第5章 転居
次の日。私はポピンさんに事情を説明して仕事を変えて転居させて欲しい。とお願いをするために仕事のあとポピンさんの職場に向かった。
私たちの世界でいうとお役所みたいなところだ。
仕事を変えたいこと、転居することを伝えたところまではよかったのだが、誰から薦めてもらったのかを話したときにポピンさんの顔色が悪くなった。
「今、なんておっしゃいました……?」
「え?えっと、ミエル・エ・フラムの方に教えていただいて……」
「サクラさん。龍の魔女達とお知り合いなんですか……?」
いつも、にこにこ笑顔のポピンさんが今は笑顔がなくなり、すっかり青ざめている。
「知り合いってほどではないのですが、仕事が辛くなってしまったときに助けていただきました。……何かあるんですか?」
「い、いえ。ただ、その……龍の魔女たちは色々、怖い噂があるものですから」
ポピンさんの目が泳いでしどろもどろになっているのがわかる。
「うわさ?」
ポピンさんがヒソヒソと声を小さくする。
「その、私が聞いた話では魔女は気に入った男を観葉植物にしてお店に飾ってるって話があるんです!」
「ええ?!」
そんな植物あったっけ……?そう言われて思い出してみると、確かに大きな観葉植物があったのを思い出した。
そんな……まさか……。
「あのお店、ほとんどお客が寄りつかないことで有名でして、入るお客といえば魔女たちと同等の能力を持つ魔法使いとか怪しい奴等ばかりだと、もっぱらの噂でして……」
「ええ?!」
そんな……ケーキも美味しくて、2人とも優しくて、絶対また行こうと思ってたのに……。
「ちなみにお引越しされる場所はどこです?」
「カミラの宿り木です。セレナさんに紹介していただいて……」
「不死の魔女の家ですか?!」
ポピンさんがまた、ヒェッという反応をした。
「不死の魔女?……大家のメリアさんはそんな名前もついてるんですか……?」
「メリアは千年以上も生きていると言われている魔女なんです……家に入った人間は二度と出てこれないとか……」
「ええ?!セレナさんに案内していただいて、お邪魔しましたけど、ちゃんと帰ってこれましたよ……?」
なんだか、私が出会った人達と周りの人の印象は違うみたい。みんな良い人だったんだけどな……。
「ま、まあ……あくまでも噂ですから、僕はその噂を聞いて近づかないようにしていたんです……真偽は不明ですが、もし本当なら僕にはそんな恐ろしい魔女達をどうにかするなんて無理な話ですからね」
ポピンさんがはは……と笑う。まあ、あくまでも噂ということなのだろう。とりあえず、数日の間に仕事で必要な物を返して、ほとんどない荷物をまとめて、カミラの宿り木に引っ越すことにした。仕事をそんなに簡単に辞められるのだろうかと思ったけれど、元の世界と違ってこちらの世界は挨拶をしてあっさりと終わった。
メリアさんにもらった石を持ったまま、セレナさんに案内してもらった通りの道順でカミラの宿り木に向かった。
小高い丘の上は今日も良い天気で風が吹いている。
カミラの宿り木の玄関の前に立ち、ノックをすると中から、はーいと優しいメリアさんの声が聞こえてきた。
「こんにちは。佐倉です」
ドアがガチャリとひらきクロードがのそのそと出てきたあとにメリアさんがやってきた。
「いらっしゃい。あら、荷物はそれだけ?」
「はい。ほとんど何も持ってないんです」
私の荷物は手提げ袋に元の世界で着ていた服が入っているだけだった。他の物は元々ポピンさんたちの支援で借りていた物だったので全て返してきた。
「これから増えると良いわね。部屋に案内するわ」
メリアさんか杖をつきながら、私の部屋に案内してくれる。
3階のバルコニーの左隣が私の部屋だ。お掃除をして換気してくれていたのか、ドアは開きっぱなしになっている。中に入ると目の前の窓が開いており、モスグリーンのカーテンが静かに揺れていた。ベッドも綺麗な白いシーツがかけられていて清潔感があり、壁際には鏡台と可愛い細工が施してある箪笥が置いてあった。
「こんな良い部屋使っていいんですか?」
思わず言葉が溢れた。
「あら、気に入ってくれた?」
メリアさんがふふふっと笑う。
「はい、とっても」
足元のクロードが辺りを確認するように、部屋の中をうろうろ歩いていた。
「それはよかった。家具は好きに使ってくれて構わないわ。カーテンやシーツも好きな色に変えたかったら変えて大丈夫よ」
「わかりました。でも、素敵なので、たぶん変えないと思います……」
「まあまあ、気分転換したくなるときもあるかもしれないわ。それじゃあ、荷物をおいたら早速なんだけど少しこれからのお仕事の話をできるかしら?疲れているようなら明日でも構わないけれど……」
「いえ、大丈夫です。今日お願いします!」
「そう?それじゃあ、これから市場に行って買い物をしてこようと思ってるんだけど、そこで普段の買い物について説明するわ」
「わかりました。すぐ支度しますね」
私が荷物を置いてガサゴソしていると興味深そうにクロードが見ていたが、メリアさんに声をかけられるとそそくさといなくなってしまった。
窓からそっと外を眺めてみる。メリアさんの手入れしている庭がちょうど真下に見えた。名前はわからないけれど、赤やピンクや黄色の色とりどりの可愛い花が咲き誇っていた。メリアさんや他の人達のことはまだ知らないことばかりだけど、この世界について知っていることなんて、ほぼ無いに等しいのだから、今は疑うよりもなんでも信じてみるしかない。そう思った。




