第三話「倫敦の吸血鬼 後編」1
「貴様ァーーッ!!」
ヴェロニカに食いつく黒い影に向かい、玉兎が飛びかかるが、影は中空に飛び上がり、あっという間に霧の中に消えてしまった。
代わりにヴェロニカの体が、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。
首筋には血が滴る二本の牙による噛み跡。
「何という事だ……!」
玉兎は顔面を蒼白にし、処刑人の事などお構いなしにヴェロニカを抱き上げると霧の中を駆けだした。
倫敦塔の地下、光差さぬ黒服本部。
そのドアを蹴破るように開けると、毛玉――B・Bが驚いて飛び上がった。
「なんじゃそうぞうしい!」
「緊急事態だ。協力者が吸血鬼に噛まれた。治療を頼みたい!」
「……治療と言ってものう……正直、運にはなる。覚悟せにゃならんぞ」
決して言葉に冷たさがあるわけではないが、事実のみを告げる言葉はナイフのような鋭さを持っている。
「……その時はその時だ」
「……わかった。仕方ないのう。寝かせておけ」
言われるがままにヴェロニカを床に下ろすと、B・Bが自らの指先を噛み、その血によって陣を書き始めた。
「陣を書くのを手伝おう」
「東洋には対吸血鬼の術式はないじゃろう。むしろ邪魔じゃ。そんな事よりお主にはやる事があるはずじゃろう」
図星をさされ、玉兎は押し黙る。
「そうじゃ、今回の件、レイヴンも動いとるぞ」
「それより、聞きたい事がある。『スウィーニー・トッド』を覚えているか?」
スウィーニー・トッド。
主に19世紀半ばの大衆向け雑誌などに書かれた殺人鬼である。
彼は、フリート街に理髪店を構える理髪師であり、その理髪店の椅子には地下に相手を落とす仕掛けがあった。
そうして地下に落とした客の喉をかき切り、金品を奪ったという連続殺人鬼である。
話のバリエーションが多数存在し、真偽定まらぬホラーとして知られている。
「そりゃあまあ、覚えておるが」
答えつつ、B・Bの陣を描く指は止まらない。




