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虐殺機関 04


01


 地球――第三の危機『シンギュラリティ』が終結してから数百年後――しかし、その頃、母なる大地は人類のかごではなくなっていた。

 自我に目覚めて人類を滅亡寸前にまで追い詰めた人工知能によって、当時の地球はコンピューターに都合が良い環境に惑星改造されていたのだ。

 平均気温マイナス40度。大気の酸素含有率0.03パーセント。

 この地獄のような環境は、とても人類が定住できるものではなかった。


 結果として、人類は地球を取り戻した後も、かなり長い期間、宇宙に造られた居住地――宇宙コロニーを生活の場としていた。地球に定在している者は、環境調査とテラフォーミングを試みている科学者とその家族が数百人程度。

 当時の人類はAIが反乱を起こすより前から宇宙を生活の場にしていた者たちの子孫である。元より地球に対する愛着は希薄だったのだ。


 しかし、宇宙コロニー生活は、空気も水も土地も一から作らなければならない運営システム上、どうしても資源不足との戦いとなる。特に食料や生活必需品の循環リサイクル構造の成立は永遠の課題といえた。

 それを一挙に解決した新発明が、ナノマシン――分子サイズの極小機械群である。

 物質の分子構造を自在に操り、土塊つちくれを水や食べ物に変えるその技術は、まさに現代の錬金術といえた。欲しいものは生活必需品から嗜好品まで、何でも自在に創造できるのだ。


 ――しかし、それは、人類が神の領域に踏み込んだ何度目かの禁忌だったのかもしれない――


 資源問題を解決したコロニー住民は爆発的に人口を増加させて、太陽系中に無数の宇宙コロニーを建造した。

 だが、万能のナノマシンといえども、無から有を作ることはできない。

 コロニーの建築材料や増えた人類の生活のために、最初は小惑星群が、次に岩石惑星が資源として消費されていった。

 水星、金星、火星、月――かつて神々の名を冠していた地球の兄弟たちが、ナノマシンによって人間の生活のために、そして欲望のために分解されていく。


 しかし、人口と欲望の増加はそれだけで終わらなかった。

 太陽系の小惑星や岩石惑星を消費し尽くした人類は、とうとう母なる地球を資源としてナノマシン分解する事に決めたのである。

 反対する者は今でも地球に住む僅かな科学者だけであり、その意見は無視された。


 第四の危機『グレイ・グー』が起こったのは、地球の資源化がコロニー連合国家によって閣議決定された翌日だった。


 “グレイ・グー”――自己増殖型ナノマシンによる暴走事故――が発生した原因は不明である。

 偶然が重なった事故なのか、システム上の不備なのか、テロリストの陰謀なのか……全ての真実は暴走ナノマシンの渦中に消え去った。

 発生源はごくありふれた食料用ナノマシンペレット。時はゼロ・アワーの刻――数百基を数える全ての宇宙コロニーは、何の前触れもなく、周囲の物質を取り込みながら爆発的に増殖するナノマシンの濁流に飲み込まれて、わずか数分で灰色の粘液の塊と化してしまったのである。

 死者は数億人。負傷者はゼロ。

 生存者は地球に定在していた科学者と関係者が256人のみ。


 こうして人類は四度目の絶滅の危機を迎えたのである。


 しかし、ナノマシンの脅威はそれだけでは終わらなかった。

 あたかも物言わぬナノマシンに人類根絶の意思があるかのように、かつて宇宙コロニーとその住民だった灰色の塊群は、ゆっくりと地球への降下を開始したのだ。

 その後、生き残った科学者たちが何とか開発した“抗ナノマシンワクチン”を弾頭に埋め込んだ旧式の対空砲台による、グレイ・グー迎撃作戦が開始されたのだが、その詳細を語る必要はないだろう。


 結論だけを言えば、作戦は失敗した。

 

 迫り来るナノマシンの大軍本体の迎撃はかろじて成功したものの、実は小石ほどの欠片がひとつ、侵攻方向とは反対側から密かに地球への降下に成功していたのである。

 それに人類が気付いた時は手遅れだった。


 瞬く間に地球全体が無限増殖する混沌の粘液に覆い尽くされて――次の瞬間、灰色のナノマシン群は全て消滅した。

 唖然とする無傷の人間たちの前には――清浄な大気を飛翔する渡り鳥の群れ。蒼く澄んだ海を泳ぐ数えきれない魚群。緑の草原を駆ける動物たち――かつて人間とAIにけがされる以前の、大自然に溢れる緑の地球が広がっていたのである。


 地球は再生した。

 こうして人類は四度目の絶滅の危機から逃れたのだった。数多くの謎を残したままに。


 それ以降、人類は軌道エレベーターの空中都市や地底都市、海上海中都市を生活の場として、決して緑の大地に開拓の手を入れる事はなかった。

 無論、これは人間が自然保護の精神に目覚めたからではない。この大自然を再生した眠れるナノマシンの怒りを恐れたのだ。

 そして人類は、これほどの被害を受けたにもかかわらず、AIと同様にナノマシンを人類文明から排除しなかった。

 既にナノマシンテクノロジーは人間の生活と密接に結び付いており、その利便性から手放す事ができなかったのである。

 その代わり、ナノマシンの浸食範囲や自己増殖回数の制限といった、様々な規制が設けられた。


 ……人間は己の創造物が神となる事を良しとはせずに、それは戦闘用アンドロイドでも例外ではない。

 今のレミュータも、規制条約によってナノマシンという神のメカニズムの使用を大幅に制限されている状態だった。

 レミュータは機体本体や“ガーゴイル”に数億種類のナノマシン兵器を装備しているが、それをファンタズマの現場であまり使用しないのはその為である。

 もしこの白銀の戦乙女がナノマシン規制条約から解放されたら、立ち塞がる全ての敵障害を瞬時に分解させて、世界中の傷つき病める者を余す所なく完治させるという、まさに神の如き奇跡を見せてくれただろう。


 ――だが、地球文明やレミュータがナノマシンの使用を制限していても、当然ながら異世界の住民には一切関係がない。

 ナノマシンと同様の“微細機械による物質操作”というアイデアは、ファンタズマの賢者にも思いつく類であり、それを無制限に使いこなす魔術師も、また実在して然るべきものなのだ――



02


 真冬のオルガー平原――ラングレード最強蛮族の氏族名の元になった純白の処女雪に優しく包まれた静謐な世界は、しかし今、軍靴の轍と怒声と悲鳴、そして鮮血と死体に醜くけがされていた。

 長年ガルタークと激しい戦争を繰り続け、魔術師戦闘に関しては百戦錬磨であるオルガー氏族軍は、しかし、今、なんと、一方的に蹂躙されているのだ――それも、たった三人の戦闘術師相手に。


「先陣、一斉特攻ッ!!」


 指揮官の号令と同時に先陣を切って突撃した一番槍の戦士が最初の犠牲者だった。雄叫びを上げて大斧をふりかざす彼が標的としたのは、まるで巨大な風船のように膨れ上がった紫色のドレス姿だ。


「あら、せっかちさん」


 異形の風船女――“ムシヒメ”は微かに口元を歪めると、そのセクシーな唇から黒いもやの様なものを放出した。それはたちまち彼女の周囲に広がって、戦場を黒い霧の世界に変貌させる。

 その真中に戦士が突入した途端、恐怖の光景が展開された。


「ぐ、ぐああああっ!」


 戦士の肉体が、まるで砂のように崩れ落ちていく。

 骨も、血肉も、武装さえもが、黒いもやに触れた瞬間から塵となって風に舞った。

 瞬く間に屈強な蛮族の戦士は、かろうじて元が人間と分かるボロクズと化して、ぐしゃり、と地にたおれた。


 ――もしもこの場にレミュータがいたら、この黒いもやが、地球ではナノマシンと呼ばれる微小機械と同一の存在だと気付いたかもしれない。


「こいつ…“蟲使むしつかい”か!」


 対魔術師戦においてベテランの蛮族が戦慄の声を漏らした。


 “蟲使い”とは、文字通りに多種多様な虫を自在に操る魔術師のことである。

 無論、それはただの節足動物ではない。一噛みで巨竜をも殺す毒虫や、凄まじい重装甲と剛力を誇る巨大甲虫、ただ飛ぶだけで周囲の生物を永遠に眠らせる魔蝶など、奇怪な能力を持つ魔法生物だ。

 このムシヒメが操る魔法虫は“砂蟲”と呼ばれる分子サイズの魔法生物である。その能力はまさにナノマシンそのものであり、勇敢で哀れな戦士を一瞬で分解崩壊させるなど容易だった。


「それでは、行きますわよ」


 周囲の蛮族たちが凍り付く中、ムシヒメの放つ微小な虫――いや砂蟲の群れは、飢えた風のように次々と襲いかかる。


「ひるむな! 弓兵隊、砲兵隊、あの女を狙え!」


 蛮族の指揮官が叫んだ。

 蟲使いへの攻略法――それは、操る虫を直接攻撃して数を減らすという、単純だが堅実な戦法だ。

 術者は大量の魔法生物を同時制御する性質上、どうしても本体の防御をおろそかにせざるをえない。この大量の砂蟲を削り切れば蛮族軍に勝利の光明が見える。

 しかし――


「お甘いですわー♪」


 指揮官の号令から間髪入れすに空に無数の矢と砲弾が放たれるが、風船女の周囲を渦巻く虫の群れが鉄の雨を瞬時に分解していく。

 それは同時に迎撃した砂蟲の破壊も意味しているのだが、次々とムシヒメが吐き出す黒いもやは一向に勢いを衰えず、周囲の黒霧はむしろ濃くなる一方だった。


(馬鹿な……)


 蛮族のベテラン戦士が息を呑んだ。

 通常、蟲使いが操る魔法虫の数は、数で攻める砂蟲使いでも数千匹や数万匹が限界である。あまりに同時制御する魔法生物の数が多いと、術者の脳と魔力が耐えられないからだ。

 しかし、あの紫色の風船女が操る砂蟲の数は、今や億を超えて京や垓の単位に達しているだろう。

 あの魔女の魔力に限界は無いというのか。

 ムシヒメの名は、蟲姫の意か。


(――ッ!! ――ァ!!)

「や、やめろ! 来るな!!」


 さらに恐るべきは、砂蟲の群れが分解した戦士の残骸を再構築し始めたことだ。

 かつての仲間だったはずの蛮族の兵士たちが異形の肉塊と化し、その矛先を蛮族本隊へと向ける。

 彼らの姿はもはや人間とは言えず、物言わぬままに同胞に襲いかかる悪夢の光景は蛮族の士気を根底から揺るがした。



03


「空のやつらはどうした!! 支援砲撃はまだなのか!?」


 地上軍の視線が上空に向けられた。オルガー氏族の誇る方舟戦闘艦隊が、今も轟音をあげて鉛色の空を切り裂いていた。

 紅石を燃料に魔力炉で天空を駆ける黒鉄くろがねの巨艦が、恐るべき魔術師を排除しようと砲身を旋回させる。

 しかしその瞬間、飛行艦隊に向かって真紅の稲妻がさかしまに駆けた。


「ハッハー!!」


 それは奇抜な髪型と鋭い眼光を持つパンクロッカー男――“バイケン”だ。彼は雄叫びと共にその身を深紅の稲妻へ変じさせ、轟音を上げて空中戦艦に突撃した。


「な、なんだと!?」


 艦橋の船員が叫ぶ間もなく、赤い稲妻は戦闘方舟の装甲を貫き、魔力炉を直撃した。

 曇天に轟く大爆発が起こり、巨大な方舟は火の玉となって雪原に墜落していく。

 間髪入れずに、バイケンは隣の方舟戦艦に襲いかかり、瞬く間に新たな爆炎をオルガー平原の空に生んだ。


「う、撃て撃て!! 迎撃しろぉ!!」


 無論、蛮族の飛行艦隊は無抵抗主義者ではない。戦闘艦の砲撃や護衛の小型艦の銃撃が同士撃ち覚悟の弾幕を張り、空をける深紅の雷球を迎撃しようとした。

 これらの砲弾や弾丸は機械式の銃火器ではなく、地球のそれに似た一種の魔道具から発射されている。弾頭には魔法封じの紅石が埋め込まれて、直撃すればどんな魔法的存在でも四散させる威力がある。

 そして優秀な蛮族の砲撃手たちは、狙い違わず弾丸を紅の稲妻に命中させた。

 だが――


「しゃらくせぇ!!」


 命中したはずの必殺の弾丸は、しかしバイケンの紅電体に接触した瞬間、凄まじい電撃エネルギーに焼き尽くされて跡形もなく消滅してしまった。


(馬鹿な……)


 地上のそれと同様に、蛮族のベテラン飛行士も息を呑んだ。

 いくら相手が一騎当千の戦闘術師とはいえ、高純度の紅石を弾頭にした戦艦や戦闘機の大口径砲撃を食らえば、どんな防御魔法も通用せず、木っ端微塵に砕け散るはずである。

 だが、あのふざけた格好の男は四方から直撃する砲弾の雨霰あめあられを難なく蒸発させてみせた。

 あの紅の稲妻には、無限のエネルギーが宿っているのか。


「ハッハー!!」


 バイケンは黒鉄の空中戦艦を次々と撃破すると、さらに全身から無数の電撃を周囲に放出した。

 紅光の亀裂がオルガー平原の空を覆い尽くし、電撃の直撃を受けた数百隻の小型方舟編隊が黒い煙を上げて墜落していく。


「YAAAAAAAAAAAAAAAA!!

 HAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 恐るべきパンクロッカーの狂気じみた哄笑が、爆音と轟音の中に響き渡った――



04


 そして、最後に残った“五本指”の一指――純白の甲冑をまとい、腰に幅広のブロードソードをいた戦闘術師――“ムメイ”。

 無言の男は微動だにせず、まるで周囲の喧騒とは無縁であるかのように、静謐にたたずんでいる。

 しかし、彼を取り囲む蛮族の戦士たちもまた、まるで眼前に透明な壁が存在するかのように、白甲冑を包囲したまま動けずにいた。

 ムメイと蛮族たちの間合いは半径百m。

 その内側には、恐怖の表情で息絶えた戦士のむくろが幾十体も横たわっていた。


「……う、うぉおおおおお!!!」

「よせっ!」


 緊張に耐えられなかった若い戦士が、周囲の制止を振り切って突撃した。絶叫と共に亜竜に拍車を入れ、構えた長槍を正面の魔剣士に突きつける――が、


 ぱちん


 鍔鳴りの音。

 剣を鞘に収める音。

 白甲冑の腰で、はっきりと、聞こえた。


 そう、剣を抜く音ではない。剣を収めた音だ。

 そうだ。今、ムメイは剣を抜いたのではない。剣を腰の鞘に収めたのだ。

 その、恐るべき意味に蛮族が気付いた刹那せつな――


「がはっ!?」


 若き戦士の口から鮮血が噴き出し、ずるりと亜竜から雪上に倒れ込む。

 即死だった。

 しかし、その体に斬られた痕跡は一切ない。

 何が起こったのか。


「…………」


 無言不動の姿勢を維持するムメイの周辺、半径百m圏内は、数十人単位の死体が転がる死の領域と化していた。

 その間合いに侵入した蛮族の戦士は、鍔鳴りの音と同時に、まるで透明の剣で斬られたかのように確実に命を落としていく。

 この正体不明の魔剣技の前に、包囲している筈の蛮族軍は成す術がなく追い詰められていた。

 そして、この異様な白甲冑――ムメイの魔技は、それだけではないのだ。


「間合いを離せ! 弓兵か砲兵を呼ぶんだ――」


 それは、ムメイを取り囲む戦士たちの指揮官が、部下に指示を出すために後ろを向いた瞬間だった。


 ぱちん


 鍔鳴り音。

 指揮官の、すぐ、背後から。


「なっ――」


 驚愕の表情のまま即死した指揮官の背後に、ブロードソードを鞘に収めたムメイの姿があった。


 馬鹿な――!?


 の魔人を包囲していた戦士たちは戦慄した。

 全員が瞬きも忘れて凝視していたはずの白甲冑は、いつのまにか百m以上の距離を跳び越えて、指揮官のすぐ目の前に移動していたのである。

 何時いつ、どうやって、どのタイミングで動いたのか――認識できた者は誰もいなかった。

 そして今、ムメイの周囲には、新たな獲物が山ほど――


 ぱちん


 乾いた鍔鳴りの音。


 戦場にもう一つ、半径百mにおよ死体領域キリングフィールドの花畑が咲いた――



05


「なんという事だ……」


 オルガー氏族侵攻軍・戦闘艦隊旗艦『アイスハンマー』の艦橋で、老齢の総司令官は虚ろな声を漏らした。

 ラングレード最強の蛮族の軍勢は混乱の極みにあった。

 姿の見えない敵に肉体を分解され、空の軍勢は次々と撃墜され、そして間合いに入れば問答無用で斬殺される。

 もはや戦場は恐怖と絶望の坩堝るつぼと化していた。蛮族軍の勇猛な戦声ウォークライも、この異次元の魔人の前では無力な悲鳴に変わるだけだった。


 ――何かがおかしい――


 オルガー氏族の軍隊はガルタークの魔術師相手には百戦錬磨のつわものである。魔法封じの紅石ポールをはじめ、魔法への対策も戦術も十二分に準備していた。たとえ相手が1人で百万の魔術師に匹敵する戦力を持つ戦闘術師であっても、正面から叩き潰す自信があった。

 だが、結果はこの惨状だ。

 あたかもあの三体の魔人が、無限大の魔力を持つかのように――


「……無限大の魔力……!?」


 老司令官の脳裏に戦慄が走った。

 無限大の魔力を持つと噂される、ファンタズマ最強の魔法使い――“魔女帝フロラレス”。

 まさか……あの戦闘術師たちの無限の魔法の源とは――


「全軍撤退!! 即時だ!! 急げ!!」


 悲鳴のように老司令官は叫んだ。

 この恐るべき仮説が正しいのなら、一刻も早く氏族長と他の蛮族に報告しなければならない。

 さもなくば、間違いなく世界はガルターク魔導帝国に蹂躙されて――


「遅ぇよ」

「!?」


 刹那せつな――深紅の電撃に包まれた『アイスハンマー』は、巨大な爆炎と化して灰色の曇天を赤く焙った。



 ――こうしてオルガー氏族征伐軍は、文字通り全滅した。

 生存者、負傷者、行方不明者は一人もおらず、残りはすべて死亡という、誇張抜きの壊滅状態だった。


 しかし、この惨劇は勝者であるガルターク魔導帝国にとっても想定外の結果をもたらした。

 ラングレード最強の蛮族と称されたオルガー氏族軍が全滅したという戦慄のニュースは、他の蛮族たちに魔導帝国に対する強い警戒心を抱かせたのだ。


 その結果、蛮族たちは氏族間の抗争を中止し、即座に“対ガルターク同盟”を結成した。

 これは武帝ガイが君臨していた頃と同等の、ガルタークの全戦力をもってしても容易に対抗できない大勢力であり、こうしてガルタークとラングレードの静かな戦争は一時的な膠着状態を迎えることになった。


 ……あくまでも噂だが、この蛮族同盟の結成には、アルバイン帝国の皇帝が大きく介入していたという――



06


 ガルターク魔導帝国の首都“ガルタニカ”は、深夜の帳に包まれてもなお、その輝きを失うことはない。

 幾何学的な高層建築群が夜天を穿うがち、魔力光を放つ飛行方舟が音もなく行き交う光景は、むしろSFの未来都市を思わせる。

 そんな超魔法都市の裏通りに存在する、煌びやかな繁華街の更に奥――魔法ネオンライトの洪水に紛れてひっそりと佇む一角に、その高級クラブはあった。

 磨き上げられた黒魔石の壁に囲まれたエントランスを抜け、馥郁ふくいくたる酒の香りと微かな音楽が漂うメインフロアの奥に、彼らの密談の場は用意されていた。

 そこは強力な魔法結界によって如何いかなる盗聴も許さないVIPルームだった。

 光源は最小限で薄暗く、装飾品も少ない。グラスが並んだ宙に浮く円卓を囲むのは4人の男女――いや魔人たち。


「なぜ……どうして……こうなっちまったんですのー!?!?」


 ……そんなオシャレでハイソな空気をぶち壊す悲鳴が、VIPルームに轟いた。


「蛮族軍の皆さんを徹底的にフルボッコしちゃって、ラングレードの戦力を削ぎ落す筈でしたのに、結束させては本末転倒ですわー!!」


 防音魔法を突き破ってVIPルームの外まで聞こえそうな、紫ドレスの風船女――ムシヒメの大音量嘆き声に、円卓の向かいに座るパンクロッカー男――バイケンは皮マスクの下で忌々し気に口元を歪めた。


「……星振塔は、今回の件を『実行部隊である皇族派の不始末である』と考えているらしいですな」

「はぁ!? なんだそりゃ!!」


 溜息交じりな笑顔の黒執事――“ヴォイド卿”の言葉に、今度はバイケンが爆発した。円卓に叩きつけられた拳の衝撃で、卓上のグラスが激しく波立つ。


「そもそも星振塔の依頼で俺たち“五本指”が動いたんじゃねぇか! 責任転嫁が露骨過ぎだろ!」

「蛮族軍を全滅させたのはやり過ぎだ。逆に連中を必要以上に警戒させてしまった……それが星振塔あちらの言い分だそうです」

「ほとんど難癖ですわよね……はぁ」


 ムシヒメは指元から黒いベルトを外し、眼前でぷらぷらと振って見せた。


「せっかくフロラレス様から頂いた“コレ”も、やり過ぎ判定ではかえって逆効果でしたわね」


 一見、何の変哲もない黒ベルト――しかしそれは装着者と“魔女帝フロラレス”の間に、遠隔で魔力的導管を繋げる効果を持つ、強力無比なマジックアイテムなのである。

 これを身に付けている限り、ファンタズマ最強の魔術師であるフロラレスから『無限の魔力』の供給を恒常的に得る事ができるのだ。

 オルガー平原の戦いで“五本指”の魔人たちが、魔術師との戦いに万全の備えを用意していた蛮族軍を一方的にほふれたのも、この黒ベルトによるパワーアップが要因だった。

 蛮族軍の司令官が『世界をガルタークに蹂躙されるかもしれない』と戦慄したのは決して大げさではない。

 無限の魔力を持つ戦闘術師の量産化――それは世界征服すら可能とする恐るべき戦力なのである。


「これならフロラレス様が直々に蛮族さんをブチのめせばよろしかったのではなくて? 星振塔への牽制にもなりますから一石二鳥ですわ」


 ムシヒメの紫色の瞳が、皮肉っぽく光る。


「……そろそろフロラレス様も、引きこもり生活から脱却するべきでしょうし」


 バチッ


「おい」


 バイケンの黒く濁った瞳に、赤雷の光が宿る。


「フロラレス様への不敬は聞き逃さねぇぞ」

「事実を言っただけの事ですわ。盲従するだけが忠義ではありませんわよ?」

「焼き殺されてぇのか、デブ」

「できるものなら」


 バイケンの全身に赤い稲妻が走った。

 ムシヒメの口元から黒いもやが漂った。


 ぱちん


 この直後、白甲冑――ムメイの鍔鳴り音が響かなかったら、実際に二人の魔人はこの場でり合っていたかもしれない。

 貴族然とした豪奢なドレス姿のムシヒメが、不遜な態度で女帝を皮肉り、反体制の象徴たるパンクロッカー姿のバイケンが女帝に忠誠を見せる――どうやらこの両者の内面は、外見とは正反対の要素を多分に含んでいるらしかった。


「やれやれ……」


 しぶしぶと矛先を収める同僚の姿に、ヴォイド卿は軽い溜息を吐く。

 ガルタークが冬の終わりを待たずに、多少強引にも早急に紅石鉱山を手に入れようとしている――傍目からそう見えるのには理由があった。

 つい先日、魔導帝国の諜報部から奇妙な情報が五本指の元に届いていた。

 大陸南部を支配する“シューレント自由帝国”が今までに無い不穏な動きを見せたのだ。

 それはあまりにも荒唐無稽な内容で、摩訶不思議な神秘を操る魔術師たちにとってもにわかには信じ難い話だったが、もしそれが真実なら、今すぐにでもアルバイン帝国を征服し、紅石鉱山を抑えて、シューレントとの全面戦争に備える必要がある――

 ――にもかかわらず、星振塔は五本指に協力しようとはせずに、あまつさえ成果に非難までする始末だ。

 そこには魔女帝フロラレスと星振塔の一筋縄ではいかない確執と、最終的には星振塔じぶんたちが勝つという驕りが如実に垣間見えていた。


「話を戻しますぞ。ラングレードを容易に崩せなくなった現状、やはり当初の計画通りに“アルバイン皇帝タケル”様を抹殺するのが次善の策かと」

「だから、あの異界の機械人形と魔王級魔族が二匹もいる限り、それは難しいって話だろ」

「その件に関して、実は少々面白い情報を入手しております」


 黒い老執事が――笑った。

 普段と変わらない微笑み。

 人として大切が何かが欠落した微笑み。


「あら」

「フン」

「……」


 薄暗いVIPルームに、冷たい因子が満ちる。


「我らにとって最大の脅威である、美しき戦闘兵器――レミュータ殿には、明確な弱点があったのです」




つづく





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