第9章 ヴェルミラ・アヴァリティア
カミラの宿り木で管理人の仕事をして、リゼッタさんの夢薬の材料を作る仕事を手伝う生活が少しずつではあるけれど安定して続けられるようになった。
リゼッタさんのお仕事の手伝いは順調でお金が少し貯まったので、ミエル・エ・フラムにお茶をしに行くと、その日は珍しくお客さんが来ていた。
「あら、スミさん!いらっしゃい」
ルミナさんが明るい笑顔で迎えてくれる。
「こんにちは、ルミナさん」
カウンター席にはセレナさんと、この世界にきてこんなに着飾った女性は初めて見るかもしれない。金が散りばめられた赤いドレスに肩にかけて羽織っている上着には金の装飾と宝石が輝いていた。咥えている煙管も繊細な金の装飾が施されていて、ゴージャスな人だった。
「あんた、その趣味の悪い匂いどうにかなんないの?」
セレナさんがいかにも嫌そうな顔をして彼女に悪態をつく。
「趣味が悪いって……セレナ。あなた本当にわかってないわねえ……この香りがいいんじゃない」
「うちはタバコ禁止なのよ」
「そんなこと、いつ決めたのよ」
「今よ」
——なんだか、仲がいいのか、悪いのかわからないやり取りをしているけれど、どうもセレナさんの知り合いらしい。
「ごめんなさいね。うるさくて。姉さんの昔からのお友達なの」
「そんな、全然。平気です」
困ったような顔をして笑っているが、ルミナさんは楽しそうだ。彼女にとっても楽しい友人なのかもしれない。
「今日はなんにする?」
ルミナさんがメニューを渡してくれる。
「あ、お茶とそれと……この前食べたケーキを……名前は……」
「あれ、名前はこれ!アプラの実の蜜焼きタルトにしたの」
「美味しそうですね」
「ふふ、よかった。うちの看板メニューにしようかしら」
「あら、なんだか美味しそうなお話をしているのね?」
先程まで、セレナさんと言い合っていた彼女がこちらに話しかけてきた。
正面から見た彼女はさらにゴージャスだった。赤に近い茶色い髪に長い睫毛と深い紫色の瞳、真っ赤な口紅は彼女の華やかな顔立ちをさらに際立たせている。
「ヴェルミラさんも食べる?うちの新作ケーキ。お客さんに好評なのよ」
「一部だけでしょ」
「もう、またそんな愛想のないこと言って!」
ルミナさんがふんっと怒るとくすくすとヴェルミラさんが笑う。
「気になるわ。いただこうかしら」
「ありがとう!すぐ準備するわ」
ルミナさんがにこにこしながら、お茶の用意をする。
ヴェルミラさんと呼ばれた彼女と目が合う。
「は、初めまして……」
気まずくて、とりあえず挨拶してしまった。
「初めまして……。可愛い方ね……」
「えっ!……いや、はは……そんな……」
華やかな雰囲気のせいか、直視するとなんだか気恥ずかしい。自分が地味な格好をしているからだろうか。
「ちょっと、うちのお客さんにちょっかいかけないでくれる?」
「うるさいわねえ……愛想良く振る舞うこともないくせに。それにしても、あなたなんだかあまり見ない姿ね。よくできてるというのかしら……少し近くに行って見てもいい?」
「やめなさい。失礼よ。あんた」
セレナさんがヴェルミラさんの腕を掴む。
「セレナに言われると何か癪ね……」
「どういう意味よ」
「ほらほら、2人共そこまでにして。ケーキ!お待たせしました!」
ルミナさんがお茶とケーキを私とヴェルミラさんの前に置いてくれる。今日も美味しそうだ。
「スミさんは異世界から攫われてきた文明人さんなのよ。だから、私達より少し違うのよ、ね?」
「そうなんです」
「まあ、そうなの……。それは大変だったわね……」
「え、ええ……まあ、でもルミナさんとセレナさんのおかげで今は、不自由なく生活していけてますし」
セレナさんが少し得意げにふふんと笑った。
「カミラの宿り木のみんなとは上手くやれてる?」
「はい。皆さん優しくて良い人ばかりで」
「カミラの宿り木……そう……メリアのところにいるの……」
——なんだか、ヴェルミラさんの様子がおかしいような?
「あんた、おかしなこと考えてないわよね?」
セレナさんがヴェルミラさんの肩をぽんぽんっと叩く。
「いやあ、ねえ。……何も考えてないわよ」
ヴェルミラさんがセレナさんの手を払うようにシッシッとする。
「スミ。この女は気をつけないと駄目よ。何でも欲しがる女だから」
何でも欲しがる?
「気に入ったものなら生き物だろうが、場所だろうが、何でも欲しがるんだから。昔、メリアを攫おうとしてクロードに食べられかけたことだってあるのよ」
「ええ?!」
それは……というか、クロードさんってそんなことできるんだ。館の彼はいつもメリアさんの側にいるか、ちょこちょこ歩いている姿しか見たことがないので、人を襲う姿なんて考えられない。
「そんな、昔のこと蒸し返して……やめてちょうだい。今はあんなことしてないし、メリアのことだって気にしてないわ」
「どうだか。ま〜だ、色々集めてるんでしょ?」
「それは趣味なの!」
——やっぱり、仲良しみたいだな。セレナさんがこんなにお喋りしているのを初めてみた。
2人のやり取りを聞きながらケーキを食べていると、ひと段落したのか、ヴェルミラさんがお茶とケーキのお金をおいて帰って行った。
「あの女……相変わらずね……」
セレナさんがふうっと息をつくと癖なのか、ペラペラといつも持っているカードをめくり始めた。
「そんなこと言って。久しぶりの友達に会えて嬉しかったでしょ?」
ルミナさんが呆れたように言う。
「それは……まあ……。けど、ヴェルミラはなんて言うか……友達、ねえ……。それならもう少し誠実だったらいいんだけど……って、あら?」
セレナさんのカードをめくる手が止まる。少し考えたあと、カードを一度切って引いたカードをじっと見つめたあと、カウンターの下から宝石箱を取り出した。
いつもと雰囲気の違うセレナさんがちょっと気になって見ていると、宝石箱の中から黒い小さな石を一つ取り出して眺めたあと、セレナさんが私のほうを向いてその石を差し出した。
「これ、持っておきなさい」
「……何か必要な物ですか?」
「あなたに必要な物よ。あなたが困ったとき、助けになるわ」
黒い石を受け取る。黒くても綺麗な石だ。
「ありがとうございます……。お代は……?」
「また、このお店に何事もなく来てくれればそれでいいわ」
セレナさんは少し深刻そうな顔をした。
「何か悪い予言でも出たの?」
ルミナさんが心配そうにセレナさんに尋ねる。さっきセレナさんは占いのカードを切っていた。
「悪いと言えば、悪いけど、全く無意味でもないのよね……だから、悪いことを遠ざけるというよりは、何かあったときに自分の身を守るための一助になると思って、その石は持っていて」
「わかりました……」
悪いことが起こるけど、無意味でもない。でも、正直あって欲しくないような……。
そろそろ、洗濯物を取り込まなくてはいけない時間になってきた。セレナさんにお礼を言って、カミラの宿り木に帰ることにした。
白い石に、赤い石、それに黒い石まで……。どんどん石が増えていくな……。メリアさんにもらったペンダントみたいに台座をつけて同じようなペンダントみたいにしてみようかな。でも、白い石は借り物だし勝手なことしちゃ駄目か……。
そんなことを考えながら歩いていると、目の前に先程お店で出会った人が現れた。
「ヴェルミラさん?」
「こんにちは。スミさん」
艶やかに笑う彼女はどこか不穏な雰囲気を感じる。まだ、外は昼の明るさなのに。
「どうされたんですか?何か忘れ物でも?」
「いいえ……あなたとお話がしてみたくて……待っていたの……」
?……それならお店で話してくれてもよかったのでは?セレナさんがいるから、話しかけづらかったのかな……?というか、正直ちょっと怖いかも……待ち伏せしてたってことでしょ?
「そうだったんですか……あの、でも、私……そろそろカミラの宿り木に戻らないと……洗濯物入れないといけなくて……」
「まあ、働き者なのね。素敵だわ……」
ヴェルミラさんが近づいてくる。
「ですから、お話だったら別の日に……」
「ええ、ええ、そうね。……でも、少しだけでいいの。あなたのこと、よく見せてもらえないかしら?お店で見たときから、ずっと気になっていたの……」
彼女の目の奥が光ったような気がして、余計に不安が募る。周りに人はいるし、大丈夫だろうか?それに、一応セレナさんとルミナさんの知り合いだし……おかしなことは起きないはず……。
「す、少しだけなら……」
ヴェルミラさんがパァっと輝くように笑う。
「ありがとう!あぁ、嬉しいわ!少しだけ、少しだけね!」
ヴェルミラさんが私の周りをうろうろと周り始める。頭のてっぺんからつま先まで、ジロジロ、ジロジロと見られている。や、やっぱりちょっと怖いかも……。
「ああ、素敵、素敵だわ……。なんて良く出来ているのかしら……他の種族が混ざっていない身体って、なんて洗練されて美しいのかしら、あぁ……ねえ、手をよく見てもいいかしら」
ヴェルミラさんがさらに近づいてくる。もう今は目の前に彼女の顔がある。
「ど、どうぞ……」
彼女の迫力に圧倒されて手を差し出す。何がそんなに面白いんだろう……?
「あぁ……細くて、爪もなんて小さいのかしら……ふふ、可愛い手だわ……素敵ね……」
彼女がうっとりしながら手を舐めるように見つめる。見開かれた目が本当に怖い。
「……駄目……駄目よ。……駄目、駄目だったら……」
突然、気が狂ったようにぶつぶつとヴェルミラさんが呟き始める。
「ああ、でも、だってこんなに目の前にあるのにどうして駄目なの……、いえ、駄目よ……だってこの子、あのお店のお客なのに、駄目……だめ……」
「ヴェ、ヴェルミラさん……?」
流石に恐ろしくなってきて、思わず声をかけてしまった。すると彼女の目がかっと開き、私の目を見つめる。
「ああ、目の色も本当に素敵ね……」
うっとりとした目で私を見つめる。一体、何が彼女をこんなにも魅了しているのか私にはわからなかった。
「あの……もういいですか……」
「駄目よ!嫌!やっぱり駄目!我慢できない!私の゙も゙の゙に゙したい゙!!!!」
ヴェルミラさんがばっと両腕を広げると蝙蝠のように大きな羽根が広がった。驚いて後ずさったが羽根を広げた彼女は大きな生き物のように手を伸ばして私を抱きすくめる。身動きが取れず、声も出せず、自分の身体が宙に浮いたのを感じた。
——誰か!
なんでまた、こんな目に……!
また、自分が見ず知らずの誰かに攫われているのだと頭の片隅で思った。




