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第4章 カミラの宿り木

 喫茶店を飛び出して辺りを見回すと、セレナさんは待っていてくれた。

 「すみません」

 「いいのよ」

 私がここまで来た方向とは逆方向にセレナさんは歩き始めた。

 セレナさんの後ろに慌ててついていく。

 「カミラの宿り木はここから、そう遠くないのよ。住んでる人達もたまにお店へ遊びに来てくれるしね」

 「はぁ……」

 そう言って進む方向を見ると道の奥には林が見える。

 カミラの宿り木はどうもこの林を抜けた先の森の中にあるらしい。

 林に入ると木漏れ日が差し込んで穏やかな空間だった。道はずっと一本道で、道の端には小さな花が咲いている。

 風が吹くと樹々の葉が擦れてさらさらと音がした。何の鳥かわからないけど、動物の声も聞こえる。

 外から見るとずいぶんと大きな林に見えたが、通り抜けてしまうとあっという間だった。林を抜けた先の丘の上に鬱蒼と茂った森があった。その中に、きっとあれがそうだろう白い壁に煉瓦造りの大きな家があった。

「あれがカミラのヤドリギですか?」

 「そう。あれよ。」

 セレナさんと二人で坂道を登っていく。目の前まできて改めて家を見ると、大きくて緑に埋もれて立派な家だった。セレナさんが玄関の戸を叩く。

 「メリア?いるかしら?」

 家の中から返事はしない。

 「おかしいわねぇ……どっか散歩にでも行ってるのかしら?」

 どんどんっとセレナさんが叩くと、右側から声が聞こえてきた。恐らく庭でもあるのだろうか?声の聞こえてきたほうを見ると薔薇のような植物のアーチが見える。

 「こっちよぉ。今、お庭にいるの」

 おだやかな老婦人のような声が聞こえてきた。

 「そっち?入って大丈夫?」

 セレナさんがそちらに声をかける。

 「ええ、大丈夫。ごめんなさいね。今、すぐに立てないのよ」

 セレナさんは何かに気が付いたのか、さっとそちらに歩いて行く。私がおろおろしていると、大丈夫よと言って手招きしてくれた。

 セレナさんの後ろについて花のアーチを潜り抜けていくと、開けた庭と椅子に座った上品な老婦人と足元には……大きな蜘蛛?のような生き物がいた。

 「こんにちは。メリア、急に来てごめんなさいね。クロードも元気そうね」

 セレナさんがそっと手を出して挨拶する。メリアと呼ばれた老婦人はその手をとって穏やかにふふと笑った。

 「こんにちは。セレナ。気にしなくていいのよ。ちょうど誰かとお話したい気分だったの。今日はお友達を紹介しに来てくれたのかしら?」

 メリアさんが私のほうを見る。すると、足元の大きな蜘蛛も、のそのそと動き出し、私のほうを向いた。

 「あの、初めまして」

 「こんにちは。可愛いお嬢さんね」

 優しい笑顔が素敵な人だった。この人も魔女なのだろうか?クリーム色のワンピースがよく似合っていた。杖を持っており、かなり高齢に見えた。

 「メリア、前カミラの宿り木に自分が働けないときの住み込みの管理人が欲しいって話していたじゃない?あれ、誰か決まったのかしら?」

 「あら、よく覚えていたわね。実はまだなのよ。思ったような人が見つからなくてね」

 「そう!なら、彼女はどうかと思って。こちら、え~っと、名前は?」

 「ミスミです!佐倉、美澄(サクラ ミスミ)といいます!」

 まだ、名前すら知らなかったのに、私に友人を紹介するなんて、セレナさんもすごいな……。

 「今日、初めて会ったばかりなんだけど、真面目で良さそうな子なのよ。こっちの世界に攫われてきて仕事に馴染めず困ってるみたいなの。カミラの宿り木は女性も多いし、どうかと思って」

 「あらあら……それは災難だったわね……」

 メリアさんが右の頬に手を当て私を見つめた。彼女の瞳は何だか私の見えないものが見えている気がする。

 「この世界より遥か先の文明世界から連れて来られたらしいの。この世界では珍しい混ざりけの無い子だから、住民とトラブルを起こすこともないと思うわ」

 セレナさんが私を何となく信用していてくれることはわかるが、混ざりけとはなんだろう?

 私が不思議そうな顔をしているのにセレナさんが気が付いたのか説明してくれる。

 「ああ、混ざりけって悪い意味じゃないのよ。この世界って、色んな種族が混ざり合って生きてるから、種族によっては、見た目は違っても別の種族の血が混じってるだけで嫌ったりするのね。あなたは、どう見ても人間だけだから、人間を苦手としてる種族以外はたぶん大丈夫よ」

 この世界にも色々あるんだな…

「そうねえ……セレナが推薦してくれるなら問題無さそうだけど……」

 メリアさんは少し考えたあと、ちらりとクロードを見た。

「サクラさんはクロードを抱っこできる?」

 そういうとメリアさんはよいしょっと声をかけてクロードを抱っこしてみせた。

 クロードは静かにメリアさんの膝の上にのっている。

「平気です」

「それなら、抱っこしてみせてくれるかしら?この子以外と見た目の割に軽いのよ」

 そう言ってメリアさんがクロードを両手で持ち上げたのでそれを下から私が持った。

 中型犬ぐらいの大きさの割にクロードは軽かった。蜘蛛のような見た目だけど触り心地は猫みたいで虫というより哺乳類動物に近い。……何か可愛い気がしてきたな……。

「あら、本当に全然大丈夫そうね。クロードの見た目が苦手な子もいるのよ。クロードとも仲良くできそうだし、お願いしようかしら。とはいえ、サクラさんのほうがお仕事やここのことよくわからないものね。時間はあるかしら?家の中も見てみない?」

「はい!」

 メリアさんは杖をついて立ち上がる。クロードが降ろして欲しそうに腕の中でモゾモゾとしたので、しゃがんで下に降ろしてあげると、そそくさとメリアさんの足元に行ってしまった。

「今は部屋を使ってる人が少ないのよね。だから、お仕事もそんなに多くないの」

 メリアさんが杖をつきながら仕事について話をしてくれる。メリアさんについて行くと、勝手口のような扉の前につき、扉をあけると目の前には台所と、食卓のような場所があった。

「まずは、朝、必ず今住んでる住人の人数分、朝ごはんを用意してあげて欲しいわ。メニューはいつも決まってて、パンケーキ2枚とお茶と何か果物を添えてあげてちょうだい。あなたの分も入ってるから、遠慮せずに自分の分も作って食べてね。昼食と夕食は各自で取るからそこは気にしなくていいわ」

 台所を抜けると、今度は吹き抜けの広いホールに出た。

 階段を登っていくと上の階は部屋が両脇に1つずつ並んでいた。

「洗濯物は基本的に自分で洗って干すことになっているけど、みんなが共有する洗面所とかのタオルは取り替えてあげてちょうだい」

「わかりました」

 洗濯業務まであるのか……手洗いだから、ちょっと大変だな…

「干すのはここね」

 メリアさんの後ろに続いて3階まで階段を登ってすぐ目の前のドアを開ける。

 バルコニーのような場所があり、風が吹き抜けていた。

 下にはさっきいた庭園が広がっている。

 両脇には柱が立っていて、洗濯物を干す紐がかけてあった。干されていたタオルをメリアさんが乾いているのか確認する。

「もう大丈夫そう。取り込んだタオルは畳んで洗面所に置いてね」

 メリアさんはタオルをさっと畳むと手に持った。

「それから、館の廊下は必ず毎日、一度掃き掃除をして欲しいの。みんな土足で歩くでしょう?人が歩くと土とか埃が溜まりやすいみたいで」

「わかりました」

 私が返事をして頷くと、メリアさんも満足したように頷いた。

「とりあえずはそんなところかしら。ここでの生活に慣れてきたら、もう少しお仕事をお願いすることもあるかもしれないけど、館でのお仕事が終わったらあとは好きにしてくれてていいから」

 仕事内容的にはそこまでの量ではないかも?住ませてもらえるのなら有難い。

「お願いできるかしら?」

「はい!ご期待に添えるように頑張ります。至らないところは遠慮せずに仰ってください」

 私が頭を下げるとふふっとメリアさんが笑った。笑い方まで上品な人だ。

「そうそう、あなたのお部屋はどこにしようかしら。希望はある?今なら空いてるお部屋も多いから、好きなところを選べると思うわ」

 どうしよう?できれば最上階の角部屋がいいけど、それは流石にワガママだろうか?そう考えていると下から元気な声が聞こえてきた。

「ただいま戻りました――!」

 メリアさんがパッと下の階を覗き込む。

「あら、ちょうどいいところに。ミルカちゃん、ちょっといいかしら?」

 上から下の階の声のするほうを見ると淡いピンク色の髪を2つに結んだ女の子がいた。キャラメル色のケープを羽織っていて首元には赤いリボンをしていて可愛らしい。

「あっ、メリアさん!ただいま!新しい住人さんですか?」

 ミルカちゃんと呼ばれた女の子がパタパタと階段を昇ってくると、クロードがそそくさとどこかに行ってしまった。

 ミルカさんが苦手なのだろうか?

「そうなのよ。私が働けないときも含めて、ここの管理をしてくれる人を雇おうと思って」

「そうなんですね!はじめまして、私はミルカ・ノエルって言います。2年前からここでお世話になってます!これから、よろしくお願いします」

 ぺこっと頭を下げる姿も愛らしい。

「初めまして……佐倉美澄(サクラ ミスミ)って言います。至らないところもあると思いますが、よろしくお願いします」

 ミルカさんが私の名前を聞いて、不思議そうな顔をする。

「変わったお名前ですね……なんてお呼びしたらいいですか?サクラさん?ミスミさん?」

「あら、私も気になっていたの。何てお呼びしていいかしら」

 メリアさんもこちらを見る、確かに2人に比べると日本語の私の名前は不思議かも。2人とも日本名っぽくないもんな。

「あっ、なんでも大丈夫です。サクラでも、ミスミでも……友人にはスミと呼ばれてました」

「それなら、スミさんがいいかしら?」

「素敵ですね!それがいいと思います」

 メリアさんとミルカさんが顔を見合わせて微笑んだ。すると今度は下のほうからガチャリとドアの開く音がして、部屋から誰かが出てきたようだ。

「賑やかね〜…何かあったのかしら〜…?」

 長い黒髪に眼鏡をかけて若草色のローブを着た女性が下の階から顔を覗かせる。

「あら、リゼッタもちょうどいいところに」

 メリアさんが彼女を呼ぶ。

「新しく管理人さんを雇うことにしたのよ。スミさんっていうの。スミさん、あちらはリゼッタ。ここの1番古い住人なの」

 頭を掻きながら思い足取りで階段を登ってくる。いかにも寝起きという感じだ。

「初めまして。佐倉美澄です。よろしくお願いします」

「はじめまして〜…リゼッタ、え〜っと、クロニカです……部屋に引き篭もってることが多いですけど、よろしくおねがいします〜…」

 近くで見ると目の下に薄らと隈が見える。寝不足なのかも……。

「リゼッタは薬の研究をしてて、薬を売って生活してる子なのよ。だから、いつ寝てるのか起きてるのかわからないのよね」

 メリアさんが困ったように笑う。

「あ、それなら、部屋の前を通らないほうがいいとかありますか?」

「あ〜……いいの、いいの。そういうのは気にしないで〜…。私、物音とか気にならないから〜…」

 笑顔がいかにも疲れているという顔だったが、優しそうな人であった。メリアさんにミルカさんにリゼッタさん。みんな優しそうな雰囲気でほっとした。

 ここなら、なんとかやっていけるかもしれない。

「話は終わった?そろそろ日も暮れてきたし、街に戻ったほうがいいんじゃないかしら」

 下の階からセレナさんの声が聞こえた。私のことを待っていてくれたようだ。

「ええ。セレナ、良い人を紹介してくれてありがとう。みんなもありがとうね。部屋に戻ってくれていいわ」

 リゼッタさんとミルカさんが自室に戻っていく。ミルカさんは下の階に住んでいるようだ。

「あの、メリアさん。私の部屋、バルコニーのすぐ近くでもいいですか?」

「あら、そこが気に入ったの?他にも部屋が空いてるわよ?」

「天気が変わったときに、すぐ気がついて行ける場所がいいかなと思って」

 住んでいる人に会って、この家で働くことに少し前向きな気持ちになれた。だから、仕事のしやすそうな場所を選びたいと思った。

「わかったわ。そうしたら、あなたが来るまでに部屋を使えるようにしておくわね」

「あ、それなら自分で……」

 杖をついて歩くメリアさんの姿に思わず、自分でやるから大丈夫と言おうと思ったのだが……。

「ふふ、老いて見えるかもしれないけど意外とちゃんと仕事はできるのよ。だから、任せて」

 にっこりとメリアさんは笑った。

「さあ、行きましょう。セレナが待ちくたびれてしまうわ」

 メリアさんに続いて階段を降りる。いつのまにかクロードが出てきてセレナさんに構われていた。

「引っ越してくる日取りを決めたら教えてちょうだい。それと、これを持っていて」

 メリアさんが美しい赤色の石の嵌め込まれたペンダントを渡してくれた。

「これは、この家に来るための目印。魔法の力で迷わされずにここに来れるわ」

「ありがとうございます」

 無くさないようにすぐに首からかけた。

「セレナもありがとう。ルミナによろしく伝えてね。またお店に遊びに行くわ」

「こちらこそありがとう。メリア。またね」

 メリアさんに別れを告げて、丘を下りていく。

 空は日が落ちかけて藍色になっていた。前を歩くセレナさんに声をかける。

「ありがとうございました。セレナさん。なんだか、この世界でも頑張れそうな気がしてきました」

「それはよかったわ。こちらも、みんなと仲良くできそうで安心した」

 セレナさんが嬉しそうに微笑んだ。

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