第十二話:創造
それは突然の出来事だった。
「はいはい、君たちそこまで。席に座って試練を始めるよ」
緩やかな笑みと底知れない闇を混ぜ合わせた女性が、突如として現れた。しかもこの戦いを止めたのは、刃渡り僅か十センチ程度の小さな刀。
「―――ッ!?」
いったい何が起こったんだ……?
それとも何だよこの女は、俺達を舐めているのか。
お前らみたいな餓鬼はこの刀だけで十分だと言いたげな目線を飛ばしてきた。それは自分の方が『強い』のだという絶対的な自信を持っているからであって――
「ほら、席に付いて。君達のせいで始められないでしょ? 戦うのは一向に構わないけれど、それとこれとは別。やるときはこっちに従ってもらわないと困るのよね〜? ……分かる? この気持ち」
同情して欲しいなら他をあたってくれ。俺たちは今、そんな気分じゃない、逆にこっちを同情しろ。
「それであの、貴女は……この學園の教師、なんでしょうか?」
ちょっとばかし刀の切っ先をずらせば、喉元を貫通してしまう少女が口を開き、この女の素性を訪ねていた。
「うん。まあ、そうなるね。でもそんな張り詰めなくていいよ〜? あたしはそんな真面目にやる気なんかないし」
そしてこの女は「んあ〜」っと、大きな欠伸をする。
『主さま、あの人大丈夫ですかね……? 何かものすごく不安何ですけれど』
確かに、人間性としてはひどいかもしれないが割とこういう先生の方がある意味で頼りになるかもしれない。ゆえに、そこらへんは大丈夫だろう。この女の実力は妬ましい程に分かってしまったから。
「はい。それじゃあ、二人とも。ほら席に座って、始めるよ?」
俺たちの戦いを妨害した挙げ句、まさかこんな適当や奴が教師だなんて本当に巫山戯ている。だがしょうがない。ここはこの女の指示に従うとするか。
「とりあえず、自己紹介でもしようか。あたしの名前はクノン。まあ好き呼んでくれて構わない。ああ、勿論呼び捨てでも構わないから」
いや、本当に何なんだよこの先生は。呼び捨てで構わないとか、何とか言ってるけど大丈夫か。
「今はあたしだけで。先に試練だけ済ませようね〜。……どう? みんな、オッケイ?」
そうして、皆はこくんと首を縦に降る。
「個人の自己紹介は試練中にでもやっててくれよ〜? 本当に時間がないんだから」
ツッコミところ満載な教師だけれど、それはいったん置いておこう。今はクノンの言う試練というものに集中しなければ。
「んじゃまあ簡単に、今から君達にはある"ゲーム"をしてもらうよ。あ、でも最初の試練だからって手を抜いたりしたら―――間違いなく死んじゃうから気を付けてね」
そうして、この女はさらっととんでもない事をほざく。
「おい、待て。なあ、クノン。……死ぬって、まさか、そのままの意味なんかじゃあ、ないよな……?」
「ん? 死ぬってこれ以外に意味があるの?」
あかん、これはガチだ。本気でやらないとマジで死ぬ。というかコイツ今絶対素だったよな……天然教師恐るべし。
「いいや、何でもない。遮って悪かったな、話を続けてくれ」
「ん、そう? 質問なら受け付けるから遠慮なく聞いて構わんぞ?」
そうして、割と優等生ポジションのエニナが再度クノンに問いを投げた。
「それで、ゲームの内容とはいったい何でしょうか?」
その間、俺たち魔導師は気を殺して黙って聞いていた。
「うん、これはね誰しもが一度はやったことある殺人遊戯――『鬼ごっこ』を全力でやってもらおうと思いまーす」
鬼……ごっこ……?
「先生、それは冗談か何かではないんですよね? まさか……本気で言ってますの?」
クラス全員の気持ちをエニナが代弁してくれる。いや、でもこれは本当に何というか、拍子抜け。もっとヤバい感じの試練かと思ったら、まさかまさかの鬼ごっこ。そんなの小学生低学年の頃の記憶しかないぞ?
「うん? マジだよ――?」
その瞬間、クノンから発せられる空気が変わった。
「あたしさ、さっき言ったよね? 本気で殺らないと死ぬって……何? もしかしてみんなは、死にたいの?」
何だこれは、まるでさっきまでとは別人の気ではないか。それは表から裏に変わったかのような、この女の――クノンの本質が垣間見えてしまった瞬間でもある。獲物を、いいや。まるでこれは、生者の命を狩り獲る死神のような目つきをしていた。
「んっと、危ない危ない。つい熱くなっちゃった。まあ気にしないで。でもまだ、この學園で生き残りたいのなら――」
続く言葉に俺たちは息を呑んだ。
「あたしの言葉を信じてみるのもありだと思うよ……?」
刹那、一陣の強い風。
『Ich, reinige deine Seelen seele Tsunari !』
白衣の裾が翻る。
『Errettung Todel zur Rettung――』
それは極めて異例。
彼女が謳う最初で最期の己が詠唱。
『Vctah――』
剣が、身体が、魂が、戦神の渇望へと変生する。
それはこの世界に縛られた、學園の法則。数多の魔導師たちが、決して道を見失うことのなどないように……
『Dreizehn・Uroboros !』
彼らにできる限りの力になってあげたいと切に願っている。半端な能力なんかでは、絶対に砕けない。たとえその相手が學園の生徒達であろうとコレは容赦無く踏み潰す。
どんな資格を持ち合わせていようが、今の彼女を嵌める事は誰であろうと叶わない。
ゆえに、この瞬間。この教室内は大きな蛇が形成された。それは十三周にも織り重なる大蛇の階段。一つの階を降りるたび、さらなる強敵。もとい、鬼が増え、魔導師を全力で殺しに来る。
「ルールは"増え鬼"――みんな、捕まらないように頑張って逃げ切ってね……?」
そうして、俺たち七人の魔導師は最初の試練。クノンが流出したセカイ――【十三番目の円環蛇】を攻略するための地獄が今、始まりを告げたのだった。
〜 〜 〜 〜 〜
これはそう、全ての始まりを謳う物語。
魔導師と神々が世界の座を巡って争う終末の戦争。
人々はそれを――神々の黄昏と呼んでいた。
事のはじまりは"神廻ノ環"を自力で抉じ開け、前人未到の座へと降り立った一人の魔導師の存在。そして今では環の先達として後世を総べる第一の女神を担っている。
その者の名前は――ベアトリーチェ。
その者が生み出した中の一つの渇望が、具現化したセカイが。彼らの物語の舞台である、神器魔導師調教育成専門學園。
彼女から派生した三つの想い。
それは義ノ心と戦ノ心、そして最後に慈ノ心。
道徳的に、そして互いに競い合い。慈愛の心で相手を認める。それが第一神の描いた渇望。
この渇望は一歩間違えれば、災厄を招いてしまう可能性の有る爆弾のようなものでもあった。
戦ノ心――これは良い意味でも、悪い意味でもどちらに転ぶか分からない。まさに博打のような、それでいて競合性を煽る渇望のような――まさに修羅道。
誰しもが、戦争のことしか考えられないような狂人に成り下がるセカイ。そのようなセカイは何が何でも認めてはならない。
例え全身の血や肉が削ぎ落とされようとも、魂が宿った骨さえ残っていれば、僅かな可能性でも覆すことができるかもしれない。
しかし、そのような負の可能性は全て払拭され、セカイは見事に収束を迎えることとなる。
第一神の女神は、良くも悪くも完璧に感情を隔てることができる極めて特異な性質を持ち合わせていたらしい。ゆえに、三つの心。義と戦、そして慈を平等に分け与え平穏な世界を創る準備は整っていた。
しかし、ここで新たな問題に直面することとなる。
それは突如として現れた第二神の存在だった。
彼の描いた渇望は崩壊、そして再生。
破壊と創造を司る神の器を持ち合わせた一人の人間。
流れ出した渇望は世界に終焉を迎えさせたい、そして、自分の手で新たな世界を創り変えたいと切に願うこと。
結果としてその願いは成就されたのだが――
蹴落としたはずの第一神。
その残留思念が生き残り、彼の世界に亀裂を生じさせた。
結末としては、大いに呆気ないもので、彼のセカイに生きる者たちは一瞬にして第一のセカイに送還されることになる。
記憶は曖昧だし、かつてのような能力は勿論使えない。超人から凡人へ、そして普遍的な一般人へと退化する第二の人々。だから、それはそれで良かったのかもしれない。
あのセカイは兎にも角にも混沌としていたのだ。
映画とかでよく見る"ゾンビ"だったり、現代なのにファンタジー感満載のモンスターだってうじゃうじゃ湧き出てくる。
破壊と創造。まさにそれは第二神――ファットマンが理想としたセカイの象徴。
混沌を乗り越えてこそ人間は強くなれる。
ああ、素晴らしい、どうかワタシに人間讃歌を謳わせてくれ――
なんだよその目は、
馬鹿らしいだと?
阿呆みたいだって?
間抜けだって言いたいだけだろう?
ああ、勝手に言えよ。ワタシはセカイを変えてくれる者が現れると信じているのだから。
第二のセカイが消滅後も、彼の渇望は滞留する。ふわふわと世界線を彷徨うのは狂気のメッセージボトル。この世界の誰かがワタシの渇望に気付いてくれるまで、何年、何十年、そして何百年。更には那由多の果てまで彷徨い続けよう。
この想いに共感する者が現れない限り、この永久不滅の渇望が異なる世界を行ったり来たり。
この渇望は何時如何なる時でも、他のセカイに干渉してしまうのか分からない。
もしもこのファットマンが描いたセカイが、再び世に顕象してしまえば――
いくら元最強の魔導師といえ、この最凶の渇望を相殺することはいくらなんでも不可能に近いと言っても過言ではないだろう。
そしてその、最悪な可能性を危惧したベアトリーチェは自分の手で、彼の渇望と永遠の生を終わらせてあげようと切に願うようになる。
これも慈という属性を持ち合わせている性分からなのか、もしくは内なる戦ノ心が再び火を吹いたのか。
その史実は直接手を下した本人にしか分からない。
それでも、これだけは言える。
この第三のセカイとは、ベアトリーチェとファットマン。その両者が合意の上で行う終末の戦争に過ぎなかった。
この學園の魔導師はこの者たちが育て上げた、ただの使い勝手の良い駒でしかない。そして彼らはその事実を知る術は存在しない。
柊狩羅が率いるその仲間たちは、後に紡がれる真実を知り得る瞬間は未来永劫、この先に何があろうとも絶対に訪れることはなかったのだ。




