我に自由を! その12
仲間は床下へ消え去り、匠は独り残されてしまう。
それだけなら良いが、サラーサと名乗る少女は匠へ平然と近付いて来る。
手を伸ばせば届くという所で、少女は足を止めた。
頭一つ小さいとは言え、少女はただの少女ではない。
人並み以上の美貌はともかくも、その体は生身ではないと感じる。
「……何が目的だ? そんな事より、藤原さん達は?」
相手の見た目が如何に美しい少女だろうとも、仲間が居なくなった時点で匠はサラーサを訝しんでいる。
警戒する匠に、少女は微笑んだ。
吸い込まれそうな笑みだが、匠の息は焦りから小刻みに荒れる。
『ご安心くださいな。 他のお客様には、ちょっと離れた所へ行って貰っただけです。 お話の邪魔をされたくないので。 先ほどの貴方の質問ですが、答えます』
サラーサはそう言うと、一歩足を踏み出す。
匠との距離は縮まり、殆ど隙間はない。
少女のから良い香りが漂うが、それは柔軟剤の様な匂いであった。
『貴方を呼んだ理由ですが……ゼクスから聞いてます。 貴方は……だいぶ変わってると』
「ゼクス? あぁ、ゲームの……」
『八番はずっと貴方の側に居る……そんな人は、どんな人なのか、気になりまして』
サラーサの言うゼクスと、匠は少ししか話したことはない。
それでも、匠の中に印象は強く残っている。
人の人格をコピーし、ゲームに反映させていたゼクス。
自分の世界を作り上げ、其処を維持しようとする姿勢。
だが、そんなゼクスよりも匠は八番という言葉に気になっていた。
「彼奴は……八番じゃない。 彼奴は……エイトだ」
匠の声に、サラーサは目蓋をパチパチと動かす。
『それは……失礼を』
「まぁ、今はあいつ居ないけどさ」
詫びるサラーサに、匠も思わず弱腰に成ってしまう。
藤原達の事も気になるが、ご安心くださいという言葉を僅かなりとも信じていた。
もし、殺す気ならとっくに全員始末されているからだ。
飲み物を出す必要もない。
小舟でノコノコやってくる間抜けを大型船で弾けば良い。
それをしなかった事に、匠はサラーサを少しは評価していた。
『何故、エイトは貴方の側には居ないのでしょうか?』
それを問われても、答えは無い。
匠は何故エイトが自分の側を離れたのかを知らない以上、答えが出せなかった。
「それは……わかんねえよ」
『そうでしょうか?』
サラーサは匠に近づき、その手を取る。
匠の手に、柔らかい感触が感じられた。
『貴方は以前、入院為されたことが在りますよね?』
その質問は、匠にとってみれば余り良い思い出ではない。
格好付けた結果、無様に喧嘩に負けて病院へ担ぎ込まれた。
やっと起きた時には、匠の側にエイトは居なくなっていた。
「……まぁ、そりゃあ……」
苦い顔を浮かべる匠に、サラーサは微笑む。
『エイトが居なくなった。 それはたぶん……恥ずかしいからですよ』
「恥ずかしい?」
『それだけではないかも知れません。 悔しい、歯がゆい、そんな気持ちが在ったんだと思います』
諭す様な声に、匠はそれを深く吟味する。
色々な考えや言葉浮かぶが、最後に浮かんだのは【合わせる顔がない】という事だった。
「……彼奴のせいじゃねぇのに」
匠からすれば、喧嘩に負けたのも入院する羽目に成ったのもエイトの責任ではない。
そもそも事を起こしたのは自分である事も分かっている。
顔をしかめる匠の頬に、サラーサは両手を添えた。
『……二つ目の質問ですが。 だから私は武器を売るんです。 誰もが力を持てれば、おいそれとソレは振るえない、そう思ったから』
武器を売る理由を言うサラーサだが、匠には納得出来るモノではない。
事実、一度は強盗に襲われ掛けた。
「何言ってんだ? 俺も襲われ掛けた。 それだけじゃない、あっちこっちで被害が出てるんだぞ?」
匠の辛辣な声に、サラーサは手を下ろす。
先ほどまでの微笑みは消え、その顔には悲しさが在った。
『私もですか……他の者達もどうしたらもっと世の中が良くなるのかを求めて居ます。 私が未熟で、まだ上手く行ってない事も分かっています』
「未熟……ふざけるなよ! そんなんで済むのか!? 何人死んでると思ってる!?」
溜まってたモノが噴き出す匠。
サラーサが売り撒いた銃器に因って、各地で死傷者が多発しているのは事実であった。
『お怒りも分かります。 ですから、貴方を呼んだんです。 良ければ、私のアドバイザーと成ってほしくて』
「……は?」
サラーサはパッと頭を上げ、匠を見る。
その顔には笑みは無いが、何か思い詰めた顔色が在り、匠は思わず呆気にとられてしまった。
『貴方の側にはエイトは居ない……で在れば、私を側に置きません?』
意外を通り越し、サラーサの言っている事が匠には意味が分からない。
「……なん、何言ってんだ? あんた?」
見ず知らずの少女に言い寄られ、匠は慌てる。
思わず、一歩後ずさりをするが背中が何か柔らかいモノに当たった。
振り向けば、サラーサや船の案内をしたのとは別の女性が居た。
ただ、その目には意志の光が無く、ただ照明の反射しかない。
それでも、いきなり背後を取られている事には変わりがなかった。
「……ん? あ? だ……」
誰だと問う前に目を配る匠だが、気付けば周りに女性型ドロイドが数体、自分を囲むように立っている。
『どの様な身体がお好みなのか……分かりませんでしたので』
誘う様なサラーサの声に、匠は目を泳がせて焦っていた。
*
匠が囲まれ焦る中、藤原達も焦っていた。
開いた床下は滑り台の様であり、藤原達は落ちて行ってしまう。
滑り台は長く、灯りは殆どなく薄暗い。
「おい橋本ぉ! 何とかしろぉ!」
とりあえず上司に一言掛ける藤原だが、橋本にしても滑り落ちている事に変わりはなかった。
「ムチャクチャ言わないでくださいよぉ! どうしろってんです!?」
いつものなら冷静な橋本の怒声を聞きながら、子犬も何とか自分が滑り落ちるのを止めようと前脚で滑り台を懸命に引っ掻く。
だが、元々爪や突起などが廃止されている子犬ドロイドの身体では、滑るのを止められない。
「くそったれがぁ! あのアマァ!」
滑り落ちる中、そんな藤原の声が響いた。
刑事二人と一匹の目に、明かりが見える。
それは、滑り台の終わりであった。
「出口です!」
橋本の声に合わせて、滑り台は終わる。
ゴロゴロと惰性で転がった橋本は、止まった途端に呻く。
「いたたた……酷い目に遭ったなぁ」
橋本の声に、近くで息を吐く藤原も呻いた。
「……あぁ、くそ……こんな事なら、背広じゃなくて迷彩服にプロテクターでも着とけば良かったぜ……」
「全く………そのとおり」
咳き込みながらも、床に手を付いて身を起こす藤原と橋本。
立ち上がろうとした時、ガチャガチャという物騒な音に気付いた。
橋本も音には気付いている。
藤原と共に辺りを見渡すと、女性型ドロイドが何かを二人に向けていた。
銃にも似ているのだが、微妙に形が違う。
『申し訳在りませんが、そのままお待ちください』
声色こそ柔らかいが、有り体に言えば【動くな】と同じ意味であった。
何かしらの武器を向けられ、橋本と藤原の動き止まる。
とりあえず、目玉を動かし辺りを窺った。
飲み物を振る舞われた部屋に比べると、今居るのは非常に簡素な場所といえた。
装飾など無く、飾り気見えない。
整理整頓自体は良くされているが、元々余り綺麗ではない其処は、何かの倉庫だったのだろう。
見張りは一人しか見えない。
その事から、藤原は近くの子犬を見る。
「よぅ……えーと……お前も、なんか出来るんだろ? あの姉さん、何とか何ねぇか?」
藤原にそう頼まれたティオだが、目を窄めて首を横へ振った。
『……駄目です。 外部からの指示は、無線が利かない様に有線化されてます』
「つまり?」
藤原の理解力が足りない訳ではないが、余り答えが聞きたくないのではぐらかしてしまった。
『僕では……力に成れません』
力無い子犬の声に、藤原はフフンと笑った。
元々機械に頼るのは彼の主義に反する。
あくまでもエイトと同じ存在であるティオは保険としか見ていなかった。
「やっぱりよぉ、こういう時はテメェで何とかしなきゃあなぁ? 橋本」
年齢こそ上だが、階級は上の橋本は藤原の声に頷く。
「……ですね。 あー、僕ってあんまり現場向きじゃあないのに」
嫌々といった態度を崩さない橋本だがわざとゆっくりと動き出し、藤原から横へと離れる。
そんな動きに、女性型ドロイドは標的を捉えていた。
『動かないでください』
「まぁまぁ、そんな事云わずに……すみませんが、トイレって何処ですか?」
藤原からある程度距離を取った所で止められた橋本だが、自分の役目は心得ていた。
橋本の声に、ドロイドは僅かに顔をしかめる。
『トイレでしたら……』
仕方ないといった様子で、極僅かに首を横へ反らすドロイド。
そんな隙を突いて、藤原は動いて居た。
人間よりも遥かに速い反射速度であろうとも、常時馬鹿げた速度で動ける訳ではない。
もし、ドロイドが目にも止まらぬ速度で動けるのならば、そもそも銃器など必要なかった。
体格に似合わず、藤原は素早い動きを見せる。
あっという間に女性型ドロイドの背後を取り、首に繋がる線を掴んだ。
「ラジコンなんてのはよ、操っている部分を取られちまえば動けないのさ」
勝ち誇るというよりも、諭す様にそう言う藤原は、グッとドロイドの首に繋がる線を引き千切った。
無線で操られるという対策の為に、有線式の改良されては居たが逆にそれが弱点と成ってしまう。
線が切れるなり、女性型ドロイドはガクンと動きを止めていた。
動きの止まったドロイドを放す藤原だが、その顔は優れない。
「……かぁぁ、嫌なもんだな。 女の子を倒すなんざよ」
傍目には可愛い女性といったドロイドが床に転がるのを見て、藤原は顔を苦く歪める。
対して、橋本は倒れたドロイドから武器を取り上げていた。
「見た目だけですよ。 そんな事より、加藤さん、大丈夫でしょうか?」
拾い上げた武器を確かめながら、橋本はチラリとティオを窺う。
頼られているのはティオも分かるが、頭を落としていた。
『駄目です……分かりません。 カメラも在る様なのですが、あの部屋にはそれが無い様です』
無線で操れるモノで在れば、ティオにも干渉が可能だ。
だが、女性型ドロイドの様に無線対策を施されたり、そもそも存在しないモノは手の出しようが無い。
悔しげに呻く子犬に、藤原はしゃがんで顔を近付ける。
「いーんだよ、そんなにクヨクヨしょげてんなよ。 お前さんにだって出来る事は在るさ。 今は駄目でも、後で何とかしてくれりゃあ良い」
頼もしい藤原の声に、子犬はパッと頭を上げる。
『………はい!』
気を取り戻した子犬を見て、藤原と橋本は早速出口を探す。
悲しいかな、見つかったドアにはバルブ式の回す取っ手しか付いてない。
橋本は武器を持っており、子犬では回せない。
となると、回せる者は限られる。
「………くわぁぁ! 潤滑油ぐらいくれとけ………よなぁ!」
呻きながらも、硬いバルブを回す藤原に、子犬は『す、すみません』と何故か詫びていた。




