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第20章 石の姉弟たちの結末

 「と、まあこれが私達の生まれた話なんだ」

 レグルスさんが締めくくる。

 「創造主さんって今も帰ってきていないんですか?」

 私が尋ねるとティアキスさんが首を振った。

 「ああ、今も戻って来ていない。一体どこで何をしているのやら……」

 エリシアさんのほうを見ると俯いていた。今も帰って来ない創造主さんを思って落胆しているのだろう。

 「ティアキスさんは樹になっていたのにどうして、今はまた人の姿に?」

 ふと気になったので尋ねてみた。

 「エリュオスの奴が島にやって来て暴れ始めたんだ。樹になって静かに眠っていたのに、あの男ときたら私のことを根こそぎ引っこ抜いて喰おうとしてきたんだ」

 ティアキスさんはふんっと鼻を鳴らした。

 「それは……大変でしたね……でも、どうして、その……姉弟を食べようとしたんでしょうか?何か力が、必要なことがあるとか?」

 ティアキスさんは少し考え込んで、エリシアさんを見つめたあと言った。

 「いや、違うな……恐らくだが、エリュオスは創造主になりたかったんだと思う。エリシアに、愛されるために」

 「えっ?」

 ティアキスさんが眉間に指を置いてぐいぐいと押しながら続けた。

 「あくまでも想像の範囲にすぎないんだが、恐らくエリュオスは創造主の執着とか、本人の言いたくなかった部分の多くを受け継いでしまったんだ。その中の感情にエリシア……というより、創造主が愛していた存在に対する感情が入ってしまった。それが、今あいつがエリシアに対して抱いている感情の原因だと思う」

 「それって……つまりは、その、エリュオスさんはエリシアさんを愛しているわけでは……」

 「ああ、たぶん違う。けれど、それを全て否定することもできないといったところか」

 ティアキスさんがまたエリシアさんを見つめる。

 「どんなに自分のほうを向いて欲しくても、エリシアは無理なんだ。創造主が自分以外を愛せないように作ってしまっているからな。だから、どんなに愛して尽くしたところで、エリシアが創造主以外を求めることなんてないんだ」

 ティアキスさんが悲しそうに目を伏せた。

 「それでも、エリュオスは自分が創造主と同じ存在になればエリシアに愛されるのではないかと思って、姉弟達に与えられた創造主の一部をかき集めようとしていたんだと思う。……本人に聞かなければ本当のところはわからないが」

 ティアキスさんがエリュオスさんの残骸を見つめる。

 「なあ、エリシア。エリュオスに聞いてみるか?」

 エリシアさんがぱっと顔を上げる。

 「いいの?エリュオスを元に戻してくれるの?」

 「ああ。……いつか向き合わないといけないことだった。創造主はいまだに帰って来ないしな。……エリシア。帰ってこないとわかっていても、あいつを今も愛しているのか?」

 エリシアさんが固まった。さっきまで明るい表情だったのに。

「……愛しているわ。……今も変わらず」

 ——なんて苦しい、表情をするのか。

 彼女もたぶん、創造主がもう二度とここには帰ってこないであろうことには気づいている気がする。

 それでも、健気にここに居続けるのは彼女自身もまた作られたときに課せられた、創造主への愛に縛られているのだ。

 全員がその場で黙り込んでしまった。姉弟達はそれぞれが生まれたときに願われたものに縛られて生きていた。可哀想なほどに。

「エリシア」

 ティアキスさんが何かを決心したようだ。

「お前、姉弟達のことをどう思っているんだ」

 エリシアさんが一瞬答えに詰まった気がした。

「みんな愛しているわ。だって、あの人が作ったものだから」

 そうか……と言ってティアキスさんは俯いた。

 ——姉弟だから。とは言わなかった。

 エリシアさんの愛情はずっと、本当にたった一人にしか向いていないのだ。

 ティアキスさんは他の姉弟達より早く生まれて彼女の側にいた。そのときから、どんな気持ちでエリシアさんの側にいたのだろう。もしも、大切な姉弟を思って側に居続けたとして、姉がずっと自分のことを大切に思っているわけじゃないと知っていたとしたら、それはどれほど悲しかっただろうか。

「……本当は、私はエリュオスのことを元に戻したくはないんだ。どうせまた大暴れするだろうし。エリシア。もし、エリュオスが暴れずに済む方法があるとしたら、お前はそれに協力できるか?」

「できるわ。みんな仲良く生きていて欲しいもの……」

 ティアキスさんが顔を上げる。何か……覚悟が決まったようだ。

 エリュオスさんの残骸にティアキスさんが向かう。残骸の中からエリュオスさんの頭を掴むと、「おい」と声をかけた。エリュオスさんの髪を掴んで頭を持って話しかける姿は、かなり……ホラーだ。

「おい。エリュオス。死んだふりをするな。この程度で死なないことはわかっている」

 すると、首だけになったエリュオスさんが目を開けてめんどくさそうにティアキスを見る。

「うるせえな……なんだよ……」

「全く勝手に大暴れしおって。それより……お前、エリシアと一緒に一本の樹にならないか」

「はぁ?何言ってんだよ」

 怪訝そうな顔でエリュオスさんがティアキスさんを見ているが、私もどういうことなのか見当もつかない。

「だから、樹だ。樹。お前、どうせこの先もエリシアに執着して生きていくんだろう?」

 エリュオスさんの目がカッと開く。それと同時に雷がティアキスさんの側に鋭い光を放って落ちた。

「うるせえ!仕方ねえだろうが!あいつが俺のことをそうやって作ったんだから!」

 空がまたゴロゴロと唸り出す。風が吹いて荒れていく空はエリュオスさんの心情を表しているのだろうか。吹き荒れる風の中に雨が混じり始めた。

「本当に毎日毎日毎日、最悪な気分なんだよ!エリシアが……あいつ以外何とも思ってねえことなんか、何百年も前からわかってんだよ!!それでも、エリシアの側を離れられねえし、どこかであいつに選ばれることを信じてる俺自身にもううんざりなんだよ……」

 創造主はずっと一人の女性に愛されたかった。その思いは確実にエリュオスさんに引き継がれていた。

「……わかっているさエリュオス。だから、お前とエリシアを一つの樹に変えてやる」

「だから、それで何で樹になるんだよ。意味わかんねえ……」

 「お前は樹になって生きたことがないからそう言うんだ。私は樹になって他の樹達と一緒に生きていたからわかるんだ。樹っていうのはな、支えあって生きていてな、土の下で根を張り、お互いに水や栄養を分け合いながら生きているんだ」

 「何が言いてえんだよ」

 「今のエリシアにはどれだけ側にいようと、どんな言葉を使っても今のままでは絶対に届かないんだ。だから一つの樹になって支えあってエリシアと生きてみろ。お前の苦しさも愛も全部あいつに分けてやれ……例え、お前の望むようなことにはならないとしてもな」

 「そんな……都合良くいくかよ……」

 エリュオスさんの態度が変わったのを感じた。さっきまでのきつい口調が和らいでいる。

 「エリシア。お前はどう思う?」

 ティアキスさんがエリシアさんを呼ぶ。

「姉弟が争って傷つく姿を見るのは嫌だろう?だから、エリュオスの側にいてやってくれ。こいつが暴れ出さないように。……創造主ならお前がどんな姿になっていても、きっとわかる。お前はあいつに作られたんだから」

「……わかったわ」

 エリシアさんが頷いた。ティアキスさんがエリュオスの首をエリシアさんに渡す。

「何言ってんだよ。エリシア」

 エリシアさんがエリュオスの顔を自分と同じ目線に持ち上げる。

 「ねえ、エリュオス。あなたは私には絶対わからないって言っていたけど……私、ちっとも完璧じゃないの。みんながまだ生まれていなかった頃、あの人と二人で暮らしていたとき、いつも……あの人に愛されることばかり願っていてあの人が望むことはなんだろう……ってそればかり考えていて不安だった。今もそう」

 「なんだよそれ。ずっとあいつに愛されてたじゃねえか」

 エリシアさんが困った顔をして笑った。

 「……本当に愛していたら、何も言わずにいなくなったりするかしら?」

 エリシアさんが呟いた。

 その言葉に思わず、はっとした。彼女自身も生まれたときから、もしかするとずっと……創造主が自分を愛しているわけじゃないことに気が付いていた?だとしたら、彼女はどれだけずっと孤独なのか。どれほど、愛情を求めて信じ続けているのか。

 エリュオスさんを見た。彼も恐らく気が付いた。何か続けようと口を開いたが言葉が出てこないようだった。

 「樹になってみるの悪くないと思うの。お互いにあるものを分け合うって素敵じゃない?たぶん、私の中にあるものを言葉にしても伝わらないと思うから。私の中の不完全さ……エリュオスに知って欲しい」

 エリシアさんは優しく笑った。その笑顔は憂いを帯びていて、彼女が抱えているであろう寂しさが滲んで見えた。目の前にいるエリュオスはたぶん、ここにいる誰よりもそれを感じていると思う。

 「……わかった」

 エリュオスの声は、優しかった。

 そのとき、金色の光が二人を包んだ。

 ティアキスさんが二人を光に変えて結びつけていった。

 光は何層にも何層にも纏われて、包み込まれていくうちに二人が樹の幹へと姿を変えていった。

 包み込む金色の光が淡く消えていくと、そこには青く葉の生い茂った一本の太い樹があった。樹は二人の人間が寄り添っているように見えた。

「当分の間はエリュオスもこれで暴れ出さないだろう。……もう暴れる気もないかもしれないが」

 ティアキスさんが樹を見つめる。

「アリオンはどうなったんだ」

 突然、レグルスさんがぬっと出てきて思わず驚いてしまった。

 やれやれとティアキスさんが額に手を置く。

「心配するな。すぐ元に戻せる」

 ティアキスさんが懐からアリオンさんの欠片と思しき物を取り出し、瓦礫の積まれている山の側に行って手を置いて何やら呪文を唱えると、瓦礫だったものが人の形に変わっていった。

「あ〜〜っ!疲れた!ティアキス!おはよう!」

「うるさい男だな……おはよう……」

 へへっと作られた男が笑う。今までいた姉弟とは雰囲気がまるで違う。

「聞いて!エリュオスが突然やってきてお前の一部をくれなんて言うから、やだよって言ったら壊してくるんだもん。びっくりしちゃったよ〜、エリュオスはいる?」

ティアキスさんはエリシアさんとエリュオスさんの樹を指差した。

「えっ?!二人はどうしたの?!なんかやらかした感じ?!」

 あわあわとアリオンさんが樹の周りをおろおろしながら、ぐるぐると歩きまわった。

「エリュオスがエリシア、エリシアと騒いでうるさいから、エリシアと一緒に樹にしたんだ」

「えーーっ?!ティアキスも大胆なことするなあ!」

 私とレグルスさんがティアキスさんとアリオンさんのやり取りを見つめていると、はっとアリオンさんがこちらを見た。

「レグルス!久しぶりだねえ!……そちらのお嬢さんはどなたかな?」

「は、初めまして。佐倉美澄といいます……。あの、レグルスさんの知人で……」

「共に住んでいる相手だ」

「えーーー!!」

 アリオンさんが感嘆の声をあげる。

「ちょっと聞いた!ティアキス!あのレグルスが、誰かと一緒に住んでるなんて信じられない!」

 アリオンさんが、ひゃー!と言いながら楽しそうにはしゃいでいる。

「うるさいぞ。アリオン」

「だって、あの、突っ立ってただけのレグルスがだよ?!成長するもんだね!」

 はしゃいでいるアリオンさんをほっといてティアキスさんが胸に手を当て欠片を取り出した。

「レグルス。君にこれをあげよう」

 ティアキスさんがレグルスさんに欠片を一つ差し出す。

「なぜ?」

「今の君に必要な物だと思ったからだよ」

「ティアキスには必要ないのか?」

「ああ。必要ないと思う……なくても、私の中にちゃんと残っている」

 レグルスさんは受け取るか躊躇っていたが、ティアキスさんが強引にレグルスさんに手渡した。

 欠片を受け取ったレグルスさんは少し迷っていたが、欠片を自分の胸にしまった。

「もう大丈夫だ。彼女と一緒に家に帰りなさい。サクラさんと言ったか。私達の問題に巻き込んで申し訳なかった」

「いっいえ……」

「帰ろう。スミ」

 レグルスさんが側にやってくる。また大きなドラゴンに変身するのかと思いきや、今度は白い天馬に変身した。

 私が乗れるように前膝をつく。

「えっ……私、落ちないですか?裸馬って乗って大丈夫でしたっけ?!」

「問題ない。君を落とさないように飛ぶ」

「ええ?!」

 すごい心配なんですけど……?

 恐る恐る背中に乗り、怖いので首にしがみついた。

「さよなら。ティアキス」

 レグルスさんがティアキスさんに挨拶をした。

「ああ。さらばだ。レグルス」

「まったねー!レグルス!サクラちゃんも!」

 アリオンさんがひらひらと手を振る。

「さ……さよなら、ティアキスさんにアリオンさん」

 ティアキスさんが手を振ってくれる。

 レグルスさんは羽根を広げて空にかけて行く。下をそっと見るとエリシアさんとエリュオスさんの樹の葉が静かに風に揺られているのが見えた。

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