第18章 石の姉弟
エリュオスに連れられてきた島は静かな無人島だった。
大きな岩と、ところどころに草木が生え、岸壁は高い波がぶつかり、水がはじけていた。
「ティアキスのやつどこに行きやがった……。エリシアもいねえし……」
エリュオスが私からパッと手を離したので前のめりになって地面に倒れ込むと、足元から生き物のような植物の蔦がざわざわと地面から生え、私の周りを取り囲み幾重にも重なると檻のような状態になった。
「そこでおとなしくしていてくれよ。じゃないと檻ごと燃やしちまう」
にやりと笑った顔が怖い。この人の目的は一体なんだろう。
「エリュオス。これは何のつもりだ」
突然、近くで誰かに声をかけられる。声のほうを見ると濃い茶色の長い髪をなびかせた小柄な女性とその隣にはウェーブしたこちらも長い金髪の女性が立っていた。二人とも浅緑色のワンピースに煤色のローブを羽織っている。
「探したぜ。どこにいたんだよ」
濃い茶色の髪の女性が檻に近付こうとするとエリュオスは檻の前に立ちはだかった。
「おい、近づくな」
「彼女は誰だ?悪さするために連れてきたんじゃないだろうな」
濃い茶色の髪の女性は咎めるような声で言った。
「悪さになんか使わないさ。5番目に用事があるから、あいつと仲良くしている奴をちょっと借りただけだ」
なぁと私のほうを見て声をかける。私が反応に困っていると、となりにいた金髪の女性がそろそろと檻に近付いてきた。
おい……とエリュオスは金髪の彼女に声をかけたが、彼女は構わず私の側へとやってきた。
「あなた、本当に何もひどいことはされていませんか?」
金髪の彼女の顔を正面からはっきりと見た。
深い青い瞳に肌は白く透き通って、頬がチークを塗ったようにほんのりピンク色でとても美しい人だった。
見惚れるような美しさに思わず驚いていると、彼女は私が怯えて声を出せないと思ったのか、エリュオスのほうに向きなおって彼を静かに見つめる。
「エリュオス。彼女を出してください。可哀そうですよ」
先程まで、ちゃらちゃらと不躾な態度をとっていたエリュオスが少し怯んだ。
「……できない」
濃い茶色の女性がエリュオスの胸倉に掴みかかる。
「何を考えているんだ。この前、アリオンを喰って次はレグルスを喰うのか?そんなことをしたって無駄だと何度言ったらわかるんだ」
掴み掛かられたエリュオスは無表情だった。
「……やってみないとわかんねーだろうが」
「あっ……」
思わず息を呑んだ。エリュオスの右手がティアキスの胸を貫いた。一瞬の出来事だった。
「ティアキス!」
エリシアが声をあげる。貫かれた胸からエリュオスの腕を抜こうとティアキスが踠いた。エリュオスが一気に手を引き抜くと彼の手には何かが握られていた。
あれは……ヴェルミラさんの宝物庫で見た宝石と同じ物だった。
「お前……っ」
ティアキスは胸を貫かれたのに生きていた。
貫かれた胸は穴が空いていたが血は流れていなかった。穴の縁からは青白い光がゆらゆらと揺れるのが見えるだけだ。
エリュオスは取った宝石を口に入れて飲み込んだ。一見すると何も変化は見えなかったが、手を前に出してギュッと握って見せると握られた手からバチバチっと閃光が走った。さっき見たときとは明らかに飛び散っている火花の大きさが変わっているのがわかる。たぶん、能力が上がっているのだ。
「お前、まさか……兄弟だけじゃなくて他にも喰った生き物がいるな…」
ティアキスがエリュオスに飛びかかった。鋭い閃光と雷の轟くような音が響く。強い光に目が眩み思わず目を閉じてまた開くと、目の前にいたはずの二人はおらず、雷鳴の轟く音と閃光の弾ける音が空からした。空を見上げると二つの強い光が上空でぶつかりあっていた。
片方が黄色い光を帯び、もう片方は青く強い光を放っていた。まるで星同士がぶつかり合っているみたいだ。
あっけにとられて上空を見つめていると、視界を遮っていた蔦がスルスルと下がっていく。
驚いて辺りを見回すと、エリシアが魔法を解いてくれたようだ。
「エリュオスが気を取られている今のうちに逃げて」
頷いて、その場から逃げようと駆け出したが、考えてみればここは断崖絶壁の島だ。エリュオスに勝手に連れてこられて帰る方法がない。
彼女が不思議そうに私を見つめた。
「どうしたの?逃げないの?飛ぶとか、何か方法は?」
「あの……そういう手段を持っていなくて……」
「えっ……」
エリシアにとっては誤算だったらしい。
「どうしましょう……私、檻から出してあげられれば逃げられるものと思って……その……」
エリシアの綺麗な顔がみるみる曇るので、慌ててフォローする。
「でも、出してもらえて助かりました!」
どうしよう。助けを呼ぶ?どうやって?一体誰に?
私とエリシアがモタモタしていると、私達のことに気がついたのであろう、黄色い光がこちらに向かってくるのが見えた。
「エリシア、お前!」
咄嗟にエリシアが私を背に隠す。
「エリュオスお願い。もうこれ以上はやめて。誰も傷ついて欲しくないの。ましてや、兄弟で殺し合うなんて……」
エリュオスは彼女の目の前に降り立った。
「殺し合ってなんかいない。ちょっと兄弟たちに力を貸して欲しいだけだ」
エリシアの背中越しに見るエリュオスの顔は苦しそうだった。ティアキスと争って怪我をしたから苦しんでいるのかと思ったけれど、それにしてはどちらかと言えば沈痛な表情だった。悲しいとかそちらの感情を強く感じる。
後ろからティアキスもやってきた。私達が争っているわけではないことに気がつくと少し離れた場所に降り立った。
「……ごめんなさい。エリュオス。あなたがどうしてそんなに兄弟達の能力を欲しがるのか、私にはわからないの。私達、それぞれ違う者として作られたじゃない。多少の優劣はあっても傷つけて欲しがるほどの能力なんて……」
「一番初めに生まれたお前には一生わからねえよ」
エリシアが傷ついたのがわかった。そんな、きつい言い方しなくてもいいのに。
「おい、やめろ。お前の苛立ちをエリシアにぶつけるな」
ティアキスも同じことを思ったのか、止めるように言葉を投げかけた。
「俺達を見捨ててどこかに消えた創造主にいつまでお前は執着してるんだよ?」
「それは……」
見捨てた?どういうこと?エリシアの言葉を待つように辺りはしんと静まり返っていた。
「執着なんかじゃないわ……私はあの人を愛しているの……」
エリュオスの顔が強張ったのを感じた。
「帰ってきてくれなかったとしても、私はここにいなくちゃ」
エリュオスの後ろで二人の会話を聞いているティアキスの表情も沈痛な表情だった。
私はこの会話を聞いていていいんだろうか。
そのとき、大きな鳥の影が空を横切っていくのを感じて空を見上げた。あれは……。
「レグルスさん」
鳥は静かにその場に舞い降りて姿を変えた。
「エリュオス。彼女を返してもらおう。みんなが困っている」
静かに彼はエリュオスに語りかけた。
「や――っと来たかよ。5番目」
先程までの沈痛な表情は何だったのか。ニタニタと笑って人の心を逆撫でするような態度にがらりと変わった。
「待ちくたびれたぜ。おかげでティアキスと遊んじまったよ」
「やめろ。エリュオス。」
ティアキスが二人の間に入る。
「これ以上の争いは不要だ」
エリュオスがティアキスを押し除ける。
「邪魔すんなよ。今、最悪な気分なんだ。気が済むまでやり合わねえとおかしくなりそうなんだよ」
そう言うとエリュオスはレグルスさんに掴みかかった。レグルスさんが大きな音を立てて吹き飛ばされる。
「レグルスさん!」
咄嗟に身体が動くがそれをエリシアに止められた。
「駄目よ!あなたの身体じゃ粉々になっちゃう!」
またドンッという音と強い風が吹いてくる。エリュオスとレグルスさんの二人が争い始めているのだ。お互いのぶつかったところが爆発している。
「あいつ……!」
ティアキスが苦々しく口を噛み締める。
彼らの身体は恐らく石のような物質で出来ている。ぶつかり合ったところが衝撃で崩れているなら、2人がぶつかり合って争えば、ただで済まないことは目に見えていた。
二人がぶつかり合い、炸裂するたびにパラパラと身体の一部が崩れ、ひびが入る。
攻勢はレグルスさんが圧倒的に押されていた。
ドンッ、ドンッ、ドンッと大きな爆発音がしたあとに何か大きな物が上から落ちてきた。
「二人とも危ない!」
ティアキスが上から私達に覆い被さるようにして落下してきた大きな物から守ってくれる。
落下してきたものは私達のすぐ側に落ちた。そっと覗いて落下してきた物を見た時、背筋が凍るのを感じた。
落ちてきた物はレグルスさんの片腕だった。
「レグルスさん……嘘……」
彼らがいた場所を見ると爆発したときの煙がもうもうと立ち込めて時々、強い光と大きな爆発音が響くだけだった。二人の姿は見えない。
大きな赤い光が空を覆ったとき、粉々に砕けた何かが空から落ちてくるのが見えた。
間違いない、あれは……。
「レグルスさん!」
いてもたってもいられず、二人の止める手を振り切って私は走り出していた。
地面に落下してきた身体は上半身と首は繋がっていたが生きているのか、死んでいるのかはわからない。
「レグルスさん!レグルスさん!」
胴体だけになってしまったレグルスさんを抱き抱えると右目が僅かにひらいた。
顔にもヒビが入り、今にも砕けてしまいそうだ。
「あぶ、ない。はな、れ、ろ……」
口の端にヒビが入り、うまく言葉を発せられないようだ。無惨な姿に心がぐしゃぐしゃになる。
「できません……」
どうしてこんなことに。どうして……。あまりにも痛々しい姿に涙が溢れてきた。彼を抱えて泣いていると、エリュオスが側にやってきた。
「どけよ。粉々にされたくなけりゃレグルスから離れろ」
「……できません」
「どけ……」
エリュオスが右手を握りしめて魔法を使おうとしているのが見えた。それでも、ぼろぼろのレグルスさんを置いて逃げようとは思わなかった。
もう、どうにでもなれ!レグルスさんをギュッと抱きしめたときエリュオスの右手が吹き飛んだ。
「くそっ……」
「そこまでにしろ、エリュオス。エリシアの手前、必要以上に傷つけることはしなかった。だが、もう限界だ。引かないなら、今お前をこの場で叩き潰す」
「やってみろよ」
挑発するようにエリュオスが言った瞬間、ティアキスの右手から閃光が放たれ正確に彼の左足の膝から下を吹き飛ばした。エリュオスが狼狽え反撃しようと動いたが間髪入れずに残った四肢を落としていく。最後に放った閃光が首を落としたので思わず顔を背けてしまった。
「頭を冷やせ、エリュオス」
舞い上がる砂煙の先に砕け散った彼の残骸の山が見える。エリュオスは死んでしまったのだろうか?
恐々見つめていると、ティアキスが声をかけてきた。
「大丈夫だ。我らはこの程度で壊れたりしない。エリシア、散らばったレグルスの身体を集めてきてくれ」
「……わかったわ」
「私も……」
「あなたはレグルスを抱いてやっていてくれ」
ティアキスの右手がぼうっと青い光を灯し、その手でレグルスのひび割れた部分をすっと撫でると、みるみるうちにひびが消えていった。私が驚いて見つめていると、ティアキスと目が合った。
「我らは所詮、石でできた人形のようなものだ。すぐ元通りにできる」
エリシアがレグルスの散らばった身体のパーツを集めてきた。そのパーツをパズルでも組み立てるようにティアキスが繋げていく。身体の全てが繋ぎ終わるとレグルスさんは何事もなかったかのように立ち上がった。
「あの、大丈夫ですか?」
ついさっきまで、粉々の欠片だったのに、脅威の回復力だ。
「問題ない。それより、エリュオスは……?」
ティアキスがエリュオスの残骸を指さした。
「悪さをするからな。私が二度と立ち上がれないようにした」
やれやれという風に頭をティアキスがガシガシと掻いていると、おずおずとエリシアがティアキスの側にやってきた。
「ティアキス……エリュオスも確かに悪かったけど、元に戻してあげられないかしら……?アリオンも一緒に、粉々になってしまったのでしょう?」
「エリシア。エリュオスの暴虐ぶりを見ただろう?他人まで巻き込んで……アリオンは元に戻してやってもいいが、エリュオスはこのまま大地に返すよ」
「そんな……」
エリシアの表情が曇った。どんなに理不尽に暴れても彼女にとっては大事な存在ということだろうか。彼らは兄弟だ。それなら無理もない。エリシアが今にも泣きだしそうな表情で落ち込んでいるのを見て、そもそも、どうしてこんなことになったのか気になった。兄弟で争うなんて余程の理由があるのだろう。
レグルスさんのほうを見ると目が合った。聞いていいものか、口篭っていると隣にやってきて、私のおでこと彼のおでこをくっつけた。こんな時に一体何を……と思ったけれど、そうだ、この行動は……。
「彼女に私達兄弟の話をしても良いだろうか。……私が彼女に私の事を知っておいて欲しいんだ」
私がおろおろ戸惑っていることを確認してくれたのか。
「まあ……知られたところで特に問題はないと私は思っているが……エリシアはどうだ?」
「私も構わないわ」
ティアキスもエリシアもこちらを見つめて頷いた。
「さて、どこから話そうか……まずは私達が生まれたところから始めるか……」
そう言ってレグルスさんが話を始めた。




