第10章 魔女の宝物庫
また攫われてしまった。自分の迂闊さが心底情けない。
だってしょうがないじゃない!ルミナさんとセレナさんの友人だから、平気だと思ったんだもん。
「さあ、今日からここがあなたのお家よ」
連れてこられた場所は見たこともないほど広く大きな場所だった。金銀財宝が溢れており、彫刻や高そうな反物が山のように積み上げられていた。
唖然として辺りを見回していると、魔女さまーーーー!と突然、大きな声が響き渡る。
その言葉と同時に魔女さま、魔女さま……と金銀財宝の宝の山からわらわらと生き物達が出てきた。
動物のような姿をしたものや、羽の生えた妖精の姿をしたもの、声は聞こえるが、恐らく魔法の力によって動いている人形や家具など様々な者たちがヴェルミラを取り囲んでいく。
中央にいるヴェルミラさんは嬉しそうに微笑むと彼女の周りにいる様々な姿の者たちを愛おしそうに見つめながら撫でた。
攫われてきた私からすると、ヴェルミラさんは悪人にしか見えないが、ここにいる者たちからすると、彼女は敬愛すべき存在らしい。
遠巻きに彼女を見つめていると、ふと彼女が私に目を向ける。
「その子、今日から入ったみんなの家族よ。仲良くしてあげてね」
ふふっと妖艶にヴェルミラさんが微笑むと周りに集まっていた者たちが、私に目を向けたあと、少し間をあけてから口を揃えて明るい声で返事をした。
「もちろんです!魔女さま!」
嬉しそうに微笑み、ヴェルミラさんのほうを向いた。どうしてここの者たちは彼女をそんなに好いているのか……。
ヴェルミラさんがひとしきり集まってきた者たちを撫で回し、それじゃあまたあとでね。とそれだけ伝えるとどこかに行ってしまった。
すると、先ほどまで彼女の周りでにこにこ甘えていた者たちが今度は私のほうに向きなおり近づいてきた。
――なんだか様子がおかしい。
目は明らかに笑っていないし、なんだか殺気だっているような気がする……。
「おい、お前……魔女さまに連れてこられたからって愛されていると思うなよ」
大きな鹿のような姿をした獣が低い脅すような口調で声をかけてきた。
「見たことのない生き物ね。でも黒い毛は魔女様のお好きな色だわ。深い茶色の瞳も。あぁ……憎らしい。その瞳抉り出してやりたい」
頭の上から声がするので見上げると、小さな鳥……?違う……人面鳥によく似た姿の鳥が眉間に皺を寄せて私の周りを飛び回りながら文句を言っている。
――愛されている?一体どういうこと?
どう反応していいかわからず、黙っているとその態度も気に入らなかったのか、鳥がさらにやかましく喚き散らした。
「この前、魔女さまのお気に入りをようやく一人閉じ込めてやったというのに忌々しい!こいつもあの部屋に閉じ込めてやろうよ!」
それがいい……そうしよう……気づけば私の周りは大中小の獣や鳥に、大きな家具や椅子に絨毯の無機物たちが取り囲み、がやがやと喋りながら憎々しい目で見つめてくる。
「ちょ……ちょっと待ってください。魔女さまに愛されているなんて誤解です。私は彼女には今日初めて会ったばかりですし、なぜこんなところに連れて来られたのかもわからなくて……」
彼らの表情がさらに険しくなった。「今日初めて会ったばかり」その言葉が逆に彼らの心を逆撫でしてしまったらしいと気づいたときには遅かった。
「今日出会ったばかりで連れて来られただと……?魔女さまが?」
大きな鹿のような姿をした獣の背中の毛が逆立っていくのが見える。
「俺はこんなにも、あの方に愛されたいと願っているのに!」
彼は吠えるように怒鳴ると、両前足を高く上げて嘶き、両足が地面に着いたと同時に角を向けて突進してきた。
驚いて真横に飛びのくと、突進した鹿の姿をした獣がどこかにぶつかったらしく、ドン!と大きな衝撃音のあとにガラガラと財宝の山が崩れていくのが見えた。
「おい!どこを狙っているんだ!こっちだよ!」
小さな人面鳥が私の側に飛んできて鹿の獣に向かって騒ぎ立てる。
——逃げなくちゃ!
財宝の山を駆け回り、その下を動ける宝物たちがドシドシと音を立てながら追いかける。
羽のあるものは上から、やかましく騒ぎながら追い立ててくる。
倉庫の中の財宝の山は今や、ぐちゃぐちゃと散乱しひどい状態になっていた。元々あまり整理もされていなかったけど。
宝物たちはとにかく、私の存在が気に入らないようだった。上から物を落とし、腕を伸ばし、殺そうとしてくるのがわかる!本当に勘弁して!
息を切らし、心臓が痛いくらい胸を打って、走って走って走って……。
周りの音が何も聞こえなくなったことに気がついたのは、だいぶ時間がたってからだった。
あれだけ必死に追いかけてきたのに、ある場所を境に彼らは追いかけてくるのをやめてしまった。
息が苦しい……。呼吸を整えながら歩いていると、そこは先ほどの煌びやかな宝の山とは違い、重々しい彫像たちがひしめき合っていた場所だった。
石や鉱石に違いないが、今にも動き出しそうでちょっと怖い。人間のような姿をしたものや、四足歩行の動物、ドラゴンのような大きな姿をしたものなど、見たことのない生き物たちが所狭しと並んでいた。
この彫像たちも、先ほどの宝物たちのように動き出したらどうしよう……そんなこと考えていると、目の前に大きな檻が現れた。
檻の中には大きなライオンのような姿をした生き物がいる。檻からはでてこられなさそうだが、怖いので離れよう……。
「なんだお前は……見たことのない奴だな……」
落ち着いた低い男性の声だった。
びっくりした!ライオン?に似た生き物が喋ってる!じっとこちらを見つめる目が怖い。
のそりのそりとライオンに似た生き物は近づいてきた。ジロジロとこちらを興味深そうに見てくる。
「ここに何のようだ?ヴェルミラから何か言われたのか?」
ライオンはさらに問いかけてきた。
「いえ、そういうわけでは……宝物庫のひとたちに追いかけられてしまって……」
「ああ……そういうことか……」
後ろのほうに視線を向けてから、ふっと息をはくとライオンは続けた。
「宝物庫の者たちは魔女に好かれようと必死なんだ。魔女に気に入られた者はこの宝物庫では一番の価値があるからな……」
「価値?気に入られてると何かいいことがあるんですか?」
「いいこと?……そうだな……。彼らにとっては自分に価値があることが意味のあることなんだ。この宝物庫は魔女の場所で、彼らはここにしまわれた宝物だ。持ち主に愛されなければ意味がないと彼らは思っている。だから、自分が一番愛されようと必死なんだよ。自分以外を排除してでもな。新入りは特に魔女が初めのうちは気にかけるから、他の奴らからしたら気に入らないのさ」
フンっとライオンは鼻を鳴らした。
「……あなたはヴェルミラさんのお気に入りなんですか?」
「なぜ?」
「檻に入れられているなんて……その……あなたがどこにも行って欲しくないのかと思って……」
「……そういうわけではない」
じゃあ、やっぱり危ない生き物なのだろうか?
「私の兄弟が魔女に捕まりここにいた。兄は私を差し出すかわりに自由を得た」
「えっ……」
「兄はきっと助けに来ると私に言ったが、100年すぎ、200年すぎ……いまだ助けに来たことはない」
悲しんでいるのか、それとも助けにこない兄を苦々しく思っているのかライオンの表情からは読み取れなかったが、彼なりに思うところはあるようだった。
何て返していいのか分からず、口籠っているとライオンは問いかけてきた。
「……お前はここから出たいのか?」
急に問いかけられてびっくりしてライオンを見つめたが、何が目的かはわからない。
「それは……その、はい……」
ただ思ったままに答えると、彼は少し黙ったあとにこう答えた。
「この宝物庫の中には魔女が特別気に入っている宝石がある。それを盗んでくることができたなら、お前がここから出るための手助けをしてやってもいい」
「……何でそんなことを私に言うんですか?」
「お前はこの宝物庫では話ができそうな奴だと思ったからだ。他の奴らは魔女に心酔していて話にならない」
困ったものだと言いたげにライオンが頭を振る。
「……見たところ、お前は自分の力で到底ここから逃げ出せるような力も持っていないんだろう。他の者たちのように魔女に心酔して一生をここで暮らすつもりなら構わん。だが、そうでないなら力を貸してやろう」
ライオンは大きな欠伸をすると目を閉じて猫のように丸まって目を閉じてしまった。
盗んできたらと言われても……一体何をどうすればいいのか。正直困ってしまった。
そもそも、その宝物はこの宝物庫のどこにあるのかすら知らない。
「あの……すみません」
檻の中のライオンに向かって声をかけると、ぴくりと左の目を開いてライオンはこちらを見た。
「盗んできてほしいことはわかりました。ただ、それはどんな宝物でどこにあるんですか?」
むくりと頭を上げてじっと私を見つめたあと、重たそうに立ち上がるとのそのそとこちらにやってきた。
ライオンが近づいてきたので、少し檻から離れるとライオンは檻から少し鼻先を出した。
「……頭を……こちらに……」
そっとライオンが顔を近づけてくる。がぶっと顔に嚙みつかれたらどうしようと思いつつ、ライオンのおでこに自分の額を近づけてくっつけると、急に目の前がぼやけて、次にはっきりと映像が見えてくる。場所は先程走りまわっていた宝物庫だ。
辺り一面金銀財宝が散らばっている奥に金の山ができており、そのうえに大きなガラスケースがあって、中には一際輝く深い青色の小さなダイヤのような宝石が1つ輝いていた。
映像がふっと消え、目の前にライオンの顔があった。
「わかったな。手段は問わない。あの宝石をここに持ってきてくれ。そうすれば、お前を逃がしてやろう」
そう伝えると、ライオンはのそのそと先程寝ていた場所へと戻っていってしまった。
――魔女のお気に入りなのにどうしてあの宝石は誰にも壊されずにあの場所で鎮座しているのだろう。
新入りの者ですらここの宝物たちは気に入らないと怒って私をを壊してやろうと追いかけ回していたのに、魔女の一番のお気に入りなんて特に気に入らないのではないのだろうか?
「どうしてあの宝石は誰にも傷つけられずにあの場所で飾られているのですか?」
「魔女に気に入られたい者があの宝石を守っているんだ。魔女にとって有益であれば愛されると思っている。だからあの宝石は誰にも傷つけられていない」
「……自分は一番になれないのにですか?」
「自分は一番になれなくてもだ。……ただ、機会を伺って壊してやろうとは思っているかもしれないがね」
矛盾しているとは思うものの、愛されようと健気に守る者たちの気持ちは少し理解できる気がする。
そんなことを考えているとライオンはまた静かに寝息を立て始めていた。




