第十三話:流出
――それはただひたすらに長い道のりだった。
今この状況を端的に説明すれば、絶望。この一言に限る。
襲い来る鬼に対抗できるのは、俺とエニナの二人だけ。あとの魔導師は正直言って足手まといと言っても過言ではない。
「おい、無録! おまえの【血薔薇】で何とか足止めできないのか!?」
走るエニナに俺は大声で叫んだ。
この状況を脱することができるとすれば、唯一。この女の【狂気の血薔薇】くらいだろう。
だがしかし、
「無茶を言わないで! そんなの出来たらとっくにやってますわよ! ていうか寧ろ貴方の能力でひっくり返せないんですの!?」
逆に吠えるのはドリル状のツインテールを勢い良く揺らすエニナの哮り声。
というか、それこそ無茶を言っている。
俺の能力はそういった類いのモノじゃない。もっと核を、根本の部分から、全てを変えてしまう程度の能力だ。
ゆえに俺の能力はこの試練に置いて、圧倒的に相性が悪い。半人前な魔導師とはいえ、やはり未熟者。こういった特殊な場面での戦闘経験は先のエニナ戦が初めてだった。
そして、エニナと戦ったときはただ単純に夢の紡ぎ合い。自分の能力を試すためだけの試合。あれは互いに未熟の戦いだ。その道中は良くも悪くも可愛らしいモノだったに違いない。だからこそ、この場面で俺が使える能力は皆無と言っても過言ではないだろう。
「くそッ……!」
舌打ち。苛立ちを隠せない。
それほどまでに、このセカイは混沌としていた。
まさにこれは――魔導師キラー。
言うなればレベル一の初心者がレベル百の猛者プレイヤーたちに勝負を挑むようなもの。ゆえに、その結果は言わずとも理解できるはずだ。
「……このまま逃げ惑うだけでは埒が開きません。主さま、ここはどうか私の能力に命を懸けてみてはどうでしょうか……?」
そのとき、隣を走るヘルがとんでもないことを言い出した。
「ちょっと待て、おまえ神器だろ……? 能力なんて使えるのか?」
俺はずっと魔導師だけの特権利だと思っていたが、そうではない? だとしたらこいつのことをある意味で過小評価し過ぎていたのかもしれない。
「主さま、よく考えてみて下さい。……あなた方は誰のおかげでその強大なチカラを扱えていると思っているのですか? 私たち、神器のサポートが無ければ魔導師単体の存在なんてゴミも同然です」
嘘だろ……、それこそ本末転倒じゃないか。なら一体、俺が今ここで魔導師として存在している意味は何なのだ……?
ヘルの言葉をそのままの意味で解釈するとそうなる。神器だけで何とかなってしまうのではないかという虚無感。
しかし、ヘルは困ったようで考えるような、神妙な顔つきで言葉を続けた。それは勘違いをしないで欲しいというメッセージだったのかもしれない。
「それに、逆も同じです。私たち神器は魔導師という寄生体がいなければ目覚めることすらできませんし、一人で顕象させるなんてもってのほか。ゆえ、魔導師と神器は一心同体、片方が欠けていればチカラは出せないし、使えないのですよ」
紙一重の存在。それでこの法則が成り立っている。片方が欠けても駄目、二人で一人。それが魔導師と神器の相互関係。
「そういえば貴方たちと出会ってから、ずっと気になっていた事なんですが――」
俺たちの後ろを走るエニナが突然妙なことを聞いてくる。
それは当たり前だと思っていたことを根本から崩される問いだった。
「どうしてヘルは――いや、〝神器〟が自我を持ち、私たちと共に生を歩んでいるんですの? 私の神器はピクリとも反応しませんわよ?」
耳を疑った。
それは果たして自分の耳だったのかすら定かではない。
まあ勿論のこと、俺がそんなの知るはずもないし結果としては……
「ヘル、後は任せたぞ。おまえだけが頼りだ」
相棒に頼るしかなかった。
「まったくもう、なんて他力本願な主さま何でしょうか……」
ひとまず俺は、あの襲い来る鬼から逃げることだけに集中しよう。時々ヘルの言葉に耳を傾けるくらいがちょうどいい気がする。
「仕方ありません。これも神器として顕象されてしまった運命。私の知っている限りの情報を全てお教え致しましょう」
流石だ。おまえならそう言ってくれると信じていた。
「それじゃあ、無碌のことは任せたぞ。俺は別の奴らの援護に回る」
「分かりました、主さま。お気を付けて……」
心配するなって、これでも一応おまえのご主人様なんだからな。
それにしてもどうしたらいいか、確かに今の状況で打つ手がないとは言えども、ただ逃げ惑うだけでは何かと性に合わない。俺自身、ヘルに頼りに切りになるのではなく、どうにかしてこの状況を打破する方法を考えなければ……
そう決意を胸に、後ろを振り向いた――刹那。
『Vctah――』
これは奇跡と言うべきなのか、それとも元から決められていた神の摂理なのか。この際どっちでも良い。この場において、新たな能力に目覚める者が現れたという事実だけは変わらない――
『Lightning・Valkyrie !』
そのセカイが顕象された瞬間――クノンが創り出した【円環蛇】に大きな亀裂が入り込んだ。十三階にも及ぶ魔城の景観は一変し、周囲には煌々とした閃光があちらこちらに散りばめられていた。
「おー! 見様見真似で試してみましたが、案外簡単に出来るようなモノなんですね~!」
この危機的状況下で、嬉しそうに声を張り上げるのはポニーテールが良く似合う金髪の美少女。
「何だよこれ……すごいな、おまえ」
ここはまるで星空の下。あらゆるものが光り輝き、星屑として降り注ぐ。
魔法陣からは数多の電撃が、飛び回るのは白い輝き。そして全身に絡みつくのは戦乙女の霹靂。それは稲妻を纏いし黄金のセカイ。たとえどのような抵抗であろうと敵わない。だってこれは自然の塊なのだと――
「ねえねえ、君。狩羅くん……でいいのかな? どうです? 私のチカラで足止め出来そう?」
それはもうこの状況を打破する為には、十分過ぎる威力だった。まさに"コレ"は言葉通りの――星屑の幻想。
「ああ。うん、寧ろやり過ぎ感が否めないんだが……」
そう。いくらなんでもコレはやり過ぎだ。というか何だよコレは、おかしいだろ?
こいつの能力は流出させている範囲が広すぎる。
バチバチと雷の欠片が飛び回る中、俺たちは次の階層へと繋がる階段を求め、一心不乱に全力でダッシュをしていた。
それもこれも全部この女のせい――
「そういえば自己紹介がまだだったよね。私の名前はアリシア。アリシア=ジャック・ルソーよ! よろしくね、柊狩羅くん!」
アリシアと名乗るこの少女の馬鹿げた能力のお陰だと言っても過言ではない。現に、俺たちはこうして第一層の円環蛇をくぐり抜け、第二層へと続く階段を降ることができたのだから。
それにしてもこの女、只者じゃない。纏う雰囲気や仕草、それに鋭く繊細な身体つき……
「おまえ、何者だ……? 身なり、雰囲気からして現世では、普通の女子高校生をやっていたって訳じゃないんだろう?」
いや、寧ろ女子高校生なんていうそんなちっぽけな檻にこんな馬鹿げた少女が囚われているとは思えない。天然ゆえの暗殺業? いいや、もっと他の――まるでどこかの国の軍隊に所属する騎士のような……そんな面影が不思議とこの少女には宿っていた。
「……えぇ? いやいや、普通に女子高生してましたけどっ!? なんですか、それ。私を化け物みたいな目で見ないで下さいよ~!」
ぷりぷりと頬を膨らませ、アリシアは俺に向かって誹議の言葉を口にした。
ただの勘違い……? いや、それにしても、あのときの雰囲気は本物のソレと大差ない〝格〟を顕していたのだ。あれを勘違い程度の軽い気持ちで受け流して良いものではないのだと、本能が口煩く告げている。
そして一つ。俺は大事なこと聞いておかなければならない。この先を進うえで、それはとても大事なことだった。
「アリシア。おまえの事を疑うようで悪いが……まさか俺を、俺たちを嵌めようだなんて頭の悪い考えを持ち合わせているわけないよな? ――返答次第では容赦なくおまえを切り落とすぞ」
深く、鋭く、そして、冷ややかに。
心の瞳で観察する。上辺だけの言葉で俺を騙そうとするなんて、思い上がりもいいところだ。言っとくがおまえには百万年早いのだと、それこそ格の違いってやつを思い知らせてやる。
「も~、まったく狩羅くんは冗談が上手いんだから~! 私がそんなことをできる玉だとお思いで? だとしたらそれは過大評価のしすぎです。――むしろ私は、本気で君たちの力になりたいと思っているんですよ? どうですか、ここまで言っても私の気持ちに答えてはくれませんか……?」
頬を赤く染め上げ、もじもじと股をこすり合わせるアリシア。まるで恋する乙女が勇気を出して好きな人に告白をするような――真っ直ぐな心で答えてくれた。
嘘偽りなく、本心で。心と心を繋ぐ架け橋のような。その瞬間、俺はこの少女を、ここまで言わせたアリシア=ジャック・ルソーという少女を本気で信じてみようと思った。
たとえその選択が過ちだったとしても、俺はアリシアを信じてみたい。どう転んだって、クラスメートということ事実には変わりないし、どうせなら仲良く、そして共に世界を統べる盟友として――
「分かった。俺はおまえの言ったその言葉を信じよう。だがまあ、もしも俺を裏切り、他へ行くようなことがあったのならば――」
その時は覚悟してもらうぞ、と。俺も真っ直ぐな穢れの一つない純粋な瞳で答えてやった。




