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シュガー・シュガー・シュガー(!)  作者: 助供珠樹
大学一年:9~12月まで(エピソード2)
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12/90

第九章『二杯目のシュガー・シュガー・シュガー(!)』

(11/23~12/6更新分)

 十一月八日――弘緒



 真っ暗になったスーパーの裏手に回ると、弘緒はぞろぞろと出てくる従業員達の一人に向かって話しかけた。


「あの、佐藤さんっていますか?」

「佐藤さん? 佐藤さんって言ってもいっぱい――あ、でも今の時間なら彼しかいないか。ちょっと待っててね」


 自分の母親より老けた女性が再び店の中へ戻ると、しばらくしてメガネをかけた男性を引きつれて戻ってきた。


 大分年季の入った革のジャケットによれよれのジーンズを履いたその男は、金髪よりもずっと細く、華奢な体つきをしていた。確かにその外見は、完全にオッサン以外に形容のし甲斐がないと弘緒は思った。


「君は――」


 オッサンは細い目をいっぱいに開いて弘緒を見ていた。そんなオッサンに向かって弘緒はぺこりと頭を下げる。


「昨日はありがとうございました。あの……私を保険室まで運んで頂いて」

「どんな関係さ?」


 中年女性がオッサンの脇腹を肘でつつきながらそう言った。


「あぁ……同じ高校に通ってる」

「へぇー。可愛い子じゃないかい」


 その時、冷たい風が三人の間を吹き抜けた。十一月にはまだ早すぎるほどの冷気だ。弘緒はその場で、開いていたコートの前を止めた。


「まぁこんなとこで立ち話もなんだから、あそこで話しなよ」


 中年女性が指さしたのは、スーパーから道路を挟んだ場所にあるファミレスだった。


「優男のあんたじゃ、間違いなんて起きそうもないしね」


 そう言って一人でげらげら笑う中年女性に、弘緒もオッサンも共に顔を赤らめてその場で俯いた。



  ※ ※ ※



「――もう、身体の方は平気なのかい?」


 コーヒーを口にしながら、ぼそりとオッサンは言った。

 このファミレスは弘緒も過去に何度か利用したことがあった。しかしこの町に最近出来た大型チェーン店のファミレスのせいですっかり客の入りは減少の一途。


 相も変わらずこの店の客の入りは少なかった。思えば過去の記憶でも、この店が賑わった日を弘緒は見たことがない。


 そんなことを思いながら弘緒は、ジュースを紙のコースターに置いて再びオッサンに向かって丁寧に頭を下げた。


「はい。本当にご迷惑をおかけしました」

「迷惑だなんて」


 それだけ言うと、二人は沈黙してしまった。

 オッサンは金髪とは全く真逆なタイプだった。おとなしく、物静かで陰が薄い。このまま黙ってジュースを飲んでいたら目の前から消えてなくなってしまうんじゃないかとすら思えるほど、彼は亡霊かなにかのように対面の席でのっぺりと佇んでいた。


 でも、こんな存在の方が今の自分にはありがたいと弘緒は思った。人のように思えないと言えば失礼だがこれくらい人間味の薄れた存在の方が、むしろかえって気持ちが和らぐ。


 そうしてどれくらいの間があったのか。知らず知らず弘緒は自分からオッサンに向かって言葉を投げかけていた。


「佐藤さんは、うまくやれているんですね。あの教室で」


 その声に反応してオッサンは窓に向けていた視線をゆっくりと弘緒へ向けた。


「私は、どうも無理みたいです」


 感情の出所が一切不明な笑みで口角がつり上がった。


「どうして?」


 かすれた返事が返ってきた。その尋ね方は言葉の真意を聞き出したいものなのか、それともただの相づちで投げかけられたものなのか、弘緒には判別できなかった。


「他人が、怖いんです」

「なぜ?」

「……いじめられていたから」


 この言葉は弘緒自身も驚くほどするりと口から飛び出していた。夜間高校に来てからというものの、弘緒は他者に対しずっと弱みを見せないように気を張っていた。それが、なぜかこのオッサンに対しては不思議とあっさり滑っている。


 年齢の違いからなのだろうか。


 オッサンは表情を崩さずに弘緒をじっと見据えていた。


「話したくないような話なら聞かないよ」


 その言葉に弘緒は首を振る。


「誰かに……本当は聞いて欲しかったのかもしれません。私は、あの教室に来てから強がってばかり……。本当は……そんなに強くないのかも」


 口に出せば出すほど、ぼろぼろと砂山の牙城のように脆い言葉がぽんぽんと飛び出してくる。本当に心が既に耐えきれなくなっているのかもしれない。


「弱いんです……私は。でも、怖くて声をあげられない……。また裏切られたりされるのは……もう、たくさんで……こりごりで」

「裏切られる?」


 わからないと言った様子のオッサンに対し、少しだけ深呼吸をすると、弘緒はゆっくりと自分の過去について、静かに語り始めた。



  ※ ※ ※



 ――そして全てを話し終える頃、弘緒は大粒の涙をぽろぽろとオッサンの前で流しながら全身を震わせていたのだった。そして、話を最後まで聞いたオッサンの目もまた、弘緒と同じように赤くなっている。


 最後まで話せたことで、そしてその相手が彼だったことで。

 弘緒も心のよどみが少しだけ取れた気がした。


「……もう帰ろう。弘緒ちゃん」


 ファミレスはまもなく閉店の時間だった。



 10月14日 七時――千佐都




「お、ちゃんと全員来てるじゃないの。えらいえらい」


 時刻は朝の七時。

 テントが設営された屋台スペースには、それぞれ貸し出されたテーブルごとに紙が貼りつけられていた。「スキー部――樫枝千佐都」と書かれたそのテーブルの前には悟司、春日、月子、小倉の四人がそれぞれ気怠そうな顔をして立っている。


「……ああ、やっぱり名目上はスキー部なんだ?」


 とろんとした目で悟司がそう呟く。


「そりゃそうでしょーよ。あたしらがちゃんとしたサークルなら別だけど、一応学祭での出店は現役サークルに所属してるものしか出来ないの」


 スキー部は未開大屈指の大所帯サークルである。正確な所属員実数は、千佐都ですら判別出来ていない。そのほとんどがかけもちで、幽霊部員も含めれば全学生の六割以上にもなるとかならないとか。


 それでいて代々受け継がれてきた部長は、どれも皆もの凄く放任主義だった。ご多分に漏れず今年の部長もその一人であり、今回千佐都が牛丼屋をスキー部名義で開きたいという願いも「部に迷惑かけなきゃなんでもいいよ」と一発オーケー。売上金の計上は学祭執行部が集計を取った後、来年の部費としてそれぞれに分け与えられるので、おそらくスキー部にとってもうま味があると判断したのだろう。


 ……本当にただめんどくさかっただけかもしれないが。

 松前がこの牛丼屋の存在を知らないのも当然といえよう。そもそも、スキー部はそれだけの規模の大サークルであるに加え、基本的に未開大では屋台の出店に必ずしもサークル名を記載する必要がない。


 そんなわけでスキー部の連中でも千佐都が屋台をやっている事実を知っているのは、当日の今になっても、実にごくごく限られた人間だけなのであった。


 デカいだけで、能動的に参加をしている人間はわずか。

 それが千佐都や松前の所属するスキーサークルの実態であった。


 ちなみに、そんなくだけたサークルでもなぜか定期的に行なわれる飲み会だけはどこぞから聞きつけた者達でかなり賑わう。今回のジン○リバーさん着回しメンバーも、おそらくその飲み会の常連メンツであろう。

 千佐都は、そう睨んでいた。


「ウチ……低血圧なのですー……」

「き……奇遇だね。俺もなんだ」

「ちょっとちょっと! 二人して何よ。つっきーはこのあとすぐ漫研の方へ行くんでしょ? だったらそれまでキビキビと働いてもらうかんね! はい、起きて起きて!」


 悟司と月子に向かって手をぱんぱんと叩く千佐都を、春日が呆れた顔で見つめた。


「僕らもライブは午後からなんだぞ……。その前にPAチェックはあるにしても、始まるのは昼過ぎからだっていうのに……」


 昨日、初日が終わった時点で千佐都はメンバー全員の日程をあらかじめ聞いていた。その全貌はこうだ。




・春日と悟司――十二時半に中央昇降口へ集合。PAさんの指示に従って、音出しチェックをした後、一度解散となる(想定所要時間は、OB達との打ち合わせも含め、約三十分程度)。それ以降は十五時半までフリー。十五時半から、約十五分程度のライブ予定。


・月子――八時より、漫研サークルに集合。同人誌(全年齢対象)を持ち寄り、屋台スペースへの運搬作業。

 九時。物販開始。

 十一時。校舎内へ移動。コスプレ開始。

 十二時。漫研部員が焼いたクッキーとチラシを持ち、校舎内で宣伝活動(コスプレ姿)

 以降、それを十七時まで断続的に続ける予定。


・千佐都――牛丼屋。九時より開始。途中、松前のジ○ギリバーさんがやってきたら、移動(想定所要時間、未定)。以降、松前に開放されるまで牛丼屋は小倉のみ。


・小倉――フリー。




「とりあえず、つっきーが牛丼屋を手伝うことは不可能に近いわね……」


 あらためて皆の予定を振りかえると、月子が手伝いに入ってくれる可能性は絶望的だった。しかし、コスプレとはこれいかに。


「つ、月子ちゃん……コスプレするの?」


 こころなしか悟司の鼻息が荒く思えた。


「は、はい。一応、最近流行ったアニメのコスプレなんかをするんですけど……でも、基本的には屋台で売る同人誌に則したモノばかりです」

「え、つっきー。アニメのコスプレするの? メイドさんとかじゃなくて?」


 驚きを隠せずに千佐都がそう尋ねてみると、


「い、いや。あの……はい」


 おおおお。それはさすがに自分も見てみたい。

 思わず心の中でそんな声を上げてしまった。



 月子の発言に、悟司と春日もたまらず鼻の下を伸ばしているが、さすがにその気持ちもわからなくもない。月子のコスプレ姿など、おそらくそうそうお目にかかれるものではないのだ。性格上、きっとそうだ。


「ねぇ、小倉君。もし手が空いたらさ――」


 千佐都がたまらずそう声をかけると、


「そんなこと、あるのかな?」


 小倉は目こそとろんとしているが、口調はいつもと変わらない様子で甲高く、きびきびとしながら答えた。


「ボクらの牛丼屋がヒマになることなど、はたしてあるのかな?」


 彼の手元にあるゲーム機から『ばよえーん、ばよえーん』という声が何度も流れてきた。それだけ眠そうにしているにも関わらず、連鎖は絶好調のようだ。


「ボクの舌を信じろ、千佐都君。今まで君が作ってきた牛丼は、この舌でしっかり平らげたんだから」


 それを聞いた全員が一斉に「いや、食べてただけじゃん」という目をする中、千佐都だけは瞳をにじませながらまるで走馬燈のようにこれまでの記憶が目の前を駆け抜けていった。


 そうだ、その通りだよ小倉君。今まであたし達がどれだけの苦難を耐え忍んでここまで来たのか……。




・肉やたまねぎを見分ける際の審美眼は、主婦のレベルを軽く凌駕するほどになった。

・圧力鍋の背についた焦げ跡は、もうスポンジじゃ取れないくらいに汚れてしまった。

・白ワインが美味しそうで味見しようと思ったら、まるまる一本飲み干してしまったこともあった。

・レンタルショップでなぜか借りてしまったミスター○っ子のビデオを見て、ネギを捨ててはいけないことを、東大医学部のシェフから教えてもらった。

・スパイスに使う七味唐辛子の一部が、津軽(隠語)だということを初めて知った。

・築地にあるあの牛丼屋に行った。(※夢です)

・ある朝、なにか気がかりな夢から目をさますと、寝床の中で一杯の牛丼に変っていたりもした。(※夢です)




 そんな数々の思い出は、どれもこれもたった数週間の非常にやっすいものではある。

 だがしかし!


「あたしはね……この牛丼屋が成功したら、故郷で店を開こうかと――」

「死亡フラグだ」

「死亡フラグですね」

「死亡フラグだな」


 悟司、月子、春日が順繰りにそう口を開いた後、一斉にあくびをした。

 こ、こいつらめ……。


「ばかばかばかーっ! あたしの中ではそんくらい数々のドラマがあったんだから!」

「ドラマなどどうでもいい。デタラメな妄想を語るヒマがあったらさっさと今のうちに準備を始めるぞ」


 あらま、かすがさんたらひどい。

 しかし春日は千佐都が両手に提げている食材を奪い取ると、さっそく黙々と準備を始めだした。


「時間にあまり猶予があるわけでもあるまい。鷲里、包丁は使えるか?」

「は、はい」


 春日の言葉に、それまで眠そうに頭を揺らしていた月子が慌てて設営テントの中へと潜り込んだ。


「樫枝はガスコンロのチェックをしたら、僕と一緒にカップどんぶりの数を数えよう。はっきりいってこれに関しては、他の屋台の出し物と比べても全く売れ行きが未知数だ。今現在で一体どれだけの牛丼が配れるのかを把握しておけば、器がなくなる時間がわかった時に補充する量もおのずと推定出来るはず」

「わ、わかりました」

「千佐都、ここにある箸とどんぶりはきちんと数が揃っているのか?」


 春日がくるりとこちらを見て、そんなことを尋ねる。


 うう、確か揃ってたような気がするけど……。

 でも、きっとそんな返答したらいつものようにバカにされるだけだ。


 そう思った千佐都は慌てて箸の方を掴んで言った。


「わ、わかんないからこっちはあたしが数えますっ!」

「よし」


 そこまで言うと、春日はぱんと短く手を打った。

「始めるぞ。せっかくだ、成功させよう。僕らのユニットが甘くないということをその味で示してやるんだ」

「牛丼は甘い方が美味しいけどね」


 小倉の冷静なツッコミを無視して、春日は悟司と一緒にどんぶりを数えだした。

 しかし、想像以上のやる気を見せる春日に、千佐都は箸を数えながらもびっくりしていた。


 今日の春日は、ここ最近見せていた暗く重苦しい顔は一つも見せずに、それでいて実にきびきびと率先して動き回ってくれた。

 しばらく春日の様子をちらちらうかがってから、千佐都は思った。


 牛丼も、ライブもきっと成功する。

 

 成功……させてやるんだからっ!

 

 

 10月14日 八時五分――月子




 千佐都の牛丼屋準備も早々に切り上げた月子は漫研部室へとやってきた。部室の扉を開けるなり、慌ただしい空気で充満していた部屋の熱気がわっと月子の顔にかかる。


「あ、鷲里さん」


 挨拶もままならぬ四年生の部長が、段ボールに入った同人誌を台車に乗せるとそれを指さしながら月子に向かって言った。


「さっそくで悪いけどコレ運んでもらえる?」

「は、はい」


 勢いに流されるまま月子が台車の取っ手を掴むと、


「それとこれも」


 といって、さらに新たな段ボールが載せられた。下に詰まっている同人誌よりもやや小ぶりな段ボールだった。気になった月子がそのまま中をのぞき込むと、どうやら中身は色紙らしい。


 一体、どうして色紙なんかを。

 そんな月子の疑問に答えるように部長が口を開いた。


「急遽決まったことで悪いんだけど、この際、似顔絵とかも描いてあげたりしようかなと思って。私たちの同人誌を手に取ってくれた人に『もしよろしければ~』みたいな流れでね。ちっちゃい子とか喜ぶと思うの」


 なるほど。それはすごく良いアイデアかもしれない。


「昨年と違って、今年は一般参加のお客さんがかなり多いわ。だから同人誌の内容も、過激なのは一切NG――ていうのはもう今更よね? いやぁ、少年漫画オンリーの子がウチには何人もいてくれてるから助かったわぁ。それでも検閲した結果、この段ボール一杯にまるまる収まっちゃうくらいのものしか残らなかったけどねぇ」


 そう言って苦笑する先輩。今日頒布される同人誌は、人気の少年漫画を題材にしたもの中心と言うのは、既にずいぶん前から決まっていたことであった。


 しかし、それだけを置くのはどうにもしのびない。そう思った部長は、今回のこの学祭で配る目的の為だけに、新規に一冊の同人誌を描きあげたのだった。


 その内容とは日曜朝にやっている女児向けアニメのものである。今年の学祭が町の人との交流が目的であるということを事前にリサーチした部長は、昨年から既に作業を開始してたというのだから、その内容もまた非常にしっかりしたものになっていた。


 月子も仕上げの際には微力ながら力を貸したので、当然その中身は確認済みだ。

 このアニメは、中学生の女の子が伝説の戦士となり、悪の敵を拳で倒すというバトル物ストーリーなのだが、今回部長が描き上げたものは四コマ形式の、ゆるやかなギャグテイストをふんだんに盛り込んだものだった。


 敵の怪人も、女の子もみんなして小ネタを中心に仲良く笑い合う、そんな内容ならばきっとどの世代にも広く受け入れてくれるに違いない。


 そんな想いがいっぱい詰まった非常に暖かみのある同人誌なのである。普段の部長の描くものとは確実に一線を画すものであったが、熱意だけは他のものに比べてちっともひけを取らなかった。


「自己の妄想を具現化し、その趣味を共有化しあうのも同人誌の一つの形よ。でもね、同人誌ってのはきっとそれだけが全てじゃないわ。私が、昔読んだ多くの名作に感動したように、多くの人に漫画の面白さ、表現の豊かさをわかりやすく伝えることだってできるのよ。それは商業誌のようなプロ作家でなくてもきっとできるはず。……って、普段はそんな高尚なこと、微塵も考えて描いてないんだけどね。あはは」


 拳を握りしめて天井を見上げた後で、部長は月子に笑いかけた。部長のこういう正直なところは月子も大好きだった。


「喜んでくれるといいなぁ……」


 ぼんやりと自身の冊子を眺めながら部長はそんな風に呟いた。


「っと、こうしちゃいられない」


 はっと我に返ると、部長は台車を指さしながら月子に言った。


「鷲里さん。そんなわけで、それテントまでお願い」

「了解です」


 面白い部長さんです、と心の内でそっと呟きながら月子は微笑んだ。

 ちなみに、月子の同人は当然のように今日は並ばない。そのことに関しては月子自身も完全に納得している。


 自分の作品は、とても今日の場には出せない。出せるわけがない。


 そんなことを思いながら、がらがらと部室から段ボールを運びだそうとした時、


「そうだ。鷲里さん。クッキーのことなんだけど、もしチラシ配りに余裕が出来るようだったら、手伝いに行ってあげてね」


 月子の背中に向かって部長が元気よくそう告げる。振り返り一礼をして月子はサークル棟の廊下を台車と共に突き進んでいった。


 クッキーを配ろうという言い出したのは二年の先輩だった。

 彼女の家はちょうど大学の真向かいにあるアパートだった。そこからなら家でクッキーを焼いてそのまま持ってこれるだろうという提案からだったのだが、これは残念なことに学祭執行部の方から却下を出されてしまった。なんでも衛生上の観点から、学外で作業を行なうことは禁じられているとかなんとか。


 直接その場に立ち会ったわけではないが、シュガメンバーで行なう牛丼屋に関しても、色々と厳しいチェックがあったらしく、以前そのことで千佐都がぶー垂れていたのを月子はぼんやりと思い出した。


 そんなわけでクッキーは今大学側から貸与されたオーブンを使って、酪農学部の教室の中で絶賛焼きまくりだそうで。色々と不便しているだろう。


 月子はチラシ配りの前に一度寄ってみようと心に決めて外へと飛び出した。

 設営テントを探しながら辺りをきょろきょろしていると、


「わぁ……」


 中央昇降口の前には物々しい業者のトラックが止まっており、そこからいろんな機材を順番に積み下ろしていた。どれもこれもライブで使われる機材なのだろう。一つ一つがどんなものかわからなかったが、月子には台車を握りしめながら、すっかりその光景に目を奪われてしまっていた。


 既に昇降口の左右には屋根から青いビニールシートがかけられており、既にそこからの校舎への出入りは出来なくなっていた。


「すごいです……本当にやるんですね」


 高校の頃にもバンドを組んで、学祭の日にライブをやっている男子達はいた。しかしそのどれもは体育館の中で行なわれており、今回のような野外でのライブを見るのは月子には初めてのことだった。


 千佐都の友達である松前は、野外ライブのことを散々にこき下ろしていたが実際に見ると確かにやっつけな造りではあるが、それでも十分迫力のあるステージに思えた。

 ただ、唯一の欠点は前方の階段を完全に塞いでしまうために、見に来てくれた観客の人と演奏者の間でかなり距離が出来てしまうことだった。


 ――アマチュアの、それも学生同士のバンドでこれは致命的ではないだろうか?


 直感的に月子はそう思った。

 月子が以前見た、高校の時のバンドライブでは、最前列の観客が体育館のステージのちょうど真下の辺りまで行くことができた。これにより、知り合い同士で固められた観客連中は一斉にステージの真下まで集まってくれるので、演奏者も、またそれを見る観客も熱を冷ますことなく相乗効果で盛り上がる事が出来る。


 ステージの高低、ステージまでの距離というものは、低ければ低いほど、また近ければ近いほど、初心者バンドにとっては盛り上げが容易なのである。たいして興味がなくても演奏者との距離が近ければ、音に乗る一体感も感じ取りやすい。また、観客の少なさもあって、危険なことになることも滅多にない。


 学祭のライブで、人がわんさかと集まるなんて話は月子には聞いたことがない。ましてやここは田舎町の、あまり偏差値も高くない大学なのだ。


「悟司くん……春日さん……」


 月子は心に誓った。

 たとえ観客が全然いなかったとしても、出来うる限りライブを盛り上げる一員になってやるのだと。普段では決して出すことのない大きな声を出してやるんだと。


 しかし、そのためにはどうやって抜けだそう?

 再びステージを見つめてから、月子はそんなことをぼんやりと考えて漫研サークルの設営テントへと向かって行った。



 10月14日 九時――悟司




「――これより、第二十六回、北海道未来開拓大学学園祭。『開拓祭2012 サークルオブシティ~繋がる、街の交流フェス』二日目を開催いたします――」


「開場したっ!」


 千佐都が煮込んでいる鍋を悟司に手渡すと、そのままテントを飛び出して校門の方を眺めた。


「おおー。来てる来てるー」

「千佐都、鍋どうすればいいんだよ」


 悟司が尋ねると、千佐都は親指と人差し指でわっかを作ってこちらへ見せた。


「大丈夫。仕込みは済んでる。ご飯も炊きあがったことだし、後は弱火で、時々火を止めてかきまぜるだけで十分よ」


 言いながらも視線は一切、校門の方から離さない。

 悟司はため息をついて牛丼をかきまわした。本当にうまいのかコレ?


 さきほど小倉が何度も味を確かめていたが、結局何も言うことなくそのまま煮込み続けて早二十分以上。あれだけ自分の舌を信じろだとか言っていたくせに、土壇場で何も言わないというのはなんだかあまり良い気分がしない。


 自分で作ったわけではないので、特段口を挟むつもりもなかったが、なんとなく不安になった悟司はちらりと小倉に視線をやってみた。ゲーム機のボタンをかちかち言わせながら、悟司の視線に気付いたように小倉が口を開く。


「どうしたんだい?」

「ど、どうしたって。だってなんにも言わないから――」


 そこまで言うと、小倉はゲーム機をぱたんと閉じておたまを悟司に手渡した。


「あんまり食べちゃダメだよ。売り物だからね」


 そのまま小倉は回り込んで炊飯器の蓋をぱかりと開けると、悟司に向かってご飯を寄こした。


「ああ、やっぱ入り口から近いテニス部の屋台に人が集まってるー」


 地団駄を踏みながら悔しそうに呻く千佐都。小倉と悟司の様子など、全く気付いている様子はなかった。


 悟司はご飯を受け取ると、ぐつぐつと煮えた鍋の中におたまをすぅっと通して牛肉とタマネギをすくい上げた。そのままご飯に載せてから、割り箸を取ろうとしたところで、それまで千佐都と一緒に校門の方を見ていた春日が悟司の様子に気付いて口を開く。


「なんだ。味見か?」

「ええ。なんかやっぱ気になるじゃないですか」

「前に食べたんじゃなかったのか」

「ホントに最初に作り始めた時だけですよ、今はどんな味かも――」


 言いながら口の中へと牛丼を運んでいった。


「こちらへ来るのはもう少しかかりそ――って、ああっ!? ちょっと悟司!」


 ようやく千佐都がこちらの様子に気付いた。


 だが、もう遅い。

 悟司はぷるぷると小刻みに震えながら、その場に箸を落としてしまった。


「……樫枝?」


 春日が怪訝な顔でこちらを伺う。

 悟司は、口の中に浸透していく味の広がりを堪能しながら、一言呟いた。


「――モー」


「牛になった!?」


 草を食む牛のようにもそもそと口を動かす悟司を見て、春日が驚愕の表情を見せた。


「ど、どうしたらそんな風になるんだよ。僕にも一口食わせろ――」


 悟司から器を取り上げた春日が、勢いよく牛丼を口の中へとかきこんだ。


「――モー」


 二人して牛になっていた。

 肩を並べてもそもそ口を動かす二人を見ながら千佐都は肩を落とした。


「もう……お客さんに食べさせるものをどうしてあんた達が先に食べちゃうのよ……」

「「モー」」

「バカなこと言ってないで、さっさと食べちゃって。お客さん来るわよ」

「「モー」」


 首を絞められた。


「正気に戻りなさいよ! ほらっ、さっさと呼び込みしてくる!」


 むせ返りながら正気に戻った悟司は、首元を押さえながら千佐都に言った。


「……けほっ。呼び込みだって?」

「そうよ。あのままじゃこちらに来るまでにみんなお腹いっぱいになっちゃうじゃない。そんな事になったらあたしらの牛丼の行く末はどうなるのよ」

「その点は大丈夫さ」


 千佐都の言葉に、小倉は再びゲーム機を握りしめながら言った。


「きっとピークはお昼だ。今屋台に並んでいるお客さんはそれほど多くはない。呼び込みをかけるなら十一時を回る頃くらいから順番にかけていけば大丈夫」

「そうは言っても――」

「そうだな、今の客はこの際切り捨ててしまっても構わん。僕らはまず、用意した分を確実に消化することだ」


 千佐都の言葉を遮るように春日も小倉の意見に同意した。


「材料の分を考えれば、全部で五十杯売れればまずますの結果を残せる。さっき数えた器の数もそれを満たすだけの量は十分だし、下手に欲を見て状況を急くよりも、確実に人を惹きつけていこうじゃないか」


「味は?」

「ん?」


 千佐都の言葉に春日が振り返る。


「味よ。たった今食べたでしょ? どう? 売れそう?」


 千佐都は、春日と悟司を交互に見ながら不安そうな目をした。そんな千佐都の視線を見た二人は顔を見合わせてから、軽く笑ってみせる。


「大丈夫さ、千佐都」

「ああ美味かった」


 そんな二人の言葉に心底ほっとした顔を見せると、千佐都はきゅっと表情を引き締めて再び校門の方へと振り返った。


「よーし、見てなさいよーっ!」


 そう言って高笑いする千佐都の顔を見ながら、悟司は春日に近寄った。

 春日はどうも落ち着かない様子で、しきりに校門の方を気にしているようだった。


「どうしたんですか?」


 悟司が尋ねると、春日は若干顔を曇らせながらこちらへと振りかえった。


「気のせいかもしれないが……嫌な予感がしてな」

「嫌な予感って、何がです?」


 春日は言いたくなさそうな顔をしていたが、少し間を置いて口を開いた。


「ゴスロリータの格好をしているヤツが、いたような気がしてな」

「ゴスロリータ?」


 それは、きっとアレだろう。なんというか、ものすごくフリフリの真っ黒なドレスみたいなのに身を包んだ女の子――と、その程度の知識しかない悟司にはまさしくステレオタイプな様相しか頭に描くことが出来なかった。


「ウチの妹がな……ああいう格好をしているんだ」


「……へ?」


 ぽかんとする悟司をよそに、春日は顎に手を置いて考える。


「しかし、まさかな……。“三睦”が一人でここまで来れるなんて考えられん。そもそも今日の学祭のことは家族にも知られていないハズなんだ……」

「あ、あの」


 どうやら春日の妹の名前は三睦、というらしい。

 しかし今は、そんなことよりも悟司は春日に伝えなきゃいけないことがあった。


「それよりも先輩、実は渡された楽曲のことなんですが」

 悟司の真剣な顔つきを見て、すぐに春日も真面目な表情になる。

「どうした?」

 非常に言いにくかったが言うしかない。

 悟司はぐっと唇を噛んでから、静かに切り出した。


「……やばいです。二曲目」

「やはりか」


 春日のその言葉に、悟司は目を丸くした。


「そうなることはなんとなく予想していたんだ。なんだかんだで四年の先輩達は演奏が上手い。しかし参ったな……今更どうすればいいのか」

「俺、昼過ぎのPAチェックが終わったら、一旦ギター持って練習してきます」

「練習ってどこで?」

「申し訳ないですけど……軽音部室とか使わせてもらえませんか?」


 春日はほっとしたようにため息をついた。


「それくらいならたやすい。一応、PAチェックの時にでも先輩に言うか」

「助かります」


 春日が中央昇降口の方を見るのに合わせて、悟司もそちらへと振り返った。

 機材の設置はもう完全に済んでいるようだった。いつぞや見かけたOBなる連中達も既に楽器を持ちながら昇降口の前で、楽しそうに業者の人と談笑していた。


 俺にもあれだけの余裕があればなぁ……。

 そんな事を思っていると、


「あ、あのー。ここ牛丼って書いてあるけどマジ?」


 高校生くらいの集団がテントの中に入って悟司にそんなことを尋ねてきた。


 うわわ。

 一気に頭の中が真っ白になる。千佐都はどうした? いつの間にか姿がないではないか。どこへ行ったんだ。客だぞ客。


「ええ。そうです。お一つどうですか?」


 横にいる春日がフォローに入ったおかげで、悟司に向いていた目線が一斉に春日の方へと向いた。


 一難去ってほっと胸をなでおろす。接客って、怖い。

 悟司はそっと設営テントを離れた。


 まさかのお客さんだ。予想よりもずっと早い。

 そのことを知らせようと悟司は千佐都の姿を探しに向かった。



  ※ ※ ※



 千佐都は牛丼屋の設営テントからずいぶん離れたところで、ジンギリ○ーさんと二人で子供達に囲まれていた。


「ああ……もう松前さんに捕まっていたのか」


 その様子を見て悟司は思わず苦笑いする。


「ああっ! こら、引っ張っちゃダメだってば! もおおおっっ!」


 おそらく松前が現在着ているジン○リバーさんは、わらわらと群れる小学生の子供達に引っ張られまくっていた。なるほど。ああいう事になるのならば、確かに千佐都のような監視役は必要なのかも知れない。


「あ、悟司!」


 ジン○リバーをひっつかもうとしている子供の手を振り払ったところで、千佐都が悟司の姿に気付いた。まずいと思って悟司はそのまま引き返そうとしたが、もう遅い。


「悟司! あんたも子供達から樹里を守って!」


 そう声をかけられるやいなや、子供たちの目線がこちらにまで向いてしまった。


 しかし、一般市民に守られる正義の味方って……。

 憐憫の目を向けながらも、仕方なしに悟司は二人に近付いていった。


 しっしと手を動かしながらぼそぼそ呟く。


「ほ、ほらぁ……ダメだぞぉ……」

「お前、全然やる気ねーだろ!?」


 千佐都から激しい叱責が飛んできた。


「しょうがないだろ。強く言って泣かせるわけにはいかな――って、うぐぅっっっ!」


 突然、脛の辺りに激しい激痛が走って、悟司はその場でうずくまった。

 子供達の中の一人が蹴飛ばしたことに気付いたのは、笑い声が飛んできてからだった。


「ははは。なんだこの兄ちゃん、てんで弱いでやんのー」


 こ、このクソガキャ……。

 向かっ腹が立って、蹴飛ばしたガキンチョを悟司がぎろりと睨み返すと、


「だ、だめよぉぉ、悟司くぅぅん。刃向かったりしちゃあぁぁ。……ねっ?」


 見ると、千佐都も尻をばしばしと手で叩かれながら引きつり笑いをしていた。松前が扮するジン○リバーさんも、両手を前へと突き出しながら悟司に向かって何度も首を左右に振っている。


 何をされても手を出すなということだろうか。でも、いくらなんでも度が過ぎている気がしないか。


 だがあの千佐都が耐えているのならば、と思い、とりあえず悟司も笑顔でこの場を乗り切ってみようと思った。


 ――その時。



 同時刻――ジン○リバー、こと松前




「ほいタッチー」


 そう言いながら、千佐都の胸に向かって勇敢(もとい無謀)な少年が両手でタッチした。全身の毛が逆立つほどのショックを受けた千佐都が、慌てて胸を押さえながらその場にしゃがみ込む。


「おおお、お前やるなー」

「すげーすげー」

「な? どうだった? な?」


 ジン○リバーのことなど、完全に忘れてガキンチョ共は千佐都にパイタッチした少年の前へと集まった。

 両手をわきわきさせながら、パイタッチボーイが首をかしげる。


「うーん……ちっちゃかった」


 その答えに、ジンギリ○ーの中身である松前が吹き出したのと、千佐都の血管の切れる音はほぼ同時だった。


「…………殺す」


 千佐都――という名の夜叉がいた。

 ゆらりとふらつきながら立ち上がる千佐都。


 その姿を見て危険な空気を感じ取った松前が、慌ててその身体を押さえつける。


「ダメよ千佐都。泣かしたりしたらあとで学祭執行員になんて言われるか――」

「泣かす……? 馬鹿言ってんじゃないわよ。『殺す』って言ったのよ? あたしは」

「そしたらあとでおまわりさんになんて言われるか――って、悟司くん!?」


 二人がそんなわずかな会話を交わしている間にも、悟司は再び子供達によってタコ殴りにされていた。うずくまったままの悟司に向かって拳や蹴りの殴打。


 完全に浦島太郎の亀状態だった。これはひどすぎる。


「悟司くんまでそんな! ちょっと、どうすればいいのよう!」


 そんな言葉もタコ殴りにされている悟司には全く届かなかった。

 そして――ずっとそんな風にタコ殴りにされている内に、悟司の理性の方も、とうとう臨界点へと達したようで。


 それまでずっとやられっぱなしだった悟司が、知らぬ間にガキンチョ一人の拳を自らの手でしっかりと受け止めていた。


「ひっ!」


 悟司の異変に気付いたガキンチョが、驚いて悟司の前から拳を引こうとする。だが、所詮子供の力である。どれだけ引っ張ろうが悟司の手を振りほどけるわけもなく、ちょうどその光景を目の当たりにしていた周りのガキンチョたちも、怖くなっておずおずとその場から後ずさろうとした。


「――どこ行くのよ、クソガキ」


 その声で、後ずさりしている連中が一斉に振りかえる。

 松前の手を振り切った千佐都が、仁王立ちでその場に立ちはだかっていた。よく見ると、ただならぬ妖気をその身に纏っている。


「ひぃぃぃっ!」


 千佐都のオーラを見て、たまらず戦慄するガキンチョ共。


「いいぞ千佐都……そのままそのクソガキ共を逃がすなよ……」


 それまでしゃがみ込んでタコ殴りされていた悟司が、一人のガキンチョの腕を握りしめながらゆっくりと立ち上がった。


「逃がす? ……冗談言わないで。まだ一匹も殺してないじゃない? あんたこそ、そいつの腕を放しちゃダメよ」


 千佐都もまた、右の拳を何度も左手の平の方へ打ち付けながら、鋭い眼光でガキンチョ共を睨みつけていた。


 悟司と千佐都――今、二人は完全な悪役と化していた。


「千佐都! 悟司くん! 正気に戻りなさいよっ!」


 ジン○リバーこと松前がそう呼びかけるも、二人は一切それに応じる様子がない。


「た……たすけて……」


 悟司に手を掴まれたままの少年が、涙目になりながら訴える。


「誰か……たすけて……だれ――そうだ……ジ○ギリバー……っ! ジ○ギリバー! お願いです。助けてぇっ!」


 そんな一人の声で、周りのガキンチョ共も一斉にジン○リバーへと助けを求める。


「○ンギリバーっ!」

「ジンギ○バーさん! お願いっ!」


 なんて、虫の良い連中なのだ。

 さすがの松前もこれには辟易してしまった。


「助けてよぉ! ジ○ギリバーっ!」


 その声に反応するように、悟司と千佐都がほぼ同時に松前の方へと振り返った。


「なによ、やる気なの……? 樹里」

「これは俺らの問題なんで……松前さんは引っ込んでてもらえないっすかねぇ」


 二人の、そのあまりの眼光の鋭さに松前も舌を巻いてしまう。

 両者は完全に怒りで我を失っているようだった。


「あんたらねぇ……」


 ヒーロースーツのまま、松前はあれこれと思考を巡らせ始める。千佐都はともかく、まさか悟司まで暴走するとは想像だにしていなかった。確かにガキンチョ共は、事前に予想していたレベルを遙かに超えた暴れっぷりだったけれども。


 しかし、怒りの沸点までほぼ同時にとは恐れ入る。全く正反対の性格のように見えて、こういうところでは無性に馬が合うみたいであった。


 仲が良いのもきっとそういうところからなのだろう。そんな相手などいない松前にとっては、まったくもって羨ましい限りであった。


 と、まぁそれはそれとして。

 とにかく、一人ならまだしも二人まとめてとなると、落ち着かせるのは至難の業。


 ……さて、一体どうしようか。

 そこまで考えたところで、いつしかガキンチョ共の間から熱烈なジ○ギリバーコールがかかっていることに松前は気付いた。


「ジン・ギ・りばっ! ジン・ギ・りばっ!」


 しかしそんなコールも、千佐都が一睨み効かせると一斉にひっと身をすくめて黙り込んでしまった。全く、褒めちぎりたくなるほどに悪役が似合う女だこと。


 しかし、いつまでもあの女(と、プラス男一名)をのさばらせたままにしておくわけにもいくまい。そう思った松前はとりあえず、昨日学生自治会室の前でもやってみせたヒーローポーズをここでも決めてみせることにした。


 こうしてうまく対立構造を煽ってみせれば、二人もこちらの意図に気付いてくれるかも知れない。今のこの二人の失態も、そうしてうまいこと演技に立ち回ってみせれば、きっとお咎めを食らわないはずだ。

 正直、二人がそこまで気の利く連中だとは松前自身微塵も思っていなかったが。


 こう見えて、松前は幼い頃から特撮系ヒーローモノが大好きであった。特に日曜朝の仮面ラ○ダーに関しては熱狂的ともいえるほどの入れ込みっぷりであり、数年分の録画を現在進行系で録り溜め続けている。近頃は、幼稚園のいとこをダシに札幌などで開かれるヒーローショーまで出向いていたりもしていた。


 ヒーロースーツを着ることになった時から、別に考えなくても全く支障のなかった決めポーズを考えていたのも、すべてはこの日の為だったのかもしれない。


「――とまぁ、色々あるけど結局はただやってみたいだけなんだけどね……」

「なんの話よ」


 千佐都は相も変わらず凶器のような目をしていた。すごく良い目である。どこからどう見ても悪役のそれであり、そんな彼女に向かって松前はたまらず喝采を浴びせたくなった。

 お膳立ては全て整っている、そう感じた松前は悟司と千佐都の前へと足を踏み出した。もはや松前の脳内は、完全にヒーローのものと同化していた。


「我が敬愛なる親友であり、怪人のリーダー『チ・サート』。……覚悟はいい?」

「はぁ?」


 頭でも打ったのかとでも言いたげな様子で、首を傾げる千佐都。

 見てなさい。昨日は披露したタイミングが悪くて反応してくんなかったけど。

 私のヒーローオタクっぷりを……その目でしっかりとっ!!


「子供達のためにぃぃぃ~、ジ○ギリバー、ここに見・参っっっ!」


 ビシィっという効果音が流れてくれればどれだけよかったことか。その上火薬まであれば尚良い。しかし、あいにくそんな予算など微塵もない大学の一パフォーマンス。

 その上、一生懸命練習しようが当然報われるはずなどなく――


「やっぱださっ」


 千佐都が顔をしかめて一言そう言った。


「かっこわるっ」


 悟司が嫌悪感をあらわにしながら一瞥した。


 そんな二人の怒濤のコンボに、松前のこれまでの数日が一気に気泡と化してしまった。

 二人の容赦ない精神攻撃に打ち崩れる松前。


「そ、そんな……。あれだけ必死になって練習したのに……」

「あんた昨日も学生自治会部室の前でやってたけど、はっきりいってださいからそれ」


 うおおお。この女。言ってくれやがる。こっちはどれだけこの日の為に練習したと思ってるんだ。親に昨日見せた時は絶賛の嵐だったんだぞこんちくしょう。あれはなんだっていうんだ「親の欲目」ってヤツなのかちくしょうちくしょう。


「……松前さん、もっと特撮モノ見た方がいいよ。はっきり言って今のポーズはない」


 うおおお。この男。言ってくれやがる。大体あんたって普段もっとおどおど喋ってるでしょうが。怒りでコミュ障設定を忘れてんじゃねぇぞこんちくしょう。説教されるまでもなくこちとら特撮モノオタクだってのちくしょうちくしょう。


「負けるな! ジンギリ○ーっ!」


 心の中でそんな罵詈雑言を吐き捨てていた松前に、ガキンチョ共からの熱いエールが届いてくる。


「負けるな! ジンギ○バー」

「全然かっこいいって! だからこいつらをやっつけちゃって! ○ンギリバー」

「ちっぱいの言うことなんか気にすんな!」

「亀野郎の目は腐ってるんだ!」


 わいわいと騒ぎ立てるガキンチョ共は、他に頼るものがないせいもあって実に必死であった。『長いものには巻かれろ』という言葉をよく体現している。彼らの将来は実に安泰だろう。


 その精神……大人になっても忘れるなよ。


 しかし、それとなく二人に向かって罵倒を混ぜてしまったのはよくなかった。

 二人にもその声はばっちり届いてしまっていたようで。


「ち、ちちちちっぱいですってええええ!」

「亀野郎ってなんだよこらあああああ!」


 二人はさらに激昂する羽目になってしまった。

 なおも続く悪循環の連続。


 仕方ない。

 松前は覚悟を決めて拳をぎゅっと固めると、二人に向かって言った。


「ダメよ、千佐都。彼らには私が手出しさせないわ。好き勝手暴れまくられたら、私まで一緒に怒られちゃうじゃない」

「ちぃっ!」


 めんどくさそうに千佐都は舌打ちをすると、


「悟司、樹里をやっつけちゃって!」


 そう言って悟司に声をかけた。

 一方の悟司は驚きを隠せぬように、


「え? 俺が最初? 千佐都が行けよ」


 と、嫌そうに顔をしかめた。


「何言ってんのよ。あたしはラスボスだからあんたが先に行きなさいよ」

「どっちが何ボスでも構わないけど、俺が松前さんを攻撃できるわけないだろ。女の子なんだぞ?」

「男女平等パンチ食らわしてやりなさいって言ってんの!」

「嫌だよ!? どこかの主人公じゃあるまいし!」


 二人がぎゃあぎゃあと揉めだした。

 その隙を見計らって、松前がすっと悟司の懐へと潜り込む。


「――へ?」

「油断したわね」


 ずん、と肉がめりこむ感触がした。

 松前の拳は見事、悟司のみぞおちにクリーンヒットしていた。


 大・成・功!


「う……うおお……ぐうう」


 悟司が膝をついて苦しそうに呻いた。


「一応、手加減はしたけどごめんね、悟司くん」


 松前がみぞおちから引き抜いた手をぷらぷらさせながら謝ると、悟司の手によって捕まえられていたガキンチョは、無事にその悪の手から逃れていった。


「な」


 一瞬の出来事に目を剥いた千佐都が、一歩たじろいだ。


「なに今の!? アンタ、めっちゃ早かったんですけど!?」

「あー、ごめんね。千佐都には言ってなかったっけ?」


 松前が頭を掻きながら笑う。


「私、空手二段だから」


 千佐都も、その前にいたガキンチョ共も皆一斉に口をあんぐり開けて固まった。


「どうする千佐都? これ以上子供達に何かするようだったら、私――」

「降参します」


 千佐都は両手をぱっとあげた。


「す、すげー……」


 ガキンチョからそんな声があがった。


「ジンギ○バー、空手二段だってさ」

「でもめっちゃくちゃ早かったぜ? あれ、絶対他にも格闘技してるよな?」


 ざわざわと話し合った後に、一斉にガキンチョ共が松前へと振りかえった。

 そこには、計り知れないほどの期待がこれでもかというくらいに溢れている。

 まるで、他にもなにかあるだろとでも言わんばかりに。

 

「合気道三段、追加」


 ご期待に沿えるように、松前は指を三本立ててそう言ってみた。もちろん嘘なのだが。


「マジで!?」


 さらにガキンチョ共は、羨望のまなざしでこちらへと駆け寄ってきた。


「あ。“じゃあ”剣道も三段」

「すげー!」


 ざわつくガキンチョ共。「じゃあ」という言葉はなかったことにされていた。


「ねぇ、書道は!?」


 ……書道!?


「な……七段くらいかな?」

「すげぇ! 達筆じゃん!」


 そりゃ達筆ですよね。


「弘法大師じゃん!」


 よく知ってんな、その言葉。


「教室開けちゃうじゃん!」


 そ、そうなのか。


 適当に言ってみたら、思いの外すごいことだったらしい。

 そうして再びわき起こるジンギリバーコール。



「ジン・ギ・りばっ! ジン・ギ・りばっ!」

「ジン・ギ・りばっ! ジン・ギ・りばっ!」 

「ジン・ギ・りばっ! ジン・ギ・りばっ!」


 う、うははは。

 なんか……すごいことになってない?

 そう思いながら周りを見渡すと、いつの間にかものすごい数のギャラリーが出来上がっていた。

 あまりにも予想外な展開に松前は腰を抜かしそうになる。


「ジン・ギ・りばっ! ジン・ギ・りばっ!」

「ジン・ギ・りばっ! ジン・ギ・りばっ!」


 そのコールに応えるように高く拳を振り上げると、ガキンチョ以外のギャラリーからも大きな拍手で迎えられてしまった。ヒーローショーか何かと勘違いされているのか、ヒューヒューといった口笛まであがっている。


 ふとその中の一人に目をやると、なんと交代でやってきたスキー部の部員までもがその中に加わっていた。


「あ、あははは……なんかよくわかんないけど、大成功?」


 どこからか、フラッシュまで炊かれて写真まで撮られる始末。それらをダブルピースで迎える松前の頭にはすっかり悟司と千佐都のことなど吹き飛んでしまっていた。



 10月14日 十二時二十五分――春日




 牛丼屋は十一時半頃から一気に人が押し寄せた。

 ちょうど体育館の方で演劇サークルの第一回公演が終わった後らしく、どうやらそれを見終わってそのまま外へと出てきた人達がこぞって牛丼屋へとやってきたようだった。


 この牛丼屋の位置は校門こそ遠いが、体育館側からだとかなり近い。その上、およそ屋台には似つかわしくない食べ物なので、そこに興味も引いたお客さんが一斉大挙し、なんと十二時を迎える頃には全ての器が捌けてしまった。


 千佐都は急いで次の牛丼を作り始めたのだが、時既に遅し。鍋の中身は今現在も煮込み中であり、店の前に貼った「仕込み中」の紙がむなしく風に揺られてしまっていた。

 牛丼をやると聞いた時には春日も、まさかこれほどまでに盛況になると思っていなかったのですっかり失念していたが、こういった食べ物はやはり屋台では非常に不向きだ。


 というのも非常に当たり前なことなのだが、牛丼は、一度作り置いた分が全て捌けてしまうと次に作るまでにかなりの時間を要してしまう。おかげで、十二時を回ってみんなが一斉に昼食を取るであろうこの時間には「仕込み中」という散々な事態。

 我らシュガメンバーのこの店は現在、完全な機会損失と言える状況になってしまっていた。


「大丈夫? 悟司」


 鍋の様子を見終えた千佐都がそう尋ねるも、悟司はずっとうずくまっていた。


「樹里のバカ。なにもあんなクソガキども、庇う必要ないのに」


「だがその子が庇ってなかったら、きっとお前らは今頃大学事務局の連中から大目玉だったんだぞ。モンスターペアレンツという言葉ぐらい聞いたことあるだろう」

「あんただって、あの場にいたら絶対ガキどもにゲンコツ食らわせてたわよ?」


 どうだか。

 そう思いながら、春日も悟司の様子をのぞき込む。


「そろそろPAチェックがある。立てそうか?」

「な、なんとか大丈夫……です」


 真っ青な顔で腹部を押さえながら立ち上がる悟司。


「多分、もう少ししたら収まるかと……」

「よし、それじゃ僕らはそろそろ行ってくるが――」


 春日はちらりと千佐都を見る。


「一人で大丈夫か? まだ彼も帰ってきそうにないし」


 春日の言う『彼』とは小倉のことである。小倉は現在材料の買い足しにスーパーへと向かっていた。


 千佐都は鍋をかき混ぜながらどんと胸を叩く。


「任せなさいよっ。そろそろ樹里も手伝いにきてくれるわ。さっき様子見に行ったら、もうスーツ脱いでたし」

「そうか。それじゃ樫枝、行こうか」

「は、はい……」


 ふらふらの悟司の背に千佐都が声をかける。


「無理しないでね、悟司」

「むしろ無理しなきゃまずい状況なんだ……頑張るさ」


 そう告げると、悟司は春日の横に並んだ。


「行ってくる」

「あいよ! 頑張れーっ!」


 ぶんぶんと手を振る千佐都に笑いかけてから、二人は中央昇降口へと向かった。



  ※ ※ ※



 PAチェックは滞りなく進んだ。

 ライブの予定は以下となる。


・OBライブ(前半)。十四時半開演、十五時半終演予定。


・春日達のライブ。十五時半開演、十五時四十五分終演予定。


・OBライブ(後半)。十六時開演、十七時終演予定。



「これだけ見ても……ひどい構成ですね」


 耳元でぽつりと悟司が呟いた。

 しかし、かといって「一時間分空きが出たからやってくれ」と言われても困る状況なのだ。なにせ、こちらはギターが予定と違って出られなくなってしまっている。もし、ギターの先輩が健在であれば、そういう不測の事態が起きても前年度に演奏したコピー楽曲で場を持たすことは出来る。しかし、今日に限ってはこの十五分をいかにして乗り切るか、それだけだ。


「君が代わりのギターか。確か、以前軽音サークルに顔出した子だよな?」

「そ、そうです……あ、あの今日はよろし、く……お願い、します」

「とんでもない」


 ドラム先輩が悟司に握手を求める。その手をおそるおそる悟司が掴んだ。


「結局、あいつは出られないけど……でも中止にするよかまだマシかもな。まだ卒業まで時間はあるわけだし、俺達のステージもまだまだきっと作れるはずだ」


 あいつ、とはギター先輩のことだろう。


「春日、あいつの分までありったけの演奏するぞ。んで、また機会があればどこかで一緒にやろうな。今度はあいつも一緒に」


 春日はその言葉に強く頷いた。


「こちらこそ……最高のライブにしましょう!」


 そうして互いに笑い合っていると、


「おう、お前ら。今年もよろしくな」


 OBの連中がにやにやしながら、春日達の横に並んだ。


「今回は二部構成でやってみようと思ってさ。まぁどうせ今回も誰も聞いちゃくれねーよなぁ。相変わらずノリ悪ぃーしよ。大学も、この町の連中も」


 そういってメンバー同士で大声で笑い出す。


 ……本当に気に入らない。

 そうしてなんでもかんでもギャラリーのせいにしてればいい。

 春日が心の中で吐き捨てるように呟いていると、


「――そ、そそそんなこと、ないですよ」


 悟司が間に入るようにして、口を開いた。


「お、おおお俺たちは……負けませんから……」


 相変わらずのしどろもどろな調子でそう告げると、OB連中達は一瞬固まって、それからまたしても派手に笑い合った。


「マジで言ってんのお前!? 言っとくけどさ、俺ら札幌とかでもめっちゃライブとかしてんの。だからわかんべさ。ここの連中は音楽なんか誰もわかっちゃいねー」

「お前見かけないヤツだけど、今年の一年? どっから来たんよ? 地元どこ?」

「な、なな名古屋です……」

「お前、さっきから何そのしゃべり方、緊張しすぎーっ!」


 やめろ、樫枝。

 無駄に絡むことなんてないんだ。

 どうせ、今日の学祭が終われば、すぐにいなくなる連中なんだ。

 春日はバカにされている悟司をみて、そう心の中で叫んでいた。隣にいるドラム先輩も悟司とOBを交互に見ながら、不安気な目線を送る。


「なんか知らないみたいだから言っておくけど、お前が入ってるそのサークル、俺らが作ったんだぜ?」


 悟司に向かってOBが笑いながら語る。


「そんな俺らだからこそわかるの。四年もいたけど、ここの連中ってお前みたいに都会から来てるやつなんて少数派。ほとんどは道内の田舎町出身か、東北からきた田舎連中ばっかなの。稀なの。レアなの、お前みたいなヤツは」

「だから言っとくけど、今日のライブもあんまり期待しない方がいいぜー? お前らみたいなのが客なんて沸かせられるわきゃねーんだから。俺らですら無理なのに」


 春日は唇を噛みしめながら俯く。

 そうしてどこまでも笑い声が続くかと思えた時、悟司が再び口を開いた。

 

「――ど、どうしようもないっすね、マジで」


 一斉に、笑い声が止まった。

 春日は顔を上げると、そこには怒気を含んだ視線で睨み続ける悟司の姿があった。

 いつものようなおどおどした喋りより、多少ははっきりとした口調で悟司は続ける。


「は、っきりいってそんなんじゃ、どこでも一緒っすよ。何かのせいにしない方が良いっす。マジで情け、ないです」


 OB達の表情が、一様にして怒りに転じる。


「んだと……こらぁ」

「てめぇ、ふざけてんのか」


 そう言って悟司に近寄るが、悟司は一向に引く様子を見せない。


「ふざけてんのは、あ、あんた達じゃ、ないんですか?」


 そうしてさらに挑発を続ける悟司の身体を、春日が押さえた。


「やめろって、樫枝!」


 そんな春日に向かって、OBが声をかけた。


「おい、お前らもそう思ってんのかよ?」


 一気に空気が張り詰める。

 わずかな静寂が、まるで永遠に続くかと思われたその時――


「――そう思ってるって、この前かすがくんが言ってましたー」


 相変わらずの脳天気な声が、背中から飛んできた。

 振りかえる。


「……かすがー、いい加減言ってやんなよ。やっぱ口に出すとすっごい気持ち良いよ」

「千佐都……お前、牛丼屋は――」


 春日が尋ねると、千佐都はパーカーのポケットに両手を突っ込みながら実にあっけらかんと言い放った。


「樹里と小倉君が店番してるからだいじょーぶ。ねぇかすが。こいつらさ、もう今年でとどめさしてやりなよ」


 とどめって一体何のこと――

 そう口を開く前に、千佐都がその答えを口にした。


「こんなバカなコネにとどめさそうよってこと。現役の言うことがやっぱ一番っしょ? きっとちゃんと話せば、学祭執行部も事務の人も理解してくれるって。おかしーもん。なんで業者呼んだだけでそんな威張ってんの? って感じ。『お前ら、来年は来させないぞ』って言って、もうPA業者とか全部打ち切っちゃえ」

「なっ――」


 何をバカなことを――そんなことをしたら、来年はもうこんな音響でライブが出来なくなるではないか。そう口にしようとすると、再び別の方向から声が飛んできた。


「う、ウチもあ、あんな立派なPA機器なんかなくたって、構いませんっ!」


 月子が(日曜朝にやっている女児向けアニメのコスプレ姿で)、千佐都のいる場所からさらに後方で叫んでいた。


「小さなスピーカーで……十分です。それに、小さなステージなら、みんなとの距離もずっと近いし。ウチは――ウチは、そんなライブでも全然構いません!」

「鷲里……」

「春日さん、ちさ姉の言うとおりですよ。ちゃかぽこ言ってやりましょう! ウチも、この人達の言うことが気に入りません! すごく、すごくです!」


 どうして。

 どうしてお前らはそんなに正直に発言するんだ?

 下手に事を荒立たせなければ、それで丸く収まるならそれでいいじゃないか。


 そう思って春日ははっとする。

 自分だって、今までこいつらの前では正直にいたじゃないか。

 それなのに――


「……なるほどな、春日。良い仲間持ってる」


 それまでずっと押し黙っていたドラム先輩が、そう唐突に口を開く。


「もう、俺達も卒業だ。来年は春日がサークルの代表で、しかも一人になってしまう。そんな状況でいちいちライブするのに……もう肩書きなんて必要ないのかもな」

「おい、コラァ!」

「何さっきから勝手なこと――」

「勝手なことばっか言っていつまでもここでくすぶってたのはてめーらだろうがっ!」


 一気に押されムードになったOB連中に最後の声が飛んできた。

 月子の横からにゅっと出てきたギター先輩の声だ。


「俺も同意するぜ。あんたらはもう今年で最後だ。そうして、いつまでもうだつのあがらねぇ音楽をずっとやってなよ。ただ、それはここじゃねぇ。俺達は、もうあんたらの手を借りたりしない。学祭執行部には、在校生としてさっき話を通してきた。今年の学祭が終わったら、正式に来年の話を出してやる」

「て、てめぇら……」


 ギター先輩は怪我をしていない方の手で、色紙のようなものを握っていた。遠目からじゃよくわからないが、色紙以外にもお菓子の包み紙のようなものまで持っている。

 どこかのサークルの出し物だろうか。


「春日」


 そんなギター先輩が、春日に向かって笑いかける。


「言ってやれって。その小さい女の言うとおりだ。マジすっげー気持ち良いから」

「小さい女は余計よ」


 むっとする千佐都をよそに、春日はぐるりと周りを見渡してみた。

 悟司は真剣な顔でこちらをみていた。

 月子は両手を胸の前でぐっと握りしめて、うんうんと何度も首を上下させていた。

 ドラム先輩が――そして、ギター先輩も、二人して同じように顎で春日のことを示す。まるで早く言えよと言わんばかりに。


 最後に千佐都に向かって目を合わせると、千佐都はこちらの視線に気付いたようににっこりと笑った。


「ほら、かすがっ」


 本当に――バカな連中だかりだ。


 その言葉に促されるようにして、春日は言った。


「OBの皆さん」


 振りかえるとOBの連中は、怒りの表情の中にも焦燥の色が見え隠れしていた。その様子を見て、春日は思う。


 もしかすると彼らはここ以外にまともにライブなど出来ていなかったのではないか?

 だから、口で言うよりもこの場所でのライブが大事だったのかもしれない。

 あれだけ大言壮語を吐いていたのだ。

 絶望に突き落としてやるのはしのびないが――あいにくそこまでの義理もない。


「たった今を以て、サークルの代表は僕になりました。先輩方のお墨付きです」

ちらりとドラム先輩を見ると、ドラム先輩は静かに頷いた。

「そして代表として言わせていただきます。この学祭を最後に、長年続いてきた我らこの軽音サークルは解散いたします」

「お、おい……」


 OBの連中の声も無視して春日は続ける。


「だからもうあなた達がここに来ることもないでしょう。サークルはなくなる。繋がりが断ち切れるんです。だから、これからは別の場所でどうぞ好き勝手やってください」

「おい! だからふざけんなって――」


 OBの一人が春日の襟首を掴もうとした。


「お……OBの方達の体格、じゃ、せ、先輩に殴り飛ばされちゃいますよ? ま、前に殴られた、俺みたい、に」


 すかさず悟司がそう助言する。春日の身長に勝る人間は、OBには一人もいなかった。それどころか悟司にすら負けているヤツもいる。


「……やめとけ。もし暴力沙汰にでもなったら、圧倒的にこっちの方が分が悪ぃ」

 もう一人が押さえにかかると、襟首を掴もうとしたOBは悔しそうにその手を引っ込めた。

「くそったれが!」


 捨て台詞のようにそう吐き捨てるOBに、春日ははっきり言った。


「てことで、今日限りです。ライブを楽しみましょう」


 その皮肉が効いたのか、OBの連中は一様に顔を歪めながら春日達の前を離れて行った。


 ようやく戻ってくる安堵感。

 ほっと息を吐くと、


「先輩」


 悟司が立っていた。


「やっぱ先輩のその物言いが、俺は大好きです。かっこよかった」

「……お前ってやつは、本当に――」


 ……本当に、すごいやつだよ。

 春日は悟司に心の底から感謝していた。


 今まで、ずっと自身の中にはボーダーが存在すると思っていた。人付き合いの中では、わがままを言えない状況があるんだ、と。人には言ってはいけない境界線が引かれているのだと。穏便に、自分を殺して過ごしていけば、円満に全てが解決すると思っていた。それが処世術だと。ため込むストレスも全て甘えだ、皆そうして生きてるんだ。


 そう、信じていた。

 たった今、こいつがその概念を覆すまでは。


「かすが」


 千佐都も春日の元に駆け寄ってくる。その後ろには月子もいた。


「グッジョブ! これでもうあたしには頭上がらないでしょ?」

「なんでだよ」


 呆れかえる春日の横で、月子が笑った。


「……春日さんは、なんか昔のウチによく似ています」

「昔の鷲里に?」


 月子はゆっくり頷く。


「ウチも……自分を押し殺してた時期があったので……それで、色々と嫌な思いをしたりしたのです。だから――」


 ティアラを光らせながら、月子は恥ずかしそうに顔を赤らめて親指を突き立てた。


「ぐ、ぐぐ。グッジョブです!」

「あはーっ! つっきー可愛い!」


 千佐都が月子の頭をぐりぐりとなで回す。その反対側では、ドラム先輩とギター先輩は二人で談笑しあっていた。


「――とうとう言っちまったなぁ」

「ったく、今思えばなんであんな簡単なこと言えなかったんだろなぁ」


 そんな風にゲラゲラ笑い合う。


 本当にみんな、自分にとって誇らしく思える仲間であった。

 ようやく、何もかもが吹っ切れた気がした。



 10月14日 十五時三十分――??




 ……完全に寝坊した。本来なら午前中には到着しているつもりだったのに。

 そう思いながらようやくたどり着いた未開大の校門を男はくぐり抜けると、すぐにふわんと美味しそうなたこ焼きの匂いにつられてしまった。

 なにやら怪しげな音楽をラジカセで垂れ流しているその店に、男は軽快に声をかけた。


「たこ焼きくださーい」

「はい。ちょっと待っててください」


 男の声に反応した女性は、既にパック詰めされていたたこ焼きにソースをかけ、マヨネーズをかけた後に不思議な液体を振りかけだした。


「あの――それは?」


 男が尋ねると、たこ焼き屋の女性は笑顔で答えた。


「聖水です」


 なんとまぁ卑猥な響きですこと。



  ※ ※ ※




 たこ焼きを受け取った瞬間、爆音が屋台の方まで鳴り響いてきた。

 これは……ライブの音か。

 そう思いながら男は、半ばかけ足気味にステージの方へと向かっていく。ちょうど、彼らのバンドが始まったばかりだった。


「――お手並み拝見、ってわけじゃないけど……見せてもらおうじゃないの」


 不敵に笑いならたこ焼きを頬張った。


「……まっず」


 毒でも入ってなきゃいいけど。



 10月14日 十五時三十分――悟司




 爆音に包まれながら、三人はただかき鳴らし続けていた。

 ステージの左右を覆っているビニールシートがばさばさと揺れている。昨日から続いてた風がさらに強くなっているのだ。それに乗った冷気がフレットを押さえる指を徐々に悴ませていく。


 想像していたよりもずっとキツいステージだと悟司は思った。


 ボーカルは春日だった。本来のボーカルはギターの人だったらしいが、コミュ障の悟司のことを考えて変更を取らざるを得なかった。既にギャラリーは、千佐都が呼んだスキー部の知り合い連中と、月子が呼んでくれた漫画研究部の数人のみ。


 しかし悟司は、そんなギャラリーに視線を向けることはなくただ一心不乱に弾き続けた。既に楽曲は二曲目に入っている。この曲がうまく弾けなければせっかくのこのステージも台無しだ。


 一度も合わせたことない三人のライブは、やはりというべきか、ところどころミスを犯していていた。そのことはきっと悟司だけではなく、春日も、そしてドラム先輩も気付いているはずだ。


 しかし、それでもかろうじて体裁だけはうまく取り繕えている演奏だったので、ギャラリーの面々はそれに気付くこともなく懸命に手を振って盛り上げてくれていた。


 そうして一番難しいソロパートの直前まできた時、


「悟司くん……がんばれーっ!」


 爆音に包まれているわずか一瞬の隙で、月子の声が悟司の耳に届いた。

 それは、まさに好機だったと言わざるを得ない。



  ※ ※ ※



 ――今から数時間前のこと。

 PAチェックの後で、悟司は軽音部室に向かってひたすら練習を続けていた。

 本当ならそのまま一人で練習する予定だったのだが、OB連中と揉めてしまった時に居合わせたギター先輩がついてきてくれて、練習に付き合ってくれたのだった。


「ああ、ギターソロで詰まってんのか。タブ譜だとちゃんとピッキングされてるけど、実際の曲聴くと、この辺りとかプリングで片付けちまってる気がするんだよな」


 タブ譜を開いて問題の箇所を指さすギター先輩。悟司は顔をあげて、それから丁寧に頭を下げた。


「あ、ありがとう、ございます……。わざわざ付き合っていただいて」

「ばーか、それは俺の台詞だ。ところでお前さ、確か春頃に春日が連れてきた部員希望のヤツだろ? 今はあいつと何してるんだ?」


 ギター先輩の質問に、悟司はたどたどしくも全てを話した。そうしてようやく合点がいったとばかりに深いため息をついた先輩は、


「なるほどDTMとボーカロイドか……。あいつ、俺らの知らないとこでそんなことして――なぁ……樫枝とか言ったな? お前にも聞きたいことがあるんだ。お前……あの日、なんでこの軽音部から逃げ出したんだ?」

「そ、それは――」

「隠すなよ」


 俯いた悟司の脇腹を、可笑しそうに笑って肘でつついてくる。


 やっぱり、と悟司は思った。

 この人達は、そんなに悪い人達ではないのだ。


 あの日はたまらず逃げ出してしまったけど、今なら全て正直に話せそうな気がした。


「お、俺は――あなた達、に、り、理想を押しつけていたんです……」

「理想?」


 期待しすぎて「自らの理想」を押しつけてしまっていたこと。自分を引っ張ってくれるような、気持ちを昂ぶらせてくれるような、そんな出会いが待っていると思っていたのに、勝手に失望して、そんな自分が恥ずかしかったから――


「――だ、だから俺は……逃げたんです。でも……そうじゃない、ってわかった。引っ張ってくれると『期待』するんじゃ……な、なくて、お、俺が引っ張っていくつもりでいけば……そうすれば――」

「……なるほどねぇ」


 先輩は頭を掻いて立ち上がる。


「お前と春日が、一緒に組んだのも必然なのかも知れねぇな。あいつは人を引っ張っていくことが出来ない。お前らのユニットってやつでも、最初は気を張って頑張っていたんだろうが、もともとそういう器じゃねぇんだよ――って、俺の勝手な先入観で喋っちまってるなぁ、これ」


 でも、と先輩は続ける。


「お前もさ、今の連中達を引っ張っていくって、それは、誰かの元をついていくよりよっぽど大変だぜ? 今のお前には人を引っ張っていく気概があるようには見えんぜ。相変わらず、おどおどビクビクしてるし。……正直な感想で悪いけどよ」

「…………」

「もしかしたらいつか、のしかかったプレッシャーで押しつぶされてしまうような時が来るかも知れねぇ。もし。もしさ、そんな時が来たら――そんな時にはさ、一言俺に相談しにこいよ」


 それは、あまりに予想外の言葉だった。驚きを隠せずに、悟司がギターを持ったまま固まっていると、先輩は携帯を取り出して言った。


「番号教えとくわ。相談したくても卒業してたから無理です、なんて笑い話にもなりゃしねぇもんな」


 あまり頼りにならねぇ先輩だけどよ、と言って笑う先輩を見て、悟司は思った。

 もしかしたら、こんな風に軽音楽サークルの先輩達と一緒に過ごす選択も、あったんだろうなと。

 それは、もうあるはずのない光景を羨望しているようで――



  ※ ※ ※



 ――同時に、今のメンバーで良かったと心の底から再確認出来た。



 爆音のステージに立つ悟司は、そんな数時間前の回想をまとめて引き裂くように指板をスライドさせた。

 月子の声援に応えなければ。


 そう思った矢先に、ソロパートがやってきた。

 悴む指で、まずはどうにかして一音一音を弾きこなしていこうと試みる。

 一弦から六弦までかけ昇るように指を動かしてみた。予想よりてこずるかと思われたが、この場所は練習前よりもずっと綺麗に弾くことができた。


 それと同時に一つわかったことがある。それは、これだけ冷えてしまった指先も、まだかろうじてしっかりと動いてくれているということだ。もし、この後にも三曲目、四曲目と演奏が続くようだったらやばかったかもしれない。一度、手を温めなおさない限りは、まともに演奏なんて絶対出来ないだろう。


 ギター先輩から教わった部分がやって来る。

 教わった通り、ピッキングからプリングオフに切り替えて演奏を始めた。


 ……ここだ!


「「「悟司っっ!」」」


 その時、千佐都、春日、月子の声が同時に聞こえた気がした。

 なんて頼もしい。


「任せろっっっ!」


 無意識にそう叫んで、流れるように指を動かした。

 ほとんど頭の中が真っ白なまま、一秒ほどの間にこれでもかと言うほど音をたたき込んでいく。


 ………………成功だっ!

 最後のチョーキングでめいっぱい弦を引き上げると、その音に被さるようにして春日のボーカルが割り込んできた。


「やったぞっ!」


 音の渦の中でガッツポーズをしたい気分だった。

 だが、まだ演奏は残っている。胸の内で沸き上がる高揚感を押さえ切れぬように悟司はステージの前方へと歩み寄った。


 そこで、悟司は初めてギャラリーを見た。

 

「こんなに……いたんだ」


 実際には全部で二十名ほど。みんな知り合い連中の呼んだサクラである。しかし、それでも初めてステージに立って演奏をした悟司には感無量の思いがあった。



 同時刻――??




 ほほう。

 男は口角を吊り上げてその場を離れると、手に持っている最悪のたこ焼きを捨てるゴミ箱はどこにあるのか探し始めた。


「なかなかに良い演奏するじゃないの。あんまりうまくないけど、さ」


 一人ごちりながらも、内心はわくわくが止まらなかった。


 ああ、やっぱいいな。バンドって。

 高校時代に、一回だけ付き合いでバンドを組んだことがあった。ただ、「キーボードはロックじゃない」とかいう意味不明な理由で、無理矢理ドラムをやらされる羽目になったのだが。

 結果的にあの頃の経験が今にも生きていると思うと、皮肉なものである。

 他のフロントマン達と比べて、ドラムの練習はほとんど金がかからない。もちろん、ドラムセットを買うとなればシャレにならないが、漫画雑誌をいくつも並べてそれをスティックでぱちぱち叩くだけならかなり安上がりなのだ。

 

 音がリアルタイムで混じり合う、あの気持ちよさは他にはないものだ。

 たとえアマチュアだとしてもライブを見るには実に久しぶりだったので、高揚感がちっとも収まってくれなかった。


 そうしてうずうずする気持ちを抑えながら、ふと屋台の中に同人誌を販売しているサークルがあるのを見つけてしまった。

 察するに漫画研究部の出し物か何かだろ――


「漫研!」


 その響きにぴんときた男は、たこ焼きを持ったまま素早く屋台の中へと潜り込んだ。

 入るなり、売り子の女性が目当ての人ではないことに気付いた男はすぐさま口を開いた。


「あの、ここに鷲里って人の同人誌ってあったりします?」


 鼻息荒く尋ねる男に、売り子の女性は顔をしかめる。


「あなた……鷲里さんの知り合い?」

「もちろんでござる。あ、すみません。ついでにゴミ捨てる場所ってないですか?」


 ますます表情を険しくした売り子の女性が手を差し出すと、男は黙って食べかけのたこ焼きを手渡した。どうやらゴミは直接学生達が回収しているらしい。

 そんなことを思っていると、売り子から先ほどの質問の答えが返ってきた。


「悪いけど、ここに置いてるのは全年齢向けなの。鷲里さんのは、とてもじゃないけどここに置ける内容じゃないから置いてないわ」


 ……そこまで言われるなんて、一体、どんな内容の本書いてるんだあの子。

 その事を売り子から直接詳しく聞くことも出来たが、なんとなく男は目の前に止まった同人誌を手に取った。


 表紙を見るに、日曜朝の女児向けアニメのものだろう。数ページぱらぱらめくってみると、なかなかしっかりした四コマ漫画であった。


「これは誰が?」


 男が尋ねると、

「私です。先ほどあなたが仰っていた、鷲里も少し手伝ってくれていますが」


 なるほどなるほど。

 うんうんと頷いて、男は財布を取り出した。


「欲しいです、これ」


 売り子の女性は財布を見ながら顔を引きつらせていたが、素直にお金を受け取ると、そのまま色紙を取り出して半ば義務的に男に告げた。


「よろしければ似顔絵も描いておりますが?」

「おお、マジか!? 男前に描いてくだされ!」


 男は飛び上がって喜んだ。



 10月14日 十六時――悟司




 牛丼は完売。

 ライブは成功、と言って良いはずだ。

 牛丼屋の前には悟司、千佐都、春日、月子、松前、小倉の六人が立っていた。


「もぐ……私も、もぐ。ここで……もぐ。ちゃんと聞いてた、もぐ……よー、ライブ」

「むしゃ……ボクも、聞いてた。むしゃ……良かったよ、みんな」


 松前と小倉があえて残しておいた牛丼の残りを、一心不乱にかき込みながらそう語る。


「あんたらねぇ……」


 そんな二人をみながら呆れた顔を見せる千佐都。しかしすぐに気を取り直すと、


「でも、大成功だったよね! 悟司。かすがっ」


 そう言っていつもの快活な笑顔を見せた。


「ああ」


 春日も満足そうに頷く。

 それから春日は悟司の方へと振り返って言った。


「ありがとう、樫枝。おかげで助かったよ」


 その言葉に、悟司はたまらず俯いてしまう。


「そんな……ところどころミスってましたよ俺」

「それは僕だって、先輩だって同じだ。みんなちょっとずつミスはあった。でもライブなんてあんなもんさ。大きなヘマをやらかしたわけじゃない」

「え? ミスなんてあったんですか?」


 悟司と春日の会話を聞いて月子が目を見開いた。


「お二人も、ドラムの方もものすごくうまいなぁって。ウチはずっと感動してました。ミスがあったなんて、気付きもしなかったです」


 月子のそんな感想を聞いて、悟司はほっとする。

 自分達にしか伝わらない程度のミスで済んで、本当に良かった。


「まぁなんにせよ、これであたしらの学祭も全スケジュール終了だねー」


 千佐都が笑いながら、そんなことを言った時だった。


 突如、ガキーンッ! っと言うもの凄い金属音が、大学全体に響き渡った。



「なに……今の音」


 千佐都も今の音を聞いて、なにやらただならぬ雰囲気を感じ取ったらしい。


 今の音は間違いなく、現在ライブ中のOB達の方からであった。鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどデカい音だ。おそらくライブで使用しているマイクがその音を思いっきり拾ってしまったせいだろう。それは、この場にいる全員にもはっきりとわかったようで、皆顔を見合わせながら一様に不安気な視線を送り続けていた。


 そうしてほどなくして悟司達が音の方へと振りかえると、機材で塞がっていた中央昇降口の前方階段を押し分けるように、PA業者の人が駆け寄っている姿が目に入った。


「樫枝」


 そう言い出す前に春日は昇降口の方へと駆け足で歩き出していた。それにつられるように悟司も、千佐都も、そして他のみんなも一斉に昇降口へと向かう。



「――きゅ、救急車! 救急車だっ」


 現場に近付くにつれ、そんな声が飛んできた。

 あっという間に人だかりが出来た昇降口では、相も変わらず大きいスピーカーからキーンとハウリング音が鳴り響いていた。



 同時刻――??



 似顔絵の方は、受け取ることなく漫研の屋台に飾って置いて欲しいと申し出てみた。売り子の女性は、最初こそひどくその申し出を渋っていたが「もし、月子ちゃんが来たらこれを見せて欲しいんですよ」と告げると、嫌そうにしながらも「わかりました」と一言漏らして了承してくれた。


 ふふ、みんなびっくりするだろうなぁ。

 そう思いながら一人でくすくす笑っていると、


「――おい、なんか軽音ライブで事故があったらしいぜ?」


 校舎に入った途端、そんな言葉が飛び込んできた。

 振りかえると、何やら気味の悪いヒーロースーツを脱ごうとしている男と、その友人らしき人物が二人で会話を交わしあっていた。

 悟司達のライブは終了したので、おそらく違うメンツのことだろう。そう安心しながらも、男はさらに二人の会話へ耳を傾けた。



「事故って、どんな?」

「いやさ、毎年来てるOB連中いるじゃん? なんかボーカルのヤツがもの凄くはしゃいじゃって、昇降口の階段の前に置いてあった機材に足を乗せて派手にジャンプしたらしいんだわ」

「へー。バカだな」


 激しく同意。


「それでどんな事故よ? まさか着地失敗して転んだとか?」

「そのまさかだ。……迷惑な話だよホント。あいつら去年も来てたろ? これで来年からはライブなしになるだろうなー。あーあ、うざったい」

「ホントだな。在校生ならまだしもさ。……で、どうなんのこの後? まだ学祭執行部のくじ引き大会まで時間あるだろ?」

「わっかんね。誰かが間でも取り持つんじゃね? 誰もいなけりゃ片付けるだろうし」


 そう言って笑い合う二人は、脱ぎ終わったヒーロースーツを見つめる。


「どうする? これ。てか、この後で交代のヤツはどこ行った?」

「しらね」


 そこまで話を聞くと、男はばっと二人の前に現われて気さくな笑顔を見せた。


「――いやぁ、わりいわりい。遅れたわ」


 そう言って、男は二人に向かって手を差し出す。


「交代の出番、すっかり忘れてたわ。元来ヒーロー気質のオレがこんな大事な役を忘れるとは、全くまいっちんぐマチ子先生だよねホント」


 そんな男のテンションに全くついていけず、ただただ口をぽかんと開ける二人。

 二人に向かって男は、さらにとんでもないことを告げた。



「ところでさ――ライブの申し出って、誰に言えばいーの?」



 10月14日 十六時半――悟司




 OBの一人が救急車で運ばれた後で、ようやく大学内にも安堵の空間が戻ってきた。


「あいつら……ほんっとーに、どうしようもない奴らね!」


 さきほどからずっと、千佐都は牛丼屋の前でプリプリと怒り続けていた。


「これで、来年から二度とライブ出来ませんってなったらどうすんのさ。最低よっ。せっかく今日来てくれた町の人達もみんなテンション下がっちゃったじゃないのさ」

「あんなことになったのって……もしかして、俺達が煽っちゃったらなのかな?」


 悟司がぽつりとそう言うと、春日と千佐都が振り返った。


「何言ってんのよ悟司! そりゃあ……そうかもしれないけど」


 自信なさげに千佐都が俯く。


「確かに、僕らの啖呵のせいで、いつも以上に気合いをいれていたのは間違いないが――」


「――君らのせいじゃないさ」


 小倉が三人に向かって、静かにそう言った。


「誰のせいでもない。あれは紛れもない、自分達の事故だ。彼らは子供じゃない。無責任に暴れまくればどうなるかなんて、誰にだって予想出来ることだ」

「そ、そうよ」


 小倉に合わせて、松前も口を開いた。


「あいつら去年も似たようなテンションではしゃいでたし……あんたらのせいじゃないって。私が保証する。絶対に、違うから!」


 そんな二人のフォローを聞いてしばらく無言のまま俯く三人。

 落ち込んでしまったムードを霧散させるように、千佐都は思いっきり顔をあげるとぱんっと強く手を打った。


「あぁ、もうっ! 人の打ち上げムードまで台無しにしてくれちゃって。あいつら、本当にもう金輪際お近づきになりたくない連中ね、ったく」

「それにしても、だ――」


 春日が腕を組んで、空を見上げた。


「こんな形で、学祭のライブが終了してしまうとはな……」


 春日の言葉を聞いて、悟司も周りを見渡した。


 さすがにあれだけの大騒ぎのあとだ。既にどこの屋台も終了ムード一色だった矢先にあんな事があったせいで、それまでずっとお祭り気分だった皆の表情にもにも少しばかり影が差し始めていた。


 既に一般客の来場はもうなく、校門の方にはちらほらと帰っていく人達の姿があった。

 こんな形で、大学に来て初めての学祭が終わってしまうのは実に寂しい。


 そこで、ふと悟司は月子のことが気になった。

 さっきから姿が見えないのだ。


「そういえば、月子ちゃんはどこ行ったの?」

「月子は、漫研に顔出しに行くって」


 悟司の問いに、小倉が口を開いた。


「一度戻って、様子見てから戻ってくるって――ほら、言ってる側から」


 小倉が指した先を悟司が振りかえると、月子が慌てた様子でこちらへと走ってきた。


「みな……さんっ! たい、大変――」


 手には色紙のようなものを持って、とにかく尋常ではない様子がそれだけでも十分に伝わる。千佐都も春日も、そんな月子を見てびっくりした様に目を見合わせていた。


「――ま、じんさんがっ! 鵜飼さんが――」


 鵜飼?

 なぜそこでその名前が――

 そう悟司が思った時だった。



「――えーテステス。こちらジン○リバー。樫枝悟司くん。春日驚輔くん。至急中央昇降口まで集まってくれ。これは正義の味方からの伝令だ」


「こ、この声は――」


 さすがの千佐都も、彼のあまりの破天荒っぷりに腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。


「――繰り返す。こちら、正義の味方のジン○リバー。樫枝悟司くん。春日驚輔くん。中央昇降口だ。僕と一緒にライブをしよう。既に事務局には話を通している(学生だと偽って)。やる曲は当然、君たちもわかっているだろう?」


 バシーンッとクラッシュシンバルを叩く音が大学中に響き渡った。続いて、ドドタタッっと気持ちの良いリズムで、ドラム演奏が始まる。


 このBPMは間違いない――


「そう。曲名は――『翼道』だ。さきほどの事故でみんなが落ちこんでいる今、君たちの曲が必要なんだ。こちら、ジンギ――ああ、もうこの設定、めんどくせーっ! さっさと来いよ! こっちはずっと待ってるんだからさ!」


 そこまで聞いてから、悟司と春日は申し合わせることなく店の設営テントを飛び出していった。


「悟司くんっ!」

「かすがぁっ!」


 無意識のうちにそう声をかけてしまった月子と千佐都が、互いに顔を見合わせてから、二人に向かって言った。


「がんばれえっっっ!」

「がんばってくださいっっっ!」


「「任せろっ!」」


 同時に叫んで、一気にその場を駆け抜ける。


「本当に……本当に面白いよ、君たちって」


 小倉の前を素通りすると、そんな声が耳に届いた。


「ジンギリ○ーさんが、ライブするの!? やったぁーっ!」


 松前は全く別のところで、興奮していた。


 全力で、盛り上げるしかない。

 悟司は知らず知らずの内に笑っていた。


 またライブが、始まるんだ――




 10月14日 十六時四十分――三睦




 父親と一緒に、三睦は兄がステージで楽しそうに演奏している姿を見つめていた。兄は当然、こちらの様子には気付いていない。

 二人はこの日、本人には内緒でこの町へとやってきていた。どうしても行きたいといって聞かない三睦に、父親は付き添いとして渋々付き合ってくれたのだ。


 自分は、今まであんなに兄が楽しそうに笑っている姿を見たことがなかった。


「兄ちゃん、あんなにいっぱいの人に囲まれてるよ」


 三睦がそう父親に言っても、父は相変わらず黙りこくったままだった。それでも、顔は一切ステージから離さない。


「すごい……。さっきの人達よりも、人がなまら多いさ」


 この最後のライブには実に百人以上ものギャラリーが集まっていた。

 過去の未開大のライブを考えても、異例の人数である。


 大学事務員も、また学祭実行部の面々もさすがにこの現象を無視するわけにはいかず、知らぬ間にギャラリーの列整理を行なっていた。


 水谷が集めた「いちじく会」のメンバー。千佐都と松前の要請を受けて引きずられてきた「スキー部」の連中。月子と、先ほど鵜飼に嫌悪感を示していた部長率いる「漫画研究部」も現在、その全員がこの場に集っていた。


 他にも、ギター先輩やドラム先輩。十五時のライブの際は、体育館で演劇部の第三回公演を見ていた、悟司の叔母さんに娘の陽葵もそのギャラリーの内に加わっている。


 その他の在校生もくわえ、帰宅しようとしていた一般客の人達も、中央昇降口に集まっている人間の異様さに惹かれて、今なお中央昇降口には人が集まり続けていた。


「兄ちゃん、すごい……すごいよ」


 三睦はあらためて、兄の偉大さを実感した。

 これだけの人を集めてライブをするなんて。ましてや田舎町の、こんなちっぽけな大学で――


 一曲目が終わると、奇妙な格好をしたドラムの人がマイクを掴んでいった。


「よし、そんじゃ次は二曲目行くか」


 それまで生き生きとギターを弾いていた人が、急にたどたどしい口調でドラムの人へと振り返る。


「え……ま、まだやるんで、すか?」


 その反応に、ギャラリー一同から笑いがあがった。


「何言ってんのよ悟司ー。まだあるでしょうが、夏休みに作ったやつが!」


 そう言ったのはギャラリーの一人、以前どこかで聞いたことがある女性の声だった。


「悟司ぃー、いつの間にアンタそんなかっこよくなっちゃってんだぁー?」

「なっちゃっちぇんやぁー」


 続いて中年の女性と幼女の声があがった。そんな言葉に、ますます悟司と呼ばれたギターの男は萎縮してしまう。


「――樫枝。MC出来ないようなら僕がやるぞ」


 兄が、悟司という男の方を振り返りながらマイクを握った。

 その瞬間父の肩がぴくりと動いたのを、三睦は見逃さなかった。


「お、お願いします……き、緊張してどう、も……だめっす」


 そう言ってマイクから口を離して、後ろへと下がる悟司。

 マイクに兄の息がかかる。


「――どうも。僕らは『シュガー・シュガー・シュガー(!)』と言います。といっても、ドラムの人は僕たちのユニットのメンバーではないのですが」

「ええ、入れてくれよー」 

「あなた、ちょっと黙っててください」


 ヒーロースーツ姿のドラマーの意見を兄がばっさり却下すると、一同からどっと笑いがあがった。


「――僕らは今年から、ボーカロイドを使ってネットでオリジナル曲を投稿し始めました。バンドとはちょっと違う、いくらか変則的なメンバーなのですが」


 ……ボーカロイド。

 高校生の三睦もその存在は当然のように知っていた。クラスの男子も、女子もそのボーカロイドを使った楽曲の話でよく盛り上がっていたのを三睦は知っている。でも、実際に使われているそのソフトのイラストを見て、三睦はずっとオタク臭いと倦厭していた。


 まさか、兄が知らぬ間にそんなものへと傾倒していたとは。

 今でもずっと、バンド音楽を愛し、ビジュアル系が大好きだと思っていた三睦にとっては幾分ばかりのショックを隠しきれなかった。


「このメンバーには、いつも助けられっぱなしです……」


 そう語る兄の言葉は、今まで自分が聞いたこともないほど優しい響きを伴っていた。



「僕には、ずっとずっと夢があって。それは、父を見返してやるということでした」



「驚輔……」


 ぽつりと呟く父。

 一方の三睦は、そんな兄の言葉に全くの無意識状態で口を開けっ放していた。


「牧場を継げという父を見返してやりたかったんです。牧場が嫌なわけじゃない。ただ、敷かれたレールをただ黙って進むだけは、嫌だったんです。どこまでも抵抗したかった。でも、もしかしたら、僕はそうやって無駄にあがいているフリをし続けていたかっただけなのかもしれないなって、今となってはそう思ったりもするんです」


 そこで、ようやく我に返った三睦が慌てて口を両手で押さえる。隣で父が震えているのがわかった。


「兄ちゃん……」


 ……父が激昂して飛び出していかないだろうか?

 そんなことを思いながら、三睦は兄に向かって不安気に視線を送り続けていた。


「このユニットは、僕の誇りです。もちろん、今まで所属していた軽音サークルも、僕の誇りです。僕は、音楽が好きだ。ただ、今日を以てその大好きな音楽を言い訳に、いつまでも現実から目を背け続けるのは――もう、やめにします」


 静まりかえる一帯。三睦も、父もまた、黙って兄の言葉の真意を重く受け止めていた。


「僕も、そして樫枝も……鵜飼さんも」

「ジンギ○バー、な」

「……○ンギリバーさんも、今日のこの景色を忘れません。僕の周りを取り巻く、こんなに素敵な皆さんたちと一緒に、ラストの曲、どこまでも盛り上がりましょう!」


 そこで、歪んだギターの音と共に、ドラムが勢いよく叩かれた。ギャラリーからぱちぱちと拍手が沸く。「いいぞーっかすがーっ」という声が三睦の耳にも届いた。


「三睦……」


 横にいる父が静かに三睦に振り返った。そこにはいつものような厳しい顔で父が立っていると三睦は思っていたのだが――


「父さんな……先に駐車場に戻ってるから」


 そこには、たった一人の威厳を失った男の姿だけがあった。

 父は、今にも泣きそうな声でそう言うと、俯いたまま三睦の真横を通り過ぎていった。


 それは、今日一日の中でもとびっきりびっくりする反応であった。あまりの驚きに声を出せずにいると、父はそんな三睦に構うことなく、静かに校舎の出口へと向かっていく。


 残された三睦はその場でぎゅっと胸のあたりを押さえた。 

 兄の言葉を聞いて、一体父は何を思ったのだろう。それを考えるともの凄く胸を刺す重いがあった。

 自身の境遇に諦めつつも納得している姿を見て、悲しかったのだろうか?

 それとも、その現実を初めて受け止めてくれたことに対して嬉しかった?


 ……いや。

 きっとそのどちらでもない、と思う。

 言葉に出来ないぐちゃぐちゃな思いがない交ぜになって、整理がつかなかったのだ。そうに違いない。


 父が、本当に兄を大事にしていることは三睦にだってよくわかっていた。だからこそ、簡単には表現できない気持ちがあふれ出てあんな表情になってしまったのだろう。


「兄ちゃん……」


 三睦は最後までこのライブを見届けようと思った。


 そして本来ならば、ここに来たことを後で兄にメールしようと思っていた。

 でも、それはやめにする。

 何もかも、一切聞かなかったことにしてこの町を去る。それが一番の最善策だと思った。


 そうじゃないと……意図せずして父と兄の挟みうちにあった自分としてはあまりに辛い。

 どちらも、とても大好きな家族なのだ。

 どちらの心境を考えても、それは言葉に出来ないほど切なくてたまらなかった。

 そんなことを考えていると、二曲目のイントロが流れ始めた。



 それは、今日というお祭りを締めくくるにはとても良いバラード調の楽曲であった。



 10月14日 十七時――悟司




「――今をもちまして、第二十六回、北海道未来開拓大学学園祭。『開拓祭2012 サークルオブシティ~繋がる、街の交流フェス』二日目を終了いたします。来場者の皆様は、お忘れ物のないよう――」


 閉会のアナウンスの中、中央昇降口前のアスファルト上には未開大の学生達が一挙に押し寄せていた。


 そのまま地べたに転がるものや、屋台スペースに置いた椅子に座ったままのもの。そんな様々な生徒たちで賑わう中、さっそく学祭執行部の面々が昇降口ステージの方へと姿を見せた。


 代表者の一人がマイクを持って口を開く。


「えー。そんなわけで、毎年恒例のくじ引き大会です。本日校門の方で名前と学生証のチェックを行ないましたが、その人達の中でのくじ引きです。ナンバーは学生証のIDナンバーの下四桁ですね」


 ここでいうIDとは、アルファベットと数字で示された学生番号のことである。下四桁を見るだけで、その年の学年と学部がわかるそうで。どうやらそれによってくじを行なうということらしい。


「商品は色々ありますけど――当然、本日学祭を盛り上げてくれた裏方さんの方が優先されます」


 そういって代表者の人が出したのは、二つの箱だった。そのうちの右を指しながら、


「こちらが本日屋台や、それ以外の行事で学祭に参加してくれた人の箱です。A賞からG賞までは、こちらから引かせていただきますね」


 代表者がそう言うと、各所からえーっという声があがった。


「……当然です。ただぐるぐると見回っていただけの人に、そんな良いものが当たるはずないでしょう?」


「――あれ? 今の話だとさ、あたしらの中でももらえない人出てくるんじゃない?」


 代表者の声を聞いた千佐都が、突然そんな風に悟司へと声をかけてきた。


「どういうことだよ?」


 千佐都は目の前で指を一つずつ折りながら口を開く。


「だってさ、多分執行部の方で名前が登録されてるのって、牛丼屋代表のあたし。漫研のつっきー。それと軽音のかすが。あとは、ジン○リバーさんをやってた樹里。それだけじゃない?」

「僕と君は、部外者扱いだね」


 横にいた小倉がぽんと悟司の肩へ手を乗せた。


「そ、そんな……俺、今日結構頑張ったのに……」


 そんな風に唖然とする悟司を見て、月子と春日がすっくと立ち上がる。


「う、ウチが今から執行部さんに言ってきますっ!」

「僕も行こう。さすがに、樫枝があの中に入っていなきゃ割に合わない気がする」


「――もう無理じゃね?」


 鵜飼がのほほんとした口調で春日と月子を呼び止めると、


「なんか、クジ始まっちゃってるしさぁ」


 そう言ってステージに向かって指をさした。ちょうどマイクを持った代表者が、A賞のあたりくじを読み上げている最中であった。

 代表者が名前を読み上げると、一斉にステージ上で悲鳴があがる。どうやら、A賞は現在ステージ上にいる執行部の誰かに当たったようであった。


「……てか、あんたそろそろ帰りなさいよ」


 ステージから目を逸らした千佐都が、ジンギリ○ー姿の鵜飼を睨みながらそう言うと、


「はっはっは。いやいや、どうやって抜け出そうかずっと迷ってんだよ。なんだかんだで最後のライブでかなり目立っちゃったしなぁ」


 そうやって鵜飼は馬鹿笑いしながら頭を掻き始めた。


「なんかうまい具合に場を盛り上げてくれちゃって……ホントわけわかんないヤツね。もう少ししたら一斉に片付けに入るから、その時にあたしがトイレまで案内して――」

「ちょ、ちょっと千佐都」


 千佐都の袖を松前が引っ張る。


「そ、その役さ、私が請けても良い?」

「……は?」


 ぽかんとする千佐都を無視して、松前が鵜飼にすり寄った。


「あ、あの。鵜飼さんって言うんですか? その、すごくヒーロースーツ似合ってますねっ」


 たちまち乙女の顔になった松前に、千佐都の表情が歪みに歪んだ。


「お、おお。つっても、あんまり筋肉ないんだけどな、オレ」

「いいんですいいんですっ! それくらいの体型が、むしろすっごくヒーローっぽいんですよぉ!」


「……ま、松前さんどうしちゃったんでしょうか?」


 月子がぽつりと呟く横で、小倉がゲームをしながら静かに呟く。


「月子にはわからないか……」

「庄ちゃんにはわかるの?」

「わかるとも」


 そんなやりとりの中で、ふと代表者の人の声が響いた。


「えーっと……F賞は、酪農学部三年の春日驚輔さんです! 春日さん、ステージまでどうぞっ!」


 ……その声に、千佐都も鵜飼も、松前も小倉も月子も一斉に口を噤んだ。


「ま、マジ?」


 千佐都がぽつりとそう漏らすと、


「い、行ってくる……」


 当の呼ばれた張本人は、ふらふらした足取りでステージに向かっていった。


「えー、春日さんにはこの『パイナッポーの形をしたティッシュ入れ』が当たりましたー。おめでとうございます! 春日さん」


 まばらな拍手が、大学内に響き渡る。


「な、なにあれ……あんなん当たっても、なんにも嬉しくない……」


 そう言いながらステージを見て愕然とする千佐都。さすがの小倉も、一旦あげた顔をなかなかゲーム機に戻すことが出来ないようであった。


「ま、まぁでもいいんじゃない? 先輩も喜んでるし」


 そう言って悟司が指をさすと、ステージ上の春日は『パイナッポーの形をしたティッシュ入れ』をこれでもかとばかりに高く頭上に持ち上げて笑っていた。


「いい顔してるなぁ……あれじゃバカにはできないわね」


 千佐都も苦笑いしながらステージを見つめてそう言った。

 そうして悟司はぐるりと辺りを見渡す。

 

 始まる前まではあれだけ不安だった状況の中でも、皆が皆それぞれ頑張ったおかげでこうして笑いあえているのだと思うと、なんだかとても感慨深いものがあった。


 いや、頑張るという言葉は少しおかしいかもしれない。


 素敵な今を過ごしたいという思いが、自然とこうした結果を生むことになったのかなと、ついつい悟司はそう思えてしまうのだった。


「悟司」


 千佐都が悟司の袖を引く。


「なんだかんだで、楽しかったね」


 ああ、その通りだ。

 悟司は千佐都の言葉に力強く頷いて再び周りの仲間たちを見渡した。

 そんな時、


「あっ」


 突如メロディが頭の中で思い浮かんだ。

 すぐに悟司は千佐都の方へと振り返る。


「――なぁ千佐都、いきなりで悪いんだけどさ」

「ん?」

「いや、次の曲のことなんだけど――」


 そうして悟司は千佐都へ耳打ちをすると、千佐都はきょとんとした目で頷いた。


「まぁ……悟司が言うなら、それでもいいよ。でも、動画の件どうする?」

「動画の件?」

「ほら、『navel』とかいう」


 なんだ、そのことか。

 悟司は、パイナッポー片手に戻ってきた春日の顔を見ながら、言った。


「一応、頼むだけ頼んで……みる?」



 十一月二十五日――弘緒



 ファミレスの一件があって以来、弘緒はオッサンと一緒に食事を取る日が多くなった。そんな二人の様子に、金髪を含めた周りの連中は「一体どんな経緯があったのか」がすごく気になっているようで、ちらちらと好奇の視線を寄こしては逸らしてを繰り返していた。


 二人は共に机を並べてはいるが、会話らしい会話はほとんどなかった。その様子がまた、教室内の連中にとっては一層不気味に思えるらしく「オッサンが佐藤弘緒とちょめちょめしたのではないか」といった妙な憶測まで飛び交う始末。


 とうとうそんな疑惑の膠着状態にしびれを切らした金髪が、この日の食事時間に弘緒の元へとやってきた。


「よ、よお」


 弘緒から目を逸らしつつ、金髪が手を挙げた。


「……なに?」


 怪訝な顔をして弘緒が見上げる。


「あ、あのさ。オッサンと仲良いよな、最近……」

「それで?」

「え、えーっと」


 核心をつけない金髪はたまらず水商売女へ助けの目をやるが、水商売女はそんな金髪の反応に両方の手の平を広げて首を振るのみだった。仕方なく弘緒の方へ目を戻すと、弘緒は金髪の顔をじーっと不愉快そうに見つめていた。


「う、うーんと。な。えと。お、オッサンと最近仲良いよな、お前」


 絞りきるように出した先ほどと全く同じ台詞に、周囲から失望のため息があがった。ドキドキしながら金髪が弘緒の言葉を待つ。


「そのオッサンって呼び方」

「えっ」

「その呼び方、失礼よ。年上の方なのに。これからはきちんと名前で呼んで」


 そんな弘緒の発言で一気に教室内がどよめく。


「お、お前まさか……」


 ごくりと唾を飲む金髪。


「お前、まさか本当にオッサンのことが……好きなのか」

「はぁ?」


 呆れた様子で弘緒が視線を落とすと、金髪の手に持ったコンビニ袋が目に入った。


「……座ったら?」

「へ?」


 突然の弘緒の提案に金髪が面食らう。


「誘いに来たんじゃないの? 私とご飯」

「い、いや。あのな、そういうことじゃなくて」

「あ、そ」


 ならもういい、といった様子でぷいっと弘緒は金髪から目を逸らした。


「い、いやいやいや。食べる。お前と食べる。この椅子使っていいか?」


 椅子を持ちながら慌てる金髪を流し目で見ると、弘緒はすっと自らの横の空間に向かって手を差し出した。ここに座れという合図だと受け取った金髪が、ほっとしたように弘緒の隣へと座り込むと、それを見た水商売女が羨ましそうに手を挙げる。


「あ、あたしも一緒にいいかな?」

「構いませんけど」

「ホントに? じゃ、じゃあご一緒するね」


 その言葉を聞いて嬉しそうに水商売女が立ち上がった。そのまま教室の後ろへと回り込むようにこちらへと近寄ってくる。その時、


「ん?」


 いつぞやの弘緒がおびえさせてしまった彼が水商売女の服の裾をぎゅっと掴んでいた。


「どうしたの急に? もしかして……一緒に食べたいの?」


 そんな水商売女の問いに対し、高橋は気恥ずかしそうに頷く。



「ねぇ、この子も一緒にいいかなー?」



 11月25日――悟司



 学祭が終わると、悟司はすぐに三曲目へと取りかかった。


 これまでの楽曲は、なんだかんだと千佐都にその楽曲のイメージを任せっきりにして作詞をしてもらっていた。

 だが、今回の曲はちょっと趣向を変えてみることにする。

 いわゆる、コンセプトありきの楽曲である。悟司がこんな風にしたいとテーマを告げ、千佐都がそれを元に作詞をしていく。


 今までとは違う作り方に、悟司はてっきり千佐都が反発するものと思っていた。

 ところが、学祭の終わりにその事を耳打ちすると、千佐都は意外にもこれをすんなりと了承してくれ、学祭の後日にあらためて聞いた時も、


「いいって言ってんじゃん。なんとなくどんな曲にしたいかもわかるしさ」


 という言葉さえもらってしまった。

 意外に思えたが、なんだかんだと今回もほとんど行動を共にしていたわけで、悟司が思っていたことはそのまま千佐都自身も自分の中で消化しているのかもしれない。

 そんなことを悟司は思ったのだった。


 さて、そんなわけで早々に作業を開始した悟司と千佐都。これに春日と月子が加わり、ここ数週間は、とにかく打ち合わせだらけの日々になってしまった。

 ミーティングに次ぐミーティング、テーマの掘り下げに次ぐ掘り下げ。

 それらがようやく話し合いの末、一つの方向性へとたどり着いた今日――

 悟司と残りの三人は現在、パソコンの画面に映されていた文面にため息をついていた。



『件名:navelです』


『はじめまして、シュガー×3の皆さん。

 ひまじんから、あらかじめお話の方はお聞きしております。

 さて、メールでいただいた動画依頼の件ですが

 結論から申し上げますと、ちょっと難しいです。

 というのも、現在既にかなりの量で動画作成を請け負っておりまして、あなた達の動画を作れるほどの時間が取れないのです。

 いただいた内容通りに、「年内中の完成」をめどにしているということであれば、ますますそれは厳しいと言わざるを得ません。

 そのようなわけで、非常に心苦しいのですが今回の件はお断りさせていただきます。

 取り急ぎ、失礼いたします』



「……悟司、今すぐ鵜飼のバカに連絡して」


 メールの文面を何度も見直した後、千佐都が唐突にそう口を開いた。


「どうする気だよ」


 悟司が問いただす間もなく、千佐都はマイクを手にして鵜飼にコールをかけた。


「――はいはい。なんですか」


 鵜飼はすぐに通話に出てきた。フリーターだと言っているが、こうやってパソコンから通話をかけるとほぼ百発百中で繋がるのは実に不思議である。


「navelさんと通話したい。メールじゃ埒が明かない」

「やっぱりそれか……」


 千佐都の声を聞いて、こちらまで聞こえるほどの大きなため息を鵜飼が吐いた。


「やっぱりってどういう事よ、こら!? あんたもしかして、こうなることわかってたんじゃないの? それで、あんなに念押しであたしらに『断られてもオレを責めるな』とかなんとか言ってたんでしょ! そうでしょ!」

「おい、千佐都」


 春日が呼び止めるも、千佐都はむすっとしたまま続けた。


「だってさ、navelって人の言うこと、絶対おかしいもん! 何が『かなりの量で動画依頼を請け負っておりまして』よっ! ……この人――六月から動画作ってないじゃんっ!」


 そうなのである。

 実は春日の情報によると、彼女の動画の最新作は六月が最後で、その後はぷつりと途切れてしまっているのだ。そして、同時にこの事は、当然鵜飼も気付いているはずなのである。

 なぜならば、鵜飼の楽曲の最新作は十月末。ついこの前のことで、それまで動画を請け負っていたはずのnavelの名前がそこにはなかったからだ。


「断られるなら断られるで、それに関しては全然構わないわよ。そこに誠意があればね。でもさ、嘘つかれてるんじゃ、こっちだって黙ってらんないわよ!? あんたの曲まで動画を作らないなんてよほどの事情なんじゃないの!?」


「だー!? もうわかったよ、ちくしょうめっ」


 パソコンのスピーカーから鵜飼の荒げた声がびりびりと響いた。


「じゃあ、教えてやるよ……。今navelはリアルを大事にしてるんだ」

「リアルって、普段の生活のこと?」


 千佐都が聞き返す。


「そうだ。夏頃くらいにさ、きっと、気にひっかかることがあったんだ。詳しくはオレが直接言うわけにもいかねぇんだけどよ」

「すごく引っかかる物言いね。知ってるなら素直に教えなさいよ」

「言えねぇ」

「言いなさいって!」

「言えねぇって言ってんだろ!!」


 それは――本気の怒鳴り声だった。

 初めて鵜飼がみせた激昂に、千佐都も、他の三人もびっくりして息を呑む。


「わりぃ大声出しちまった……近所迷惑だろ?」

「いや……あたしもゴメン。ムキになりすぎた。プライベートのことなのに……ちょっと頭冷やすわ」


 はいパス、と短く言って悟司にマイクを手渡すと千佐都はそのまま悟司の部屋を離れて、出て行ってしまった。


「ちさ姉、外寒いのに……」

「どうせこの近くの自販機のとこへ行くだけさ」


 そう言ってから悟司はマイクに口を向ける。


「鵜飼さん、は。navelさんのこと、お詳しいんです、ね」

「……ああ。色々話したことがあるからな。だから、あいつ自身の事は前に色々と聞いてるんだよ。リアルで何があったとか、そんな話をしたことがあるんだ」


 だから、といって鵜飼は話を結ぶ。


「ちょっと、放って置いてやってくれないか……頼むよ」


 そう言われてしまっては、これ以上無理に頼むわけにもいかない。


「わかりまし、た。ち、千佐都が、どうも、迷惑かけてしまって」


 そうして悟司が通話を切ろうとマウスカーソルを動かしたとき、


「……そういやさ、お前らの中でオセロ得意なヤツっている?」


 オセロ?

 いきなりなんだろうと、思っている間に鵜飼がさらに口を開いた。


「あ、あのさ。オレじゃnavelのヤツに全く歯が立たなくて……あいつ、いっつもとあるゲームのポータルサイトでしょっちゅう遊んでんだ。ID教えるからさ、たまに構ってあげてやってくれないか? そしたら、少しは元気も出るかも知れねぇし」


 そういって、鵜飼はチャットログにURLを乗せた。そのアドレスをクリックして開いてみると、以前千佐都が登録していたサイトだということを悟司はぼんやり思い出した。


「もちろん、依頼の話は勘弁な。あくまで、遊び相手として付き合ってやってくれよ。ゲームにはチャットもあるから、もし気に入られたら色々やりとりもあるだろうしさ。オレが出来るのはここまでだ。わりぃな、ホント」

「い、いえ。ありがとうございます」


 鵜飼との通話が途切れると、真っ先に口を開いたのは春日だった。


「オセロだとさ」

「みたいですね……。先輩はどれくらい出来ます?」


 悟司が尋ねると、


「小学校の時以来、やってないな。きっと腕前も凡百だ」


 心の中で思っていた自身の実力と、全く同じ答えが返ってきた。


「月子ちゃんは?」


 当然「やったことないです」くらいの答えが返ってくるとばかり思っていた。


 そのはずが――




 “二〇一一年”十一月二十五日――弘緒



「ねぇ、この子も一緒にいいかなー?」


 水商売女が弘緒に尋ねる。弘緒は驚きながらも、


「いいですよ、どうぞ」


 と言うと、高橋はぱぁっと顔を明るくさせて水商売女と一緒にこちらへと向かってきた。

 弘緒たちの前まで来ると、高橋はおどおどした調子で言った。




「た、高橋……“俊介”です。よろしく、お願いします……」

「こちらこそ。あの、この前はごめん……俊介くんって呼べば良いかな?」


 弘緒の言葉に、高橋――俊介は嬉しそうに笑う。


「ちょっと“ミッチー”あんまりこっちに寄らないでよ!」


 弘緒がずっと勝手に水商売女だと決めつけていた女性――立花“いずみ”が金髪を自分の席から遠ざけようと両手でぐいぐい押しやる。


「ミッチー?」


 弘緒が聞き返すと、いずみはからからと笑いながら言った。


「三井忠道って言うんだよ。だからミッチー」

「ふざけたネーミングセンスだよなぁ。ったく」


 いずみの説明を聞きながら不愉快そうにミッチーがコンビニ弁当をかき込む。

 そんな皆の様子をずっと黙ってみていたオッサン――佐藤“竜吾”は、相変わらずのぎこちない笑みで見つめていた。


 そして、その横で弘緒はわずかに自分が微笑んでいることに気付き、思う。


 ――なんだ。まだ笑えるじゃないか。


 それだけであれだけ苦しかった世界が、今はほんのすこしだけマシに思えたのだった。




 “二〇一二年”十二月一日――弘緒



 ――数コール後に通話が繋がった。

 即座に、弘緒はネット通話の相手に向かって口を開く。


「……どこから私のアカウントがバレてるんですか。それもよりによってあのサイトで」


 電話の相手は、見知らぬ相手にフルネームで自己紹介を始めた。




「初めまして『navel』さん、さっきまで一緒にちゃかぽことチャットしてたので、急におしゃべりに変わるとなんだか違和感ありますねっ。ウチは鷲里月子って言います。ボーカロイドを使った音楽ユニット、『シュガー・シュガー・シュガー(!)』の絵を担当してます――って、はわ。本名言っちゃった……」



 ――本当にこの声の主が、さきほどまでオセロを対戦していた相手なのだろうか?

 弘緒は驚きを隠せなかった。




※弘緒パートの正しい時系列

 ×「四月→五月→十月→十一月→十二月(プロローグ)」

 ○「十月→十一月→四月→五月→十二月(プロローグ)」

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