第14章 私の家
「スミさんがいなくなっちゃったんです!」
喫茶店がお店をあけると同時に泣きそうな顔でミルカが飛び込んできた。
「ええ?スミさんが?」
ルミナが驚いて声をあげる。
「そうなんです!昨日からずっと帰ってきてなくて……」
「一体いつから?この前、スミさんお店に来たけど……」
「それっていつですか?」
「えぇっと……1週間前ぐらい?」
「1週間……」
ミルカの顔がみるみる曇っていった。
「他の人には聞いてみたの?」
ミルカの声を聞いて、お店の奥からセレナが占い道具を抱えて出てきた。
「それが、宿り木のみんなは全然会ってなかったみたいで、リゼッタさんは引きこもっていなくなってるの気づかなかったっていうし、大家さんは今乳児期で喋れないし……」
「あらら……」
ミルカの目に大粒の涙が溜まっていくのがわかる。
「私は師匠のところに泊まりがけで修行に行って、帰ってきたらスミさんの姿が見えなくて、お買い物に行ってるのかなって思ったんですけど、スミさん全然帰ってこなくて……」
涙がポロリとミルカの頬を伝う。ルミナがミルカの背を優しく撫でて落ち着かせる。
「まあ、落ち着いて。ちょうどお店を開けたばかりでお客さんもいないし、姉さんスミさんの場所を占える?」
「占いよりも、あの子たぶんあげたお守りの黒い石をずっとつけてるはずだから、それの居場所を追いかけたほうが早いわ」
そういうと、セレナは大きな水晶玉をふっと宙に浮かせると魔力を込める。
クリスタルはくるくると回転したあとに一筋の光を指した。
「見つけた。けど、これは……どういうことなのかしら?」
「姉さん、どうしたの?」
「スミ、すごい速さでカミラの宿り木に向かっているみたいだけど……」
「ええ?!」
「どういうことかしら?」
ルミナが水晶玉を覗き込む。
「何か……大きな生き物がカミラの宿り木に向かっているわね……何かしら?私達と同じ、ドラゴン?」
「スミさんにドラゴンの知り合いなんていたかしら?それとも、誰かに送り届けてもらっているとか?」
ミルカがぱっと顔をあげる。
「宿り木に向かっているなら、帰ってきてるってことですよね?私、宿り木に戻ってみます!」
そういうと、ミルカは走ってお店を出て行った。
「あっ!ちょっと!ミルカちゃん!……姉さん、カミラの宿り木のみんな大丈夫かしら……一緒にカミラの宿り木に行かない?」
セレナは水晶玉を覗き込んでそっとテーブルの上に置いた。
「そうね……。カミラの宿り木に行きましょう。スミに何かあったのかもしれないし、問題があったときに今のメリアじゃ対処できないもの」
ルミナは頷くと、さっとエプロンを脱いでカウンターにのせた。
セレナとルミナが急いでミルカに追いつくと、ミルカが固まっているのが見えた。
その上空にはドラゴンが羽ばたいていたのである。
「ミルカ!」
セレナが慌てて追いつき、ミルカの前に出る。
「ミルカちゃん!こっちに!」
ルミナがさっと固まったままのミルカの肩を抱く。セレナがじっとドラゴンを見据える。ドラゴンは何も言わずに上空で羽ばたいていたが、ゆっくりと地上に降りてきた。
「姉さん……」
ルミナが心配そうに声をかける。
「大丈夫……敵意はなさそうね……」
地上に降り立ち、ドラゴンは上を向いたと思うと大きく口を開け下に向かって何かを吐き出した。
どさっと落ちるとそれは……。
「スミさん!」
はじけたようにミルカが美澄の側にやってきて、倒れていた美澄を抱き起こす。
「一体どういうこと?スミちゃんドラゴンに食べられちゃってたの?」
ルミナもやってくる。
「食べられてた割に綺麗ね?洋服も汚れてないし……」
しげしげとセレナが見つめる。
「スミさん!スミさん!」
少し身じろいだあとに美澄の目がゆるゆると開く。
「あれ……わたし……助かりました……?」
美澄がぼんやりとした口調で確認する。
「スミさん!よかった――!」
——ミルカさんに抱きしめられて何がなんだかわからないまま、ぼんやりしていると、ふと頭上にドラゴンが見つめていることに気がついた。
「あっ……ライオンさん……」
私の反応にセレナが尋ねてくる。
「スミ。こちらのドラゴンは知り合い?」
「はい、…………その、一応」
私が事の顛末を説明しようとしていると、誰かの呼ぶ声が頭上からした。
「ちょっと!待ちなさいよ!あんた!」
ヴェルミラさんが箒に乗って追いかけてきたのだ。
思わず身構えるが、一緒にいるセレナさんとルミナさんの姿を見た瞬間血相を変えるのがわかった。
「ヴェルミラ……」
セレナさんがぽつりと名前をつぶやく。
「あっあら、やだ。セレナにルミナ。奇遇ね……」
ふわりと美澄達と距離をとって地上に降り立つと何だかもごもごと居心地を悪そうにしている。
先程までは真っ赤になって怒っていたのに。
セレナさんがちらりとドラゴンのほうを見てから、私のほうを見たあと、思案しているのが見える。
「……ヴェルミラ。あんた、さては……」
「やだ!そのこには何もしてないわよ!ちょっとお茶に誘おうと思っただけ……」
明らかに挙動不審だ。
「うちのお店でお茶をしたあとなのに?」
ルミナさんが訝し気な態度でヴェルミラさんに問いかける。
「それは、ほら!もう少しお話したい気分になったというか……」
は――っと長い息を吐いたあとにセレナさんがいかにも不機嫌そうな声で言った。
「ヴェルミラ。私言ったわよね。うちのお客には絶対に手を出すなって。あんたの悪癖がもうどうにもならないのはわかっているけど……」
セレナさんがずんずんとヴェルミラさんに近付く。ヴェルミラさんがひっと声を上げる。こんなに怒っているセレナさんを見るのは、私も初めてだった。
「約束を守れない奴は生かしておけないわ」
ヴェルミラさんがさっと箒に跨り、空に飛びあがったがそのあとをセレナさんがふっと浮いて追いかける。
セレナさんは一体どうやって浮いているのかと思えば彼女の背には大きなドラゴンの羽があった。
空で轟音がして、ミルカさんが震え上がっているとルミナさんが背を優しく撫でた。
「大丈夫よ。姉さんは、怖いこと言ってたけど本当に殺そうとは思ってないから。まあ……一年は動けないかもしれないけど……」
ルミナさんは笑ってごまかそうとしていたが、一年で済むような状態はとてもまともな状態とは言えないのでは……と思ったけど、何も言わないことにした。
そういえば、ライオンさんは……と思って見上げるとドラゴンが静かにこちらを見つめていた。
「あの、助けてくれてありがとうございました」
ドラゴンがそっと鼻先を近づけてきた。私のおでこにこつんと触れる。
「いつか、また」
背中の翼を開き、羽ばたくと風を起こして彼は舞い上がって飛んでいった。
「スミさ~ん……おかえりなさ~い……」
「リゼッタさん!」
声のほうを見るとリゼッタさんが絨毯を持ってどこか旅に出るような大荷物を背負っている。
「そんな大荷物を背負ってどうしたんですか?これから、どこかにお出かけですか?」
「ちがうんです~……スミさんが見当たらないってミルカちゃんが言うから、探しに行こうかと思って……わたし、自分のことばかりで、スミさんいなくなったのも気が付かなくて……」
リゼッタさんがしょんぼりしてしまった。私がいなくなったことに気が付かず、実験に没頭していたことに罪悪感を感じてしまっていたようだ。
「そんな!急なことでしたし、今回のことは本当に不可抗力と言いますか、カミラの宿り木の皆さんは気が付かなかったでしょうし、気にしないでください!むしろ、探そうとしてくれてありがとうございました。私のことを心配してくれる人なんてこの世界にいないと思ってましたから……」
「そんなことないよ~」
「そんなことないですよ!」
ミルカさんとリゼッタさんが同じように声を合わせて言ってくれた。
「スミさんもこのカミラの宿り木の大切な一員ですよ〜…」
「そうです、そうです!スミさん真面目だから、いつも館の中綺麗だし!お洗濯も丁寧だし!時間通りに朝ごはんは用意されてるし!」
「……そうですか、何か照れますね……よかった……」
2人が私のことを認めてくれているということが素直に嬉しかった。この世界にも私の帰る場所ができているようだ。
「私が留守にしている間のお洗濯とかどうしてましたか?クロードさんとメリアさんはお変わりないですか?」
「クロードとメリアさんは~、いつも通りだから大丈夫……でも、お洗濯ものは溜まってるかも……」
「そしたら、まずはお洗濯しなきゃですね!」
さっと腕まくりした。心配したみんなに囲まれてなんだか胸がむずむずする。
「ルミナさんもありがとうございました。お店もう開いている時間なのに……」
「いいの、いいの。ミルカちゃんが泣きそうになりながらお店に飛び込んできたから、びっくりしちゃった。スミさんに何もなくてよかったわ」
ルミナさんがにっこりと笑った。
空の上ではまだ、セレナさんとヴェルミラさんが争っているようだったが、ルミナさんがそのうち戻ってくるから気にしなくていいと言っていたので、とりあえず地上から見上げておくことにした。
カミラの宿り木の中はいつも通りだった。私が館に入ってくると、クロードさんが寄ってきたのでご心配お掛けしました。と声をかけてそっと撫でると、問題なさそうだな?と私の様子を見上げて確認したあと、メリアさんの部屋に入って行く。メリアさんはベッドの上で静かに眠っていた。
たった数日だったけど、とんでもない体験だった。とヴェルミラさんの宝物庫に思い返しながら、洗濯物の溜まったいつもの作業部屋に行き洗濯物を抱える。
この世界にも私の帰る場所ができたのだと思うと少しほっとした。




