第7章 カミラの宿り木の管理人
引っ越して最初の朝がきた。
身支度を整えたら、まずは朝食の準備をしなくてはいけない。
カミラの宿り木の朝ごはんは至ってシンプルだ。パンケーキが2枚に、少しのフルーツとお茶の準備をしておくことだけ。あとは起きてきたみんなが洗面所とお風呂で使うタオルをまとめて洗濯して干しておくだけになる。
ここでも、カチカチのパンを食べるのかと思いきやパンケーキを用意することになり、ちゃんとした食事があるんだということにほっとした。
ただ、パンケーキといってもここで作るパンケーキというのは元の世界で小麦粉から作っていたパンケーキとは少し違う。どちらかというと私の世界でいうとジャガイモ餅という食べ物に近い。ジャガイモのようなお芋を茹でてから皮をむいて、片栗粉のようなこなを入れつつ粘り気が出たら丸めて、薄い鉄板に油を引いて丸めた芋餅をできるだけ薄く延ばして焼いたものになる。焼き上がるといい感じのパンケーキのようになる。
塩気がないので、何かしら調味料をつけて食べるのが一般的みたいだけど、そのままでも結構美味しい。
私の住んでいる場所ではカチカチのパンのほうが主な主食で上等な食べ物のようだけど、私はこっちのほうが好きだ。
果物は庭で朝、収穫してくる。綺麗な庭園に思っていたけど、あの庭園で育っている植物は基本的に観賞用ではなくて、食べたりすることが主な目的の場所のようでちょっと意外だった。
メリアさんからぶら下がっている果実はどれも食べられるから、そのとき好きなのを取っていいと言われたけど、どれが美味しいんだろう……。目の前には林檎のような見た目の黄色の果実やレモンの形の緑の果実は未熟に見えるけど、食べられるのかな……?
「おはようございまーす!スミさん!私、今日はお日様の実がいいです!」
ミルカさんが自室の窓から顔を出していた。
「おはようございます。ミルカさん。ごめんなさい、お日様の実ってどれですか?私、全然知らなくて……」
「黄色の果実です!左側のやつです!」
林檎みたいな見た目の黄色の果実か!お日様の実っていうんだ。可愛い名前だな……。
ミルカさん、リゼッタさんと自分の分を入れて3個果実をとって台所に戻るとミルカさんが身支度をして待っていてくれた。
「お待たせしてごめんなさい。もしかして、朝起きてからずっと朝食を待っていてくれました?」
「ぜ~んぜん待ってないです!私、いつもはもっとギリギリなんですけど、スミさんがくるからいつもより早起きしちゃいました!パンケーキもらっていってもいいですか?私、師匠のおうちで朝ごはん取ることにしているんです」
「そうなんですね。大丈夫ですけど、焼き立てだから熱いかもしれないです」
大丈夫です!といって、ささっとミルカさんがパンケーキを綺麗なナプキンに包んでいった。
「お日様の実、これでいいですか?」
「美味しそう!ありがとうございます!」
パンケーキとお日様の実を鞄に入れて背負うと、それじゃ行ってきまーす!と元気に挨拶してミルカさんはパタパタと家を出て行った。
ミルカさん明るくて可愛い人だな。
そういえば、メリアさんは朝ごはんを用意しなくていいって言ってたけど、本当にいいのかな?パンケーキを余分に焼くくらいなら、それほど大変ではないし一言確認の声をかけるくらいはしてもいいかもしれない。
昨日、ご馳走してもらったケーキのことを思い出した。色々、世話を焼いてもらっているのだから、こちらも何かできることを返したい。そう思ってメリアさんの部屋に行く。
メリアさんの部屋は館の1階で玄関から一番離れた奥にある。
もう起きているかな?少し早いかな?……メリアさんの部屋の前まできて迷っていると、ドアが少しだけ開いてクロードが出てきた。ドアノブを自分で回して出てきたのかな?……器用だな……。
クロードと目があったような気がして、思わずおはようございます……。と挨拶をする。クロードは話せないので無反応だったが、ドアを身体で押してもう少し開くと、器用に前足をおいで、おいでと手招きするように動かした。
——何だろう?
おいでって呼んでる?
「入って大丈夫ですか?」
声をかけたが、クロードはそのまま、そそくさと中に戻って行ってしまった。
入っていいのかな?怒られない?
「おはようございます。メリアさん……入ってもいいですか?」
部屋の中に声をかけるが返事はない。中の様子を伺ってみるが、メリアさんの姿は見えない。
本棚に、テーブルの上には庭からつんできたであろう花が美しい装飾の施された花瓶に飾られていた。庭が見える大きな窓には白いレースのカーテンがかかっていて、上品な雰囲気の部屋だった。ベッドには天蓋もついている。
メリアさんは朝からどこかに出かけてしまったのだろうか?
クロードはベットの側にいた。
「クロード……さん?」
さん付けで呼ぶのは変だろうか?とはいえ、クロードはメリアさんの恐らく使い魔みたいな存在だし、呼び捨ても失礼な気が……。
クロードさんが今度はベッドの前でおいで、おいでと手招きをしている。本当に入って大丈夫なのかな?とはいえ、クロードさんは変わらずにおいで、おいでと呼んでいる。
「し、失礼します……」
もし、メリアさんか誰かに怒られたら謝ろう……。ベッドに近付いていくと、ふと赤ちゃんの声が聞こえたような気がした……。
「んぁ」
——気のせいじゃない。
ベッドから赤ちゃんの声がする。
足早に近づいてみると、そこにはおそらく生まれてまもないであろう小さな赤ん坊がいた。
「えっ?クロードさん、こちらは一体どなたで?」
メリアさんのお子さん?お孫さん?
そんなことメリアさん一言も言ってなかったけど?!
クロードさんがぴょんっとベッドに飛び乗り赤ちゃんの側に寄り添う。クロードさんにとって大切な存在のようだ。側に寄り添う姿を見て、初めて会ったときのメリアさんとクロードさんの姿を思い出した。この赤ちゃんってもしかして……。
「メリアさん?」
ふと、赤ん坊がくるまっている服がメリアさんが着ていた服と同じことに気が付いた。とはいえ、赤ちゃんをこのまま放置していていいのだろうか?何をしてあげれば……。
おろおろしていると、2階で誰かが部屋から出てくる音がする。
リゼッタさんが起きてきたんだ。この状況はもうこの館に長く住んでいる彼女に聞くしかない。
「リゼッタさん!」
慌ててリゼッタさんを呼びに行くと、のんび~り……とした雰囲気であくびをしていたリゼッタさんが迎えてくれた。
「おはよ~う……スミさ~ん……。朝から元気ね~……」
「あの、メリアさんかもしれない赤ちゃんがメリアさんの部屋にいて、その、どうしたらと思いまして!」
自分で話していてもよくわからないが、本当のことなのだからしょうがない。
「ありゃ。メリアさん、赤ちゃんになってた?最近、急激に老け込んできてて、そろそろ生まれ直しの頃かな~……と思っていたんだけど、昨日だったか~……そうか、そうか~……」
生まれ直し?どういうこと?
「スミさんに説明する前に起きちゃったのね~……あのね、メリアさんって一年で赤ちゃんからおばあちゃんになって、また赤ちゃんに生まれ直してっていうのを繰り返してるのよね~……不思議な体質だよねえ……」
ふふふ……とリゼッタさんが笑っているが、よくわからない……。
「生まれて死ぬを一年で繰り返してるってことですか?」
「あれは死んでいるっていうのかなあ?わからないけど~……そんな感じ……」
メリアさんのことを不死の魔女って呼んでいたのは、そういうことか!
「メリアさん、赤ちゃんのときは~……本当に何もできないから~……その間は館のお仕事してくれる人が誰もいなくて~……不便だったんだけど~……、これからはスミさんがいてくれるから~……助かる……」
「えっ……でも、メリアさんのお世話は誰が……?まさか、クロードさんが?」
「ふふふ、まさか~……クロードは側で見守ることしかできないよお~……寝かせておけば大丈夫だから。2~3か月もすれば自分で歩いて食事するぐらいには成長するから~……心配しないで~……」
「ええっ?!本当ですか!……だって、ミルクとかそういうのは?」
「なんか、そういうお世話いらない感じなのよね~……メリアさんって~……」
そんな、生き物じゃないってこと……?どういうこと?
「昨日、一緒にケーキとクッキー食べましたよ?お茶も飲んでたし……食事は必要なんじゃ?」
「そうよね~……私も初めはそう思ってたんだけど~……毎日、食事をすることが必要な私達からすると不思議なんだけど~……メリアさんにとって食事って行為もあくまでも娯楽~……?みたいな感じで生きるために必要なことじゃないみたいなのよねえ~……食べなくても生きられる……?みたいな。だから、心配しなくていいわ~……。ずっとここに住んでる私が言うんだから~……大丈夫~……」
うふふふ……と笑いながら、じゃあ私はまた少し眠るね~……といってリゼッタさんは自室に戻ってしまった。
人間の姿をしているから、人間というわけではないってことか……。なんだか、怖いような……でも、自分にとって害のない存在なら別に構わないような……。
メリアさんの部屋にもう一度戻ると変わらずにクロードさんが小さな赤ちゃんになってしまったメリアさんの側に寄り添っていた。
「んむっ」
小さく身じろぐ赤ちゃんは可愛かった。




