第8章 異世界生活の副業
カミラの宿り木での生活は午前中がバタバタと忙しくて、午後は洗濯物を取り込むこと以外はほとんど、やれることがない。しいていうなら、水を飲むときに使う毒消しをつんで束にして干したりすることだけど、それも終われば時間に余裕がある。
食堂での仕事を辞めてしまうのは尚早すぎたかな……。カミラの宿り木にいる限りは生活に困ることはなくなったけれど、外貨を稼ぐ方法が無いのだ。
メリアさんはおつかいに行ったとき、お使いの余ったおつりは自分の分にしてもいいとは言ってくれたけど、そうやってお金をいただくのは少し気が引けたし、今の赤ちゃんのメリアさんからお金をいただくのも、申し訳ない気がする。
今は、メリアさんはおしゃべりできないので必要なお金は私が買い物に行こうとするとクロードさんが、どこからかお金の入った小袋を持ってきてくれて、それを持って買い物に行った。残ったおつりはそのままクロードさんに返していた。
——どうしたものかなあ……。
この世界で私ができることなんてあるのだろうか?魔法の石がないと、この世界の人達とまともに会話することもできないし、文字も読むことができない。元の世界のファンタジー小説とかだと、元の世界の知識を生かして活躍!みたいなのがあったけど……そんな都合のいいことがあるわけないよね……。やっぱり、所詮あれは都合の良い空想物語……。
今日の洗濯物が干し終わって、風にはためくシーツをぼんやりと眺めていると、お~……いい天気~……とリゼッタさんの、のんびりとした声が後ろから聞こえてきた。
「おはようございます。リゼッタさん」
「おはよ~……。スミさん……」
リゼッタさんはいつも眠そうだ。どんな生活をしているのか、ほとんど部屋から出てこないので想像もつかない。
「い~……い天気だね……、こういう日はのんびり日向ぼっこしたいよね~……」
のびをしながら、リゼッタさんが空を見上げる。
「そうですね……」
「な~……にか考えごと……?スミさんのお顔は曇り空って感じ~……?」
「えっ?!そう見えます?」
「う~……ん?見える~……かも~……?メリアさんのこと~……?そろそろ、ハイハイしだすもんねぇ~……」
「そうなんですか?!それはそれで、怪我しないか心配ではありますけど……」
「ありゃ?別~……?」
「そうですね……、まあ、その大したことじゃないんですけど……、単純にここで働く以外にお金稼ぐ方法ないかなと思いまして……」
リゼッタさんが私のとなりにちょこんと座り込む。
黒髪だと思っていた髪は側でみると光に透けて銀髪に見える。近くで見るとリゼッタさんの瞳は翡翠色というのだろう。綺麗な緑色をしていた。肌はずっと室内で作業しているせいだろうか?青白く見える。
「ん~……何かお金に困っている感じ~……?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。ただ、やっぱり心もとないというか……ここでの生活も今はほとんど午前中で仕事も終わってしまって、別に何かしたいな~と思って」
「うん、うん。スミさんは働き者だね~……」
「別にそういうわけでもないんですけど……他にすることも見つけられていないんですよね」
ははと茶化していうと、リゼッタさんが何やら考えこんでいる。
彼女にしては珍しい。考える眼差しはいつもより鋭く感じる。
「それなら〜……私のお仕事〜……手伝ってくれたら嬉しいかも〜……」
「リゼッタさんのですか?私、この世界のことあんまりよくわかってなくて……私でも出来そうなことでしょうか?」
「そんなに難しいことでもないし〜……私がちゃんと責任持って教えるから〜……大丈夫だと思う〜……興味ある〜……?」
「あります!」
リゼッタさんは確か、薬を作る仕事をしているとメリアさんから聞いた。ということは、それに関連したことだろうか。
「それなら〜……ちょ〜……っと、私の部屋にきて欲しいな〜……今からでも〜……大丈夫?」
「大丈夫です」
「なら、いこう〜……。ちょうど、良い仕事があるんだよね〜……」
リゼッタさんのあとについて、彼女の部屋に向かう。薬といっても一体どんなだろう?魔法があるような世界の薬だしやっぱり、何か回復アイテムとかそういうのかな?
リゼッタさんが部屋のドアを開けると部屋の中は実験室のようになっていた。
部屋のほとんどは器材や器具が沢山並んでおり部屋の壁や天井には薬で使うのであろう、様々な植物やら生き物の骨?やら見たことのないような物が吊るされていたり、袋からはみ出ていたり、沢山あった。
ベッドとか、生活に必要そうなものは部屋の隅に追いやられている。
「実はね〜……これなんだけどぉ〜……」
リゼッタさんが大きな麻袋を持ってきた。中身は落花生ぐらいの大きさの殻付きの木の実?が入っている。20キロぐらいありそうな大きな袋だ。
「このままでは使えなくて〜……殻を剥く必要があって〜……その作業をお願いしたいかも〜……」
リゼッタさんが目の前で木のみの殻を剥いて中身を取り出して見せてくれる。
「一袋、銅貨3枚でどう〜……?」
「えっ!そんなに貰っていいんですか?私が食堂で働いていたときと変わらないですよ」
「そうなの〜……?といっても、袋はこれだけじゃなくて〜……」
そういって、リゼッタさんが壁際にいくつも同じ大きな袋が並んでいるのを指差した。
な……なるほど、なかなか骨が折れそうな仕事だ。とはいえ、座ってできそうな仕事だし、一袋銅貨3枚ならありがたい。
「殻は火を起こすように使うから〜……別の袋に入れてね〜……1日一袋終わらせて貰えると助かるかも〜……あ、でも〜……今はまだ材料に余裕があるから〜……ゆっくりでも大丈夫〜……」
「わかりました。リゼッタさん、材料とかも、もしかして1人で全部用意してたんですか?」
「ん〜……?いつもじゃないけど、そうね〜……最近は注文が増えちゃって〜……お手伝い頼むほど、余裕もなくてね〜……材料集めだけは人にお願いしてるんだけど〜……」
そんなに人気なのか……。一体どんなお薬なんだろう?
「あの、ちなみにリゼッタさんの作っているお薬ってどんなお薬なんですか?」
「気になる〜…?それなら、一口試してみる〜…?」
「私にも効く薬なんですか?」
「うん〜…。誰でも飲めるよ〜…。ちょっと眠らないといけないけど〜…」
「眠る……?睡眠薬みたいなものですか……?」
なんか、雲行きが怪しくなってきたぞ……。
「うふふ、近い〜……かも。夢薬っていうの〜……。飲んだ人に優し〜……い夢を見せてくれる薬だよ〜……。最近は天馬と一緒に空を飛ぶ夢が人気〜……」
リゼッタさんが美しい薄紫色の液体が入った小瓶を持ってきた。
「どうぞ〜……一口〜……お仕事を手伝ってもらうお近づきのしるしに〜……」
ど、どうしよう……。ちょっと怖いかも……。
「あの、ちゃんと目覚めるんですよね……?」
「大丈夫〜……その辺は〜……ちゃんと計算して作ってる〜……から……」
でも、少し興味……もある。
リゼッタさんから小瓶を受け取って、一口薬を口に入れてみる。見た目に反して味も香りもしない液体は飲み込む前にすっと口の中で消えた。
眠らないと、とのことだったので、急激に眠くなるのかと思いきや、今のところ特に変化はない。念のためもらった薬の蓋を閉める。
——特に何も起こらないな。
「リゼッタさん、この薬って……」
そう言った瞬間に目の前がキラキラと光に包まれて、見たことのない風景に包まれた。
綿菓子のようにふわふわな雲が一面に広がっていて、空は淡い桃色と群青色が混ざり合って紫色のグラデーションのようになっていた。先程まで、リゼッタさんの部屋にいたはずなのに!これって幻覚?思わず、頬をつねってみるが普通に痛い。
——どういうことなの?!
まるで、子供の頃に絵本で見た可愛い御伽話の世界そのものに入り込んだようだった。
雲の平原を歩いていると、空から白い天馬の群れが降りてきて一頭、私の目の前にやってくると片膝をついてお辞儀をしてくれた。思わず私もお辞儀を返すと背中を向けて、さあどうぞというように背中に乗ることを促してくる。
私が跨ると天馬はパステルカラーの空へと駆け上がっていった。白い天馬達と広い空を悠々と飛ぶ世界は美しかった……。
——というところで、目が覚めた。
「……あれ?」
私はリゼッタさんのベッドの上で眠っていた。
「おはよ〜…う…。良い夢は見られた〜……?」
リゼッタさんは出来上がった薬を小瓶に詰めているところだった。
「私、いつのまに?眠って……?」
「そういう薬だからね〜…」
うふふふふ……とリゼッタさんが笑った。
「すみません。ベッドまで運んでいただいて……」
「大丈夫大丈夫〜……私は手を引いてあげただけだから〜……ほとんど〜……自分の足で歩いてたよ〜……」
自分で歩いていた?!夢遊病みたいな感じだったのだろうか……。
「楽しかった〜……?」
「えっ?!……そうですね……子供の頃に読んだ絵本の中の世界に入り込んだみたいで、その……はい……」
「うふふふ〜……よかった〜……飲んでみたい夢があったら言ってね〜……」
「他にはどんな夢があるんですか?」
「う〜ん……妖精になって花の中を飛び回るとか〜……あとは〜……大きな生き物になって建物を丸呑みするとか……?」
「色々あるんですね……」
「うん〜……楽しい体験はいっぱいしたいからね〜……」
夢を見るための薬か……ちょっと怖くもあるけど、ちょっと素敵だな……。どんな材料を使って作っているのか、まだまだ聞いてみたい気持ちあったけれど、頼まれた仕事に取り掛かることにした。




