いてみ」
低く、小さい藤原声に、橋本は「なんです?」と中を覗く。
開いたドアからは異様な音が響いている。
こっそりと、恐る恐る中を窺う橋本。
其処には、異様な光景が広がっていた。
自動車工場で見受けられる様な作業ロボット達が、一心不乱に何かを作っている。
ガッチャンガッチャンと音を立てて蠢くロボットは、周りが見えては居ないらしく、橋本に見られていても気にする様子は無かった。
藤原と同じく、慌てて身を隠す橋本。
「……アレは……工場……ですかね?」
そんな橋本の声に、藤原は頷く。
「あぁ、そんなとこだろう。 要するにだ、此処はドデカい銃器密造の工場でもあるわけだ。 こりゃあ、おいそれとその辺の領海にゃあ入れんぞ」
「でも、ああやって作っては売りさばき、移動する。 こりゃあ儲かりますよ」
橋本の感想に、藤原は「お前なぁ」と呟いた。
「だってそうじゃないですか? 世の中で一番何が売れるって言えば武器何ですよ。 人が居る限り争いは絶えず、付属品や消耗品も商品足り得る。 それを売り捌けば、対抗しようとまた売れる。 こんな良い商売在りません。 我々人が居なく成らない限り、あの子の財布は厚く成るってわけです」
橋本の力説に、藤原はフゥと息を吐いた。
「馬鹿野郎。 俺達は警官だろうが?」
そんな声に、橋本はウッと呻く。
「そ、それはまぁ……」
「そりゃあまあ、橋本大先生があのお嬢さんに共感して儲けたいってもの理解は出来るぞ? ただな、俺達は警官だろ? 今は、拉致された無辜の民を助け出すのがお仕事なのだよ」
力説しながらも、藤原はこっそりと部屋の中へ入ろうとする。
「ち、ちょっと、藤原さん? 不味いですって………」
「大丈夫だよ。 連中、作業ロボットだろ? 俺達なんて構わないって。 中からなんか見繕って来るわ」
子犬を肩に乗せたままコソコソと動く藤原に、橋本は焦る。
如何に怪しい武器を持っては居ても、不安である事は変わりなかった。
「……参ったなぁ。 こういうの、得意じゃないんですが」
映画やゲームで見聞きした通りに構えて見る橋本。
一応照準機は在り、狙うのは難しくはない。
だが、見知らぬ場所で独りきりというのは恐怖とも言えた。
相も変わらず開いたドアからは機械が放つ音が響く。
そのせいで、橋本は近付く音に気付いて居ない。
程なく、ゴトッと何かが動く音に、橋本はビクッと震えた。
「………ちょっともう、藤原さ……」
仲間が自分を驚かそうとしたのだと橋本は思って振り向いた。
だが、実際に音を立てたのは際どい服装の女性である。
よくよく見れば、首からは線が伸びており、それが人でない事を示す。
『武器を捨ててください。 傷付ける事は不本意です』
いつの間にか接近されている事に、橋本の額からは嫌な汗が伝う。
藤原はまだ戻ってくる様子は無い。
「……あー、すみません……」
橋本は一瞬、なんとか出来るのではないかと考えた。
横っ飛びに跳び出し、手持ちの武器で相手を打ち倒す。
だが、そんな想像が上手く行くとは思えなかった。
下手に動こうものなら、撃たれかねない。
もし、相手の武器が電撃やゴム弾ならば、或いは死なないだろうが、動けなくなる。
この場で応援や増援が期待出来ない以上、動けなくなるということは非常に大きな問題と成ってしまう。
『武器を捨てなさい………五秒数えます……五……四……』
なかなか橋本が言うことを聞かないからか、痺れを切らしたドロイドはカウントダウンを始める。
こうなると、橋本に打てる手は多くない。
「あー、分かりました分かりましたよ」
仕方なく、橋本は武器をゆったりと床へ置く。
それを見ていたドロイドはカウントダウンを止めた。
『此処は関係者以外立ち入り禁止区域です。 速やかに………』
橋本に何かを促そうとする女性型ドロイド。
次の瞬間、電撃を浴びた様にガクガクと揺れる。
いつまでも揺れては居らず、女性型ドロイドは糸が切れたように倒れた。
何事かと橋本は焦る。
すると、先程武器を探しに行った藤原が姿を見せた。
「ふぃ………コイツは大したスタンガンだぜちび助」
『……スタンガンとはにていますが、コレは電極を飛ばして……』
「あー、分かった分かった、皆まで言うな」
ガッチリとした体格の叔父さんと子犬という組み合わせに、橋本はホッと息を吐き出す。
「……藤原さんかぁ、助かりましたよ」
心底ホッとした橋本の声に、藤原は手持ちの武器を肩に担ぐ。
「何ヘタってんだ? ほら行くぞ?」
実に頼もしい藤原の声に、橋本は「ハイハイ、只今」と立ち上がった。




