第四話「エッフェル塔の人柱 前編」1
1888年の暮れ、玉兎はフランスに居た。
彼は、翌年に巴里万博を控え、急ピッチで建設が進んでいるエッフェル塔を見上げている。
世界樹を思わせる、この巨大な建造物は既に賛否両論の嵐だという。
小デュマやモーパッサンらも酷評しているらしい。
「……さて、鬼が出るか蛇が出るか」
玉兎の脳裏に、出立前の記憶がよぎる。
「フランスに行け、だと?」
黒服本部に玉兎の怪訝な声が響く。
本部と言っても、玉兎とB・B、そしてレイヴンの姿しかないのだが。
「正気か? 英国の諜報機関がよりによってフランスに行くなど……」
英国とフランスの仲は基本的に悪い。
国境を接している間柄というのはどこも仲は悪いものだが、英仏間で起こった第二次百年戦争から百年も経っていないのもある。
「何を今さら。何度も行った事があるじゃろう。本音は別じゃろ?」
「……ヴェロニカはどうなる」
「ここにお前さんがいてもどうにもならんよ」
ヴェロニカは、昏睡を続けていた。
あれから数日経ったが、奥のベッドで寝かされ続けている。
吸血鬼とはいわば伝染する呪いである。
狂犬病への恐怖が具現化したような存在であり、ゆえに噛みつきによって感染する。
「今、あの子の体内では戦いが続いておる。呪いに負けて廃人になるか、はたまた完全に勝って人間のままか……或いは……いや、この子の素性ならありえんか
いずれにせよ、と続ける。
「儂らに出来るのは生命力を上げて呪いに立ち向かう補助をしてやるだけじゃ。それは儂の仕事。お主の仕事は別じゃ」
「……わかっている。本当はな」
「お主は優しすぎる。ようそれで千年近くも生きてこれたのう……」
「……優しくは無いが、それは俺も思う」
「とにかく、そもそもフランスに行ける人材は他におらん。儂に戦闘力はないし、Yはここを動けん。レイヴンは……」
「?」
ちらりと視線を向けられたレイヴンだが、きょとんとしている。
彼は、基本的に喋らない。
何を考えているかは判然としないが、任務には忠実だ。
しかし、あの風貌ではとてもフランスでの活動はできまい。
「わかった……結局、俺しか動けんらしい」




