地球から来た男女 03
01
――地球人類が第五の危機『タイムパラドクス』から復興を果たしてから数千年後――西暦に換算して1万年ごろ――人類はある革命的な技術開発を成し遂げた。
ワープ航法である。
光年単位の距離を瞬時に駆け抜ける超々長距離移動技術は、人類の行動範囲を爆発的に拡大させることに成功した。
ホモ・サピエンスはついに太陽系の頚木から解き放たれたのである。
しかし現実では、ワープ航法で宇宙の彼方まで自由自在に飛び回る、というわけにはいかなかった。
あまりに長い距離をワープしようとすると、僅かな重力波や空間の歪みによって、全く見当違いの場所に跳ばされるという事故が多発したのだ。
結果として、まずは数光年単位で少しずつ宇宙空間を観測し、安全な航路を確保してから一気に長距離ワープするという方法が確立された。
それは同時に銀河系の開拓調査を意味していた。
『銀河大航海時代』の開幕である。
新たなる航路を、未知なる惑星を、未発見の資源を、そして宇宙の隣人を――数多くの探索者たちが捜し求める存在は銀河に数限りない。
数多くの出来事があった。
困難な宇宙開発に基く技術革新があった。
そして様々な冒険の果てに、未知なる生命との接触があった。
地球外生命体――それは科学者の予想を超える頻度で発見された。大半は原始的な生物だったが、なかには文明を持つ高度な知的生命体もいたのである。
残念ながら彼らのほとんどは宇宙進出するほどの文明レベルに達していなかったので、文化汚染を防ぐために接触は僅かなサンプルの採取と短期観察にとどめられた。
探索者によるこれらの行為は、若き文明の間でUFOや宇宙人と呼ばれることになるかもしれない。
そして銀河探索の開始から約百年後、ついに地球人類は自分たちと同等の文明レベルを持つ生命体と遭遇したのである。
緊張と興奮、そして僅かな恐怖が込められた異星人との初接触――幸いな事に相手は理性的かつ温和な存在であり、人類は銀河の同胞と友好的な関係を築く事に成功した。
それを皮切りに、人類は19万年近くに及ぶ銀河探索の最中に、様々な異星人と遭遇して、数多くの相手と同盟関係を結んだ。
そうした異星文明との交流は、人類の文明レベルに更なる飛躍をもたらした。
無論、相手が友好的な存在であるとは限らず、時には全面戦争に陥る悲劇もある。
しかし、地球人類はそれらの戦いをタフに勝ち残った。過去5回に及ぶ人類滅亡の危機を乗り越えた経験は伊達ではなかったのである。
あるいは、そうした滅亡の危機を幾度も経験していたからこそ、人類は宇宙という新天地を求めたのかもしれない。
そして、西暦20万年――新銀河連邦暦203809――ついに地球人類は銀河系の完全開拓調査を完了。
同時に同盟関係を結んだ異星人たちと共に、新たなる共同体『新銀河連邦』を設立する。
この時、まさに人類はホモ・サピエンスという種族において文明的にも勢力的にも絶頂期にあったといえるだろう。
――『ビジター』が襲来したのは、その直後だった――
侵略的外宇宙生命体。通称“ビジター”――その実体は現在でも不明のままである。
外見は赤く発光しつつ脈動する肉塊に見えるが、それが真の姿である証拠はない。
大きさは顕微鏡サイズから小惑星級まで様々。
他文明に対する明確な侵略的攻撃性があり、高い知性と群体的集合意思を持つと推測される。
最大の特徴は、その驚異的な感染性侵食能力だろう。
物質、非物質、エネルギー、時空間、情報、魔法、概念、etc…およそ考えられるあらゆる存在と一方的に侵食同化して、己と同化してしまうのだ。
この怪物が、いつ、どこで、どのように誕生したのかは不明である。自然界の進化の果てに生まれたのか、何者かに創造されたのかすら分からない。
判明しているのは、ビジターが銀河系の外から来た事と、知的生命体に対して明確な攻撃意思がある点だけだ。
人類側のあらゆる呼びかけに反応することなく、ビジターは銀河系のあらゆる知的生命体に襲いかかった。
連中が主力として使用した生物兵器――通称“宇宙怪獣”の戦闘力は銀河軍の宇宙艦隊を一方的に壊滅させた。
その恐るべき感染同化能力はあらゆる防御手段を無効化するだけでなく、ほんの僅かに干渉しただけでビジターに侵食される結果をもたらした。
ビジターを直接攻撃するどころか 目視しただけで、侵食感染されて肉塊と化してしまうという凄まじさだ。
銀河連邦は成す術なく敗北を重ね、わずか10年(地球時間)で銀河系の9割以上がビジターに征服されたのである。
科学者たちの決死の研究の末、ついにビジターの侵食能力を無効化するコーティング技術が開発された時には、すでに地球人類を除く全ての知的生命体はビジターに滅ぼされていた。
この際、地球が最後まで生き残れたのは、単にビジターの侵攻開始地点から一番遠い位置にあったからに過ぎない。
そして新銀河連邦暦203819――ついにビジターの地球侵攻が開始された。
しかし地球側に対抗手段が無かったわけではない。
ビジターの侵食能力を防ぐコーティング技術により、少なくとも一方的に地球軍が敗北することはなくなった。
また、ビジターには『中枢』と名付けられた総司令官というべき個体がいることを確認。
それを破壊すれば全ビジター個体が活動を停止する可能性があり、少なくとも組織的な戦闘行動を封じる事ができるという大きな弱点も発見された。
奇妙な事にビジターは急所といえるその『中枢』を常に最前線に置くという理不尽な軍編成を取っていた。
それらの事実から、実はビジターには明確な行動目的は存在せず、その正体は暴走した自動戦闘兵器ではないかとも推測されている。
いずれにせよ、その『中枢』の破壊こそが、地球に残された最後のチャンスなのだ。
戦場は木星の衛星ガニメデ周辺宙域。地球とビジターの運命を決するメギドの丘。
七度の前哨戦の後、ついに地球の総力を込めた最終決戦が始まった。後の無い戦いに、地球側は文字通りあらゆる戦力を投入する。
その中には、10万年前に開発された古臭い戦闘用アンドロイド部隊も含まれていた――
02
『…………』
「……マジなん?」
ショータとアニスを背にかばい、ヴァリアブルライフルを真っ直ぐに構えるレミュータ・戦闘モード。
銃口の先にあるのはタケル皇帝の持つ紅石だ。
そのタケルを身を挺して守るマザーウィル・魔族形態。
その褐色の肌には緊張の汗が浮かんでいる。今は真昼時なので、魔族の力は大幅に減衰しているのだ。
永遠の刹那――
『失礼しました』
レミュータは武装を亜空間に収容して、一瞬で待機モードに形態を変えた。マザーウィルも安堵の息を吐きつつ、三十路の美女司祭の姿に戻る。
『そのビジターは完全に結晶化しています。無害です』
いつもと変わらないレミュータの無機質な美貌には、先程の剣呑さは欠片もない。
「……あー、とりあえず今の不敬行為の、詳しい言い訳を聞こうじゃないか」
皇帝陛下は額の汗をぬぐった。汗は妙に冷たかった。
「――つまり紅石は、そのビジターとかいうヤバい宇宙生物の成れの果てって事か」
タケルは困惑を押し隠すように天井を仰いだ。
ショータにアニス、マザーウィルは困惑を通り越して唖然と呆けている。
無理もない。レミュータが淡々と語ったビジターに関する情報は、ファンタズマ世界にも深く関わる重大なものだった。
レミュータの分析によると、ファンタズマの魔法文明の根幹といえる最重要物資――紅石は、ビジターの結晶化した死骸だったのである。
以下はレミュータの推測になるが、地球での戦闘アンドロイド部隊とビジター中枢の最終決戦の際、時空爆雷によってレミュータは異世界ファンタズマに転移した。
その時にビジター中枢もこの世界に来ていたのではないか――ただし、現代から百万年前の時代に。
魔族が崇める『赤黒い太陽』とは、ビジター中枢の残骸ではないか。死した後も残る強力な感染力によって変質した現地生物こそが魔族ではないか……と。
『あくまでも可能性の話です。精査には『赤黒い太陽』の直接観測が必須となります』
「その話がホントなら……まずいんじゃない? その赤黒い太陽の正体がビジターだったら、この世界まで滅ぼされちゃうってことでしょ?」
その心配は無いだろう、とレミュータはアニスの不安を否定した。
おそらく赤黒い太陽ことビジター中枢は活動を停止している。有体に言えば完全に死んでいるというのがレミュータの見解だ。
もし中枢がほんの僅かでも生きていたなら、百万年どころか数日も経たずにファンタズマ世界そのものがビジターと同化しているだろう。
「……さて、少し脱線してしまったが……そろそろ本題に入ろうか! 紅石の話だったな!」
どこか重苦しくなった空気を払拭するために、タケルはわざとらしく陽気な声をあげた――
アルバイン帝国の領内・ガルガ山脈に、紅石の鉱脈が存在するのではないかと、以前から山師の間で噂になっていた。
方舟がガルガ山脈上空を飛ぶ際に、山頂付近の低高度を通ると魔法エンジンの不調をもたらし、最悪墜落するケースもあったからだ。
また、魔法使いがガルガ山脈を通過するルートでテレポート等の空間移動魔法を使用すると、魔法が不発したり見当違いの場所に転移してしまう事例が多発した。
これらの話は、ガルガ山脈に他の魔法を妨害するほどの極めて膨大な魔力の発動体、すなわち紅石が大量に眠っていることを意味していた。
紅石はこの世界の最重要資源の1つである。方舟を始めとした様々な魔法道具の動力となり、石炭のように化石燃料としても利用できる。
今は戦時特需で取引価格も高く、国内に存在する紅石の保有量が、そのまま国力の大きさに比例すると断言してもいい。
タケル皇帝は国内の山師に紅石の鉱脈を探すように命じた。
山師は皇帝の期待に見事に応えたと言えるだろう。過酷な山岳地帯の探索行の末、ガルガ山脈の中腹に、紅石の巨大な鉱脈を発見したのである。
皇帝はその報告に喜び――そしてすぐに青くなった。
発見された紅石の埋蔵量は膨大だった。
あまりにも膨大過ぎた。
その鉱脈にある紅石だけで、大陸に存在する他の全ての紅石鉱山に数十倍する量だったのである。
それは、この鉱脈を手に入れた者が、この世界の覇者になる事を意味していた。
「早い話が紅石鉱脈の発見で、他の三帝国にアルバイン帝国を征服する理由ができちまったというわけだ! もう笑うしかないよな!」
タケルは天井を仰いで笑い声をあげた。から笑いである事は誰の目にも明らかだった。
先述したように紅石は資源的にも金銭価値的にも非常に価値が高く、その世界最大の埋蔵地を押さえる事は、そのまま世界を制するといっても過言ではない。
それなら領地にその鉱脈を発見したアルバイン帝国が大陸の覇者になれるかといえば、そう単純な話ではなかった。
山岳地帯と樹海が国土の大半を占めるアルバイン帝国は人間の生息域が狭く、それはそのまま国力の低さに直結している。軍事力でいえば他の三帝国に比べて四分の一程度しかない。まともに戦争すれば紅石の力で国を発展させるより先に叩き潰されるのは明白だ。
また、他の三帝国がガルガ山脈の紅石を狙っているのは、現在の戦争に勝つためだけではなく、このままアルバイン帝国を放置していれば、いずれ紅石によって自分たちより強大な国に成り上がるだろうと恐れているからでもある。
つまりアルバイン帝国の現状は、他の三帝国に侵攻される瀬戸際にいるという、極めて危機的な状況にあるのだ。
「ええと、お話で――話し合いで解決する事はできないのでしょうか」
「もう数ヶ月前にやっておるよ……」
ショータの不安げな声に、タケルの作り笑いが止まった。
「紅石の優先提供。採掘権の譲渡。その他、相手に有利な条件を次々と提示してやった。だが――」
皇帝は卓上に握り拳を静かに置いた。眼前に子供たちがいなかったら叩きつけていただろう。
「領土完全放棄。国家解体。全国民の財産譲渡及び奴隷化……連中の出した条件は、どれもアルバイン帝国を完全に滅ぼす内容だったのさ」
たとえ属国化しても、領地に紅石の鉱脈がある限り、それを礎にアルバイン帝国は復興する事ができる。
三帝国にとっては、これを機に完全に滅ぼして己の領土とするのが最善の選択肢といえた。
「……余が子供の頃に見たアニメ――絵物語にはこんな台詞があった。『戦争ではなく対話での解決を』ってな」
なにかを懐かしむ声が初老の男の唇から漏れた。どこか乾いた響きだった。
「力ではなく心による交渉……これなら弱者も強者と対等な関係になれると思った。しかし現実ってやつは――」
しかし現実はまるで逆だと皇帝の座に就いてから思い知る事になった。
国家同士における『対話による交渉』とは、お互いの国の人口、国家予算、生産力、軍事力、国民教育、その他あらゆる要素の比べ合いであり、国力の高い側が圧倒的に有利なルールなのである。
それは大国側の一方的な要求の押し付けとなり、戦争という牙をもがれた小国は黙って受け入れるしかない。
話し合いとは、弱者にとって最も厳しい解決法なのかもしれない。
「……それに、だ。今さら交渉を繰り返しても手遅れなんだよ。もう交戦は始まっているからな」
「「えっ!?」」
少年少女の背筋に戦慄が走った。
「田舎のミルゴ村には、まだその話は届いていないか……先月、ラングレード武帝国の軍が国境を越えてきた。まだ宣戦布告はないが、これは明らかな侵略行動だ」
「そ、そんな……もうこの国はおしまいって事なんですか!?」
「今はまだ大丈夫だ。冬将軍が守ってくれている」
「……そんな将軍様がいるのですか?」
「あー、この世界じゃ意味通じないか……冬という季節がこの国を守る防壁となっておるのだよ」
冬の三ヶ月間、アルバイン帝国周辺の海域とガルガ山脈上空では常に暴風雪が吹き荒れている。(これは紅石の影響で天候操作魔法でも沈めることができない)大自然の驚異といえよう。
この冬の嵐が方舟や海洋船でアルバイン帝国領内に攻め入る事をほぼ不可能にしていた。
徒歩や馬による冬のガルガ山脈越えは自殺行為であるし、ガルターク魔導帝国が得意としている戦法『転移魔法による軍隊の瞬間輸送』も紅石鉱脈の影響で使用できない。
唯一、沿岸沿いの国境付近は暴風雪の影響を免れるが、そこは大軍の進攻が困難な狭い地形であり、アルバイン帝国の防衛軍が万全の状態で配備されている。
まさに冬のアルバイン帝国は国土自体が難攻不落の天然要塞と化しているのだ。
「しかしそれも冬の季節だけの防壁だ。つまり、あと三ヶ月以内に現状を打破する方法を見つけなければ――」
アルバイン帝国は蹂躙されて、国は跡形もなく滅びるだろう。国民は良くて奴隷、悪ければ魔法実験の材料という悲惨な末路を辿ることになる。
重苦しい沈黙が会議室を支配した。
相手はアルバイン帝国の数倍の軍事力を持つ大国。それが三ヶ国分。
絶望的な戦力差だ。
「……あの、ちょっといいかしら…ですか?」
アニスがおずおずと手を掲げた。勝気で積極的な彼女にしては控え目な態度である。
「ラミュルト教徒のあたしがこんな事いうのは気が引けるんですけど……マザーウィル様ってサキュバス・エンプレスですよね。その魔王の力で敵軍を蹴散らしちゃうっていうのは……駄目ですか?」
彼女の提案は無茶苦茶なようで、意外と理にかなっていた。
圧倒的な武力で敵戦力を瞬時に殲滅するという方法は、それが可能なら結果的に犠牲者の数を一番減らすこともあるからだ。
「残念ですが、それはできません」
マザーウィルは優しい声色で、しかしきっぱりと拒否した。
「ごめんなさい……」
「怒ってはいませんよ。アニス修道士、あなたの提案は合理的です」
女司祭はちらりと皇帝に目線を送った。タケルが無言で頷くのを確認して、彼女は静かに口を開いた。
「私は『魔王としての力は、大切な身内を守るとき以外に使わない』という誓いを立てています。それが地上世界で魔王級魔族が暮らす条件なのです」
(誓い?……誰と?)
その疑問が口に出る直前、アニスは言葉を飲み込んだ。
魔王級と称されるサキュバスの表情が、それを許さなかった。
「……色々あったのです」
「ああ、色々あったからな……」
相槌を打つタケルも同じ表情を浮かべている。
それ以上は追求できる空気ではなかった。
『曖昧な返事で誤魔化そうとしていませんか』
「だからあんたは黙ってなさい!!」
『…………』
……例によって、アンドロイドに空気を読むという概念は存在しない。
「まぁ色々と疑問はあるだろうが、諸事情でマザーウィル司祭は戦場に出せないと理解してくれ……で、その代役というのが――」
皇帝の鋭い眼差しが、ショータの背後に向けられた。
「あんたというわけだ、レミュータ殿。元から戦うために造られた戦闘用ロボットなら、戦場に出ることに躊躇いはないだろう?」
『…………』
レミュータの無機質な瞳がわずかに揺れた――ショータには一瞬そう見えた。
「……さて、余の帝国時事講義はこれで十分であるかな?」
――長い説明が続いたが、以上がアルバイン帝国の現状と、レミュータに求められる役目であった。
「再び尋ねよう、レミュータ殿」
タケルの纏う雰囲気が、再び冷徹なアルバイン帝国の支配者のそれに変わる。
「アルバイン帝国皇帝として勅命を下す。魔王すら退けるその比類なき力を、アルバイン帝国のために存分に振るってほしい」『拒否します』
即答。
厳格な顔つきのまま、タケル皇帝の体が30度ほど傾いた。
『私はマスターの命令により、殺戮行為を禁止されています』
「おいおい、不殺キャラかよ……今時流行らないだろ、それ……」
ファンタズマの住民にはよく分からないたとえで、タケルは嘆いて見せた。
「なんだか、その、ごめんなさい……」
ショータが申し訳なさそうに頭を下げたが、しかし、その瞳に宿る光が、命令を覆す気は皆無であることを語っている。
たとえ戦いのために作られた機械であっても、レミュータさんはそんなに悪い存在ではない。少年は今でもそう考えている。
しかしそれと同時に、あの異界の女騎士に殺戮行為を認めると、何かとてつもなく恐ろしい事が起こる――具体的な根拠は無くても、なぜかショータはそれを確信しているのだ。
タケルは皇帝らしからぬ仕草で、ぼりぼりと頭をかいた。
「いやまぁ、不殺ってのはラミュルト教徒なら珍しくない誓いなんだろうが……仕方ない、そっちの案は諦めるとするか」
『そっちの案?』
「ああ、実は今の提案が断られた場合に、レミュータ殿にやってほしい任務が他にある。それは――」
その後、タケルが頼んだ任務の内容は、メンバーがしばらく皇都に滞在する事になるが、レミュータとショータ双方にとって特に問題は無く――そしてアルバイン帝国にとって重要なものだった。
「レミュータさん、僕からもお願いしていいですか」
『命令を受諾します』
「うむ、よろしく頼む」
タケルは満足そうに頷いた。
「ちょっと待ってよ。あたしだけ仲間外れは嫌なんですけど」
一方、1人だけ皇都に残る理由がないアニスは不満気に頬を膨らませている。
「安心しな。お穣ちゃんを含めて、そなた達全員にやって欲しい仕事が、また別にあるのだ」
皇帝の口調は砕けていたが、その眼差しは真剣だった。
一同の背筋が自然に伸びる。
「この国には徴兵制があり、『成人の証』を迎えた者には全員に兵役の義務がある」
ショータとアニスの背中に冷たい何かが走った。
『成人の証』とは、男子の精通、女子の初潮の事であり、ファンタズマ世界ではこれを機に大人として扱われる慣習がある。ショータはつい先日、アニスは昨年それを迎えたばかりだ。
つまり、2人はこれから兵士として、殺し殺される世界に――
「あーうん、そんな顔しなくても大丈夫だ。ローティーンを最前線に送る趣味はない。少年兵の悲劇を異世界で再現するのはゴメンだぜ」
ひらひらと片手を振るタケルだったが、その眼差しは真剣なままだった。
「……さて」
タケル皇帝は、マザーウィル司祭を、アニス修道士を、ショータ司祭見習いを、そしてレミュータ修道士見習いを、改めて見回した。
「アルバイン帝国皇帝として勅命を下す。ミルゴ村ラミュルト教会の信徒たちよ、汝らの新たなる任務は――」
つづく




