虐殺機関 03
01
一般的に“魔法使い”と聞いてイメージする人物はどのような姿だろうか?
現代の地球では、それこそ老若男女様々な容姿が思いつくだろう。
しかし異世界ファンタズマにおいては、男なら杖をついた白髪の老人。女なら鉤鼻の老婆のような古典的なスタイルとなる。
それは何故か?
答えは明解である。魔法使いと呼ばれるまで魔法を習得するためには、途方もなく長い時間を必要とするからだ。
たとえば、基本的な移動術である『飛行魔法』を習得しようとする。
空を縦横無尽に駆け巡るためには、まず自身の肉体を浮遊させる念動術、そして高速移動に耐えうる肉体強化術を習得しなければならない。
しかし、話はそこで終わらない。これらの術を習得するためには、さらにその土台となる別の魔法を学び、理解を深める必要がある。
つまり、魔法の各系統は複雑に繋がり合っており、その広大な知識体系の全てを習得するには、まさに気の遠くなるような時間が必須となるのだ。
そうした背景から、魔法の習得ルートは自然と“広く浅く”が基本となる。
多くの魔法使いが最初に学ぶ魔法として『不老長寿の術』か『若作りの術』が定番だという、皮肉めいた冗談まで生まれるほどだ。
しかし、世の中の常として、そうした魔法使いの中にも例外は存在する。
多種多様な魔法の汎用性をかなぐり捨てて、ただ一種類の魔法、それだけを徹底的に極める者である。
その結果、他の魔法はほとんど使えなくなるが、極めたその術に関しては、他の追随を許さないほどの達人となる。
このような一点集中型の魔法使いは『戦闘術師』と呼ばれていた。
彼らのほとんどが、その特化された魔法で驚異的な戦闘力を発揮し、同時に戦闘以外ではあまり役に立たないからだ。
一般的な魔法使いからは“邪道の戦闘屋”と蔑まれる対象だったが、その裏では星振塔や国家の中枢機関で、密かにその存在を重用されていた。
彼の比類なき能力は、表には出せない任務にこそ必要とされたからである。
戦闘。
暗殺。
潜入工作。
そして――虐殺のために。
02
雪と岩肌が広がるモノクロームの荒野。そのすぐ傍には、ガルガ山脈の峨々たる山並みが威容を誇っていた。
荒野を貫く街道は意外にも整備が行き届いている。それは一般市民のためではなく、兵士の迅速な移動を目的としたものだ。
そんな街道がいくつもぶつかる比較的大きな交差点の近くに、岩と木で造られた簡素な、しかし規模としてはかなり大きな治療院があった。
「アニス、包帯と消毒薬を用意して。速く!」
「分かってるわよ! ええと、確か在庫があの棚に――」
「ほらほら、大の男が片腕無くしたくらいで泣いてんじゃないさね。まったく、なんでオレがこんな面倒な事を……」
「どうせ暇なのだからよいでしょう?……はい、すぐに奇跡で再生しますから心配無用ですよ」
ずらりと並んだ寝台の上で呻き声を漏らす負傷した兵士たちを、慣れた手つきで治療するミルゴ村のラミュルト教徒一行――その光景は、アルバイン皇宮において一月前の存在した臨時治療所の再現だった。
だが幾つかの点で差異がある。
まず鋼の戦乙女――“レミュータ”が場におらず、代わりに白い獣人――“シグナス”が慣れない看護に悪戦苦闘していた。
これはようやく動けるようになった魔王級魔族の2人がまだ本調子でない為に、レミュータがタケル皇帝の警護に専任しているからだ。
更なる違いは、治療される負傷した兵士たちがアルバイン帝国の者ではなく、毛皮と鋼を身に纏った屈強な戦士――ラングレード武帝国の兵士だという点である。
そして最大の差異は、この場所がアルバイン帝国からガルガ山脈を越えた北の麓――ラングレード武帝国の領土であることだ。
~~新帝国暦44年、深雪の月、06の日~~
武帝ガイの来襲から20日が、“平凡”の暗殺未遂事件から10日が過ぎた。
その間、大陸北方のラングレード武帝国は激動の刻を迎えていた。
絶対的な戦闘力と狂気で武帝国を支配していたガイが失踪したことで、後継者の座を巡る大規模な内乱が勃発したのだ。
ラングレードは元々、蛮族が些細なことで争いを繰り広げる群雄割拠の地である。ある意味では元の状態に戻っただけとも言えるだろう。
だが、今回の戦乱は地勢的にも歴史的にも極めて特異な要素が含まれていた。
武帝国南部のガルガ山脈の麓、アルバイン帝国との国境沿いに領地を持つ二つの蛮族、レルガル氏族とオーメ氏族が、驚くべきことにアルバイン帝国への帰属を申し出たのである。
この二つの蛮族は元より隣接する領地柄からアルバイン帝国とは地域レベルで交流があり、その関係は決して険悪ではなかった。
武帝ガイの圧政と狂気に辟易した彼らが、戦乱の風土から平和な世界を求めるのも、無理からぬ事情だったのかもしれない。
しかし、この帰属要求はアルバイン帝国にとってはメリットとデメリットの両方が含まれていた。
メリットの方は、言うまでもなく支配領域が増える事である。おそらく今でも紅石鉱山を狙っているだろう、ラングレードの好戦派に対する緩衝地帯ができる面も大きい。
デメリットは、帰属した両氏族の土地と領民を守る義務がアルバイン側に生じることだ。
現在は内乱で分裂状態にあるとはいえ、冬のガルガ山脈という天然の防壁無しで、アルバイン側が勇猛果敢な蛮族から領土を守り切れるのだろうか。
それ以降、この件を巡ってアルバイン帝国と両氏族間で幾度となく交渉会談が行われた。その複雑な政治的駆け引きを細部まで説明する必要はないだろう。
結論を述べれば、アルバイン帝国はレルガル氏族とオーメ氏族の帰属を承認したのである。
当然ながら、それを周辺の蛮族が認めたわけではない。裏切者はたちまち他氏族の襲撃ターゲットとなった。
ショータ達ミルゴ村一行が治していたのは、そうした一連の戦いで負傷した現地の戦士だったのだ。
だが、アルバイン帝国側も勝算無しで無暗矢鱈と領土を広げたわけではない。
ほぼ同時期に、ラングレード武帝国最大にして最強の勢力を持つ蛮族――“オルガー氏族”が、アルバインとの同盟を申し出てくれたのである。
「――というわけで、そうした一連の条約を締結するために、余はラングレードの地に来たわけだ」
新たに増えた帝国の領土――オーメ氏族領の、石と木と鉄で造られた殺風景な街の一角に、整然とした石造りのアルバイン帝国領事館が建てられている。
その簡素ながら実直な造りの館の一室で“タケル皇帝”が配下の者たちと雑談を交わしていた。
「まぁ、そなた達を巻き込んでしまったのは、申し訳ないとは思っているが……」
その皇帝らしからぬ砕けた口調は、雑談の相手が気の置けない友人であることを示している。実際、木製のテーブルの向かいには、ミルゴ村の司祭と元傭兵のライカンスロープが腰を降ろし、皇帝の背後には白銀のアンドロイドが控えていた。
もはや説明は不要だろう。二柱の魔王級魔族――マザーウィルとシグナス、そして異界の戦闘機械――レミュータである。
その2mを軽く超えるバスト×3の大容量により、どこか部屋が手狭に見えるのは気のせいだろうか。
ちなみにショータとアニスの子供コンビは自室で休んでいる。今日は一日中、負傷兵の看護に働き詰めだったのだ。
「私たちを巻き込むのは計算の上でしょう。相変わらず食えない御方ですこと」
窓の外に広がる荒野の地平線に沈む夕日を流し目で見送りながら、マザーウィルは色っぽい溜息を吐いた。
レミュータの任務がタケルの護衛である以上、時空間距離的に彼の近くに定在する必要がある。
しかし例によって彼女はマスターであるショータの傍を離れることを断固拒否。
この為、皇都アジャーハへ行く事態となった件と同様に、ショータ達ミルゴ村一行も皇帝陛下の遠征に同行することになったのだ。
これはタケル皇帝の勅命であり、ラミュルト教徒として現地の負傷兵への医療行為という大義名分もあるため、ショータ達に拒否の選択肢はなかった。
シグナスも同行しているのは、ライカンスロープの超回復能力による護衛任務への早期復帰を期待したものだ。予備といえば聞こえは悪いが、万一への備えである。
「いやいや、申し訳ないと思っているのは本当だからね?」
「そういう事にしておきましょう」
「…………」
バツが悪そうなタケル皇帝の言葉に裏がない事はマザーウィルも分かっている。
しかしあの気の良いおっちゃん気質な地球人は、同時に巨大帝国の皇帝に相応しい冷徹さも兼ね備えていることも重々承知していた。
普段は心優しく温厚な彼女の言葉に、どこか棘があるのはその為である。
「――で、そのオルガー氏族とやらは信頼に足る相手なのさね?」
どこか重くなった空気を払拭するためか、シグナスはやや強引に話題を振った。
「信用はできるだろう。我々が紅石の貿易を続けている限りは、な……」
タケル皇帝の言葉には陰があった。
オルガー氏族――ラングレード武帝国の南西部地域に領地を持つ、全蛮族の中でも最大かつ最強の勢力を持つ一族である。
ガルターク魔導帝国との国境沿いに支配領域を持つこの蛮族は、古来よりガルタークから幾多の侵略を受けて――あるいは侵略して――血生臭い歴史を歩んできた。
常に最前線で戦い続けていた実戦経験と武力は他を圧倒し、武帝ガイが失踪した今、最もラングレードの覇者に近いと目されている。
その最強の蛮族がアルバイン帝国との同盟を希望したのは、無論、平和主義に目覚めたからではない。
理由は、アルバインが所有する紅石の安定供給である。
「ラングレードの覇権を手に入れるため、我が国から正式な手段で優先的に紅石を輸入するのが、奴らの同盟の狙いなのだろう」
「――で、そいつがラングレードの新たな武帝になったら、今度はアルバイン帝国を改めて侵攻する……ってオチになるのさね?」
「自分を太らせる飼い主に媚びる家畜の構図でなければ良いのですが」
2人の魔王に皮肉を言われつつも、タケル皇帝は否定しきれなかった。それが事実だからだ。
しかし、ラングレードの蛮族やガルターク魔導帝国に宣戦布告されたも同然の状況下において、オルガー氏族という強力な後ろ盾は喉から手が出るほど欲しい存在なのも、また事実であった。
結果として、アルバイン帝国はオルガー氏族と友好的な態度を取りつつ、同時に自分に牙を向けないよう牽制するという、絶妙な政治的シーソーゲームを強いられているのである。
「余も物見遊山でラングレードの地に来たわけじゃない。こう見えても大変なんだよ、ホントに……はぁ」
タケル皇帝の溜息は本物だった。
「大丈夫ですか? おっぱい揉みます?」
「そういう事なら、オレも吸わせてやっていいさね」
「勘弁してくれ……本気で奥さんに殺されちまう……」
血よりも赤い黄昏の残光が、項垂れる皇帝陛下の横顔を紅く照らした――その時、
「火急にて御無礼! 緊急事態です!」
激しい扉のノック音とほぼ同時に、切迫した表情のアルバイン兵が部屋へと雪崩れ込んできた。
『…………』
それまで無言不動無表情を維持していた鋼の戦乙女の瞳に、不吉な電子の輝きが宿る。
タケルとマザーウィルは思わず顔を見合わせた。この光景は、つい先日に体験したばかりなのだ。
まさか――武帝ガイが失踪した時のように、また何かろくでもない事態が発生したのではないか――
――そして、その予感は見事に的中する事になる。
03
冬の荒野を征く最強の蛮族――オルガー氏族。
血を凍てつかせる真冬の荒野に、地響きのような唸りが響き渡る。
ラングレードの西部国境を覆い尽くす白い雪原の上を、オルガー氏族の軍勢が整然と進撃していた。
その頭上には、数十隻に及ぶ巨大な戦闘方舟が唸るような推進音を轟かせながら、低くたれ込めた鉛色の空を切り裂いていく。
周囲には、その巨体を護るかのように数百機もの小型方舟が編隊を組み、魔鳥の群れの如く周囲を旋回していた。
凍れる大地を進むのは、軍馬――パキケファロサウルスやトリケラトプス等の亜竜――に跨り、毛皮のマントと重厚な鉄の鎧を纏った、鍛え上げられた肉体を持つ屈強な戦士たちだ。
彼らは一切の乱れなく氷の道を蹄と軍靴で踏みしめ、その行く手に立ち塞がるもの全てを飲み込むかのような凶暴な威圧感を放っていた。吐き出す白い息は戦士の内に秘めた燃え盛る闘志を物語る。
向かうは、西のオルガー平原――彼の蛮族の名前の由来であり、数百年前にガルターク魔導帝国に併呑された、かつての領地である。オルガー氏族にとっては魂の故郷といえる神聖な場所だ。
この凍てつく進軍は、単なる領土奪還のための侵攻ではない。彼らこそが真に最強の蛮族であることを、他の氏族に見せつけるための示威行為でもあった。
――我々オルガー氏族こそが真のラングレードの覇者であり、何物も我らを止めることはできない。それを今、ガルタークの魔術師相手に証明してやろう――
だが――
無音の世界に広がる無限の白。
地平線まで続く荒野の雪原はあらゆる音を吸い込み、世界は静寂の中に閉ざされていた。
オルガー氏族の選りすぐりの斥候部隊は、白い魔獣の毛皮を頭からつま先まで纏い、雪に溶け込むように慎重に進んでいた。彼らの吐く白い息だけが、周囲に完璧にカモフラージュしている斥候部隊が存在する証だった。
「部隊長、そろそろです」
背後の若い戦士が低い声で囁いた。白い仮面の部隊長は頷き、雪に埋もれた岩陰から、遥か彼方に見えるはずの敵陣地を警戒する。
そこには、オルガー氏族の進軍を迎撃するために、魔導帝国の軍隊が待ち構えているはずだった。
斥候の役割は軍にとって文字通り命綱だ。敵の配置、規模、そして何よりもその意図を正確に読み解くことは、古今東西を問わずに勝利への絶対条件だからだ。
部隊長は双眼鏡代わりの魔道具を構え、震える手で焦点を合わせる。
そこに映し出された光景に、彼は思わず息を呑んだ。
敵の軍勢はどこにも見当たらなかった。
あるのは、雪原の真ん中に不自然に立つ、三つの人影だけだった。
「3人……それだけ?」
広大な雪原の中にぽつんと佇む、およそ500m間隔で横に並んだ、たった三つの影。
中央には、黒髪を逆立てたパンクロッカー。
右翼には、異様なまでに膨らんだ体を持つ風船女。
そして左翼には、全身を白い装甲で覆った白甲冑。
三匹の魔人が、そこに、いた――
オルガー氏族侵攻軍・戦闘艦隊旗艦『アイスハンマー』・艦橋――
「敵は3人だと?」
「はい……恐らくは戦闘術師かと」
豊かな顎髭を生やした厳めしい風体の老将軍は、斥候部隊からの報告を受けて眉をひそめた。
敵の迎撃部隊はたった数人。
楽勝だ――などと考える愚か者はラングレードの蛮族に存在しない。
枯れ木のような老人が呪文を一言呟くだけで、街1つ蒸発させるのが魔術師という存在だ。
わずか3人という人数は、それで蛮族の軍隊を撃退するのに十分だという自信の表れだろう。百戦錬磨の戦士たちはむしろ警戒した。
オルガー氏族軍は短い軍議の後、地上軍を三つに分けて、それぞれが鶴翼の陣形で3人の魔術師を半包囲するように展開した。
空の方舟艦隊は上空で待機。対地攻撃によって地上軍を支援する。
更に最前線を中心に、戦場の各所に金属製のポールを配置した。長さ2mほどの鉄柱の先端には、直径数十cmを超える巨大な紅石の塊が備え付けられている。
これはラングレードの蛮族が対魔術師戦の切り札としている魔法妨害装置である。紅石は高純度の魔力結晶体として基本的に魔法の燃料になるが、アルバイン帝国の紅石鉱山のように、大量の紅石は逆に魔法の行使を妨害してしまう点を利用したものだ。
もはやこの戦場では最上位の魔術師でもまともに魔法を使えないだろう。万年単位でガルタークと戦い続けているオルガー氏族の戦士たちは、対魔術師戦闘を知り尽くしていた。
どぉん どぉん
ラングレードの戦太鼓が腹に響く重低音を戦場全体に轟かせる。
「ケッ……たった3人相手に大仰なこった。どうせならジャズ(に該当するファンタズマの音楽)でも流せってんだ」
黒髪のパンクロッカー――“バイケン”が忌々しそうに悪態を吐いた。口元を黒いマスクで覆ってなければ、唾も吐き捨てたかもしれない。
「…………」
白い甲冑――“ムメイ”は例によって無言不動のままだ。この甲冑に中身は存在するのだろうか。
「あらあらあら……大勢いらっしゃったこと。お気の毒に」
紫色のドレスを着た風船女――“ムシヒメ”は、わざとらしい態度で目の前に展開される軍勢をキョロキョロ見回すと、身長220cmの巨体を仰け反らせて大きく息を吸い込んだ。
刹那――
「ラングレードの皆様ぁああああああああ!!!!!
今から貴方たちは確実に死にますわぁあああああああ!!!!!
それが嫌ならすぐにお逃げなさいませぇええええええええ!!!!!
命あっての物種ですわよぉおおおおおおお!!!!!」
戦太鼓の轟音をかき消すほどの凄まじい大音量が、ムシヒメの肥満体から発せられた。500mは離れているバイケンですら顰め面で耳をふさぎ、臨戦状態のオルガー氏族の戦士たちも呆気にとられるほどの大声だった。
突然の降伏勧告――だが、それに従う臆病者はラングレードの戦士に存在しない。
長槍が、大剣が、戦斧が、強弓が、火器が、魔動機が、鋼鉄の冷徹さと溶鉄の熱さを込めて、3人の戦闘術師に向けられる。
「はぁああああああ……仕方ありませんこと」
これまた巨大な溜息を吐くムシヒメ。
しかしその目元には、明らかな歓喜の嘲笑があった。
その溜息こそが、後に“オルガー平原の惨劇”と呼ばれる事になる、大量虐殺事件の始まりだった。
つづく




