第十四話:序段
それは第二層、中枢部での出来事だった――
「はあ~、疲れた! もう私ったら殺されるかもと思ってひやひやしてましたよ~」
ほっと胸を撫で下ろすかのような仕草をするアリシア。
そんな露骨にアピールされると流石に傷付くな……俺だって仕方なくやってるんだよ。と、言ったところで心の声はどう頑張っても届かない。
「狩羅くんからは、危ない殺気がぷんぷん臭います! もっと隠して下さいよ~? 私じゃなければ窒息して死んでしまったかもしれないんですからね、これからは気を付けてください!」
目をギラリと光らせ、鋭い眼光でアリシアは俺のことを睨みつけた。この少女はものすごい過剰反応を示しているが、俺の方はというとさっぱり。ここまで怒る理由が分からない。
「へいへい、気を付けますよ〜と」
気怠い雰囲気を纒いながらも、俺は律儀に返事をしてやる。実際は殺気を飛ばしてるつもりもないし、俺自身割と普通に接している気がするんだけどな。
「狩羅くんからは真面目さまったく伝わってきませんね……−114514点!」
いや、おい。ちょっと待てなにその数字……?
「あれ? もしかして知りませんでした?」
「え、あぁ。うん。知らない」
事実、一生知らなくても良いような知識だろうという予感はある。というか謎の寒気、お尻の穴に不思議な危機感を感じてしまう。
……勘違い、だよなぁ?
「狩羅くんは綺麗な人なんだね……うんうん。分かった分かった」
なぜそんな可哀相な人を見る目で見るんだよ、そんなに有名なのか……と、頭を捻ったところで我に返る。
「―――」
あー、うん。馬鹿らしいな。
今はそんなことはどうだっていい。
俺たちは今、続く第二層目の中層部を歩いていた。その道中、鬼らしい存在などとはまったく出会わず、ただのんびりとこの道を歩いている。
「ちょっと、柊。貴方、大分弛んでるんじゃないの? 一層までとの雰囲気が全然違うわよ」
右肩に小さな衝撃。
振り向くと、エニナが俺の肩を軽く小突いていた。
「鬼が来ないだけでこんなにも暇だと思わなかったものでね……というかエニナ。おまえ、ヘルの神器講座は終わったのか」
「ええ、お陰さまで。親切に教えてくれたヘルには感謝してるわ」
「ほう、それは良かった――」
瞬間、ニヤリと俺は口を歪ませる。
「それじゃあエニナ……、この俺に貸し一つだな」
そして俺は、ポンとエニナの肩に触れ、最高に輝いた笑顔を見せてやった。だがしかし、現実は非情。俺による素晴らしい善意を、よりによってコイツは全力で踏み躙ったのだ。
この落とし前、どうつけてくれるんだよと。抗議の言葉を口にしようと、再度エニナを鼻で笑う。
「はぁ? 何言ってるの? 私はヘルに感謝しているの、貴方なんかには、一ミリも払う敬意を持ち合わせていないわよ」
厳しい一言、辛辣。
まるで汚物を見るかのような瞳で、俺を一蹴した。
「あ、はい。すみません」
あまりにも素で、卑下の言葉を紡がれた俺は反射的に謝ってしまった。こういうときどうして男という生き物は罪悪感を感じてしまうのだろうか。と、いけない、キャラがブレてる。
このまま行けば余裕でこの階層は攻略できるだろうと、俺は相手の術中に嵌っているにも関わらず、何故か油断し切っていた。おそらく、血を滾らせる戦闘が消滅し、平穏な空気を無意識に漂わせているからだろうか……
だがしかし、事態はより深刻な方向へと進んでいることに気付くまでに、秒とかからない。
「ところで、さっきから気になっていたんですけれど……この廊下、進んでいませんわよね……?」
エニナが不自然そうに顔をしかめ、この階の異変を指摘する。その瞬間、言われた俺は記された違和感にようやく気付かされた。
「……おいおい、なんだよこれ……どうなってやがる?」
さきも見たような造り、そして風景。そして振り向くと後ろには――第一層に続く階段が俺たちを嘲笑っているような気がした。
「なあ、どう考えても嵌ってるよな……?」
前を向くと、ただひたすらに長い道のりが続いている。それも行く先が真っ暗闇で何も見えないくらいに。
「主さま、気を付けて下さい。何か得体の知れない恐ろしいモノが、……私たちに近づいてきています」
そんなこと、今更言われなくても。
「分かってる……」
嫌という程に伝わってくる――殺意。
おそらくはそれはこの階層を守護する鬼。そしてなぜだろうか、これまで以上にひどく嫌な予感がしたのだ。
遥か地獄から舞い降りた、閻魔に遣われし草紙の門番――
「これは……牛頭獄卒と馬頭羅刹……?」
六道輪廻、六道道、十王図……全く持って理解し難い。それ以前に理解することができない。
冗談だろ、と一蹴してやりたい気持ちをグッと抑え込んだ。目の前に立ちはだかる絶望に、狼狽えている場合ではない。
大丈夫だ、俺たちなら殺れるのだと――
そう決意したのにも関わらず、口から出てきた言葉は……
「おいおい、マジかよ洒落になんねぇよ」
正直に言おう。アレは駄目だ。ヤバいなどという言葉では表現しきれないほどの存在、そして雰囲気。
「増え鬼って……まさか、そういうことでしたのね」
エニナの放ったその一言で、この場にいる魔導師全員に緊張が走った。
目を見張り、全身に魔力を集中させ、いつでも神器を顕象する準備はできている。それは力に目覚めた者たちならば身体が勝手に、無意識にやって退けること。
「何ていうかその、クノンのヤツも見かけに寄らず悪趣味なセカイを流出するんだなって――こんなん拷問だろ……?」
心の闇は己が渇望に影響されるだって?
まったく笑えない冗談だ。こんなの絶対にふざけている。そして、だからこそこんなセカイは認めないし、何としてでも突破しなければならない。
それが魔導師として。いや、新たな世界を創造する神として……こんなところで立ち止まっているわけには行かないんだよ。
ゆえに――
「逝くぞ、おまえらッ! ――死ぬ気で脱出けろよ!」
今この場所では、全力で逃げることだけを考える。捕まったら最期。その時点で閻魔に裁かれるという展開だけは免れないし、そのような未来だけは何としてでも防がなければならなかった。
「 「 「―――分かってるッ!」 」 」
俺の咆哮に続いて、魔導師たちは負けずと吼ゆる。そして続く作戦名も自ずとこう言うふうに決まっていくのだろう。
この場にいる全員の魔導師たちが共鳴して合わさった恐怖の結晶。その記念すべき最初の作戦名は……
―――Do not standstill!!
その瞬間、第二層には轟々と稲妻の落ちる音が鳴り響いた。それは言うまでもなく――アリシアが顕象した渇望に他ならない。
アリシアの渇望に対し、エニナも負けずと己が渇望を流出させた。俺たちが通った道を狂気で染め上げ、血の薔薇が牛頭鬼と馬頭鬼の進行を容赦無く妨げる。
そして異能力に目覚めた者たちは、何とかしてこの状況を打開しようと何度も何度も失敗し、繰り返しては試みる。
それは【狂気の血薔薇】や【天鼓忉利の戦乙女】に限った話ではない。
願えし渇望。それは一陣の風へと進化する。
この場にいる魔導師全員が今この瞬間を生き延びたいと、切なる願いが無意識に流れ出していた。そのような夢や希望。そして未来という結末を勝ち取るためには――
「ヘル……いけるか?」
俺たちのチカラが、今この瞬間どうしても必要なのだということ。
『勿論です。主さま、いつでもヘルはいけますよ』
そう言って、ヘルは真っ直ぐな瞳で俺を見つめてきた。
条件としては最高。
……そうか、俺はその言葉が聞きたかったらしい。
繰り返される絶望の中で、たった一つの希望の光。それは人類初の神器顕象者である柊狩羅にしか使用することができない……
一陣の強い渇望――
『Vctah――』
それは普遍無意識。胸の中にある一欠片の想い。
沈む、沈む、沈んで行く。もっと深くまで探り入れるように……
そして心の奥底から掴み取った渇望は――
『――Blindheit・ Reverse Dimittis ‼』
ゲーム盤に当て嵌められた、逆十字架の磔だった。そのチカラは異常であり、発動してしまったが最期。奴らはこのゲーム盤の駒として永遠に使われる奴隷と化す。
そしてそれはヘルの能力に大きく影響されていた。俺一人では絶対に到達することのできない強力なチカラ。
ゆえに――
「素晴らしい。……これが、絶望を奪う感触というものか」
烏兎匆匆、光陰矢の如し。早い早い。経つのが早い。
怒りに任せた牛頭鬼と馬頭鬼は、いとも簡単に俺が創造した型に嵌ってくれる。
ああ、駄目だって……、そう感情的に成っては。死に急ぐ一方だぞ?
まあ実際、獄卒や羅刹如きに何を言っても無駄だと思うだろうが……俺は優しいからな。警告はしておいてやる。
だが――そのあとの命運は、おまえら二人に掛かっているぞ。
そして今、この瞬間――
柊狩羅は新たなる法則を顕象させた。この世界で生きる者たちを誰よりも早く蹴落として、次なる階級へと昇華する。
その名は――
『Gryaher――』
簡単に説明すると、このチカラは『そのものだけに特別に備わっている性質』に過ぎない。
ゆえ、簡単である反面。実際に顕象するというと、非常に高い難易度を要する。
そしてこの『固有化』を発動する上での最低条件として、まず一つ目が『普遍化』を習得しているということ。
いわばこれは普遍化の互換的存在で、"序"を習得していない者に"終"が紡げるというのか。――否、断じて認めん。たとえそれが言い過ぎだったとしても、始まりさえ掴めていない者が何を成せるという?
結果として何も成すことができないであろう。だが、もしも運よく何かを成せたとしても、その者が待ち受けている未来はただ一つしかありえない。
――お荷物。足手まとい、そして塵屑だ。
そして二つ目。
これは今現在、確認が取れている者は柊狩羅ただ一人で彼の持つ神器――ヘルヘイムのような自我を持った存在を現世に創造できない限り、『固有化』を扱う資格は無いに等しい。
事実として、未顕者などには神権など無い。
それが決められた神々の法則なのだから。辿り着けないなどと弱音を吐くやつは――今すぐ死ねよ。お前のようなやつはいらないぞ。とっと死ね、二度と顔を見せるな。
……そう言われても仕方がないのだ。だってそれがルールだから。ルールは守らなければならない、そうだろう? 守るべきものがあるのなら……それに従うのが筋ってものだ。
魔導師としてとかそんな綺麗事は求めていない。これはココロの問題でもあるからして……
初心に戻れ。何を想い、ここに来たのか――
それはこのセカイの魔導師たちに告げる最期の救済勧告。
この先、能力すら発現できないものは容赦無く殺されると思った方がいい。それが現実なのだから、それが生きると決めた者たちの結末なのだから……
『――Midgard・Hverfanda Hvéld ‼』
その言葉を紡いだ瞬間、
この"いろとりどりのセカイ"に新たな月が廻り始めた――




