第6章 噂の真相
メリアさんと一緒に市場にやってきた。
クロードさんも一緒についてくるのかと思ったら、彼はお留守番を頼まれていた。
市場は思っていたより賑やかで、野菜や果物のような果実を売っていたり、見たことのない魚やお肉が並んでいた。中には恐らく、鉱石のようなものを山のように積んで売っている人もいる。
市場でちゃんとした買い物は初めてだった。食堂で働いていたのは3週間とちょっとだったし、お給料は日当でお金も微々たるものだったし、手元にあるお金で買い物ができるかもわからなかったから、市場に行ったことがなかった。
「今日は用意してもらう朝食の買い物をしましょう」
「わかりました」
「必要な分のお金は私が用意するわ。上手に値切っておつりが出たら、お小遣いにしていいからね」
「えっ!それは悪いですよ……」
お金のやり取りは流石に気が引ける。
「あら、謙虚ねえ……。ふふ……」
メリアさんが楽しそうに笑う。
でも、そういう交渉術も必要だったりするのかな……この世界だったら……。そもそも私、この世界のお金の使い方をよくわかっていない。これは、流石にちゃんと伝えておかないと……。ああ、でもそんなこと言ったら減滅されない?とはいえ、わからないことはわからないし……。この世界のことをよくわかってない人を雇ったなんてメリアさんはがっかりしないかな……。
「メリアさん。あの、」
「あら、スミさんどうしたの?」
メリアさんは目的の物を買うために商品を見ていた。
「大変申し上げにくいことなのですが、私、その、この世界のお金の使い方をよく知らなくて、教えていただけないでしょうか……?」
「あらあら、そうなの?なら、1つずつ教えるわね」
おずおずと切り出したが、メリアさんは言ったことに対して、驚いていないようだった。
「すみません」
「どうしてそんなに謝るの?気にすることないわ。この世界だとお金が流通していない国もあるくらいだから、お金の使い方を知らない人だっているのよ」
「そうなんですか?」
それは、ちょっと意外だ。この世界は思ったより文明が進んでいないのだろうか?
「そうよお。ミルカちゃんもこの国に来る前はお金が流通していない国だったから、びっくりしてたもの」
「へえ……」
「あら、ちょうどいいところに」
メリアさんが杖をつく手を止めて、とうもろこしのような小さな粒など穀物が売っている商人の前で立ち止まった。
「それじゃあ教えるわね。お金は金貨、銀貨、銅貨の3種類で必要な分は店主がお店の看板で示してるから、それを見てお金を渡せばいいわ。ただし、お金だけで取り引きしてくれるお店とお金以外も渡さないと売ってくれないお店があるからそこは注意ね」
「お金以外も必要なんですか?」
「まだまだ、お金が流通していない国もあるって言ったでしょ?その関係でお金だけだと、必要な品物が手に入らないときがあって、物々交換を必要とすることがあるから、お金とその商品に見合うだけの物品を合わせて渡さないと売ってくれないお店もあるのよね……」
「それはちょっと大変ですね……でも、そんなに都合良く持ってる物品と交換してくれる商品なんてあるんですか?」
「1番安価で交換に応じてくれる商品は毒消しかしら。お水飲むときに入れてるやつ。あれは必需品だから、たいていの物は交換に応じてくれるわ」
「なるほど……」
野菜らしき品物を売っているお店に着くとメリアさんは必要な野菜を指さして店主にいくつ買うか伝えている。このお店はお金で取り引きに応じてくれるお店なので銀貨を5枚渡して大きなジャガイモのような野菜の袋を一つ渡してくれた。
重そうなので私が持つとメリアさんに伝えると、あら大丈夫よ。とメリアさんが言い、手に持っていた鞄から大きな風呂敷に似た布を取り出して商品を包んで結び、また解くと商品が無くなっていた。
「えっ……?それって魔法ですか……?」
「初めて見る?よくできてるでしょ?」
「はい……。すごいですね……。荷物はお家に?」
「そう。なかなか便利でしょ?スミさんにも使ってもらうからね」
「はい!」
私でも使えるのかな?失敗したら別の場所にいってしまうとかないのかな?
そんなことを考えていると、メリアさんは杖をつきながらでも足取り軽くどんどんお店を回っていった。そのたびに、お店を選ぶコツを教えてもらった。野菜や果実なら、獣のような姿の人がおすすめ。理由は鼻がよく効くから勧めてくれる商品はほぼハズレがない。穀物は目つきの悪い細くて長い魔術師のような人がおすすめ。小さな単位まで細やかに商品を量り売りしてくれるから。鉱石は多角的に見える目の多い商人。香辛料は鳥の顔のような商人など、色々教えてもらった。
買い物がひと段落終わると、セレナさん達の喫茶店、ミエル・エ・フラムに行くことになった。
この前のポピンさんの噂話を思い出して、まさかね……とは思ったけれど、ちょっと気になる。
扉を開けて鐘が鳴るとルミナさんが笑顔で迎えてくれた。
「あら、メリアさんにスミさん、いらっしゃい」
「こんにちは。ルミナ」
「こんにちは。ルミナさん。この間は美味しいケーキをありがとうごさいました」
「いいのよ。こちらこそ、味見してくれてありがとう。早速、お店のメニューに入れちゃった」
ルミナさんがメニューを見せてくれた。メニューの隣には可愛い手描きのイラストが描いてある。
「あら、そうなの?それなら、私はその美味しいケーキをお願いしようかしら」
「了解〜!スミさんは?」
今日は自分でお金を払わなきゃ。でも、私の手持ちで払えるメニューなんてあるのかな……。
「あの……この前いただいたお茶だけで……」
「お菓子はいいの?」
ルミナさんの愛想の良い笑顔が刺さる……。
「私の手持ちで食べられるお菓子ってありますか……?」
恥ずかしい……。でも、仕方ないじゃん。本当にお金持ってないんだから!日当で1日銅貨3枚だったんだから!これで、どのくらい食べれるか検討もつかない。
「そうねえ……うちで1番安いお菓子だとこのクッキーかしら。銅貨5枚で3枚のクッキーが食べれるわ。お茶は銅貨3枚ね」
足りる!
「じゃあ、それで……」
「ルミナ、同じケーキを、もう1つもらえる?スミさん一緒に食べましょうよ」
「えっ!でも……」
「いいのよ。あなたと一緒に食べたいと思ったの。食べてくれる?」
メリアさんが提案してくれる。気を使わせてしまった!こういうときは、どう言ったほうがいいんだろう。
メリアさんは優しく微笑んでいて、断るのは申し訳ない気がした。
「すみません……ありがとうございます」
「謝ることなんてないわ。ふふっ楽しみ」
「注文は決まりね。準備するわ」
ルミナさんがカウンターの奥で手際良く、お茶の準備を始める。なんだか、色んな人に気を遣われてばっかりだ。お仕事頑張らなきゃ。
そういえば、今日はセレナさんがいないなと思い、お店の中を見回すと形の変わった大きな観葉植物に目がいった。ポピンさんの話を聞いたからか、今日は観葉植物が人の形に見える気がする……。まさかね、そんなはずないよね……。
「その木、気になる?」
後ろから声がしたので驚いて振り向くと、どこからか、突然セレナさんが現れた。
「こっ!……こんにちは……」
「こんにちは。スミにメリア。今日は何か用事?」
「こんにちは。セレナ。今日はスミさんと市場でお買い物してきたのよ」
「カミラの宿り木のお仕事第一歩ってところかしら」
「そうです!」
本当にどこから現れたんだろう?私が気がついていなかっただけだろうか。セレナさんがジョウロのようなもので観葉植物に水を与えてあげると木はぶるり……と震えた!
や……やっぱり、この木って人間だったのかな?!思わず凝視してしまったら、セレナさんと目が合った。
「気になるみたいね」
「震えたので……。その、動くんですか?その木……」
突然、人間なんですか?とは流石に聞けない……。
「そうなのよ。この木、元人間だから」
「えっ!」
それ、言うの?本気?冗談?どっち?
セレナさんの表情からは判断がつかない。
「それ……本当ですか?」
「本当よ。こいつ、私達姉妹に二股かけてた最低な男なの」
パシッと木の幹をセレナさんが軽く叩く。すると、木がまたふるるっと震えた。
ポピンさんから聞いた話とちょっと違う……かな?いやでも、気に入った男を木に変えるって言ってたし……、気に入った男が二股するような男だったということ?
「ちょっと姉さん。お客さんの前でそんな話やめてちょうだい」
ルミナさんがセレナさんを咎めた。益々、2人への噂話に確証がついてしまいそうで怖い。
「別に隠すような話でもないでしょ?お互い好きになった男が同じで、その男と一緒になりたくてドラゴンから人間の姿になったのに、姉妹で二股かけられてたなんて。とんだ笑い話よ」
「姉さん!」
ルミナさんがセレナさんを鋭く呼んで咎める。
「はいはい。わかったわよ。これ以上は言わないから。もう昔の話なんだから、別にいいでしょ?」
「全く、そういうこと誰にでもペラペラ話すから、私達怖がられちゃうんじゃない」
はた、とルミナさんと目が合う。なんだか気まずい……。
「きっ!気にしないでね……。その、もう昔の話だから。100年以上も前の話だし……」
ルミナさんがさっとお茶とケーキとクッキーを私達の前に用意してくれた。否定しないってことは、あの噂は本当ってことなんだろうか?
「そうそう。昔々。ってその反応を見るに、スミ、あなた誰かに何か吹き込まれてそうね?」
「えっ?!」
「私達のお店に行ったこととか、治安局の連中に話して、あの店の魔女は男を喰ってるとか何とか言われたんじゃない?」
「そんなことないです!……ただ、その……」
「その?」
セレナさんの目が怖い……!
思わず視線が泳ぐと一同が私の次の言葉を待っていた。なんて言いづらいの?!
「この喫茶店は気に入った男を観葉植物に変えて飾ってるって言われてました……」
くっあはは、とセレナさんが笑い出した。ルミナさんは姉さん!と怒りながらかなり落胆している。
メリアさんは特に気にせずお茶を飲んで、静かにケーキを食べ始めた。
「やだ!何それ!まあ、昔の男を木に変えたのは間違ってないけどね。やだあ、今の私達ってそんなこと言われてるのね。あ〜…おかしい!」
「笑い事じゃないわよ!姉さん!もう、今はそんなことしてないのに……」
セレナさんが楽しそうに笑い転げて、ルミナさんが怒っているところを見ていると、2人はやっぱりそこまで恐ろしい人では無いと思える。
「人を木に変えてしまうのは本当なんですか?」
思わず私が尋ねると、笑い転げていたセレナさんが立ち止まった。
「まさか!余程のことが無ければそんなことしないわよ!気に入らない奴だって、そんな目に合わせたりしないわ。今日、なんか様子が変だったのはそのせい?」
「信じていたわけじゃないんですけど!……ちょっと気になってはいました……」
魔法で別の生き物に変えられるなんて、やっぱり少し怖い。もし、相手の機嫌を損ねたことが原因で自分の姿を変えられたらと思うと、ちょっとぞっとする……。彼女達はそういう力を持った存在ということだ。
「大丈夫よ。ルミナもセレナは理由もなく、そういうことをする子達じゃないわ」
美味しそうにお茶を飲みながらメリアさんが優しく微笑む。
「そ、そうそう!本当に私達そういうこと、お店に来てくれたお客さんにしないから!」
ルミナさんがメリアさんのフォローに便乗するように言う。
「だから、怖がらずにお店に来て欲しいわ」
ルミナさんがこちらの様子を伺うように見ていた。その姿があまりに強い魔法を使う魔女には見えなくて、ちょっとでも怖いと思ったのが申し訳なく感じてしまった。
「そんな、全然!人から聞いた話をなんとなく覚えていて気になっただけですから。こちらこそ、また来ます!」
そういうとルミナさんがパッと嬉しそうに笑った。
セレナさんも満更ではなさそうだ。ふたりのことをこれ以上詮索するのはやめよう。知ったところで、私の彼女たちに対する感謝の気持ちは変わらないと思うから。




